のはらリン「今度こそ悲劇の運命を回避するッ!!!」   作:しじみ兆

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第一章
雨の記憶と春の教室


 

 

彼女の頬を伝う雨粒は、すでに冷たさを超えて、(こお)てつくような無音の痛みを帯びていた。空は重く垂れこめ、灰色の幕が世界を覆い尽くしている。風は静かに舞い、湿った草葉を揺らすだけで、ほかには何もなかった。

 

ゆっくりと広がる胸の痛みは、やがて(しず)かな絶望(ぜつぼう)に変わり、時間の流れさえも(こお)りつかせた。地面に落ちる雨粒のひとつひとつが、まるで()てついた世界(せかい)の断片のように響く。

 

白髪の少年は(ひざ)の上に置いた手を見つめ、(てのひら)の震えを必死に押さえ込んでいる。指先に滲む冷たさと、止まらない鼓動が彼の内面の動揺(どうよう)を物語っていた。

 

黒髪の少年は目を細め、地面を踏みしめる足に力を込める。彼の吐息(といき)が白く空気に消え、(いか)りと(かな)しみが入り混じった静かな熱気が夜の闇に溶けていった。

 

その場には言葉も音も存在しなかった。ただ、止まった時間と冷たい雨、そして失われた何かが(こお)りついたまま、静かに流れていた。

 

×××

 

「ッッ…!」

 

ひどい悪夢(あくむ)を見た。

 

肌を撫でるのは、あの冷たい雨じゃない。柔らかな布と、朝の空気。

 

わたし──のはらリン。

 

だけど、たしかに“あの瞬間(しゅんかん)”を知っている。

 

カカシの手の震えも、オビトの涙の熱も、全部──

 

目を開けると、光が眩しかった。

 

けれど、それはあの雷鳴(らいめい)の閃光でも、血に濡れた火花でもない。

 

木漏れ日だった。

 

乾いた木の匂い。温もりを含んだ空気。

 

カーテンの向こうで風が揺れ、光がちらちらと揺れている。

 

それなのに、心の奥はまだ……(こお)ったままだった。

 

──ここは……部屋。私の部屋。

 

そう理解するまでに、ほんの数秒かかった。

 

布団の中に包まれた体がやけに軽く、まるでどこかを失くしたみたいに頼りない。

 

けれど、それでも呼吸は続いている。心臓も、ちゃんと動いてる。

 

生きている──それだけが、今の私のすべてだった。

 

ゆっくりと手を伸ばして、胸元を確かめる。

 

……何もない。あの時、カカシに貫かれたはずの胸は、穏やかに上下していた。

 

夢じゃない。だけど、現実とも思えなかった。ただ漠然(ばくぜん)と理解する。

 

「……うそ」

 

かすれた声が喉の奥で転がる。

 

震える指でその写真に触れたとき、ようやく確信(かくしん)した。

 

──わたしは、戻ってきた。

 

あの終わったはずの時間より、もっとずっと前に。

 

けれど、喜びはなかった。

 

胸の奥にあったのは、どこまでも冷たく、どこまでも静かな、覚悟(かくご)だった。

 

「やり直せるなんて、そんな都合のいいこと、あるわけないよね」

 

自嘲の笑みがこぼれる。

 

でも、それでも。

 

「わたしは……次こそはオビトを助けるんだッ」

 

その声は、小さくても確かだった。

 

まだ、運命は変わっていない。

 

でも、変えられる余地がある。

 

生きているかぎり、諦める理由はない。

 

×××

 

「助けるって意気込んだのはいいけど、それ以前に私すぐに死ぬじゃんッ!!」

 

布団の中で思いっきり頭を抱えた。

 

目覚めた瞬間はまだ夢の中にいるみたいだったのに、今は逆に現実が重たすぎて、頭が痛い。

 

──そう、私の死ぬ運命(うんめい)。あれ、もう確定事項(かくていじこう)なの。

 

どうしようもなく、どうしても、避けられなかったやつ。

 

「……私、殺されに来たの?」

 

吐き出すようにそう呟いてから、頭をぶんぶん振った。

 

違う、違う。そんなはずない。私は、オビト救いに来たはずだ。あの未来を、あの絶望(ぜつぼう)を変えるために。

 

「でも、オビトを救ったところで、私がまた死んだら意味ないじゃん……」

 

もう一度布団に突っ伏した。

 

ああもう、時間が欲しい。計画練る時間と、精神的(せいしんてき)な余裕と、術のスキルと、それから──

 

「……年齢。いや、身体年齢……」

 

がばっと体を起こして、近くの姿見(すがたみ)に駆け寄る。

 

映ったのは、記憶よりもずっと小さな顔と、丸みを帯びた頬。目だけは、今の心を映すように真っ直ぐだった。

 

「……幼少期。確定」

 

部屋を見渡せば、昔懐かしい家具や、母が買ってくれた勉強机(べんきょうづくえ)、小さな木彫りのカエルの置物まである。

 

懐かしいのに、今はすべてが違って見えた。

 

(よし、落ち着け、のはらリン。まずは状況整理だ)

 

頭の中で、ひとつずつ確認していく。

 

・私はカカシに殺された。

・死んだあと、なぜか過去に戻った。

・ここはアカデミー時代、まだ中忍試験(ちゅうにんしけん)前。

・目覚めた時点で、記憶は完全。

・今後の展開(てんかい)も一部だけだが知っている

 

(うん。冷静になれば、できることはある)

 

焦りと混乱の(きり)がようやく晴れはじめた。

 

深呼吸して、今の自分にできる最初の一手を考える。

 

「とりあえず、今日がいつなのか……確認しなきゃ」

 

その時──

 

「リンー! 今日はアカデミーあるって言ったでしょ! もう用意できてるの?」

 

母の声が、廊下から聞こえた。

 

「……うん、今行く!」

 

声はまだかすれていたけれど、前よりはしっかり出た。

 

布団から抜け出し、制服に着替え、扉を開ける。廊下の木の感触が、なんだかくすぐったい。

 

(まずは……オビトに会わなきゃ)

 

その思いだけが、胸の中心であたたかく、けれど苦しく光っていた。

 

──“最初の分岐点”が、また始まる。

 

 

×××

 

玄関を開けると、朝の空気がふわりと頬を撫でた。

 

すっかり忘れていた、木ノ葉の春の匂い。まだ肌寒いはずなのに、こんなにもあたたかかっただろうか。

 

「いってきます」

 

母にそう告げて、私は歩き出した。草の上を踏みしめる足が、まだ小さくて不安定(ふあんてい)だ。

 

それでも歩くたびに、身体の中心に一つひとつ現実が刻まれていく。

 

(ああ、本当に……戻ったんだ)

 

一歩ごとに実感(じっかん)が迫る。小さな通学路(つうがくろ)、まだ舗装されていない土の道、子どもたちの笑い声。

 

すべてが懐かしく、でも“まだ私が知っていた頃のそれ”にはなっていない。

 

アカデミーの門が見えてくると、喉の奥がぎゅっと締めつけられた。

 

(この門……この中で、また始まる)

 

緊張してるのか、背筋が硬直(こうちょく)する。手汗がじっとりと滲む。

 

あの頃なら、ただ元気よく駆けていったはずなのに、今の私は違う。

 

──この先には、オビトがいて。

──カカシがいて。

──そして、いずれまた、私は──

 

「……っ、ダメ。考えすぎないで。今日は今日のことだけ」

 

呼吸を整え、教室のある階段(かいだん)を上った。

 

途中すれ違う子たちは、誰もが無邪気に話しながら歩いている。

 

その中で、私だけが静かに、たった一人で歩いていた。

 

(オビト……)

 

教室の扉を開けて、すぐに私は教室中を見渡した。

 

だけど──いない。

 

「あれ……?」

 

思わず声が漏れる。

 

(オビト、まだ来てない……)

 

胸の中に、少しだけざわりとしたものが湧いた。

 

遅刻癖。そうだ、あの子はそうだった。初日から遅れてきて、先生に怒られて……。

 

でも、それでも私は、今日この日を彼と顔を合わせることで実感(じっかん)したかったのだ。

 

代わりに、すぐ目に入ったのは──

 

「…………」

 

席に座って、窓の外を見ていた少年。

 

銀白の髪、鋭い目つき、肩の力の抜けた姿勢。それなのに、一点の隙もないような空気。

 

はたけカカシ。

 

この世界の時間軸で、間違いなく“あの未来”に通じるもう一人の鍵。

 

(あの手で、私は──)

 

心の奥に、ピシリと罅割(ひびわ)れるような感覚(かんかく)

 

でも、それを表に出すわけにはいかない。私はリンであって、リンでしかいられない。

 

ゆっくりと自分の席に腰を下ろすと、机が思ったよりも高くて笑ってしまいそうになった。

 

体が小さくなってるって、本当に不便(ふべん)。笑えるほど不便だ。

 

(……オビト、早く来ないかな)

 

チャイムが鳴り、先生が入ってきて、授業が始まる。

 

でも、肝心のあの子はまだ来ない。時間だけが、じわじわと進んでいく。

 

──そして。

 

「……っはぁ……は、はいっ! 遅れてすみませんっ!」

 

ドアが乱暴に開き、慌てた声とともに駆け込んできた黒髪の少年。

 

息を切らして、額に汗をにじませ、必死に教室を見渡して──

 

「うちはオビト」

 

先生が名を呼ぶ。

 

私の心が、一瞬だけ“音を立てて”(ふる)えた。

 

その視線が私とぶつかったその瞬間──

 

“ああ、やっぱり、戻ってきたんだ”って、ようやく心から思えた。

 

(ここから、やり直す)

 

 

 

 

 




プロットもろくに作らず見切り発車しちゃったのでどうなるか

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