火曜日のループが始まったと理解したその夜、俺はほとんど眠れなかった。布団の中で目を閉じても、思考が途切れず脳裏を巡る。
──何が原因なんだ?
──月曜日の次は、火曜日のループ?
──では、水曜日が来たら、また同じように……?
そう考えると、息が詰まりそうになった。
午前五時。まだ暗い部屋の中で、俺はスマホのライトを頼りに、記録帳を手に取る。そして新しいページにこう記した。
『火曜日・第二週目』
それは、月曜日の時よりもさらに恐ろしい文字列だった。
なぜなら火曜日のループは、あまりに“自然”だったからだ。何もかもが、違和感なく流れる。異常がないことで、逆に自分の狂気を疑うような。まるで世界全体が、俺の感覚を誤魔化そうとしているようにすら思える。
その朝も、母が言った。
「今日は火曜日よ」
言葉の端に、何の不自然もない。
登校中も、昨日とまったく同じ信号機、同じ人の波。
だが俺は、目に映るすべてを記録し始めた。
・7時28分、赤いランドセルの小学生が横断歩道を渡る。
・7時41分、踏切の前で携帯を落とすサラリーマン。
・8時00分、校門前で教師が注意する内容まで同じ。
前日の火曜日と、完璧なまでに一致している。
教室でも同じやり取りが繰り返された。昼休みの会話、午後の授業、そして放課後の部活の音。すべてが、“昨日と同じ火曜日”だった。
違うのは、俺の記憶だけだった。
それが、恐ろしかった。
ノートには、火曜日の記録が既にびっしりと書かれている。だが、新しい情報はほとんど増えない。何もかもが、完全に“繰り返されている”のだ。
その夜、俺は意を決して、学校の旧校舎に向かった。かつてユウと出会った、あの図書準備室。
しかし、そこには誰もいなかった。あの時のようなメッセージも、空気の張り詰めた気配もない。
ただ、静かだった。
「……ここにも、いないのか」
その呟きが、がらんとした部屋に吸い込まれていった。
帰り道、空を見上げた。月が昨日と同じ位置に浮かび、風の音までもが同じリズムを刻んでいる。
──あの時、ユウは言っていた。
「ループは、歪みと痕跡を残すものよ」
だが今の火曜日には、それすら存在しない。歪みも、痕跡も、誰かの“意志”も。
俺だけが、生きたまま“記憶”を持っている。
その重さに、押し潰されそうになる。
誰にも話せない。
誰にも届かない。
記録帳に、俺はまた一つ、文字を刻む。
『火曜日・第三週目』
──果たして、これは終わりのない拷問なのか。
それとも、まだ見ぬ“出口”への前兆なのか。
わからない。
だが確かなのは、
この火曜日は、俺の精神を少しずつ削っているということだった。