何度目の   作:水瀬りんご

63 / 63
継がれる視点

火曜日・第二週目、再観測。

 

再起動から二度目の火曜日を迎えた。

原初観測の起点から一週間。俺は変化を、兆しを、そして記録を重ねていた。

 

──だが、まだ“異変”は起きていない。

 

それは良いことなのか? それとも、嵐の前の静けさなのか。

 

朝、いつもと同じ時間に目覚めた。

記録帳を開いて最初に目に入るのは、昨日の俺が残した観測記録。

 

──『火曜日・第一週目、干渉兆候あり。新たな観察対象出現の可能性』

 

読み返すたびに胸がざわつく。あの屋上で感じた視線。

あの閉まりかけた扉。あの一瞬の気配。

 

あれは幻覚ではなかった。

俺の“観測者としての感覚”が、確かに反応していた。

 

この世界は今、静かすぎる。

すべてが整然としすぎている。

──まるで、完璧な舞台装置の上に存在しているかのように。

 

「おはよう、アキラ」

 

母の声。いつもと変わらない朝食。湯気、香り、会話。

すべてが心地よく、しかしそれが恐ろしい。

 

あまりに整いすぎている。

それこそが“不自然”だ。

 

登校中、俺は歩く速度を意図的に変えてみた。

信号の変化、通学路のすれ違う人々の挙動──そのすべてが微細に“調整”されている。

 

まるで俺の視線に合わせて、世界が順応しているかのように。

 

学校に着くと、ユウと目が合った。

彼女は不思議そうに笑って手を振った。

 

「ねぇ、最近ちょっと変じゃない?」

 

「……どこが?」

 

「アキラがさ。前より、よく周りを見てる」

 

図星だった。

だがそれを悟らせないように微笑で返す。

 

「観察するのが趣味になってきたんだよ」

 

「ふーん。なんか、違う世界の人みたい」

 

その言葉に、俺は一瞬、筆を止めかけた。

 

違う世界──それは、今の俺にとって皮肉でもあり、事実でもあった。

 

昼休み、再び屋上に上がる。

今度は扉がきちんと閉まっていた。

だが、そこには新たな気配があった。

 

床に、紙片が落ちていた。

前回とは違う、黒いインクで記された文字。

 

──『お前の記録は届いている。だが、真実にたどり着けるか?』

 

誰だ?

誰が、何の目的で、こんなメッセージを?

 

俺は記録帳に記す。

 

──『第二週目、再び外部接触有。干渉者は記録に応答している。だが存在を現さない』

 

その時、背後で金属音が響いた。

 

振り返ると、階段の影に人影が揺れていた。

一瞬、心臓が跳ねる。

 

──“それ”は、俺を見ていた。

 

ローブでもない、制服姿でもない。

だが、俺と同じ目をしていた。

何かを観て、何かを記録している目。

 

目が合う。

だが、次の瞬間には姿を消していた。

 

追いかけても無駄だ。

この世界では、“出会い”すら演出される。

 

放課後、俺は記録帳を開いた。

今までになく、強く、深く書き込む。

 

──『この記録は、俺が自らの存在を証明するために記している。誰に消されようと、俺は俺を観測し続ける』

 

ページの隅に、新たな記号が浮かんだ。

……見覚えがある。

原初観測キーの端部にあった暗号化ナンバーと一致している。

 

つまり──“誰かが鍵の情報を持っている”。

 

観測者は、俺だけではない。

 

世界の裏側に、もう一つの“視点”が動き始めている。

 

ユウやナギサは、まだ何も知らない。

 

──だが、この静寂が長く続くとは思えなかった。

 

火曜日・第二週目の夜。

記録帳を閉じた俺の目に、薄く浮かび上がる新たな一文が映る。

 

──『第三週目、観測者試練開始』

 

俺は目を閉じ、深く息を吸った。

 

次の火曜日が──本当の意味での“開始点”になる気がした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。