何度目の   作:水瀬りんご

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記録の裂け目

火曜日・第四十二週目、午前五時五分。

 

目を開けた瞬間、違和感が肌にまとわりついた。

重力がわずかに強くなったような、あるいは空気が一枚多くまとわりついたような──そんな違和を、俺の体は確かに覚えていた。

 

記録帳を開くと、見覚えのないページが追加されていた。

そこには、俺の筆跡ではない文字で、こう記されていた。

 

──『この記録は、一度破棄された』

 

目の奥がきりきりと痛む。

この記録帳は、俺の意思の証明であり、唯一の存在の証明だったはずだ。

それが“破棄”された?

 

破棄したのは誰だ? なぜ、今ここに?

 

ページをめくるごとに、断片的な過去の記述が“書き換え”られていることに気づく。

ユウとの会話の記録が、知らない言葉にすり替わっている。

ナギサとの再会のシーンが、“遭遇せず”となっている。

 

「これは……誰かが俺の“過去”を操作してる……?」

 

ぞっとした。

 

登校中、いつもの景色がどこか不安定だった。

電柱の間隔が違う。横断歩道の白線が一本多い。見慣れた古本屋が、知らないカフェに変わっている。

 

視界の端で、誰かがこちらを見ている。

ふと振り返ると、白い仮面をつけた子どもが立っていた。

……子ども?

 

「あの記録は、もう使えないよ」

 

子どもはそう言い、消えた。

 

……あの記録とは、どれのことだ。

 

昼休み、俺は再び準備室に向かった。

だが、前回の“交点”はもう存在しなかった。

空間の歪みは感じられず、ただの静かな空間。

机の上には、ナギサが残していったはずのペンが置かれていた。

──それだけ。

 

放課後。

記録帳に書き込みながら、俺はひとつの“割れ目”に気づいた。

 

──ページとページの隙間、わずかな空白。

その余白に、俺は新たな一文を記す。

 

──『破棄された記録にこそ、真実が宿る』

 

その瞬間、記録帳が熱を帯びた。

ページが勝手にめくられ、何十週分もの火曜日の記録が、別の順番で再構築されていく。

 

──再編集。

──記録の再接続。

 

俺は混乱しながらも、その変化を見届けた。

そして気づく。

 

この世界は、ただのループではなかった。

 

それは、“編集される物語”だったのだ。

 

誰かが、観察し、記録を操作し、俺の運命を“読んでいる”。

俺の視点は、すでに他者の手の中にあるのかもしれない。

 

だが。

 

──『読む者よ、これが俺の記録だ。お前が誰であれ、この物語はまだ終わらない』

 

記録帳の裏表紙に、俺はそう刻みつけた。

 

視線の先には、再びあの少女──見慣れない制服の彼女の姿があった。

彼女は何も言わず、ただ俺に背を向け、歩き去っていく。

 

だが今度は、俺は追いかけた。

 

なぜなら、ようやく“裂け目”を見つけたからだ。

この繰り返される火曜日に亀裂を入れる唯一の手がかりを。

 

未来は、まだ選べる。選ばせないという意志に、抗うだけの記録があれば。

 

──火曜日・第四十二週目、裂け目発見。 ──記録は改ざんされたが、再記録による上書きが可能。

 

物語は、ここから“読み直し”が始まる。

 

 

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