火曜日・第二週目、再観測。
再起動から二度目の火曜日を迎えた。
原初観測の起点から一週間。俺は変化を、兆しを、そして記録を重ねていた。
──だが、まだ“異変”は起きていない。
それは良いことなのか? それとも、嵐の前の静けさなのか。
朝、いつもと同じ時間に目覚めた。
記録帳を開いて最初に目に入るのは、昨日の俺が残した観測記録。
──『火曜日・第一週目、干渉兆候あり。新たな観察対象出現の可能性』
読み返すたびに胸がざわつく。あの屋上で感じた視線。
あの閉まりかけた扉。あの一瞬の気配。
あれは幻覚ではなかった。
俺の“観測者としての感覚”が、確かに反応していた。
この世界は今、静かすぎる。
すべてが整然としすぎている。
──まるで、完璧な舞台装置の上に存在しているかのように。
「おはよう、アキラ」
母の声。いつもと変わらない朝食。湯気、香り、会話。
すべてが心地よく、しかしそれが恐ろしい。
あまりに整いすぎている。
それこそが“不自然”だ。
登校中、俺は歩く速度を意図的に変えてみた。
信号の変化、通学路のすれ違う人々の挙動──そのすべてが微細に“調整”されている。
まるで俺の視線に合わせて、世界が順応しているかのように。
学校に着くと、ユウと目が合った。
彼女は不思議そうに笑って手を振った。
「ねぇ、最近ちょっと変じゃない?」
「……どこが?」
「アキラがさ。前より、よく周りを見てる」
図星だった。
だがそれを悟らせないように微笑で返す。
「観察するのが趣味になってきたんだよ」
「ふーん。なんか、違う世界の人みたい」
その言葉に、俺は一瞬、筆を止めかけた。
違う世界──それは、今の俺にとって皮肉でもあり、事実でもあった。
昼休み、再び屋上に上がる。
今度は扉がきちんと閉まっていた。
だが、そこには新たな気配があった。
床に、紙片が落ちていた。
前回とは違う、黒いインクで記された文字。
──『お前の記録は届いている。だが、真実にたどり着けるか?』
誰だ?
誰が、何の目的で、こんなメッセージを?
俺は記録帳に記す。
──『第二週目、再び外部接触有。干渉者は記録に応答している。だが存在を現さない』
その時、背後で金属音が響いた。
振り返ると、階段の影に人影が揺れていた。
一瞬、心臓が跳ねる。
──“それ”は、俺を見ていた。
ローブでもない、制服姿でもない。
だが、俺と同じ目をしていた。
何かを観て、何かを記録している目。
目が合う。
だが、次の瞬間には姿を消していた。
追いかけても無駄だ。
この世界では、“出会い”すら演出される。
放課後、俺は記録帳を開いた。
今までになく、強く、深く書き込む。
──『この記録は、俺が自らの存在を証明するために記している。誰に消されようと、俺は俺を観測し続ける』
ページの隅に、新たな記号が浮かんだ。
……見覚えがある。
原初観測キーの端部にあった暗号化ナンバーと一致している。
つまり──“誰かが鍵の情報を持っている”。
観測者は、俺だけではない。
世界の裏側に、もう一つの“視点”が動き始めている。
ユウやナギサは、まだ何も知らない。
──だが、この静寂が長く続くとは思えなかった。
火曜日・第二週目の夜。
記録帳を閉じた俺の目に、薄く浮かび上がる新たな一文が映る。
──『第三週目、観測者試練開始』
俺は目を閉じ、深く息を吸った。
次の火曜日が──本当の意味での“開始点”になる気がした。