何度目の   作:水瀬りんご

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観察

月曜日の朝。教室の空気は毎週変わらず緩やかにだらけていて、誰かのあくびが連鎖していく。

 

俺はいつもの席、後ろから二番目の窓際に座りながら、ぼんやりと教室を見渡していた。黒板のチョーク跡、教卓の上のプリント、教室の端で話している数人のグループ。全部、繰り返された光景。

 

「なぁ、瀬乃宮。これ、プリントどれやったっけ?」

 

前の席の倉科が、毎週同じタイミングで同じ質問をしてくる。俺は同じように答える。

 

「一番上のだよ。今日の課題」

 

「おー、サンキュー」

 

倉科は同じ返しで笑いながらプリントを手に取る。その笑顔の角度も、声の調子も、全てが寸分違わない。

 

──退屈だ。

 

繰り返される日常に、俺の感情はもうほとんど反応しなくなっていた。

 

けれど、それでも俺は周囲を観察するのをやめていなかった。このループには、まだ“何か”がある気がした。ただ繰り返すだけの世界ではない。どこかに、ほころびがあるんじゃないかと。だから、俺は目を凝らす。些細な違和感を探して、クラスメイトの何気ない言動を一つ一つ拾い上げていた。

 

ある日は、理科の実験で使う器具の位置が、微妙に違っていた。別の日には、保健室の表紙カレンダーの写真がすり替わっていた。それらが誰かの手による“偶然”なのか、それとも“異常”なのかはわからなかった。でも俺には、それすらも貴重だった。

 

「お前、最近ボーッとしてね?」

 

倉科が珍しくそんなことを言ったループがあった。いつも通りの無関心な目をしながらも、どこか、俺の変化に触れようとするような口調だった。

 

「眠いだけだよ」

 

俺はそう返す。倉科は「そっか」と言って、またすぐに話題を変える。──たったそれだけで、俺は少しだけ救われた気がした。

 

誰かが、自分の“変化”に気づいた。それだけで、孤独がほんの少し薄れた。

 

この世界で、俺はひとりだ。誰も記憶を持たず、誰もループを知らない。でも、それでも。俺の存在が、誰かの記憶の端にでも触れる瞬間があるなら──それは、ほんのわずかでも希望だった。

 

毎週、同じ授業を受け、同じ帰り道を歩く。駅前のコンビニで同じパンを買い、家の玄関で同じ鍵を回す。すべてがルーチンで、何の意味もなく思える。だけど、それでも俺はその中に小さな違和感や変化を探し続けていた。

 

放課後、校舎裏のベンチで一人本を読む教師、部活に出る前に廊下で泣いていた一年生、誰にも見られていないと思って大きく伸びをする同級生。そうした“誰も気にしない断片”を、俺は毎週集めていった。

 

そんな行為に意味があるのか? たぶんない。

でも、何かを観察して記録し続けることが、俺の“存在の証明”になる気がしていた。

 

ある日、俺はノートを一冊持ち出して、「ループ記録帳」として使い始めた。日付を書き、起きた出来事、発見した違和感、誰かのセリフ、天気、気温、昼飯の献立まで、覚えている限りを書き記す。

 

誰かに読ませるつもりもなかった。けれど、ページをめくるたびに「確かに俺はここにいた」と思えた。

 

ある放課後、俺は図書室の窓辺に座り、ふと空を見上げた。夕焼けがガラス越しにじわりと広がっていて、その光に染まった書架の影が長く伸びていた。

 

「……きれいだな」

 

無意識に漏れたその一言に、自分自身が驚いた。

 

俺はまだ、世界の美しさに反応できるんだな──と。

 

孤独に、慣れてはいないのかもしれない。

 

それからしばらくして、奇妙な夢を見るようになった。誰かが名前を呼んでいる声。真っ白な教室。黒板には書きかけの数式。そして、机の上に置かれた古びた懐中時計。

 

その夢はループのどの週でも現れた。

 

夢の中で、時計はいつも6時45分を指して止まっていた。

 

「なんで……?」

 

目覚めたとき、胸の奥が妙にざわついていた。

 

俺はその夢を、記録帳の裏表紙にスケッチして描き写した。

 

止まった時計。白い教室。誰かの声。

 

それは、俺が無意識に“誰かの気配”を求めている証拠だったのかもしれない。

 

──この世界は、本当に俺一人だけなのか?

 

そんな疑問が、少しずつ心の中で芽生え始めていた。

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