のはらリン「今度こそ悲劇の運命を回避するッ!!!」 作:しじみ兆
昼下がりの訓練場は、春の風に包まれていた。
土の匂いに混じって、ほんのり花の香りがする。
今日は任務のない休日。珍しく、四人が集まっていた。
「オビト、中忍昇格、おめでとう」
のはらリンが微笑んで言った。
その顔には、心からの祝福と、ほんの少しの安心が滲んでいた。
オビトは照れ隠しのように頭をかいた。
「へへっ……ありがとな、リン。リンが先に昇格してたから、ちょっと悔しかったけど……」
「でも、ちゃんと追いついたね。よく頑張ったよ」
そう言って、リンが軽く背中を叩くと、オビトは耳まで赤くして俯いた。
そのやりとりの後ろから、少し低い声が聞こえた。
「ま、試験で寝坊しなかっただけでも奇跡だけどな」
白髪の少年──はたけカカシが、腕を組みながら立っていた。
「……なんだと!?」
オビトが、ぴくりと反応して振り返る。
「もっと素直に祝えよな、そういうときぐらいさあ!!」
「事実を言っただけだ」
「お前な……!」
オビトが一歩前に出ようとしたその時──
「二人とも、はい、ストップ」
リンがその間に入る。
声は柔らかいけれど、有無を言わせない強さがあった。
「今日は喧嘩の日じゃないでしょ?」
「……ふん」
「……別に」
二人はそれぞれ顔をそらす。
その横で、波風ミナトがやれやれと微笑んでいた。
「懐かしいな……初任務の時と、まったく変わってないね、君たち」
「え、あの時って……」
「オビトが木にぶら下がってカカシが完全に見捨てたやつ!」
「おいリン、やめろって!」
「事実を言っただけだけど?」
オビトが思わずうなる。
ミナトは口元を押さえながら笑いをこらえていた。
空気がやっと和んだところで、リンはカカシに向き直った。
「でも、ほんとに……上忍になった時、驚いたよ。まだあの頃は私たち、アカデミー生だったのに」
カカシは少しだけ目を伏せ、淡々と答える。
「……任務の数をこなしただけさ。別にすごくもない」
「ううん、すごいよ。それって、ちゃんと信頼されてるってことだもん」
その一言に、カカシの口元がわずかに揺れた。
言葉は返さなかったけれど、彼の目は以前より少しだけ柔らかく見えた。
そして──
リンはふと、何かを思い出したように、オビトのほうへ振り返った。
「ねえ、オビト」
「ん?」
「あとで、ちょっとだけ付き合ってくれる?」
「え……あ、う、うん? な、なに?」
「ちょっと言いたいことがあって。公園の桜の木のとこ、分かるよね?」
「……ああ、うん……行く。行くけど……!」
リンはそれだけ言って、ふわりと笑いながら立ち去っていった。
木漏れ日の中、肩の揺れ方がいつもより軽く見えた。
残されたオビトは、耳まで真っ赤になりながら何かをブツブツ言っていた。
その横で、ミナトがまた苦笑いを浮かべる。
「……オビト。何があっても、遅刻はしちゃいけないよ?」
「う、うるさいっスよミナト先生っ!」
桜の花が風に吹かれて、まだ咲く前の蕾の匂いを運んでいた。
──やがて、その木の下で、
未来に繋がる小さな決意が、静かに語られることになる。
桜の枝が、まだ開ききらない蕾を風に揺らしていた。
春の陽射しが斜めに差し込み、枝の影が地面にやわらかく映っている。
その下のベンチに、のはらリンがひとり座っていた。
背を少し預け、ぼんやりと空を見上げている。
──風が、ふわりと吹いた。
青空は深く、広く、どこまでも静かだった。
「……あ」
控えめな足音とともに、声がした。
「よ、来たぞ」
オビトが現れ、頭の後ろで手を組みながら近づいてくる。
やや緊張気味に、けれど無理に平静を装うように歩いていた。
リンは振り返り、笑顔を浮かべる。
「来てくれてありがとう。すぐ帰る時間だったのに、ごめんね」
「べ、別に。呼ばれたから来ただけだし……場所、分かってたし……」
ゴーグルを上げたり下げたりしながら、オビトはベンチの隅に腰を下ろす。
間が空きすぎないよう、でも近づきすぎないように、ぎこちない距離感を保って。
リンは視線をまた空へ戻しながら、ふとつぶやくように言った。
「ねえ、オビト。……空って、見上げたりする?」
「え、空?」
「うん」
オビトは顔を上げた。
雲ひとつない、よく晴れた午後の空が広がっていた。
「別に、見ないことはないけど……なんでだ?」
リンはすこしだけ目を細めて、言った。
「うん……なんかね、こういう青空の日ってさ、胸の奥までポカポカしてくるでしょ。理由はないんだけど……“叶うかも”って思えるの。夢とか、希望とか──そういう暖かい物を、信じてみようって思えるくらいに、空が高くて優しくて」
その声は淡々としていたけれど、どこか遠い場所を見ているようでもあった。
「……そっか」
オビトは、言葉の意味をすぐには飲み込めなかった。
だけど、リンの言葉の端に、ほんの少しだけ“切なさ”が混じっている気がして、うまく笑えなかった。
「──でもさ、リンは、いつもそういうこと言うよな。ポカポカとか、夢が叶うとか」
「変かな?」
「いや、変っていうか……なんか、信じたくなる」
その言葉を口にした瞬間、自分でも照れくさくなったのか、オビトはゴーグルを引き下ろしてそっぽを向いた。
「うわ、やっぱ今のナシ! 忘れてくれ!」
「ふふ、なんで? 嬉しかったのに」
「だからそういう言い方がだなっ……!」
「ありがと、オビト」
リンは小さく微笑んだ。
「オビトが火影になるって言ったとき、私ね、すごく嬉しかったんだよ」
「えっ……」
「きっと、オビトが火影になる未来って、すごくあったかいんじゃないかなって思ったの。だから……私もそれを見ていたいなって」
風がまた、桜の枝を揺らした。
まだ蕾だった花びらが、一つだけ小さくほどけかけている。
「オビトは、ちゃんと前を向いててね。私は、ずっと見てるから」
「……リン」
オビトは何かを言いかけたが、言葉にならなかった。
でも、たしかにその胸の中で何かが動いた。
──この笑顔を、絶対に手放しちゃいけない。
そんな気持ちが、ゆっくりと根を張っていく。
「……あのさ」
「うん?」
「いつか火影になったらさ──お前は、隣にいてくれよな」
「──うん」
ほんの一瞬、リンは驚いたように瞬きをして、
それから、何かをこらえるように、けれど優しく笑った。
「オビトが拒まない限りは隣にいるよ………でも、真っ直ぐ前を向いてくれていたら私はとっても嬉しい」
──ふたりの影が、長く並んで伸びていった。
やがて花が咲くその木の下で、未来へつながる静かな誓いが、今、芽を出しはじめた。
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