火曜日・第四十週目、午前五時一分。
目覚めた瞬間、胸に奇妙な重みがあった。
過去でもなく、未来でもない。けれど確実に“今”とは異なる、異質な何かが、俺の中で蠢いていた。
記録帳を開くと、前夜の筆跡の隣に、小さく別の字で書き足されている行があった。
──『重なりは、始まっている』
その筆跡は見覚えがなかった。
ユウでも、ナギサでもない。
それでも、どこかで見たような感覚があった。
登校中、通学路に見慣れない少女が立っていた。
制服はこの学校のものだが、見たことがない顔。
彼女は俺を見ると、小さく笑って、そのまま反対方向に歩き出した。
まるで、“確認”を終えたかのように。
教室に入り、黒板を見た瞬間、手が止まった。
火曜日の予定表の下に、チョークで書かれた文字。
──『観測の交点:4階準備室・13時45分』
交点──それは異なる時間軸、あるいは観測者たちの視点が交わる場所を意味する言葉。
昼休み、俺は弁当を持って人気のない準備室へ向かった。
時間は、13時43分。
扉を開けると、そこには誰もいなかった。
けれど、空間が明らかに“観測されている”感覚があった。
13時45分。
空気が震え、視界がわずかに滲む。
目の前の空間に、光の筋が走った。
そこに現れたのは──仮面の男だった。
「この時間軸は、もはや単一ではない」
「……どういう意味だ」
「君の記録が“他の火曜日”と干渉を始めている。つまり、この世界には君が知らない“火曜日”が複数存在している」
「平行……世界、か?」
「正確には“再構築された時間の層”だ。君の記録が触れた未来が、並列的に生成されている。君はそれらの交点に立ち始めている」
「じゃあ、俺は……すでに分岐の渦中にいるってことか」
男はうなずいた。
「そして、それは君だけではない」
彼は手を掲げた。
次の瞬間、空間が再び震え、準備室の片隅に見慣れた姿が現れた。
──ナギサ。
だが、彼女の目は俺を“知らない人間”を見るようなまなざしだった。
「この火曜日の彼女は、君のナギサではない」
「……重なりが、本当に始まってるのか」
「そのとおり。だが、これがチャンスでもある」
「チャンス……?」
「本来交わることのない観測線が、今、偶然にも交錯している。君が“何を記すか”によって、未来の時間層が変わる」
俺は記録帳を取り出し、震える手でペンを握った。
ナギサがこちらを見る。その視線には、確かな“違和感”と“興味”が混じっていた。
「未来は……選べるのか?」
「記録する限りは、な」
その言葉に背中を押され、俺はペンを走らせた。
──『火曜日・第四十週目──時間層の重なり確認。
観測の交点発生。ナギサと再遭遇(異世界個体)。
記録による未来への干渉が可能性として存在する』
──『選ぶ意思を、記録に込める。』
放課後、空を見上げた。
同じ空。けれど、どこか違う空。
火曜日はまだ終わらない。
だが、終わらせるための道筋が、ようやく見えてきた気がした。