何度目の   作:水瀬りんご

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侵食する存在

火曜日・第十七週目。

 

この日、目覚めと共に胸に残ったのは、妙な静寂だった。

雨でも風でもない、ただ音がない──“不自然な無音”。

 

「……変わってきている」

 

呟きながらカーテンを開けると、空は雲一つない青。だがその青はどこか人工的で、まるで色を塗り込めたような空だった。

 

学校に着いた俺は、まず教室ではなく図書室へ向かった。前日に“返答”を得た俺は、何かが変わると信じていた。

 

記録帳を開く手が微かに震える。

──『火曜日・第十七週目。応答あり。連鎖継続。接触の兆候。』

 

図書室の机に、誰かの忘れ物のように置かれた赤い付箋があった。

 

──『観測は、始まりに過ぎない。次は“干渉”だ』

 

その一文に、背筋が凍る。

 

干渉──観察者が一線を越えようとしている。

 

それが実感に変わったのは、二限目の授業中だった。

教室の窓際、誰もいないはずの席に視線を向けると──そこに、影が“揺れて”いた。

 

影の輪郭が、歪んでいる。

人の形のようで、人ではない“何か”。

 

一瞬、目が合ったような錯覚が走った。

 

「……見てるのは、俺だけじゃない」

 

休み時間、俺は校舎裏に回った。

そこに、前回と同じ“チョークの円”が再び描かれていた。

今度は、中心に“印”があった。

三重の円。その中心に×印。

 

俺は足を止めたまま、しばらくその円を見つめる。

 

──これは、観察対象の“マーク”か?

 

つまり、俺は──

 

“観察されるために選ばれた”存在なのか?

 

その日の放課後、誰もいないはずの準備室で、突然、背後に気配を感じた。

 

振り返ると、白衣を着た教師が立っていた。

 

だが──顔が“見えなかった”。

光に反射して、目元から上がすべて影になっている。

 

「君、ここで何をしているんだい?」

 

声は聞き覚えがない。

担任ではないし、どの教師の声でもなかった。

 

俺は無言で首を横に振り、その場を離れた。

 

──あれは、本当に“教師”だったのか?

 

帰宅後、記録帳に走り書きする。

 

──『観察は段階を変えた。存在が、侵食し始めている』

 

夜。再び窓の外を見た。

そこに、以前の“人影”があった。

 

だが、今回は“二人”だった。

 

並んで立っていた。まるで監視員のように。

 

そして、俺の目の前で、手を振った。

 

──『干渉の段階に入る』

 

その文字が、スマホの画面に通知のように浮かんだ。

メッセージアプリは開いていない。履歴も残っていない。

 

それでも、そこにあった。

 

俺はスマホを握りしめ、心の中でつぶやく。

 

「……来るのか。次の段階が」

 

夜、眠る直前。

ふと目を閉じたまま、頭の中に“声”が響いた。

 

──『こちらから、行く』

 

その瞬間、背筋が凍った。

誰かが、ついに境界を超えてこちらに来ようとしている。

 

記録帳の新しいページに書く。

 

──『火曜日・第十七週目。観察から干渉へ。世界の構造が変化を始めた。俺は今、中心に立っている』

 

そして、その文字を見つめながら、俺は静かに息を吐いた。

 

──この火曜日の先に、まだ何があるというのか。

 

それでも、俺は明日もまた、目を覚ます。

 

火曜日に。

 

そして、戦うために。

 

 

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