何度目の   作:水瀬りんご

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侵蝕されてゆく

火曜日・第四週目。

 

俺は、記録帳のそのページに、重い手で文字を綴った。

 

もう“新鮮な火曜日”など残っていない。

 

それなのに、俺は毎週、同じ朝を迎える。

同じ電車に乗り、同じ教室へ行き、同じ景色を反芻する。

 

違うのは、俺の内側だけ。

 

──崩れていく。

 

心のどこかで、確実に。

 

前は、希望という名の言葉を信じていた。記録をつけることが意味を持つと思っていた。ユウや、ナギサとの記憶が、何かを繋いでくれると信じていた。

 

だが、彼女たちはもういない。

この火曜日の中には、いない。

 

ユウの姿を探して旧校舎へ何度も足を運んだ。

図書準備室の扉を開けるたび、空気は澱んでいて、沈黙だけが返ってくる。

 

記録帳に彼女の名を書くことすら、怖くなっていた。

 

あの月曜日の終焉と引き換えに、何かを失ったのだろうか。

それとも、これは“代償”なのか。

 

「火曜日は、祝福じゃなかった」

 

俺は放課後、誰もいない屋上でそう呟いた。

 

足元に夕日が長く影を伸ばしている。

オレンジに染まった世界は、美しいはずなのに、何の実感もなかった。

 

心はすり減っている。

 

人間関係の繰り返し。

同じ冗談、同じ笑い声、同じ不機嫌。

それらが、ナイフのように心を裂いてくる。

 

──孤独だった。

 

月曜日の時よりも、遥かに。

 

違和感がないことが、最大の違和感になっていた。

誰も“おかしい”と思ってくれない。

誰一人として、俺の苦しみに気づかない。

 

「俺が……消えても、気づかれないかもな」

 

その考えが頭をよぎった。

 

だが、まだ記録帳を閉じることができない自分がいる。

もしかしたら、まだ何かあるかもしれない。

この繰り返しの中に、微かな違いを見つけられるかもしれない。

 

そうやって、俺は生きている。

 

──生かされている、と言った方が正しいかもしれない。

 

記録帳を開く。

そこには、もう書く場所もないほど書き連ねた観測と呟きの数々。

ユウとの会話も、ナギサとのやりとりも、いまやすべて“記憶の中の遺物”となり、ページの隙間で風化しているようだった。

 

火曜日・第五週目。

 

新しいページに、また記す。

 

震えはもうない。

それは、諦めが麻痺に変わった証拠だった。

 

自分が今どこに立っているのかさえ、わからなくなっていた。

 

授業の内容は頭に入ってこない。

クラスメイトの会話も、耳をすり抜けていく。

 

まるで、世界そのものが“ノイズ”になったようだった。

 

それでも、俺は“正常”を装っていた。

笑顔を浮かべ、頷き、返事をする。

 

この世界に“孤独の証人”は存在しない。

 

だからこそ、俺が自分の存在を記すしかなかった。

 

火曜日・第六週目。

 

今日は朝から雨だった。

 

傘の先端から滴る水を見つめながら、ふと考える。

 

「……この雨も、前と同じかな」

 

そう呟いた俺の声に、答える者はいなかった。

 

だが、その沈黙すら、いまは心地よかった。

 

孤独に慣れていく感覚。

それが何より恐ろしかった。

 

──俺は、俺を失い始めている。

 

もしかしたら、数週後には「火曜日」という曜日すら、本当に存在したのか疑い始めるかもしれない。

 

繰り返す日常。

それは、やがて“現実”を侵食する。

 

俺という存在すら、記録帳にしか存在しないのではないか?

 

そんな妄念が、雨音に紛れて膨らんでいく。

 

それでも、俺は書く。

火曜日・第七週目のタイトルを、ペンで静かに書き込む。

 

いつか、その先に“答え”があると信じて──。

 

 

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