火曜日・第十三週目。
空が少しだけ濁って見えた。朝の光は灰色を帯びていて、まるで世界が新たな幕を下ろす前の一瞬を告げているようだった。
起き上がると、身体の奥に鈍い重みがあった。寝不足でも、体調不良でもない。何かが、確実に“崩れている”──そんな予感。
記録帳を手に取り、いつも通りに日付を書き込もうとする。けれど、ペン先が紙に触れた瞬間、文字が滲んだ。
「……インク、じゃない。俺の手が震えてるのか」
ゆっくりと深呼吸し、火曜日の第一行目を書く。
──『火曜日・第十三週目』
通学路、風景は変わらない。だが、どこか見覚えのない顔がすれ違った気がした。もしくは、すれ違う人々の視線が、わずかに俺に集まっていたような錯覚。
そして教室。
誰もが普段通りの表情を浮かべている。けれど俺だけが、その空気に混じれない。
昼休み。屋上への階段を上がろうとした時、不意に背後から“視線”を感じた。
振り返る。
誰もいない。
「……また、か」
だがその瞬間、ポケットの中でスマホが震えた。画面を確認すると、通知はゼロ。しかし“触れられた”感覚が、確かに残っている。
午後、校舎の裏を歩いていた時、壁の影に何かが動いた。
人影?
走って近づく。けれど、そこには何もなかった。ただ、地面に一枚の紙片が落ちていた。
──『観測は終わらない。観測される者がいる限り』
メモの筆跡は、過去のものと違っていた。まるで、誰か“別の観察者”が存在するかのように。
夕暮れ、校庭の片隅に立ち尽くしていると、再びあの感覚が背後を撫でる。誰かが、確実に俺を見ている。
その瞬間、脳裏に過去の火曜日の記憶が連鎖的に蘇る。繰り返された日々、失われた対話、途切れた観測記録。
「……本当に、終わっていなかったんだな」
夜。布団の中で、俺はそのメモを見つめながら思う。
俺は、まだ“見られている”。
そして、その視線の主が、今までの誰でもない可能性に──かすかな希望と恐怖が交錯する。
思い返す。以前の“観察者”──ユウの存在。
けれど、この視線には彼女のような静けさはなかった。もっと……鋭く、冷たいものだ。
視線の主は、俺を試しているのか。あるいは、俺の行動を評価しているのか。目的は不明。だが確実に言えるのは、そこに“明確な意思”が存在するということ。
もし、これが新たな観察者の出現であるなら──彼(彼女)は何者なのか。どこで、どのタイミングで、俺を認識したのか。
記録帳の端に、俺は新たな言葉を書き加える。
──『火曜日・第十三週目。異質な視線。別の観察者の存在。未確定。要注意』
どこかで──新たな歯車が動き出している。
物語は、まだ終わっていない。