レッツわたしと6エンパ   作:ひないじどり

4 / 10
 × 1ヶ月=1ターン=1話
 ○ 1ヶ月=1ターン≒1話
 ワンシーズン=1ターンも楽しかったですね。


折れることを選ぶまで

 賈詡が来てから、彼女は目まぐるしい日々を過ごした。

 

 真っ先に教えられたのはこの『乱世』についてである。己が統べる天下を目指し群雄が立ち上がる戦乱の世、それがこの世界だと言った賈詡に彼女は強いショックを受けた。群雄割拠--古典や歴史の教科書でしか聞いたことのない言葉の所為もある。死にかけていつの間にか立っていたこの場所が、いくつもの命が簡単に消えていく世界だと知ったことも原因だ。しかし何よりそれを当然のように話す賈詡が信じられなかった。

 殺人は罪である(・・・・・・・)。その常識が酔っ払いの喧嘩や私怨によるものなら言うまでも無いが、『天下統一のため』ならば通用しないのだ。

「戦では、多くを殺した人間ほど讃えられるんですよ」

 子どもに言い聞かせるように噛み砕いて説明する賈詡に、彼女はしばらく応えられなかった。思い出すのはあの痛みと倦怠感と、恐怖。

 今こうしている間にも、どこかで誰かがあんな思いをしていると言うのか。

 彼女の落ち込んだ様子を察した賈詡は、面倒そうにやれやれと肩を竦めていた。

 

 次に、この西涼を護らねばならないと教えられた。

 賈詡は少し古びた地図を広げた。あの書斎から発掘したらしい。「あなたは何も知らないようなので一応言っておきますが」と皮肉めいた前置きをして、どこかの大陸を細分化して描いてある中の一番左上を指した。

「ここが西涼。俺達の居る場所、そしてあなたの治める地です」

 どこかの大陸ではなく、他ならぬ彼女の居る大陸だったらしい。そんなことを言われても実感なんてそうそう湧かないが、彼女は神妙な顔で頷いてみせた。賈詡が、本当にわかってんのかこいつ、とでも言いたげにこちらを見ていたのはすごい観察眼だと感心した。細長く伸びたその土地を見て石川県みたいだという感想を抱いたことは秘密である。

 

 西涼の主な被害やこれから必要であろう物事について賈詡が詳しく調べ直している間、彼女は民のために動いた。

 彼女の居る建物は紛れも無く『城』だったようだ。白壁に天守閣と瓦屋根という日本の城、またはあの有名な夢の国にあるような西洋の城しか知らなかったのでひどく驚いた。ここでは城壁が街全体を囲み、農作業などをするような目的以外では多くの民は壁の内側で生活しているらしい。

 しかしつい先日この城は攻められ、侵攻はなんとか耐え切ったものの田畑や民家は無惨にも荒らされていた。彼女の前の君主はあまりの悲惨さに国を放り出し、治める者の居なくなった国から人々はこぞって逃げ出し、残ったのは老人やちからの無い女や幼い子ども、怪我や病に伏した者達ばかりなのだと賈詡は言う。それを聞いた彼女は残った民のほとんどを城へ集め、野盗に怯える人々に空いてあるすべての部屋を提供した。

 賈詡には反対された。それがなぜなのか彼女には疑問だった。

「前代未聞ですよ。曲がりなりにもあなたは君主なんですがね」

「君主がいいって言ってるんだから、いいじゃないですか……じゃなくて、いいでしょ。……いいだろう?」

 見た目は仕方ないにしてもせめて君主らしく威厳ある物言いをするよう注意されたことを思い出し、彼女は慌てて言い直す。背伸びしているようでかえって滑稽だが、だからこそ賈詡は楽しんでいる。

「下の者達に示しがつかないでしょうに」

「わたしの下の人って賈詡さん、か、賈詡しか居ないし、そんなこと言ってる場合じゃないと思う、ぞ?」

 見た目だけで考えると父親くらい歳の離れていそうな賈詡と話すときはつい丁寧語になってしまう。慣れない口調と目上(立場を見れば上に立つのは彼女なのだが)の人にタメ口を効く申し訳無さからか彼女の声は震えている。

 だがその言葉は賈詡を驚かせた。

「一般の人達……ええと、民は大切にしないと。民が居なければ、国は成り立たないのだから」

 それは民主主義を知る彼女だからこそ当たり前のように口にした言葉だった。国の運営する教育・医療機関が無いなら国そのものが手を差し伸べるしかない。なぜなら国とは民に支えられて初めて機能するものなのだ。

「ははあ……」

 賈詡には思い付かない、思い付いても実行しないような考えだった。彼女は不思議そうに賈詡を眺める。

「……違うの?」

 顔色を窺うように尋ねる彼女に、賈詡は顎に手を当てて軽く首を捻る。

「はて、そういう考えに触れたことが無かったんでね」

 我ながらひどく素直な言葉だとは思ったが、初めから素直な君主様には通じなかったようだ。そうなんだ、と彼女は何でも無いように聞き流した。

 

 それから一ヶ月間、彼女は無知故に多々戸惑いながらも民のために働いた。

 

 

 

 

 

 墨を筆に馴染ませながら賈詡は考える。

 君主である彼女は実に妙な人間である、と。

 少女と呼べる若さで国を背負うのだから何かしら優れたものを持っているかと思ったが、今のところそういった才は見受けられない。自分に自信が無いのかすぐにこちらの顔色を窺う様は上に立つことに慣れていないように見える。年上を敬うことは常識化しているようで、自信を持たせるためにも尊大な話し方をするべきだと進言したのに臣下である賈詡どころか民である老人達にも丁寧に語りかけていた。その度に慌てて言い直す姿は見ていて面白い。

 何よりも目立つのはあまりにも『知らな過ぎる』ことだ。年若い少女だとしても限度がある。出会って早々に「厨房の場所ってわかりますか?」と尋ねられたことまではいいとしても「ひょっとして西涼って、ここ、ですか?」と訊かれたときは駄目だこの娘と思った。こちらを頼るような言い方がさらに悪かった。

 その割には『国は民ありき』などという高尚な見解をさも当然のように口にするのだから、賈詡が訝しむのも無理からぬことだろう。怪我人や病人の世話をしながら子ども達と遊ぶ彼女はどう見ても平民出身のお人好しな娘さんである。他国の者にあれが俺の主ですと紹介しても恐らく信じてもらえない。彼女自身、君主の自覚などまだ無いのだろう。

 しかし彼女が国そのものとまで言う民に関しては献身的とも思えるほど尽力する。戦乱で負った痛みを自分のもののように悲しみ、夢の中で戦いに巻き込まれる子どもには慈しむように寄り添いその頭を撫でてやる。

 彼女は不思議な、そして変な君主であった。

 

「やれやれ、『前』とは随分勝手が違う」

 

 賈詡は無意識にため息を吐いていた。握っていた筆先からポタリと墨が垂れる。したためているのは自分の知る情報と彼女が城に招いた民から聞いた西涼とその近隣諸国に関する情報を掻い摘んでまとめたものである。人手不足の現在で情報収集するに地元の人間ほど心強いものは無い、が、きっかけを手に入れたのは彼女が城を開放したおかげだと思うとどうにも手が止まる。

「……調子が狂うね」

 自分の求めるものを得るために何度も最善の策を考え、万が一にも失敗せぬよう細心の注意を払ってきた。賈詡はそういう生き方を選んで来た。それなのにあんなに他人を頼る様を見せつけられあまつさえ一々反応を求められていては、いつか妥協を余儀無くされ、こちらの考え方まで変わってしまいそうだ。

 --それをまだ『困る』と認識している内はいいのだが。

 深く息を吸った賈詡は気を取り直して筆を滑らせた。墨が多かったのか、その一文字目はどこか潰れていた。

 

 

 

 

 

「進め! 敵陣を貫くのだ!」

 己が率いる二百の騎馬兵に号令し、その人物は自分が跨る馬の手綱を握り直した。

 気持ちが逸る。今の主に仕えてから初めての戦だ、ここで手柄を立てれば憶えが良いだろう。主は武芸に秀でた者を好むと聞いている。そして自分は騎馬の腕前なら誰にも負けない。油断さえしなければ、いくら初陣だろうと充分に活躍出来る筈だ。

 戦の前に軍師から任された役目は『敵陣容を掻き乱す』ことである。堅固な守りの布陣を敷く敵はどうやら防衛が得意らしい。しかしそれはあくまで歩兵に対するもの、馬ならば簡単に看破出来るだろう。

 それは慢心ではなかった。その人は心から『そう思っている』のだ。

 生まれ故郷で鍛えた馬術を余すこと無く教え込んだ兵達が声を上げて突撃する。意思ある生き物を足としているにも関わらず、その行軍は綺麗に統率がとれていた。

「我が槍で、味方に勝利をもたらさん!」

 

 

 

 

 

 君主様、君主様、と自分の手を引く子ども達と笑い合いながら、彼女は胸の奥がズキリと痛む音を聞いた。

 憶えなければならないこと、学ばなければならないことは山のようにある。幸いにも賈詡の有する知識が他人より多く、また賈詡自身も賢い人間なので彼女の教師役を務めているがあまりの無知さに呆れられている気がする。きっと気のせいではない。ものを知らな過ぎて不審に思われているという自覚があった。

 当たり前だ。『乱世』など知らないのだ。

 賈詡の言う『君主らしさ』などわからないし、子ども達の求める『君主様』は彼女ではない筈だ。彼女が民を城に集めたことに崇高な目的も何も無い。哀れに思っただけだ。老人や子どもはゴミのように蹴り飛ばされ、女は道具のように犯され、怪我人や病人は虫ケラ扱い。それが『今の西涼の民』だった。それはあまりにも可哀想ではないか。彼女に君主としての思いは無い、動いた理由はただの同情だった。

 それでも民は彼女に感謝している。助けてくれてありがとうと頭を下げる。ひどく息苦しかったが、それでも、賈詡の反対を押し切ったことに後悔は無い。

 --死ぬのは、嫌だ。

 乱世については知らなくとも、その気持ちだけは彼女にもわかるから。

「君主様は天下をおさめてくださるの?」

 子どもが何気無く問いかけたその内容に、彼女は困ったように微笑んだ。

 

「それはまだわからないんだ」

 

 彼女が乱世を理解することは、恐らく不可能であろう。

 

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