多くの物語は終わりから始まる
十八年生きた。完璧だったとはおよそ言い難い人生であった。
頭と左半身を絶え間無く蝕む激痛に涙を流しながら、彼女はホワイトアウトしていく視界の何にも焦点を当てずにぼんやりと『見る』という行為だけをしていた。喧騒が耳の上を滑る。意味ある言葉など聞こえて来ないがそれはもしかして聞こうとしていない所為なのかもしれないと思ったが彼女にはどうだっていいことだ。げほ、と喉から捻り出した空気は血の臭いがした。そういえば口元を流れ落ちるこの感覚は血なのだろうか、それとも単なる唾液なのだろうか。みっともないから手で拭おうとするが、痛みと、妙に気を塞ぐ倦怠感がそれを邪魔した。もう、どうだっていいことなのだ。彼女は理解していた。
--きっと、死ぬんだろうな。
今日は何も特別ではない平日だった。母親が流行りの、たちの悪い風邪を引いて苦しそうにしているから、部活動を休んでスーパーで買い物をして家に帰ったら美味しいものをつくってあげよう。勿論母親には秘密で。そう思っていた。とても苦しそうだから、早く帰ろうと思っていた。急いでいた。横断歩道の無い交差点、青色から黄色に変わった信号に、まだ間に合うだろうと道路に飛び出した。そして感じたのは一瞬で視界がぐるぐると回るような衝撃と痛み。荷物のようにアスファルトに叩きつけられた身体はもう彼女のものではなくなっていた。
いつも通っている道だから大丈夫だと過信した所為だろうか。
気安く部活動を休んだ所為だろうか。
慣れないことをしようとした所為だろうか。
そんなことを一々考える余裕など彼女には無い。死の間際には走馬灯が流れると言われているが彼女の頭に浮かぶのは後悔と、言い知れぬ恐怖だけだ。
死んでしまったら、『自分』という存在はどこへ行くのだろう。わたしを『わたし』と称するこの意識はどこへ消えるのだろう。いや、そもそも消えるのだろうか。消えずに、例えば昔から語られているような三途の河原でひたすら石を積む日々が始まるのだろうか。膝を抱えて、言葉など忘れたように、手が荒れることも厭わず、灰色の石を掴んでは積んで掴んでは積んでを繰り返す。シュールだな、と彼女は小さく笑った。それでも涙がこぼれ落ちる。
母親に家族に会いたいごめんねと言いたい今までありがとうさようならと伝えたい友達にも別れを告げたい先生にも部活動の後輩にも関わったすべての人間にも一言残したいやりたかったこともすべてすべてやり抜きたいそれでも時間が無い、時間が無いんだ。嫌だ。このまま何も出来なくなるのは嫌だ。助けて誰かなんとかしてお願い助けて何でもいいから誰でもいいから助けて。助けて。
--死にたくない。
最後に声にならない声を吐き出して、彼女は名残惜しそうに瞼を閉じた。