アクマ相撲大会の翌日。
日曜日の昼下がり。
「あーーん」
憑は自分の部屋のベッドの上で、パジャマのままゴロゴロしていた。
胸には大きなまるっこいテントウムシのぬいぐるみを抱き、その手でポテトチップスを摘み、もう片方の手で、本のページをめくる。
親は遠くに用事があり、朝から出掛けて夕方まで帰ってこない。
それに、最近デビルルのイタズラもなくなっている。
1人でのんびりできる至福の時間だ。
「ヘナチョコ。
今日はどこにもいかねえのか?」
デビルルはまあるい姿で、鉛筆と教科書が散らかってる勉強机の上に乗り、つまらなさそうな顔をしている。
「うーーん」
憑は適当に返事をすると、ティッシュで食べカスを包み、ゴミ箱に投げるが、全くもって届いておらず、むしろ空中をひらひら舞い、憑の手元に帰ってきた。
憑は何事もなかったかのように本を読み進める。
「…………おい」
デビルルは置き去りにされてるティッシュを見て、声を掛けるが、憑からの返事はない。
「おい…………捨てないのか……?」
呆れるような言い方に、憑は顔を上げるがすぐに本に顔を戻し
「デビルルが捨ててー」
と言った。
「あ゙っ!?」
デビルルは憑の生意気な物言いに、腹を立て人間の姿になって、憑の頭を殴ろうとしたが
“次に憑ちゃん泣かせたら殺す”
舞維からの忠告を思い出し、なんとか手を止め空気を殴った。
(ケッ!!
まったく!! 舞維っち、甘やかしすぎだぜ!!
ヘナチョコもヘナチョコだ!!
調子に乗るとすぐこう上手にでやがる!!
気分悪いぜ!!)
デビルルは憑を睨むと、部屋の窓を開けた。
「ちょっと出てくる!!」
そう不機嫌に言うとデビルルは窓から外へと出て行った。
(いってらっしゃーい)
憑は本に夢中になりながら、気持ち半分で心の中で言った。
「はっはっふっふっ」
川沿いの道では、一郎がイッポンを肩に乗せてランニングをしていた。
昨日のアクマ相撲大会の結果がふと思い出された。
親友は優勝。
自分は2回戦敗退。
他人と比べるような質ではない自負があったが、悔しさが頭から離れず、それを忘れるためにとにかく走っていた。
この道は景色も綺麗で人通りも少なく、ただひたすら真っすぐなため、頭を空っぽにして気分をリフレッシュさせるのにちょうどいいのだ。
だが、今日は違った。
5分前からスマホの着信音とバイブレーションが鳴り止まない。
一郎は着信相手をちらりと見て、すぐに止むだろうと思い無視していたが、何度も何度も繰り返しかけてくる。
一度、拒否をしたのだがそれでもしつこくかかってきた。
「ああもう!
しつけえな!!」
さすがに一郎は足を止め、電話に出た。
第2公園。
昨日のアクマ相撲大会をした公園より狭く、遊具も少ないので、あまり人気がない。
ベンチだったり、小高いオブジェクトがあるので休憩場所だったたり、たむろして井戸端会議をする目的で使われることがよくある。
そんな場所に、一郎はめんどくさそうな顔をしてやってきた。
「誰もいねえし」
電話相手に呼びつけられたのだが、公園内には人っ子1人いない。
肩に乗るイッポンも、不思議そうにキョロキョロしていたが、上空に何かの気配を察知した。
「……上?」
一郎はイッポンの様子に気付き、空を見上げたとき
「げっ…!?」
巨大な黄色い球が一郎の目の前に振ってきた。
球は一郎の目の前に落ちると爆発し、黄色い粉が辺りに充満した。
「えほっ! えほっ!!」
一郎は粉が目に入り、目を閉じて涙を流し、咳き込みながら手で振り払う。
イッポンも角を振り回して協力した。
その様子を見て、1mくらいある円柱のオブジェクトの上から不敵に笑う2人の影。
「はあ!」 「とう!!」
2人はオブジェクトから飛び降り、一郎の前に着地し、1人は大きく優雅に両腕を広げた。
「蝶のように舞い!!」
劇役者のように大きく叫ぶその声に、一郎はため息をつきながら、ゆっくり目を開ける。
そこには舞維ともう1人、
スポーティーな服装、頭には黄色い花柄のカチューシャを付け、針のように尖らせた短いポニーテールをした女の子がいた。
その女の子は右の拳を大きく突き出し
「蜂のように刺す!!」
と舞維の言葉に続き
「「我ら!!
チーム.インセクト!!!」」
と2人同時に背中合わせに腕を組んで高らかに宣言した。
一郎は終始冷ややかな目線で見ている。
「1号!!」
その女の子は、人差し指をピンと立てる。
「2号!!」
舞維が続いてピースする。
「3号……」
オブジェクトの裏から小さく男の子の声が聞こえた。
そして、2人の上空では、まあるい姿に水玉のカバーを付けた小さく尖った針と昆虫の翅を持った、ハチのアクマが飛び、黄色い球を投げ付け
名乗りを盛り上げるかのように、2人の後ろで爆発させた。
「もう!!
遅刻だぞ!! 4号!!」
舞維は怒った顔をし、一郎に詰め寄る。
「いや……俺、入ってないから」
一郎は呆れた顔で淡々と返した。
さっきの電話の相手は舞維からであり、“集まりがあるから来て”と催促の電話だった。
一郎は加入していないと訂正しようとしたのだが、すぐに切られてしまったので、直接会って言ったほうが早いだろうと思い第2公園に来たのだ。
「何言ってんの!
昨日約束したでしょ!
チャットにグループへの招待も送ったから入って入って!」
舞維は嬉しそうにニコニコ笑いながらそう言うが
「いや、俺はそんな約束してねえから」
「えっ!?
だって昨日約束したじゃん!!
5号が勝ったらチーム.インセクトに入るって!!」
一郎の返しに舞維は驚いた顔をしつつも、昨日の約束を引き合いに出して再び詰め寄る。
「それは桑田がな。
俺はそんな約束してねえ」
一郎は淡々と返しつつも、面倒事に巻き込まれている現状に、眉をピクピク動かし苛立っていた。
イッポンも角を振り上げ威嚇している。
「ていうか……その桑田はどうしたんだよ?」
一郎は勝手に自分を巻き込む約束をしたことに文句を言おうとしたが
「5号は昨日、ストマックとおやつ食べすぎてお腹壊してるからお休み」
「……確かに昨日、2人で全部食ってたな……」
今度は舞維が淡々と返し、一郎は呆れ果て双次への怒りがすっ飛んでいた。
「えっ!?
ちょいまち! じゃあ2号アンタ、4号まだチーム入りしてないの!?」
後ろで様子を伺っていた1号が驚いた顔で舞維に詰め寄る。
「え……約束したはずなんだけどなあ……」
舞維は困った顔で目線を一郎に向けて助けを求める。
一郎は鼻水をすするとため息をつき、舞維を睨む。
「だから約束はしてねえよ。
お前らが勝手に決めて勝手に盛り上がっただけだろ?」
「えーー。
2号ホント、そういうとこあるよね。
早とちりやめてくんない?」
一郎の言葉を聞いた1号は、呆れた口調で舞維を責めた。
「ご……ごめん」
舞維は申し訳なさそうに謝った。
「お前も。
いい加減ガキじゃないんだから、あのポーズと名乗りやめろよ。
フミフミ」
一郎は、今度は1号──蜜車文実(みつくるま ふみ)に目を向け文句を言った。
「はっ?
ガキレベルのお遊戯と一緒にすんじゃねえし!
てか、そのフミフミいい加減やめろ!
4号!!」
文実は一郎に指差し、怒り任せに叫んだ。
上空を飛んでるハチのアクマ──チックンも主である文実の肩に留まり、水玉の三角カバーに覆われたお尻の針を揺らして威嚇する。
「お前もその4号やめろ。
ていうか、そこまで言ってねえよ」
一郎は終始呆れっぱなしだ。
「それに前から言ってるだろ。
俺は花粉者だから、チックンの粉を浴びせるのは
「粉じゃなくて“パウダーエクスプロージョン”な」
一郎の言葉に文実はいち早く訂正する。
「…………(だる)
そのパウダーエクス
「あっ!
今ぜってえ“だる”って思った!!」
「……パウダーエクスプロ
文実は一瞬の辟易した表情から、一郎の心の声を当てたが、一々反応してると疲れるので、一郎はそのまま続けた。
「なあ! 思っただろ!!」
「……パウダーエクスプロージョ
「どうなんだよ!!」
「……パウダー
「無視すんなよ!!」
「お前も最後まで聞けよ!!!」
流石に一郎の堪忍袋の尾が切れ、怒鳴った。
「パウダーエクスプロージョンはチックンが集めた花粉だろ小せえ時から浴びせられてるからアレルギーになったの!! だからやめろって言ってるだろ!!」
そして、横槍を入れさせる隙を見せないほど早口で、文実に苦言を呈した。
「はあ!?
んな事知らねえし!
さっさと入らねえのが悪いんだろ?」
文実は悪びれる様子はなく、むしろチーム.インセクトに入らない一郎が悪いと開き直る。
「お前いい加減その考え方止めたほうがいいぞ。
ただでさえすぐ手が出るんだから、少しは気遣いを
一郎の説教に、文実は無言で足を出し、一郎のスネを蹴ろうとした。
一郎は慣れたように足を少し浮かせて躱す。
「そういうとこだぞ」
「は?
手は出てねえけど?」
文実の屁理屈に一郎は心底呆れた。
「やっぱりあの2人仲いいね!」
オブジェクトの裏では舞維が、さっき小さく“3号”と名乗った男の子に呑気に話し掛けた。
「うん」
その男の子はタブレットをずっと見続けたまま頷く。
名前は矢満鬼斗(やまん おにと)。
眼鏡を掛け、痩せ型で身長も小さく背の順だとほとんど1番前だ。
「ねえ3号!
美味しいコンビニスイーツの情報ある?」
舞維はポケットからガムを取り出し、鬼斗に差し出しながら訊いた。
鬼斗は受け取り、すぐ口の中に放り込みガムをプクーと膨らませ、破裂させた。
「来週の火曜。
シュークリームが美味しくなってリニューアル」
「わあ!
シュークリーム!!
今度、兄貴に買ってもらおう!!
あっ! 憑ちゃんはシュークリーム好きかなー?
ホットケーキも好きだからシュークリームも好きかなあ!!
くううう!! テンションアゲアゲ!!!」
鬼斗の言葉を聞いた舞維は、1人色んな想像を膨らませてハイテンションになった。
鬼斗はずっと無表情でタブレットを見続けていた。
「暇だな……」
デビルルは家を飛び出したはいいものの、特に行く当てもなくすることもなかったので、民家の屋根に登り、まあるい姿で空を見上げていた。
雲の流れをぼーっと見て
「あれは犬っぽい……恐竜……おにぎり……」
と、雲の形を生物や食べ物に例えた。
「ケッ!
ヘナチョコにイタズラしてるほうが何億倍もマシだぜ!」
しかし、すぐに飽きたようで屋根の上をコロコロ転がりながら悪態をつく。
「そうだ…!!
俺様だってバレないようにイタズラすれば、舞維っちに怒られることねえんじゃねえか!
今ヘナチョコは家にいるから、クソガキに邪魔されることもねえしよお!!」
デビルルはニヤニヤ笑い、屋根から降りようとしたが
「ん?」
空に1つのまあるい黒い影が見えた。
「なん……」
デビルルが目を凝らしよく見ようとした瞬間
「ぐわああ!?」
黒い影はデビルルを捕まえていってしまった。
「だからいい加減しつけえって……
断りに来ただけだから俺もう帰るぞ」
一郎は押し問答に疲れ、文実に背中を向けそろそろ帰ろうとしていたが
「はあ!?
ぜってえダメ!!」
と文実は襟首を掴み引き留める。
「チーム.インセクトに入るまで帰らせねえし!」
「ちっ……」
一郎は舌打ちすると文実の腕を払いのけ、ポケットからスマホを取り出した。
「おい!!
人が話してんだろ!! 無視してスマホいじってんじゃ
文実が文句を言ったが、それを止めるように一郎はスマホ画面を見せた。
「グループ入ったぞ。
これで帰っていいか?」
一郎はため息をつきながら、そう言う。
文実は一瞬、嬉しそうな顔をしたが、すぐに腕を組み、ぷいっと顔をそらした。
「さ……最初からそうすりゃいいんだ…!」
「あっそう」
一郎はあしらうようにそう言うと、スマホ画面を操作しながら帰って行く。
「いやあ!
4号も素直じゃねえな!!
アイツ昔っからスカしててさ!!」
文実はニコニコ笑いながら、舞維たちの元へ戻ってきた。
「おかえりい!
よかったね!!」
舞維も嬉しそうに笑い、片手を上げ
「「いえーーーい!!!」」
2人はハイタッチをかわした。
「あの人もう退会してるよ」
楽しげなムードの中、鬼斗がボソッと呟いた。
「えっ……?」
舞維はどういうことか分からず首を傾げる。
「はあ!!?」
その直後、文実はスマホ画面を見て怒りに満ちた叫び声を上げた。
「うわっ…!?
どうしたの!? 1ご
「アイツ!!
騙しやがった!!!」
文実はスマホを今にも握り潰しそうなほど、怒りで手の力を入れ、震える。
「だ……だますって……な
「アイツ!! 入れよ!!
生意気言ってるのも今の内だぞ!! てめえ!!!」
文実はそう叫ぶと、一郎を追い掛けて走って行った。
「…………3号……?
どういうこと?」
舞維は状況を理解できておらず、鬼斗に聞いた。
鬼斗は無言で手を出す。
「………やっぱりいいや」
舞維はガムを取り出そうとしたが、別に必要な情報ではないと思い、やめた。
「こらあああ!!!
4号!!!!」
公園からでたばかりの一郎を怒鳴り付けながら、文実は全速力で走って来た。
「……イッポン」
一郎はその声を聞き、イッポンと顔を合わせ
文実が一郎の後頭部を殴ろうとしたところを、イッポンの角で阻止した。
「いっ……た!!
痛えじゃねえか!!」
イッポンの角は硬度が高く、殴った文実の手の方にダメージが来てしまったようだ。
「殴ったのはお前だろ」
逆ギレする文実に、一郎は首だけ向けてそう言うとまた歩き出した。
「ちげえし!!
アクマ使うのは反則だろ!!
ていうか!!」
文実は怒鳴りながら、一郎の肩を掴み体を回して自分の正面に向けた。
「人と話すときはへそ向けろ!!」
一郎はめんどくさそうな顔をし、相手にするのが面倒で目をそらす。
「はいはい。
俺にまだなんか
「はいは1回だろ!」
「…………俺にまだなんか用が
「あるよっ!!
姑息な手使って逃げるなよ!!」
文実は怒りでまた足が出る。
「いっ……!?」
目を離していた事で一郎は避けきれず、スネを蹴られてしまった。
痛みを手で抑えようと咄嗟に屈んだ瞬間
文実は一郎のポケットからスマホを奪い取り、慣れた手つきでロックを解除した。
「…ッ!?
バカ!! お前!!」
一郎はすぐに立ち上がり、取り戻そうとしたが
「チックン…!!」
チックンは文実の合図とともに、小さな花粉を一郎に投げ付けた。
「えほっ……えほっ……!
い……イッポン!!」
一郎は目を閉じ激しく咳き込む。
うっすら目を開け、イッポンに指示をし、イッポンはふの手に向かい大きく飛び込んだ。
「痛ッ!」
角で突かれ、文実は思わずスマホを落としてしまう。
イッポンは地面に降り立ち、スマホを自分の角に引っ掛け、そのまま掬い上げようとしたが
チックンは阻止しようと、イッポンに突進。
だが、アクマ相撲で鍛え上げられたフィジカルには敵わず、イッポンは構わず角を振り上げ、一郎に返そうとしたが
「だめえ!!」
文実は咄嗟に手を出し、スマホをキャッチしようとした。
だが、掴みそこねスマホは弾かれ大きく宙を舞い道路へと飛び出してしまう。
「「あっ!!」」
2人はその動向を目で追い、先に文実が飛び出した。
「…ッ!?
バカ!!」
一郎は手を伸ばし、後を追いなんとか掴んだ。
文実の手を。
「うわっ!?」
一郎は急いで文実を引っ張る。
その瞬間、激しいクラクションの音とともに軽トラックが文実の目の前を通った。
文実は一瞬、恐怖で心臓が止まりそうになったが、軽トラックの荷台に一郎のスマホが落ちたのが見えた。
「バカ!!
死ぬとこだったんだぞ!!」
一郎は文実を受け止め、不注意を咎めるが
「いっちゃんの!!」
文実はそう言うと、軽トラックを追い掛けて行った。