記録帳のページは、もう何冊目になるか分からない。
俺の部屋の机の引き出しには、同じ週の記録が何十冊と積み重なっていた。
夢の中の声は毎週少しずつはっきりしてきたが、それが現実とどうつながっているのかは、いまだ手がかりがない。
それでも、俺は毎週律儀にノートを更新し、図書室やインターネットの書き込みをコピーして、一つの地図のようにループの構造を把握しようとしていた。
ある日の放課後、俺は自分の記録ノートを見返しながら、学校の裏庭にあるベンチで缶コーヒーを飲んでいた。冷えた風が頬をなぞる。空は淡く、オレンジに染まりつつある。
「この世界が閉じた系なら、何かしらの誤差が……」
俺の独り言に答える者はいない。
ノートの一ページをめくる。そこには、過去に記録した“変化”が時系列でまとめてあった。
・○月○日:購買のパンがいつもより早く売り切れた
・○月○日:体育の時間に転んだ生徒のタイミングが変わった
・○月○日:自動販売機の位置が5cm左にずれていた
ひとつひとつは誤差と呼ぶには小さすぎる現象。
けれど、それらが積み重なっていくことで、俺はある仮説にたどり着きつつあった。
「この世界は、完全な固定ループじゃない……」
変化の可能性がある。どこかに、軸を揺らす要因がある。
その“揺らぎ”が発生する条件を突き止められれば、何かを変えることができるかもしれない。
その日、俺は初めて、記録の分析を“外”に向けて実践することに決めた。
次の日、俺は朝からスケジュールをずらしてみた。
いつもより10分早く家を出て、別ルートで学校へ向かう。交差点で信号が変わるタイミング、犬の散歩をしているおばさんの出現位置、朝礼の時間まで、全てを変えてみる。
しかし、結果は──変化なし。
けれど、それを何週も続けていくと、ある週、違和感が生まれた。
教室のドアが、いつもより“開いていた”。
ほんの数センチ。
誰かがすでに入ったかのような、気配。
だが誰もいなかった。
「……先に来てた、のか?」
俺の行動に干渉する“誰か”。
その気配が確信に変わったのは、翌週の月曜日だった。
俺が教室のドアを開けると、黒板に、チョークで小さくこう書かれていた。
『Good morning, Loop.』
手が、止まった。
背筋が凍り、心臓の音が頭に響く。
──これは、誰が書いた?
誰かが、俺の“時間”を認識している。
だとすれば、そいつは“俺と同じ”存在。
俺は、即座に黒板をノートに書き写し、証拠として写真も撮った。
その日から、俺の行動は一変した。
“書いた人物”を特定するために、教室の監視と記録に集中する。
朝イチで教室に入るため、毎日始発電車に乗る。教師に怪しまれないよう、あくまで“早起きで勉強熱心な生徒”を装いながら。
しかし、次の週の黒板は──何も書かれていなかった。
また次の週も、何も。
そして、そのまた次の週。
『また、君か。』
そう、書かれていた。
──これは、確実に“意思”を持った誰かが、俺に向けて発している。
しかも、“また”という表現。
つまり、向こうも俺を“繰り返して見ている”ということ。
やはり、俺と同じ“記憶保持者”が存在している。
そう確信した俺は、とうとう“問い”を書くことに決めた。
『君は、何者だ?』
黒板の左隅に小さく書いた。
翌週の朝、俺は黒板を見て、息を呑んだ。
『お前と同じ、観察者だ。』
この世界に──俺以外の“目覚めた人間”がいる。
その事実に、俺の心臓は初めて前向きに高鳴った。