何度目の   作:水瀬りんご

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異変

ループを何十回も繰り返すうちに、俺の感覚はどこか歪んできた。

 

月曜日の朝に目覚めるたび、前の週の記憶が鮮明に蘇る。にもかかわらず、家族は、友人は、教師たちは、いつもと変わらぬ笑顔で俺を迎える。まるで俺が“新しい月曜日”を生きていると、本気で信じているように。

 

だが、俺にとっては、もはや“初めての月曜日”ではなかった。

 

何十度目かの朝食を取り、同じ駅の階段を上り、同じタイミングで点呼されるホームルームに出席する。微妙なズレすら許されない“完全な繰り返し”の中で、俺は日々、自分の思考と感情をすり減らしていった。

 

そんな日々の中で──ある週から、夢を見るようになった。

 

真っ白な教室の中、どこからか声が聞こえる。「……アキラ」と、誰かが俺の名前を呼ぶ。

 

誰の声なのか分からない。けれど、それは決して知らない声ではないという確信だけがある。

 

目を覚ますと、心臓が妙に早鐘を打っていた。夢で感じたその“気配”が、確かに現実のどこかに存在していると信じさせるだけの“何か”があった。

 

俺はその朝、ノートの新しいページに夢の構図を描いた。真っ白な教室、止まった時計、そして名前を呼ばれた感覚。それらを言葉と図で留める。

 

「……もし、この夢がループと関係してるとしたら」

 

根拠のない仮定。でも、他に考えることも、信じるものもなかった。

 

その週、俺は放課後になると図書室の奥で調べものをする時間を増やした。ループ、時間停止、予知夢、記憶の移動、古代文明、量子論……すべて断片的な知識だったが、それでも何かのヒントにならないかと必死だった。

 

蔵書の中に「夢の象徴辞典」という本を見つけたとき、心が少しだけ跳ねた。教室は「社会的な場に対する不安」、時計は「時間への恐怖」、そして「声を聞く」は──“未解決の記憶”を意味するらしい。

 

未解決。

 

俺のこの現実そのものじゃないか。

 

次第に、日常の細部にも変化が現れるようになった。

 

体育館裏の水道が、前の週は壊れていたのに、今週は直っていた。

校庭の隅にあった雑草が、先週より少しだけ伸びていた。

 

「……そんなはずない」

 

この世界は完全なループじゃなかったのか?

 

誰かが“俺以外”にも記憶を持っている?

 

その可能性に気づいた瞬間、背筋に冷たいものが走った。

 

もしかして、この世界の中に“もう一人、観測者がいる”のか?

 

──その日から、俺の目は変わった。

 

観察ではない。疑念だった。

 

誰がそれなのか。クラスの誰か?教師?家族?

 

それとも、まったく別の存在か。

 

その疑念が、俺の視線に影を落とし始めた。

 

けれど、それと同時に確かに心のどこかで──“期待”していたのも事実だった。

 

誰かがいてほしかった。

 

この世界に、自分以外にも孤独を知っている誰かが──

 

そう願いながら、俺は行動を変え始めた。

 

まず、教室での会話の中で些細な“引っかかり”を拾う。

 

「この話、前も聞いた気がする」

 

そんな独り言を呟いたのは、同じクラスの佐伯という女子だった。

 

その瞬間、俺の心は跳ねた。

 

が──次の瞬間、彼女は友達に笑いながら「デジャヴかな」などと付け加え、特に気にした様子もなかった。

 

それでも、俺の記録ノートにはその発言が赤字で書かれた。

 

次に、保健室の先生。いつもと違うピアスをしていた。

 

そして、校門の掲示板に貼られた週予定の紙が、微妙に書体を変えて印刷されていた。

 

そういった“小さなゆらぎ”が、ここ数週で少しずつ増えてきている。

 

もしこれが、何かの兆候だとしたら。

 

「いや、考えすぎか……」

 

自分にそう言い聞かせながらも、俺は毎週、記録を重ねていった。

 

その合間に、夢もまた変化していく。

 

教室の中で、聞こえる声が少しずつ大きくなっていく。輪郭を持ち始め、言葉に抑揚が生まれる。

 

「アキラ……聞こえる……?」

 

ある週の夢では、そんな言葉がはっきりと耳に届いた。

 

目覚めた瞬間、息が詰まりそうだった。俺の名前を“知っている”声だった。

 

この夢は、ただの無意識の産物ではない。

 

誰かが、俺に語りかけている。

 

現実に、その“誰か”がいる。

 

「……なら、見つけてやるよ」

 

この世界で、俺以外にも目覚めている誰か。

 

その存在を見つけるために、俺は観察者から──探索者へと変わっていった。

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