火曜日・第十二週目。
目が覚めた瞬間、空気の密度がわずかに違っていた。
布団の中で数秒静止し、天井の模様をじっと見つめる。規則正しく刻まれた木目が、今朝は妙にざらついて見えた。
──何かが違う。
けれど、それが何なのかは、まだ分からない。
火曜日は変わらない。そう思っていた。
だが、第十二週目の火曜日の空気には、ほんのわずかに“新しい匂い”が混じっていた。
登校途中、信号のタイミングが数秒ずれた気がした。
すれ違う自転車のベルが、耳に刺さるほど大きく鳴った。
そして教室に入った瞬間──誰かの視線を感じた。
振り返っても、そこにはただいつもの教室のざわめきが広がっている。
けれど、確かに誰かが“俺”を見ていた。
記録帳を開き、ページをめくる。
そこに、新しいメモが挟まれていた。
──『進んでいる。止まってなどいない』
それだけ。
だが、その一文が胸に刺さる。
まるで“俺の迷い”を読まれているようだった。
教室の隅で、俺は息を潜める。
目を閉じ、耳を澄ます。誰かの気配を探すように。
午後、図書室の窓辺で読書を装いながら、俺は観察を続けた。
時計の針。ページをめくる音。誰かの咳払い。
その中に、微かに混じる“別のリズム”。
俺を見ている者が、いる。
確信に近い感覚。
──その夜。
布団の中、再びメモを取り出す。
『進んでいる。止まってなどいない』
俺の心の中で、その言葉が何度も反芻された。
止まっていない? 俺がそう感じられないのは、きっと恐れているからだ。
もし、本当に何かが“進んでいる”のなら……
そして、それを俺が“受け取る準備”をしていないのなら──
翌朝、再び火曜日。
だが、昨日とは何かが違う。
窓の外に見えたのは、旧校舎の屋上に立つ“人影”。
風に揺れる髪。遠すぎて顔は見えない。
けれど、その佇まいには、なぜか既視感があった。
俺は、そいつを知っている。
ユウでもナギサでもない。
それでも、あの影が“物語の鍵”を握っている気がした。
その影が、わずかにこちらへ振り向いた──ような気がした瞬間、ぞくりと背筋が凍った。
“あいつ”は、俺のことを見ていた。
まるでずっと前から知っていたかのような、深い“視線”の感触。
記録帳に書き足す──
『火曜日・第十二週目。屋上に人影。既視感。要観察。視線を感じた。明らかにこちらを見ていた』
誰かが、確かに俺を見ている。
そして俺も、ようやく“見る側”になろうとしていた。
その瞬間、不意にポケットの中でスマホが震えた。
画面を見ると、通知はない。履歴もない。
けれど、“触れられた”感覚だけが、確かにあった。
俺は、もう一度屋上を見上げた。
だが──そこにはもう、誰の姿もなかった。