数分後
チャイムが鳴り、先生が教室に入ってきた。
日直の号令で挨拶をすると
「では……今日はみんなに紹介したい人がいます」
と先生は朗らかな笑顔でそう言う。
みんなザワザワと騒ぎ始める。
それぞれの共有網で新たな席や高級車のことをなんとなくは認識していた。
それが、先生の言葉で確信に変わったのだ。
歓喜と戸惑いと興味が教室を支配する。
「はいはい! 静かに!!」
先生は手を叩いて騒ぎをある程度抑えると、廊下に向かって呼び掛けた。
「円寺さーん!」
呼ばれた児童が教室に向かう足音が聞こえる。
その瞬間、教室が一瞬にして静寂に包まれた。
そしてその姿を現した時、みんなの目線は彼女に釘付けになった。
優雅な立ち振る舞い。
綺麗なウェーブのかかった茶色のロングヘアー。
そして、校門で見たときとはまるで違う黄色いパステル調の生地に白く大きく“I am L”とプリントされたTシャツを着ている。
シルエットの美しさと相反する野暮ったいTシャツ。
見惚れるものと呆気にとられるもの、様々な反応に分かれた。
「円寺さん。
黒板にお名前を書いて自己紹介をお願いします」
「はい」
先生に言われて返事をする声も気品があり美しい。
字も大きく綺麗で、先生が書いたのではないかと疑うくらいだ。
「おはようございます。
わたくし、円寺瑛琉(えんじ える)と申します。
由緒正しき円寺家に生まれ、名門校のもと勉学に励んでおりましたが、本日よりあなた方庶民の生活の経験をさせて頂けること光栄に思えます。
どうぞ。よろしくお願いいたします」
瑛琉は深く頭を下げる。
が、教室内の空気はぽかんとしており、先生さえもどうしたらいいか困惑した表情を浮かべる。
舞維は隣の席の子になんて言ったのか聞いているが、その子も首を傾げる。
「いわゆるお嬢様ねー。
あの服……お金持ちのセンスはわからないねーモコモコ」
綿多は小声でモコモコに言った。
憑はなにか瑛琉に不思議な感覚が湧いていた。
自分でも分からないが、緊張してしまっている。
本能なのだろうか、関わってはいけないと警告するかのように鳥肌が立ち、淡い恐怖が全身を覆った。
「え……えっとお……
円寺さんは、あちらの窓側の一番後ろの席へ」
「はい」
瑛琉は先生に返事をすると優雅に席へと向かって行く。
その歩き姿はやはり、クラス中に注目を集めるほど靭やかで美しい。
「それでは、朝の会を終わりにします。
今日の欠席は激斜さんだけですね。
……それではまた1時間目に」
先生の号令で朝の会が終わると、真っ先に舞維が瑛琉のもとに飛び込んだ。
「瑛琉ちゃん!!
あたし、城都舞維!!
こっちはあたしのアゲハチョウのアクマのアゲエ!!
よろしく!!」
舞維はとびきりの笑顔で瑛琉に話し掛け、握手を求めて手を差し伸べた。
瑛琉は頬杖を付き、窓の外を眺めるとランドセルからピンク色で白いフリルのついた天使の羽の刺繍がされた小物ポーチを取り出す。
「あ!! かわいい!!
そうだ! 瑛琉ちゃんのアクマってどんな子?」
舞維は手を出したまま、ポーチに反応し、アゲアゲのテンションのまま話し掛け続ける。
瑛琉は真顔のままポーチから小さな携帯用アルコールスプレーを出すと、何も言わずに舞維の手に吹き掛けた。
「わっ!? なに!!?」
舞維は思わず手を引っ込める。
瑛琉は流し目で舞維を見上げると
「わたくし、下民の汚らしいお身体とは触れたくありませんの」
とだけ言って、手であっちいけとジェスチャーを送った。
舞維はしばらくぽかんと立ち尽くしたが
「あっ!!」
と声を上げると
「そうだ!!
あたし、学校に着いてから手、洗ってない!!
よく気付いたね! 瑛琉ちゃんすごい!!
ごめんね! 今洗ってくる!!」
と舞維は手を洗うために廊下へと駆け足で向かった。
憑も窓側の席に座っている。
瑛琉の2つ前だ。
瑛琉が憑の横を通る時、身構えたが特に何もなかった。
その間──つまり、憑の後ろの席はナマケモノのアクマをもつ、いつも机に伏して寝ている眠木(ねむけ)さんなので直接、瑛琉の視線が飛んできているようで怖い。
憑は緊張しているからだと思い、落ち着くため1人いつもの絵本を読んでいる。
そのとき
「憑ちゃーん」
と綿多が話し掛けた。
憑は落ち着く声に顔を上げると、目元を綻ばせた。
「おはよー。
昨日はありがとー。
元気付けてくれてー、激斜さんを止めてくれてー」
綿多も優しく微笑みに、憑は照れて絵本に目線を戻してしまう。
それでもすぐに目線だけ綿多に向けると
「……いつも…………不破原さんに……助けてもらってたから…………」
と小さく言った。
綿多はふふっと笑うと
「ありがとー」
と憑の頭をぽんぽんと触れて優しく撫でた。
「そうだー、デビルルはー?」
「…………家……。
疲れて寝てる」
「へー、あのデビルルがー。
珍しー」
「少しよろしいかしら?」
2人が離していると、憑の背後から気高き声が聞こえた。
綿多が先に振り向き、憑も恐る恐る目線だけ向ける。
瑛琉がさっきまで頬杖をついていた手で、憑を指差して声を掛けてきていた。
「なにー?」
綿多は視線を変なTシャツに向けながら、返した。
「貴女ではありません。
そちらの本を嗜む麗人に話し掛けております」
「レイジン……?
もしかして……憑ちゃーん?」
綿多は憑をチラッと見る。
緊張なのか……それ以上のなにかなのか、本を掴む手が白んでおり顔が引き攣ってる。
「ですから貴女は眼中にありません。
わたくしはそちらの憑というお方に話がありますの。どうか中座を」
綿多は瑛琉の言い方に(半分くらい何を言っているのか分からないが)ムッとし、右腕を広げて憑を守るようにした。
肩のモコモコもいつでも飛び出せるぞという風に、意気込んでいる。
「私も憑ちゃんとお話してるのー。
お金持ちだか分からないけどー、庶民もお嬢様も関係ないからねー」
瑛琉の綿多への目つきが変わる。
とても冷たい。
アクマ暴走しているのではないかというくらいの冷酷さと威圧感だ。
「…………貴女……お名前は?」
「……きいてなにするのー?」
「……わたくしは“お名前は”?
と訊いたのですよ?
わたくしはすでに皆の前で円寺瑛琉と名乗りました。不公平ではなくて?」
綿多も瑛琉に対する興味は警戒に変わり、少しずつ憑に近付いた。
「…………不破原綿多」
綿多は渋々自分の名前を言うと、モコモコを掌に乗せた。
「……この子はウサギのアクマのモコモコ。
かわいくてクラスの一番人気だよ」
綿多の真剣な声での自慢。
モコモコは誇らしげな顔をする。
だがそれがただの自慢ではないことは、瑛琉に伝わっていた。
瑛琉はサイドテールとそれを結ぶシュシュを見ながら
「剽軽な見た目をして、策士なこと」
と不遜な笑みを浮かべた。
「円寺さんこそー、変な服ー」
「あら。
あなた方の野暮ったいセンスに合わせた結果ですのよ。
…………言いたいことがあるなら、仰ってくださいな」
煽りを微笑みで受け流すと、また目つきが変わった。
綿多も警戒心マックスで睨む。
「円寺さーん。アクマ教えて」
「…………なにゆえ?」
「…………あれー?
私、アクマ教えてーって訊いたのになー。
私は教えたのに教えてくれないのー?」
瑛琉はふっとニヤけると、席を立った。
そして、指をパチンと鳴らすと瑛琉の体が白い光に包まれた。
その光は外に漏れ出し形を作る。
瑛琉と同じ背丈。
ウェーブのかかった長い金色の髪。
白くて大きなドレス。
頭には黄色い輪が浮かんでいる。
「え…………?」
綿多は驚愕する。
横目で見ていた憑も驚き、思わず本を閉じて見入ってしまう。
閉じられた瞼が開くと大きく鋭い碧眼が現れた。
その姿はまさに、“天使”
(これが……円寺さんのアクマ……?
人型……これって……!?)
綿多はふと、憑を見る。
憑のアクマのデビルルと同じ、人型になれるアクマ。
憑も驚いており、釘付けになっている。
瑛琉から現れた天使はすぐにまた光になり、瑛琉の体に吸い込まれるように消えていった。
クラスメイトの視線も皆、瑛琉に集まっている。
瑛琉は不敵に笑う。
「いまお見せしましたのが、わたくしのアクマ。
天使のアクマ──“てんしII(てんしつー)”」
「瑛琉ちゃーーん!!
お待たせ! 手洗って……
…………なにごと……?」
そこへ舞維が戻ってきた。
瑛琉に支配された空気はさすがの舞維でも分かり、教室のドアの前で立ち止まってしまった。
学校のチャイムが鳴り、1時間目の授業が始まるためみんなそれぞれの席に戻って行った。
2時間目の授業は移動教室。
綿多は教科書やら筆箱やら必要なものを抱えると、すぐに憑のもとへ向かった。
「憑ちゃーん、一緒にいこー」
「……うん」
憑は綿多に少しだけ顔を向けると静かに頷く。
「わたくしもよろしいですか?」
瑛琉が優雅に綿多の隣に立っていた。
綿多は露骨に嫌そうな顔をした。
「あら? ここでは庶民もお嬢様も関係ないのでは? わたくし、初めてなので場所がわかりませんの」
綿多は瑛琉の物言いに反論できず、不満げな表情を見せると、憑に目をやった。
「憑ちゃんはー?」
憑はちらりと瑛琉を見ると、すぐに綿多に視線を戻してゆっくり頷いた。
「決定ですね。
はい、これ」
瑛琉は不敵に笑うと、綿多に持ち物を押し付けた。
「荷物持ちじゃないんですけどー」
綿多は文句を言うが、すでに瑛琉は教室の出入り口に向かっていた。
「すこし持つ…?」
憑は立ち上がると、綿多に訊いた。
「ありがとー。
でもー……大丈夫」
綿多はお礼を言うが憑に負担を増やしたく無かったため、瑛琉の荷物は自分で運ぶことにした。
「わー…!
瑛琉ちゃんもうふわっちと仲良くなってる!!
あたしも一緒に!!」
「舞維はうちと…!!」
綿多と瑛琉とのやりとりを見ていた舞維は飛び入り参加しようとしたが、いつも一緒に移動している文実に止められてしまった。
綿多と瑛琉が隣で歩き、その後ろに憑がついて歩く。
「ところで……貴女はいつお話をしていただけますこと?」
瑛琉は振り返り、憑に声を掛けた。
憑は俯いてしまう。
「憑ちゃん人見知りだからー」
綿多は憑に微笑みながら言った。
「あらそう。
ですが、興味がおありなのは、貴女も同じでなくて?」
瑛琉は立ち止まり憑を見続けたまま訊いた。
(円寺さんのアクマは人型になれた……
憑ちゃんのデビルルと一緒……
円寺さんと憑ちゃん……てんしIIとデビルル……。
天使のアクマと悪魔のアクマ…………。
何か関係あるのかなー?)
綿多も立ち止まり、警戒しながら瑛琉を見詰める。
憑も立ち止まり恐る恐る顔を上げ、瑛琉を見た。
不思議な怖さはまだある。
それでも、自分と同じようなアクマを持つ瑛琉に興味があるのも事実だった。
憑は小さく頷いた。
「貴女のアクマ、わたくしと似たような特徴を持っている。
そうでありましょう?」
憑は驚き目を丸くして瑛琉を見詰めた。
「な……なんで……?
知ってるの…?」
憑は思わず訊いた。
瑛琉は不敵に笑う。
「噂もかねがね。新しい環境への情報を仕入れるのは当然のこと。
貴女の特異性は熟知しておりますのよ」
憑は何かを見過ごされているような気がして、身を縮こませて怯える。
「情報仕入れてるならー、なんで私の名前きいたのー?」
憑の様子を見た綿多は話をそらした。
「……言いました。眼中にないと。
それより、貴女です。出門憑。
貴女のアクマ……デビルIIに関して」
「え?」 「………?」
瑛琉の言葉に、綿多と憑はぽかんとする。
「デビル……つー……?」
憑は呆気に取られ言われた名前を繰り返した。
綿多は呆れたような顔をすると
「ドヤ顔のところ申し訳ないー。
憑ちゃーんのアクマの名前ー、デビルルだよー」
と教えた。
瑛琉は訝しげな顔をして綿多を睨む。
「なにを頓痴気なことをいいなさるのです?
わたくしは昨日、下見にこちらの付近を探索した時確かに見ましたの。
そちらの出門憑が悪魔のデビルIIを連れているとこを」
綿多は目をパチクリさせ、憑と顔を見合わせる。
「…………昨日……会ったー?」
「……すれちがった……」
首を傾げる憑に頷くと綿多は瑛琉に視線を戻し、ニヤッと笑った。
「見間違いじゃなーい。
名前似てるけど違う悪魔のアクマじゃないのかなー?
たぶんー知らないけどー珍しい気がするもんねー」
瑛琉はまた威圧感のある冷たい目線を綿多に送った。
「あら……では、今この場ではっきりさせようじゃありませんこと?
ねえ、デビルII」
瑛琉はそう言いながら、憑を見る。
だが、憑はなにか言いにくそうな気まずい表情。
綿多は思わずぷっと笑うと
「今日ー、憑ちゃんのアクマ家で寝てるってー」
と憑の代わりに教えてあげた。
瑛琉は物言いたげな表情で綿多を見ると
「あらそう」
と言い、預けた荷物をぶんどり1人で行ってしまった。
「感じ悪ー……
憑ちゃーん、ああいうふうに育っちゃだめだよー」
綿多は呆れながらそう言う。
憑はゆっくり頷くが、瑛琉の言葉が気になっていた。
中休み。
瑛琉は度々クラスメイトから声を掛けられているものの、冷たい目線を送って追い返していた。
舞維も同様に追い返され、寂しそうな顔で綿多の下へと飛び込んだ。
「ねえ、ふわっち…!!
どうやったら瑛琉ちゃんと仲良しになれるのお?」
「いやー、仲良くなってないよー」
舞維はハーフテールをぴょこぴょこ動かしながら綿多に訊くが、綿多は呆れた顔をする。
「えー、仲良さそうだよ!
そういえば、憑ちゃんは?」
「さっきーズボン押さえて慌てて教室出たからトイレじゃないー?
それよりさー、矢満さんに訊いてほしいことあってー」
「鬼斗に?
なあに?」
「いやー、さっき円寺さんが憑ちゃんのアクマのことをデビルツーって言ってたからー。
情報通の矢満さんなら知ってるかなーって」
「……円寺さんって誰だっけ?」
綿多は瑛琉を横目で見ながら指を差した。
瑛琉も視線に気付いたようだがすぐに目を逸らす。
「あぁ!!
瑛琉ちゃん!! まだ苗字覚えてなくて!!
わかった! いいよ!
…………あと……なに? 憑ちゃんのアクマってデビルルじゃないの? 今日、家で寝てるって」
「そうなんだけどー。
ほらー、憑ちゃん自分のことの一部忘れちゃってるよね。胡散臭いけど、なにかヒントがあるかもーって」
「うん! わかっ……」
舞維は快諾しようとしたが、昨日のデビルルの恐怖を思い出した。
「デビルルはデビルルだよ!!」
舞維は思わずそう叫んでいた。
「……え…………う……うん……。
でもー、ちょっと気になったというかー……その証明のためというかー……」
綿多は舞維が急に大きな声を出したので、困惑してしまう。
舞維の顔が朝の時と似た、暗い顔に近くなっていた。
「…………ちょっと来てー」
綿多は立ち上がると舞維の手を引き、廊下の隅へと連れた。
瑛琉は2人の様子を見てニヤッと笑うと席を立った。
「なにかあったー?」
綿多は明らかにいつもと様子が違う舞維を心配する。
「なんでもないよ」
舞維はそう言うが、明らかになにかあるようなテンションだ。
「(……わかりやすー)
デビルルになにかあったー?
下剋上ー?」
「えっ……!!!??」
舞維はデビルルという言葉に過剰に反応し、目が泳ぎ動揺する。
(……わかりやすッ!!)
綿多は心の中でツッコむ。
「あたり?」
「…………ゲコクジョウってなに…!?」
綿多の質問に舞維はどう答えるべきか迷ったが、そもそも言葉の意味がわからず聞き返した。
「……あ…………えー……
今まで弱かったのが強くなってー…………」
綿多は説明しようとしたとき、瑛琉が教室から出る姿を見付けた。
「(…………まさか……憑ちゃんを……?)
ごめん…! 舞維ちゃん、ちょっと待ってて」
綿多は気が気でなくなり、瑛琉の姿を追いかけた。
「……え…!?
ふわっち……!?」
残された舞維は肩のアゲエ──その翅のビーズを見下ろした。
(お姉ちゃん……こんなに怖いのまい初めてだよ……。
誰か……たすけて…………)
舞維は泣きそうになってしまうが
「少しお話よろしい?」
高貴な声で誰かに呼び掛けられた。
綿多は急いでトイレへと向かう。
そこには、憑が丁度出てきたところだった。
「憑ちゃん!」
綿多は急いで憑に声をかける。
「……なに?」
憑はびっくりしながら応えた。
「円寺さん、ここに来た?」
憑は首を横に振る。
「……え?
…………じゃあ……思い違い……?
…………それとも待ち伏せ…………?」
綿多は考え込んでいたが
「不破原さん」
憑はいつもよりちょっぴり力のある声で綿多に声を掛けた。
「……?
なーに?」
「1回……円寺さんとそのアクマ………お話してみたい…………。
気になる……。
からすまさんのことも……わかるかも……」
綿多は、何かを企んでいるような危ない雰囲気を醸し出している瑛琉に近付けるのはいいのだろうかと迷った。
けれども
「…………うん。
私も一緒にいてあげる。
休み時間だとゆっくりできないだろうからさー、放課後に話せないか伝えてみるよー」
自分でも忘れてる何か大事な記憶のそのヒントを貪欲に掴みたい気持ちが憑にはあるのは綿多も知っている。
だから、否定せずにサポートをすることにした。
「……ありがとう」
憑はそう言うと、急に下を向きモジモジし始めた。
「……?
どったのー? 残尿?」
憑はいつもより激しく首を振ると
少し涙目になりながら、精一杯声を張り上げ
「綿多ちゃんって…………!
呼んでいい……?」
と訊いた。
綿多は健気でかわいい仕草と声に胸を打たれ、思わず
「かわいい」
と呟き、ニッコリ微笑んだ。
「いいよ。憑ちゃん」
廊下の端。
舞維が不安そうな顔をして声の方を見た。
そこに立つのは瑛琉だった。
「あら、先程までのお元気はどこへ?」
舞維は瑛琉の言葉にハッとすると、無理やり笑顔を作るが、不気味なほどに強張っている。
「瑛琉ちゃんもどうしたの?
何か学校で分からないこととかない?」
舞維はわざと明るめの声を出す。
瑛琉はふっと笑うと
「ええ。
少し気になるところがありまして……
一緒についてきてくださる?」
と妖しく微笑みながら誘った。
「うん!!」
舞維は転入生に頼りにされたことが嬉しく、デビルルへの不安が消し飛び、とびきりの笑顔で応えた。
(単純なお方。
愚民は扱いやすくて助かるわ)
瑛琉は不敵に笑うが
「どこどこ?
どこでも案内するよ!!」
舞維は瑛琉の腕を掴んで、行く宛も分からないのに走り出した。
「も……もう少し手心を…!!」
瑛琉は捕まれた瞬間、嫌そうな顔をし叫ぶが、舞維に取っては聞き慣れない言葉だったため、スルーされてしまった。
「あ……。
そーだー、舞維ちゃんとお話してるんだったー。
ごめんねー、それ終わったらでいいー?」
「うん」
綿多は憑に謝り、すぐに戻ろうとしたが
「あっ!
ふわっち!!
さっきの話また今度ね!!」
舞維はすれ違いざまに嬉しそうに声を掛けた。
「……………。
……なにー?」
綿多は呆気に取られつつも、元気そうな舞維の様子に安心していた。
それと同時に瑛琉が舞維に連れ回されているのが見えたため、2人して顔を見合わせた。
「円寺さんいたねー……舞維ちゃんに捕まっちゃったのかなー」
「……昼休み…………綿多ちゃん、お願いしていい?」
憑は上目遣いをしてか細い声で頼み込む。
「……か………!!」
綿多はその仕草に悶絶しながらなんとか声を抑え
「いいよー」
と笑顔で返した。
舞維は階段のそばまで来ると急に立ち止まった。
「……あれ?
それで、どこだっけ?」
舞維は行き場所を瑛琉に尋ねる。
瑛琉ははあはあと息を漏らし、顔を上げて冷たく睨むが、すぐにスンと澄ました顔になる。
「まだお伝えしておりません。
早とちりはおやめなさい」
「あ……
そうだった! ごめん!」
舞維は手を合わせて謝る。
瑛琉は睨み腕を組む。
「ですが、行き場所はあってますよ。
外へ出たかったのですから」
「そっか!
じゃっ! さっそく」
舞維はまたニコッと笑うと瑛琉の手を掴もうとしたが
瑛琉はすかさず腕を引いた。
「結構。
わたくしのペースで行きますゆえ」
瑛琉はそう言うと足を揃え整った体幹をした美しい所作で階段を降りた。
「すごーい!!
ねえねえ!! それって、前の学校で習ったの?」
舞維は瑛琉の隣に並び、興味津々に訊く。
「貴女方庶民には関係のないこと」
瑛琉は瞼をピクつかせ、苛ついた様子で答える。
「えー、いいじゃーん!!
教えてよう!!」
だが、舞維のアゲアゲになったテンションはおさまることを知らない。
瑛琉はため息をつくと立ち止まる。
「……?
どうしたの? 瑛琉ちゃん」
舞維が声を掛けた瞬間
瑛琉は逃げるように素早く階段を降りていった。
「瑛琉ちゃーーん…!??
……競争だね!! 待ってーー!!」
舞維も瑛琉を追い掛けて素早く階段を降りた。
昇降口で靴を履き替えると、瑛琉が待っていた。
瑛琉は舞維の姿を見ると、また走り出す。
「瑛琉ちゃん待って…!!」
瑛琉は立ち止まっては走り出しを繰り返し、舞維をどこかへと導く。
そして辿り着いたのは
中休みだと人がほとんど通らない校舎裏。
舞維も初めてきた。
ジメジメして雑草が生えっぱなしになっている。
薄暗くいち早く立ち去りたいような場所だ。
「もう……!
瑛琉ちゃん!! 案内じゃないの?」
「そう。
案内。 貴女のね。
城都舞維」
瑛琉は不気味な笑みを浮かべながら舞維に近付く。
「あたしはいいよう!
瑛琉ちゃんの気になるところって?
もしかして……ここ?」
舞維は少し恐怖を覚えながらも、微笑みながら尋ねる。
瑛琉は舞維の目の前に立つと、舞維の顔に手を添えた。
「いいえ、貴女は迷っている。
心の闇。 その行き場のない思いに」
「……やみ……?」
舞維はデビルルのことを思い出したが、なんとか思い出さないように踏みとどまろうと力を込めた。
だが、瑛琉は舞維の頬を艶めかしい動きで優しく撫でる。
「その思い……解き放ちなさい」
瑛琉は舞維の耳元で囁く。
そして、瑛琉の体が強く光り輝き出した。
数分後。
「ふわっち!
ごめんお待たせ!!」
舞維が清々しい顔をしながら教室に入った。
綿多はクラスメイトにモコモコを触らせて上げてる最中だったが、そっと目を離し、舞維の方を向いた。
少し離れた席で本を読んでドキドキを抑えている憑も、聞き耳を立てた。
「おかえりー。
円寺さん連れ回してたけど、どったのー?」
「道案内!
気になるところがあったんだって!」
「へー。
どこー?」
「外だよ!!」
「…………。
外の……どこー?」
「…………どこだっけ?」
舞維は少し考えたが、思い出せない。
瑛琉と一緒に昇降口から出たところまでは覚えているのだが、そこから先が夢でも見ていたかのように記憶が淡くなっている。
でも舞維はそんなこと気にせず、いや気にならないほどいつも以上に気分がスッキリしていた。
「どこでもいいでしょ!
瑛琉ちゃんおもしろいよ!!
おいかけっこしてさ!!
楽しかった!!
あ、そうだふわっち!
なんの話だっけ?」
「え……あ、えっとー…………」
綿多は唖然とし、言葉を選ぶ。
元気がないようすなため、相談に乗ろうとしていたが、戻った舞維はその必要がなさそうなくらいハイテンション。
(円寺さんと関わって楽しかったのかなー?
あの舞維ちゃんだからなー、復活早いかー)
綿多は内心そう思うと、安心した表情になり
「デビルルのことー。
なにかあったのかきこうとしたのー」
と、のんびりとした口調で言った。
「デビルルっち?
なんかあったっけ?」
舞維は不思議そうに首を傾げる。
「なにもないならいいよー。
……あ、私があったー。
矢満さんにー、デビルルがデビルツーと関係あるか訊いといてー」
「あ! あれか!?
わかったあ!!」
舞維はそう言うと、急いで教室を出ようとしたが
「今じゃなくていいよー、もうすぐ授業始まるー」
綿多はすぐに腕を引いて止めた。
昼休みになり、憑は自分の席から綿多に視線を送る。
綿多も視線に気付き、目を合わせるが、首を傾げて肩をすくめる。
4時間目の授業が終わり、給食の時間になってから瑛琉が教室から出たまま戻らないのだ。
綿多は立ち上がり、憑の下へ向かおうとしたが
「あ、ふわっち!
鬼斗にきいたよ〜!」
と舞維が綿多に声を掛けた。
「あ……ありがとうー舞維ちゃーん。
どーだったー?」
「わかんないって!
ねえねえ! ふわっちきいてよ!
さっきさ! 瑛琉ちゃんってかわいいポーチ持ってるんだよ!!」
「……あー、たしかにー?
どーだろー?」
綿多は文実の席をチラッと見ながら、適当に返す。
(やっぱりいないのかー)
だが、昼休みはだいたい文実が隣のクラスへ行っており今回も例に漏れず席を外していた。
そのため、舞維を引き受けてくれることはできない。
「お顔もかわいくてさ!
歩き方もなんか……えっと、なんて言うんだっけ?
ゆーが? な感じで!!
足も速かった!!」
「そー、仲良くなれると良いねー」
「うんうん!!
ふわっちは仲良しになったんでしょう?
ね〜、何話したの? 聞かせてよ!!」
「……あー」
綿多は長くなりそうな事を覚悟し憑の方を見た。
憑は少し残念そうな顔をしながら、机から絵本を取り出し読み始めた。
「(ごめんねー……憑ちゃーん…………)
えっとー……なんかー、円寺さんが、憑ちゃんに興味あるみたいでー」
綿多は心の中で謝りながらも、瑛琉が戻るまでならと話し始めた。
憑はどうも気持ちが落ち着かなかった。
いつもなら絵本を読んでいれば没頭し、嫌なことも孤独も忘れられていたのに。
忘れている記憶。
からすまきらりのことがどうも気になってしまう。
デビルルは何かを知っている。
そのデビルルの秘密をもしかしたら、瑛琉は知っている。
憑は本を閉じると静かに席を立った。
声はかけられないかもしれないけど、瑛琉を探すだけ探すことにした。
そうでないと、落ち着いていられなかった。
(城都さん……円寺さんは外が気になるって言ってた……
外にいるかも……)
憑はそう思い、気を遣って綿多の視線に入らないように教室から出ると、外へ向かった。
校庭を見渡すがいない。
飼育小屋にも、花壇にも。
憑はここでだめなら戻ろうと思い、好きでたまに来る大きな木のある裏門に向かった。
「……あ」
憑は思わず声が漏れた。
左右を校舎に囲まれ、吹き抜ける風の先。
陽だまりの真ん中に大きな木が生えている。
その木の下に、しゃがんで長い髪の毛をたなびかせる瑛琉がいた。
なにかをじっと観察している真剣な眼。
憑は思わず見惚れてしまい、そのまま見続けてしまう。
教室で感じた緊張も淡い恐怖もない。
憑の視線に気付いた瑛琉はニコリと朗らかに微笑んだ。
「こんにちは。
君もお天道様に誘われてきたの?」
「……え?」
憑は困惑した。
姿は瑛琉。
服装もあのI am LとプリントされたTシャツ姿。
長くて美しい髪も瑛琉。
けれども、その表情、その口調は瑛琉とはまるで違う。
とても穏やかでとても優しかった。
瑛琉ははにかむと無邪気に憑に手招きをした。
「君もおいで」
憑は困惑しつつも頷き、瑛琉の隣にしゃがんだ。
「……あ」
憑は思わず顔が綻んだ。
テントウムシがいた。
とても小さいのが、木の下に生える雑草に止まってる。
「君はそっち?
私はこっち」
瑛琉は憑の顔を覗くと、さらにその下の土を指差した。
憑はその先を見る。
ダンゴムシがいた。
「……かわいい」
触角を動かしてひたむきに歩く姿をみて、憑は思わず呟いていた。
憑も微笑み、ただただテントウムシやダンゴムシの様子を見る。
以前はこうやって虫や鳥をぼーっとみるのが好きだったのだが、最近はあまりしていなかった。
「虫は好き?」
瑛琉は微笑みながら憑に訊く。
憑は一瞬だけ瑛琉と目を合わせるが、すぐに下を向き頷くと
「テントウムシとか……チョウチョさんとか……は……好き…………。
ハチさんとか……危ないのは…………にがて…………」
「だよね。
私も。アリの行列も一日中見ていられる」
「…………わたしも……。
幼稚園のとき、あった……」
瑛琉の言葉に憑は少し嬉しそうな顔をし、ちょっとだけ顔を上げた。
「嬉しい!
わかってくれる人少ないんだよね!」
「…………あ……」
瑛琉は嬉しくて大きな声を出すと、テントウムシが飛び去ってしまった。
「あ、ごめん。
……あ、そういえば名前。
きいてなかったね?」
瑛琉はそう言うと、憑に体を向けて優しく微笑む。
「私は……円寺瑛琉。
最近まで田舎でおじいちゃん、おばあちゃんのとこに住んでて、こうやって虫を観察するの好きなんだ。よろしくね」
憑はまた困惑した顔で頷く。
やっぱり、瑛琉だ。
名前も一緒。
でも、性格も言動も違う。
そしてなにより、自分のことを忘れられていた。
憑は頭が混乱してしまう。
「どうしたの? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔して?
あなたの名前は? なんていうの?」
そんな憑を瑛琉は不思議そうに見詰めた。
「わたしは……出門……憑」
憑は困惑したまま答えた。
「つきちゃんっていうの?
いい名前。
つきの門出とするならば、そこから入るは陽の光……。
幸運に護られてそうな名前だね!」
「……?」
瑛琉の突然の語りに、憑はポカンとした顔になる。
「ふふ、ごめんごめん。
さて……そろそろ行かなきゃな」
瑛琉は微笑むと、ゆっくり立ち上がった。
「……あ、
ま………」
憑は放課後にゆっくり話したいことがあるため、声を掛けた。
瑛琉はすこし儚げな表情をし、憑を見下ろす。
「私は瞬間を生きる者。
また会えたらいいね。つきちゃん」
そう言うと瑛琉は校舎の影へと去っていった。
残った憑は、言えなかった悔しさと、夢でも見たような不思議さに頭の処理が追いつかず、しばらく木の下でダンゴムシを眺めた。
5分くらいし、気持ちが落ち着いた。
憑は立ち上がり、校舎に戻っていく。
(…………あれ……なにか、静か?)
憑は不思議に思った。
昼休みだと言うのに他の児童の声が聞こえない。
もう少しで昼休みが終わって5時間目の授業が始まるからなのかと思ったが、それにしては静かすぎる。
憑は怪しく思いながらも校舎へと入ろうとした。
そのとき
「お待ち」
と声がしたと思うと、襟元を引っ張られてしまう。
「うわ……!」
憑は急に体を後に引かれ、驚き尻もちをついてしまう。
「迂闊。
こんなのがデビルIIの主とは。
やはり調査にぬかりが?」
憑の頭上から冷めた声が聞こえた。
瑛琉だ。
腕を組み、睨んでいる。
憑は寂しそうな顔をすると立ち上がった。
瑛琉を見て、なんで引っ張ったのか、裏門の陽だまりの姿はなんだったのか、なぜ自分に興味があるのかを訊きたかったが、見据えられて言葉を発せない。
「出門憑。
そろそろ隠し事はおよしなさい」
瑛琉は睨んでいる。
憑は居心地が悪くすぐに戻りたかったため、昇降口のほうをちらりと見た。
すると
「……!
綿多ちゃん……!?」
下駄箱の前で、綿多が倒れているのが見えた。
「綿多ちゃ………」
憑は急いで駆け出したが、すぐに躓き転んでしまう。
「何をされているの?」
瑛琉がゆっくり憑の下へ歩み寄り、見下ろす。
だが、憑は涙目になりながらも瑛琉を無視して立ち上がり、綿多の下へと駆け寄った。
「綿多ちゃん……!
綿多ちゃん!」
憑は今まで出したことのない大きな声で、必死に綿多を呼びかけ揺さぶる。
が
「モコモ……コー…………
今月もいちばーーーん」
と気の抜けた声が帰ってきた。
「…………え?」
憑は思わず手を離し、綿多の表情を見る。
瞼を閉じているが幸せそうだ。
少しモゾモゾ動き、呼吸する安らかな息が聞こえる。
横に転がるモコモコもリラックスしている。
(ねてる……)
憑は綿多が無事だと分かり一安心する。
「ふわああ……」
緊張が解けたのがあくびが出てしまうが、すぐに不思議に思った。
(でも……なんでこんなところで寝てるの?)
憑は顔を上げ、あたりを見た。
(……え?)
みんな地面に伏している。
小さな1年生も。
大きな6年生も。
それより大きな先生も。
(なん……で………?)
憑は戸惑い怖くなり、思わず綿多の手を掴む。
やっぱり綿多の手は安心する。
優しいけど頼もしい。
このまま包まれたくて瞼が下がってきてしまう。
安心する幸せな世界へ
イッショウダラダラ
………………
「いっ…!!」
幸せな優しいベールに包まれたと思ったそのとき、突然、電撃でも走ったような衝撃が起きた。
思わず叫んでしまい、痛む耳を押さえる。
隣には瑛琉が呆れた顔をしてしゃがんでいた。
憑は状況が飲み込めず、ただ瑛琉の顔を見るだけだった。
「はあ……」
瑛琉はため息をつくと
「本当に迂闊です。
下手な芝居でももう少し上手く致します」
と憑の頬に平手打ちをした。
憑はジンジンとする感覚に思わず手を当てて、瞳を潤わせる。
「いきましょう
動けるのはわたくしたちのみ。
元凶を潰しますわよ」
瑛琉は憑の様子をお構いなしに、階段に掌で指し示した。
しかし、憑は目をつぶり溜まった涙を流しながら激しく首を振った。
「……貴女…………
まさか、今のこの状況をご理解されておりませんの?」
詰めるような口調に憑は怯えてゆっくり頷く。
「…………アクマ暴走。
それだけ言えばよろしいはず」
「……え?」
憑は驚き顔を上げる。
「事の重大さがおわかり?
本来アクマ暴走は互いのアクマの力により、抑制されます。
こんな御人の多いところでのアクマ暴走。
更にはその被害も大きい。
わたくし達のような、上等なアクマの主でなければこの愚人と同じような顛末を辿っていたでしょうね」
瑛琉は寝ている綿多を見下ろしながら言った。
憑は意味はよくわからなかったが、綿多を悪く言われるようで良い気にはならなかった。
だが、瑛琉はアクマ暴走のことを知っており心強い。
それに、今はデビルルがいないため、アクマ暴走を沈静化することもできない。
「…………行く」
憑は小さくそう言うと階段へと歩き出した。
瑛琉の後ろについて歩き、3階へ。
廊下でも寝ている人が何人もいる。
憑の身体も重くフワフワする。
余計なことを考えればすぐにふらっと夢の世界へ行ってしまいそうだ。
今、瑛琉に引っ張られた耳と引っ叩かれた頬の痛みだけで戦っているようなものだ。
(円寺さんは……なんで平気なんだろ……?)
睡魔に負けそうな自分に比べて、瑛琉は優雅に歩いている。
目付きもしっかりしており、眠気は感じられない。
「気配はこちらからね」
瑛琉が睨む先。
そこは教室だった。
4-1
憑たちの教室だ。
だが、アクマ暴走をしているとは思えないくらい静かだ。
いや、むしろ普段騒がしいため静かな方が不気味だった。
瑛琉は教室のドアを引く。
みんな床や机に伏して寝ている。
舞維も机に伏してムニャムニャ寝言を言っていた。
(ここに暴走したアクマの主がいるの……?)
憑は見渡すが、眠気が邪魔してうまく考えられない。
それに、みんなただ寝ているだけであり、暴走しているような様子も…………
(ねてる……)
憑は心当たりが一人だけいた。
憑の後ろに座っているいつも寝ている垂れ目でマイペースを極めたような女の子──眠木美夢日(ねむけ みゆび)さん。
憑は眠木さんの席を見る。
が
(…………どっち……?)
いつも通り寝ているため暴走しているのか、それとも普段通りなのか分からない。
憑は助けを求めるように瑛琉の方をチラッと見たが、瑛琉は憑を睨むように見つめているため、すぐに視線をそらした。
(こわい…………
円寺さん……助けてくれないの……?)
憑は震えながらも、確かめるため……と言ってもその術はないのだが、なにか分かればと思い、眠木さんに近付いていく。
「お姉ちゃん……」
「わっ……!?」
その最中、舞維が急になにかを言い出したため、憑は驚き飛び退いてしまう。
「まい……もう食べられないよ」
(ね……ねごと……)
分かっていながらも突然だったため、心臓がバクバクする。
だが、眠くて眠くて仕方がないのが少し目覚めたので、逆によかったのかもしれない。
そのとき
「……うるさい」
と気の抜けたようなそれでいて、不機嫌のような声がした。
眠木さんだ。
だるそうに顔を上げて、憑を睨んでいる。
「幸せを邪魔しないで……
イッショウダラダラ」
眠木さんはそう呟くと、その背後に大きなナマケモノのオーラが現れ、その中心から空気が波打つ。
「え……」
憑は分かっていながらも、暴走体を前にしてショックを受けてしまい身動きが取れない。
その波を体にうけると
イッショウダラダラ
と言う言葉が頭に響き、急にまた身体が重くフワフワしてきた。
瞼が重くなり視界が歪み真っ暗に
「…………ッ!!!!?」
耳を劈く轟音がした。
憑は急いで目を開けて辺りを見渡す。
そこには瑛琉が拳を突き出していた。
眠木さんの背中の暴走ナマケモノの姿が見えない。
オーラだけが外に続いている。
瑛琉は呆れた顔で憑を見る。
「貴女の悪魔が御宅で就寝されているというのは事実であられますね。
では、他の下民の目がない今でしたら、特別にお見せ致しましょう」
瑛琉はそう言うと、窓から飛び降りた。
「え……?
え……円寺さん…!?」
憑は急いで窓から体を乗り出し、外を見た。
校庭では暴走ナマケモノが転がっている。
その前には瑛琉がいた。
瑛琉は優雅に手を天高く掲げると、指を鳴らした。
体が白い光に包まれ、外に漏れ出し形を作る。
それは瑛琉と同じ背丈。
ウェーブのかかった長い金色の髪。
白くて大きなドレス。
頭には黄色い輪が浮かんでいる。
閉じられた瞼が開くと大きく鋭い碧眼が現れた。
瑛琉のアクマ。
天使のアクマ──てんしII。
美しい光を放ちながら、瑛琉の隣に降臨した。
瑛琉はてんしIIの頭の輪っかを握ると、それを粉々に砕いた。
「え……!?」
憑は驚愕して思わず声を出してしまう。
砕いた輪っかを瑛琉は口に含み飲み込む。
すると、てんしIIの体がすべて真っ白に輝く羽に変わり、瑛琉の体を包み込む。
羽は全身を駆け巡り、背中に集約。
大きな両翼になった。
憑は目を丸くし、興奮なのか恐怖なのか膝がガクガクとした。
「アクマ……合体…………」
自分だけだと思っていた。
人型のアクマも。
生物でないアクマも。
アクマ合体も。
同じだ。
円寺瑛琉は。
憑と同じようなアクマを持っている。
「イッショウダラダラ」
暴走ナマケモノは気の抜けた叫びと共に、腕をゆっ
くり上げると、鋭く長い爪を構えた。
瑛琉は余裕の笑みを浮かべて躙り寄る。
「眠木美夢日。
乃亜小学校4年1組。
ナマケモノのアクマ──グータンを携える」
右の翼の形が崩れる。
「昨日、チーターアクマの被害にあわれ、いつまでも寝ていたい願望を仰るも、親御様に否定」
再び羽になり、右腕に纏う。
「言葉は遅効性の毒。
その毒より生まれしものもまた伝染する毒」
左の翼が地面に突き刺さる
右腕を振りかぶり
前に突き出すと
神々しい羽の光線となり、暴走ナマケモノの姿を一瞬で包み込んだ。
風圧は学校を揺らし窓がガタガタ揺れ、校庭の砂が憑の顔に飛ぶ。
憑は力が入らなくなり床にぺたんと座り込む。
同じじゃない。
遥かに格上。
「ん……うーーん……」
背後から声が聞こえた。
みんな起きてきた。
「あれ……寝てた……?」
舞維は目を擦り涙を拭く。
他のクラスメートも目を覚まして、不思議な現象に話し合ってる。
眠木さんは──まだ寝ていた。
(……どっち……?)
憑は暴走の余波なのか、通常に戻ったのか分からず困惑しつつも、なんとか立ち上がり窓の外を見た。
暴走ナマケモノはいなくなっていた。
瑛琉もいない。
暴走事件は解決したのだろうか
憑は身を乗り出して探そうとしたが
服を後から引っ張られ、尻もちをついてしまった。
「ごめん!! 憑ちゃん!!
……じゃなくて……危ないよ!!!」
舞維だった。
寝ていて目が腫れているため、いつもより必死な表情に見えた。
「……あ、ありがと」
飛び降りようと思われたのかと思い、恥ずかしかったが、その気迫に負けてお礼を言っていた。
「もう……!
…………あれ? そういえばふわっちと会わなかった?
憑ちゃん探しに行ったけど」
「綿多ちゃん……?
…………あ……
あ…ありがと……城都さん」
憑はなんで下駄箱の前に綿多がいたのか分かり、急いで教室を出ようとしたが
舞維は憑の腕を掴んだ。
今までも何回も腕を掴まれ、連れ回されたことがあったが、何かが違う。
「……え?
城都……さん……?」
憑は恐る恐る舞維の顔を見上げた。
「憑ちゃん。もう授業始まるよ。
すれ違ったらだめだから教室で待ってよ。
ね。憑ちゃん」
憑はゆっくり頷き、自分の席に座った。