朝の教室には、以前と変わらぬざわめきが漂っていた。
それなのに、俺の中ではすでに何かが“変わってしまった”という確信があった。
黒板に書かれた『お前と同じ、観察者だ。』──それは、俺の孤独を打ち砕く一撃だった。
興奮、驚愕、不安、そして喜び。
そのどれでもあったし、どれでもなかった。
だが一つだけ確かなことがある。俺は、もう“独り”じゃない。
「……観察者、ね」
昼休みの図書室、静寂の中で俺はノートを広げながら呟いた。
“観察者”が俺以外にも存在する。ならば──そいつはどこにいる? 誰なのか?
俺は黒板に返事を書くことにした。
『次の朝、もう一度話そう。俺は来る。』
小さく、誰にも見られないように隅に書く。これでまた応答があれば、確実に“通信”が成立する。
それだけが、今の俺に残された“つながり”だった。
次の週。月曜日。
教室に一番乗りで入ると、黒板にはまたしても文字があった。
『……わかった。待ってる。』
確かに、応答があった。誰かがそこにいる。俺を見ている。
だが、それ以上の情報はない。
その日から俺は、学校内の全ての動きを記録することにした。
──誰が、いつ、どこで、何をしているのか。
担任の動き、教室の出入り、昼休みに図書室へ向かう人影。
すべてを“監視”する。
だが、誰も怪しい行動は取っていなかった。
「もしかして……学校の外?」
そんな可能性すら考える。
あるいは、教師や職員──あるいはもっと別の存在かもしれない。
俺は次の返答で、踏み込んだ質問をすることにした。
『君は、生徒か?教師か?それとも、別の存在?』
その問いに対し、次の週──返ってきた答えは、ただ一言だった。
『ノーコメント。』
その答えに俺は苦笑した。だが、確かに“会話”は成立している。
それから数週にわたり、俺たちは短い“通信”を繰り返した。
互いに情報を探り合うような、探り探られのやりとりだった。
黒板を通じた筆談。
奇妙で、滑稽で、そして──
楽しかった。
この世界で、初めて誰かとつながった感覚。
それがどれほど尊いものか、俺は初めて知った。
だが、そこに一つの影が差す。
ある週、返事がなかった。
黒板は、ただの黒だった。
不安が胸を締め付ける。
「……いなくなったのか?」
そんなはずはない。俺がこれだけ繰り返して、ようやく得た“つながり”だ。
次の週、俺は最後の望みをかけて一言だけ書いた。
『君は、まだここにいるか?』
そして、その次の週──黒板には、こうあった。
『ここにいる。だが、時間がない。』
時間がない?
どういう意味だ? 俺たちはループの中にいるんじゃないのか?
“時間がない”とは──まるで、この世界が終わるかのような言い方だった。
俺は、それ以上書き込む言葉を見つけられなかった。
だが、確かに何かが進み始めている。
この世界が、静かに“変わり始めている”。
その確信だけが、俺の中で燃えていた。