火曜日・第十週目。
朝の空気は乾いていた。窓を開けた瞬間、肌に触れた風は微かに冷たく、季節が変わりかけていることを知らせていた。
──だが、この火曜日は、変わらない。
何も変わらず、時間は同じルートをなぞる。
駅前の横断歩道、校門、教室、授業。給食のメニュー。昼休みの光景。
俺の記憶に刻まれた無数の火曜日が、ただなぞられる。
“火曜日・第十週目”と記した記録帳の見出しは、もはやただの習慣でしかない。
けれど、俺はまだ諦めていなかった。
それは希望ではなく、ただの執着だった。
「もし、この世界のどこかに、まだほころびがあるのだとしたら」
俺は教室の隅、窓際の席で、いつものように目を閉じる。
あの一文──『観測は、まだ終わっていない』が、未だに脳裏から離れない。
誰が書いたのか。なぜ、それを俺に見せたのか。
分からない。
けれど、それが存在したという事実だけが、この世界に“他者”の存在を示していた。
午後。
理科室の廊下を歩いていると、ふとした瞬間に──誰かの視線を感じた。
振り向いても誰もいない。
……それでも確かに、見られていた気がする。
ユウ……。
その名が、一瞬だけ脳裏に過った。
彼女が今この火曜日にいるとは思えない。
でも、彼女がかつてこのループの中にいた痕跡は、俺の中に残っている。
再び、記録帳に目を落とす。
もう、ページは一冊分を越えていた。
なのに、進展はない。
放課後──
廊下の端に立つ影を見た。
気のせいかと思ったが、次の瞬間、その影は視界から消えた。
もしかしたら、あれは俺の幻覚だったのかもしれない。
けれど、その“幻覚”が残した残像が、妙にリアルだった。
──誰かが、見ている。
それは単なる妄想かもしれない。
だが、翌日の同じ時間、同じ場所を通ったとき──教室前の掲示板に、昨日まではなかった“メモ”が貼られていた。
『気づいたか?』
たった一行。それだけ。
筆跡は整っていた。丁寧で、しかし癖のある書き方。
そして何より、その文字には明確な“意志”が宿っていた。
──誰かが、俺を見ている。
──誰かが、このループを“知っている”。
俺はメモを写真に収め、記録帳に丁寧に貼り付けた。
その夜、俺は決意を新たにした。
翌日の火曜日──第十一週目。
朝から俺は、教室の机や廊下、掲示板を細かく確認して回った。
だが、何もない。
放課後、ふと図書室の裏手の空き教室に立ち寄ると──机の上に、一枚の紙切れが置かれていた。
『終わりではない。光は、君が背を向けた方角にある』
思わず息を呑んだ。
それは、明らかに“導こうとする声”だった。
誰かが俺を見て、俺を知って、そして“道”を示している。
心の中に、微かに何かが点る。
希望? 違う。
けれど、それに似た何かだった。
俺は、その紙切れをゆっくりと折り畳み、ポケットにしまった。
……火曜日・第十一週目。
この日から、俺はほんの少しだけ──前を向くことにした。