火曜日・第十八週目。
目覚めた瞬間、胸の奥に重たく沈んだものがあった。
夢を見ていた。けれど、それが夢だと気づいたのは、目覚めた後ではなく、夢の中だった。
現実と寸分違わぬ教室。窓から差す光、空調の音、クラスメイトの何気ない会話。そのすべてが、本物と見分けがつかないほどに緻密だった。
そして、その夢の中で──俺は“殺されて”いた。
「……」
言葉が出なかった。汗が背中を伝い、視界の端が歪んでいる。自分の呼吸音だけが、世界のすべてを侵していた。
火曜日は、ただ繰り返されるだけの日ではなくなっていた。
侵食。干渉。
そして今──『侵入』が起きつつある。
登校途中、すれ違ったはずの女子生徒が、数歩先で再び現れた。
教室のドアを開けた瞬間、クラスメイト全員の視線が“同時に”こちらを向いた。
それは偶然でも、気のせいでもなかった。
「……気づいているのか?」
そう問いかけても、彼らは何も答えず、すぐにいつもの会話に戻る。
まるで“自動再生される映像”のように、すべてが繰り返されていた。
二限目、教室の窓に、外からのぞく“顔”があった。
いや、顔の“ような”何か。
皮膚がなく、目も口も曖昧で、ただ“俺を見ていた”。
授業中、その幻覚は何度も現れた。
ノートを開けば、書いた覚えのない文字。
──『お前が中心だ』
頭が痛い。記憶が、現実を突き崩していく。
俺はそっと立ち上がり、トイレに向かった。
廊下の途中、鏡に映った“自分の背後”に、知らない誰かが立っていた。
振り返ると、誰もいない。
それでも、鏡の中には、そいつが“笑って”いた。
「……やめろ」
独り言が口から漏れる。
声に力がない。希望も、怒りも、すべてが薄くなっていく。
記録帳に書こうとした文字が、手の震えで読めない。
そして、放課後。
誰もいない図書室の奥、閉ざされた準備室。
その扉が、勝手に開いた。
ゆっくりと、まるで中から誰かが俺を“招いている”かのように。
踏み出した足は、もう後戻りできない覚悟だった。
暗い部屋。書架の隙間に“誰か”が立っている。
白い服。長い髪。顔は、ない。
ただ“存在している”。俺に干渉し、記憶に侵入し、火曜日を壊していく“何か”。
「お前は、誰だ……」
言葉は返ってこない。ただ、その存在が、俺の近くに立ち続けていた。
息が苦しい。心が裂けそうだ。
──でも、それでも。
俺は立ち尽くしながらも、まだ“終わり”を認めてはいなかった。
この世界がどれほど歪んでも、俺が正気を保ち続ける限り、火曜日は俺の観測下にある。
そう信じていた。
けれど──
その夜、記録帳に書き残した文字はたった一行だった。
──『火曜日が、俺を侵している』
そして、眠りにつく直前。
夢の中で、あの“顔のない存在”が耳元で囁いた。
──『これからが本当の始まりだよ』
その声は、やけに優しく、やけに現実的だった。
朝が来るのが、怖かった。
目を開けるのが、怖かった。
そして俺は、その恐怖を胸に抱いたまま、火曜日の第十九週目へ──足を踏み入れる。