それは、風が強い月曜日の午後だった。
昼休み、俺は屋上にいた。旧校舎の図書準備室での出会い以来、ユウとの連絡は黒板の短い文か、ごく稀なノートのやりとりのみ。直接会うことはなかったが、それでも“繋がっている”という確信があった。
しかし、その日、風に乗って届いたのは、まったく新しい気配だった。
「……あのさ、瀬乃宮くん」
声をかけてきたのは、同じクラスの佐伯だった。何度もループしてきた中で、彼女が俺に話しかけてくるのは初めてだった。
「何?」
警戒心がよぎる。だが、佐伯の顔はいたって自然で、笑顔を浮かべていた。
「最近、変わったよね。何かに取り憑かれたみたいな顔してる」
「……それは、褒めてるのか?」
「どっちでもいいけど。放課後、少し時間くれる?」
俺は黙ってうなずいた。
放課後、校舎裏。彼女は静かに切り出した。
「夢、見てるんだ。繰り返す夢。いつも同じ教室、同じ景色、同じ時間。……でも、誰かの声がするの」
背筋が凍った。俺は無意識にユウの姿を思い浮かべたが、彼女とは違う。
「それは……誰の声だと思う?」
「分からない。でも、男の子。『ここにいる、だが時間がない』って、毎回そう言うの」
俺の頭の中で何かが弾けた。
「それ……それは、俺の——」
言いかけて、言葉を飲み込んだ。違う。この反応は誘導されている。
「佐伯、お前……まさか」
彼女は少し微笑んで、口を開いた。
「私も、観察者。というより、元は観察者だった。今は違う」
「……どういう意味だ」
「ユウに会ったでしょ。彼女はまだ“中間”にいる。でも、私はその先を知ってる。ループはいつか崩壊する。その時、選ばれるのは一人だけなの」
「選ばれる……? 誰が?」
「世界が決める。記録を続け、変化に気づき、他者に干渉した者。ユウはまだ“観察”してるだけ。だけどあなたは——もう“選択”を始めてる」
目眩がした。足元が揺れるような感覚。
「なぜ、そんなことを俺に……」
「警告よ。ユウは正しい。でも、それがすべてじゃない」
佐伯はポケットから白紙のメモ帳を一枚破り、俺に渡した。
「その紙に、君の望む“終わり”を書いて」
「は?」
「ループが終わるとき、世界は君の“結末”を参照する。だから、選んでおくといい」
そう言って彼女は立ち去った。
俺はその紙をじっと見つめた。
終わり——?
まだ、始まりすら見えていないというのに。
その夜、夢を見た。
真っ白な教室。窓の外は黒く、何も見えない。ユウの声がした。
「——急いで、アキラ。時間が……もう……ない……」
目が覚めたとき、俺の手には例のメモ帳の紙が握られていた。
そこには、俺の筆跡で、たった一行だけが書かれていた。
『ここにいる、だが時間がない』
そして、誰かが小さく書き添えていた。
『選べ。世界が終わる前に』
そのとき、俺はようやく理解し始めた。
この物語は、観察者たちによる静かな戦いだ。誰が、何を、どこで“変える”のか。
選ばれる前に、俺は——
選ばなければならないのだ。