何度目の   作:水瀬りんご

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観測の迷宮

火曜日・第三十四週目、午前五時四十八分。

 

目を覚ました瞬間、天井に浮かぶ染みの形が、わずかに変わっていることに気づいた。

いや、変わったのではない。俺の“視点”が変質したのだ。

 

それは昨日までの査定の余波か、あるいは記録者としての“次なる段階”の始まりなのか──。

 

記録帳の最初のページが、勝手にめくられていた。

そこには初期の記録──火曜日が始まった頃の、荒れた筆跡が残されていた。

 

──『なぜ繰り返す? なぜ俺だけが気づく?』

 

今となっては、懐かしい疑問だ。

 

第三十四週目の今の俺は、問いの一部に答えを得ている。

だが、その答えは“真実”ではなく、“一つの仮定”にすぎない。

 

通学の途中、またも“顔のない”通行人がちらついた。

査定後の制限は解除されたはずだったが、それでも一部の情報はマスキングされたままだ。

 

俺の目に映る世界は、今や多層構造の迷宮のようだ。

観測できるもの、できないもの。記録できるもの、記録を拒絶するもの。

 

「今週も、正気を保てるか……」

 

呟いた言葉に、誰も答えない。

 

学校に到着しても、やはり違和感があった。

黒板の字が、一定時間ごとに書き換わっていく。授業内容が繰り返されているわけではないのに、時間そのものが円環の中を回っているようだった。

 

昼休み、図書準備室に立ち寄った。

あの場所──ユウと初めて会話した場所、記録の始まりと変質の分岐点。

 

今では静かすぎるその空間で、俺は一冊の古いノートを見つけた。

見覚えはないが、なぜか懐かしさを感じた。

 

表紙には、文字が一つだけ刻まれていた。

 

──『連鎖』

 

中をめくると、断片的な記述が並んでいた。

 

──『観測は選択ではない。観測は因果の結果である』

──『記録者は囚人ではない。囚人を演じる観察者である』

 

どこか、俺の過去の記録に似ていた。

まるで、別の“俺”が書いたかのような錯覚。

 

いや、もしかすると──これは、“未来の俺”なのか?

 

その瞬間、教室に戻った俺の手元で、記録帳が震えた。

開くと、見たことのないページが自動的に生成されていた。

 

──『観測者A25へ通達:次回査定までに因果構造の特定を完了せよ。記録内容に基づく交差確認を行う』

 

因果構造──記録された情報の“起点”を探せ、ということか。

 

俺は机に突っ伏しながら、自問する。

 

この火曜日の最初の繰り返しは、どこから始まった?

なぜ月曜日ではなく火曜日だった?

なぜ、俺だった?

 

そして、なぜ記録は削除されず、続いているのか?

 

誰かが記録を望んでいるのか。

それとも、俺が記録することそのものが、“観測される契機”なのか──。

 

放課後、再び地下の観測点を訪れる。

そこには、前回現れたアーカイブ管理者ではない、別の人物が立っていた。

 

「君は、観測に囚われているな」

 

それは白い仮面をつけた人物だった。声も感情も読み取れない。

 

「……誰だ?」

 

「私は“連鎖の回収者”だ。記録の中に埋もれた因果を抽出する者」

 

「因果を……抽出?」

 

仮面の男は頷いた。

 

「君の記録は“進行している”。しかしその中に、いくつか“本来存在しないはずの記述”が混じっている」

 

「それは、俺が書いたんじゃないってことか」

 

「否。君が書いたのだ。ただし、別の時間層でな」

 

意味が分からなかった。

 

「君がこのまま記録を続ければ、やがて“収束点”に到達する。その時、君は全ての火曜日を超えて“火曜日を定義する者”になる」

 

「……定義、する?」

 

「火曜日は、もはや自然な時間ではない。観測され、記録されることで、存在を維持している“人工的な曜日”だ」

 

──火曜日は、世界にとっての“記録装置”なのか。

 

俺は記録帳を開き、震える手で書いた。

 

──『火曜日・第三十四週目。記録と因果の構造接続確認。観測対象が曜日構造そのものに移行中』

 

──『“火曜日”とは、観測装置。俺はその中心に近づいている』

 

その時。

仮面の男が一歩、近づいてこう告げた。

 

「君がその中心に到達したとき、火曜日は終わる。だが……君も終わる」

 

目が合った。

 

──終わる? 俺が?

 

記録を続ければ真実に近づく。

だが、それは存在の終焉と隣り合わせ。

 

それでも、俺は記録帳にこう刻む。

 

──『この記録が終わる時、世界が定義される』

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