のはらリン「今度こそ悲劇の運命を回避するッ!!!」 作:しじみ兆
授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
周囲の子どもたちがわいわいと席を立ち、廊下へと駆け出していく。椅子の擦れる音と、戸の開け閉めが賑やかに重なった。
私は──まだ座ったままだった。
(どうする? どうやって……声をかける?)
心の中で何度も練習したはずの言葉が、今になって霧の中に消えていく。
(でも、逃しちゃダメ。今声をかけなきゃ)
カバンを抱え、そっと席を立つ。
教室の端に立っていた彼が、廊下に出ようとするその瞬間──私は一歩、踏み出した。
「オビト!」
その名前を呼ぶのが、どれほど久しぶりだっただろう。
言葉に出した途端、喉が震えていた。けれど声は確かに届いた。
少年がピタリと足を止める。
振り向いた先にいたのは──昔と変わらない、あの“うちはオビト”だった。
「……あ、リン?」
不思議そうに目を丸くして、彼は小さく笑った。
「なんだよ、呼ばれるのなんて珍しいな。……俺、なんかした?」
その顔が、懐かしくて、痛くて。
私の胸の奥で、静かに“未来”が軋んだ。
(違う……私が、あなたに何もしなかったんだ)
「ううん、なんでもない。ただ、ちょっとだけ話したくて」
平静を装って笑う。うまく笑えていたかは、わからない。
でも、彼は素直にこちらへ歩いてきてくれた。
「なあ、リン。今日、なんか変じゃない?」
「……え?」
「なんか、雰囲気が違うっていうか……前から知ってる人みたいっていうか」
一瞬、心臓が止まりかけた。
「いや、変な意味じゃなくて! ……なんか、話しかけてもらったの、初めてだったから」
「……そっか。じゃあ、これからたくさん話すよ」
その言葉に、オビトは一瞬驚いた顔をして、それからうれしそうに笑った。
──ああ、これだ。
この笑顔を、私は守りたかったんだ。
そして今度こそ、この手で守ってみせる。
教室を出ると、夕方の光が廊下の窓から差し込んでいた。
木の床に映る影が揺れて、足音がやけに静かに響く。
「リンって、こんなに静かだったっけ?」
オビトが隣でぽつりとつぶやいた。
「……そんなことないよ。たぶん、昔は……もうちょっと無口だったかな」
「へぇ、不思議な感じ。なんか、すごく話しやすい」
オビトの言葉に、少しだけ胸が温かくなった。
たった一言。それだけで、私の中の何かが少しずつほどけていく。
「でもさあ、今日も遅刻しちゃって、カカシにまた冷たくされて……はぁ」
「うん、見てたよ」
「まじで? はは……あーあ、なんか恥ずかしいな」
照れたように笑うその顔が、少しだけ日差しに照らされていた。
ああ、この顔。この声。この空気。
(忘れてたわけじゃないけど、ずっと、遠くに置いてきたみたいだった)
「……あのね、オビト」
「ん?」
「これから、ちょっとずつでいいから……仲良くしてくれるとうれしい」
そう言ったとき、自分でも声がほんの少し震えていたのがわかった。
でもオビトは、一瞬驚いたあと、ちゃんと頷いてくれた。
「おう! もちろんだ!」
どこまでも真っ直ぐで、どこか抜けてて、でも誰よりも優しい。
そんなオビトのまま、今はまだここにいる。
この笑顔を、絶対に曇らせない。そう、私は決めたんだ。
二人で並んで歩く帰り道。言葉は少なくても、胸の奥に静かに光が灯っていた。
──未来は、まだ決まっていない。
教室を出ると、夕陽が木々の間からこぼれていた。
私の隣を歩く少年は、手をポケットに突っ込んだまま、ちょっとムスっとしている。
「なあ、さっきの授業、カカシまた目立ってただろ? ああいうの、ずりぃよなぁ……」
「そう? ちゃんと授業聞いてれば、誰でもできると思うよ?」
「うっ……そ、そりゃ、そうだけど!」
思わず笑ってしまった。何も変わってない。
やっぱり、オビトはオビトだった。
「でも、遅刻はやめた方がいいと思うけどね」
「わ、分かってるってば! 今日だって、ちゃんと起きたんだよ? ただ、婆ちゃんの手伝いしてたらさ、つい……」
「うんうん」
「ほんとだってばぁ!」
ちょっとした言い訳の連続に、私は自然と肩の力が抜けていくのを感じた。
懐かしくて、温かくて、今にも泣きそうになるくらいの、日常。
でも──
「……オビト」
「ん?」
「これからさ、ちょっとでも何か困ったことあったら、教えて。私、前より頼りになるから」
「へ? 前より?」
「……ううん、なんでもない」
少し間をおいたけれど、オビトはあっさり頷いた。
「へへっ、ま、俺のことなら安心しとけって! 火影になる男だからな!」
「うん、知ってる」
その夢も、想いも、すべて覚えてるよ──。
彼の横顔を見つめながら、私はひとつ深く息を吸った。
風がやさしく吹いて、木の葉がかすかに揺れていた。
教室に満ちる喧騒は、奇妙なまでに眩しかった。
陽の光が入り込む大きな窓、風に揺れるカーテンの端、椅子を引く音、誰かが消しゴムを落とす乾いた音、小さな笑い声の混ざった会話があちこちで断続的に続いている。
──それは確かに、アカデミーの日常だった。
私は教室の端、窓側の席に静かに座り、鞄を開いた。
重くも軽くもない布の質感。開いたノートの行の幅、墨の匂い。懐かしい。けれど懐かしすぎて、まるで他人の記憶を覗き込んでいるようだった。
誰にも話しかけられず、話しかけもせず、ただ周囲の喧騒を見つめていた。
その視線の奥では、過去の映像が静かに重なっている。数年前──いや、“未来”での光景。そこでは、この無邪気な教室にいた子たちの多くが、もういなかった。
「なあなあ、チャクラの練習って今日だったっけ?」
前の席の男子がひょいと後ろを振り返る。少し背が低く、声がまだ不安定だ。
「うーん、印の型とか、なんとかって先生言ってた」
「俺、全然覚えてねぇ……どうしよ……」
クラスのあちこちで交わされる、くだらなくて愛おしいやり取り。
昔なら何気なく笑って聞き流していたそれが、今はまるで異国の言語のように聞こえた。
私は自分の手を見つめる。
まだ幼い指。細くて、骨が浮かんでない。
この手で何ができる? この先、また死なずに生き残れる?
未来の悲劇を、止められる?
(……どうしようもない不安)
冷静に振る舞おうとすればするほど、心の中に沈んでいた“違和感”が泡立つように浮かび上がる。
──これは、正確には“過去”じゃない。
──限りなく似ているけれど、“完全に同じ”ではない。
ほんの僅か。ほんの、ほんの僅か。
教室の机の配置、誰かの声のイントネーション、黒板に書かれた字のくずれ──それらが、どこかほんの少しずつ“ズレて”いる。
それが、私の内側に広がる異物感をさらに強くした。
ふと、ぞくりとした感覚が背中を這った。
気配。視線。冷気。
顔を上げた先、教室の隅。
──いた。
窓とは反対側、教壇から三つ離れた壁際の席に、白銀の髪をした少年が静かに座っていた。
姿勢は正しく、教科書を広げたその手には無駄な動きがない。集中している。けれど──その目は、本の中にはなかった。
こちらを見ていた。はたけカカシが。
(…………っ)
あの視線。忘れるはずがない。
感情のない目。無機質で、冷えきっていて、優しさも怒りもない。
ただ“目の前の任務を遂行するための手段”として見られていた、あの戦場での目だ。
だけど、今の彼はまだそんな経験をしていないはずだ。
任務に出る前、仲間を失う前、敵を斬るより先に何も知らなかった時代。
それでもその瞳の奥に、私ははっきりと“その後の彼”を見た。
思わず視線を逸らす。
呼吸が一瞬止まり、心臓が不規則に打ち鳴る。
なんで。まだ何も始まっていないのに。
私の中の記憶が、勝手に彼の現在に“未来”を重ねてしまう。
(やっぱり、普通の時間じゃない)
私はただ戻ってきたんじゃない。
これは、過去のコピーであり、再生された世界であり、どこかが“仕組まれている”。
私が選び直すことで、すべてが変わるかもしれないし、逆に“変えさせないようにする力”がすでに働いているのかもしれない。
「リン」
その時、不意に声をかけられた。
隣の席。見慣れた、懐かしすぎて胸が締めつけられる顔。
うちはオビト。
気さくで単純、どこか抜けてて、自信家で。だけど──真っ直ぐだった。
「今日も静かだな。……調子悪いのか?」
私が言葉に詰まっていると、オビトは珍しく心配そうに眉をひそめた。
「……ちょっと考え事してた。大丈夫だよ」
「ふーん、そう?」
その口調が、あまりにも自然で、私はまた少し泣きそうになった。
「……オビトこそ、ちゃんと寝てる?」
「えっ? え、な、なんで!? そ、そんなに目、腫れてる!?」
「違う違う、顔がちょっと疲れてるかなって」
「な、なぁんだぁ……びっくりしたぁ。俺、また寝坊しそうになってさ……朝、パン食べながら走ってきたんだよ!」
「うん、似合いそう」
「ひど!?」
笑い声が弾けた。周りのざわめきに紛れてしまいそうな、小さな、小さな笑い。
でもそれが、この教室の中でいちばん“本物”だった。
──ここから始めよう。
何もかもが、仕組まれたようなこの日常の中で。
私は、もう一度この世界を生き直す。
「じゃあ今日は、チャクラの練習からいきます。まずはおでこに葉っぱを貼って、そのまま維持。いいですねー?」
教師の陽気な声が教室に響いた。
子どもたちのあいだに緩やかなざわめきが生まれ、皆が机の中から練習用の葉を取り出す。
机の下から落ち葉がパラパラと音を立てるたび、遠い過去が蘇る。
(懐かしい……)
懐かしさと同時に、微かな怖さもあった。
私はすでに“できる”側の人間だ。未来で命を賭ける忍術を、何度も経験してきた。
この時代の子供たちのように、ゼロから学ぶ段階は、私の中にはもうない。
──でも、普通のふりをしなきゃいけない。
「やりすぎない」。それが今日の目標だった。
私は机に肘をつき、そっと落ち葉を掌に取った。
黄色く乾いたそれは、まだほんの少し水気を残している。額に貼り、目を閉じる。
チャクラの流れを探る。呼吸を整え、内側の脈動に集中する。
それは、まるで呼吸の一部のように自然だった。
動かそうとせずとも、ただ意識を向けるだけで、チャクラは律儀に応えてくれる。
(……うん。いける)
葉は額にぴたりと吸い付き、微動だにしなかった。
そのまま、教師の指示が飛ぶ。
「できた子から挙手してくださーい!」
次々と手が上がるなか、私は誰よりも早く手を挙げることはしなかった。
ほんの数秒、他の子が名乗りを上げるのを待ってから、ようやく静かに手を上げる。
「のはらリン。じゃあ見せて?」
教師が近づくと、私はそっと前髪をかき上げてみせた。
葉は、ぴたりと貼りついたまま。微動だにしない。
先生は「おおっ、いいねー!」と声を上げ、後ろの子たちから「すげぇ……」と小さく囁く声が聞こえた。
(あ……まずい)
予想より、周囲の反応が大きかった。
(しまった、自然すぎた……?)
私はすぐに手を下ろし、視線を逸らした。
誰かと目が合うのが、少し怖かった。
「うちはオビトー! 葉っぱ落ちてるぞー!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 今、今集中してんの!」
横から飛んでくる声に、空気が緩む。
オビトは額に葉を貼っていたが、どう見てもずれている。彼は苦戦しているようだった。
「ふ、ふん、誰だって最初は難しいんだよ!」
そう言いながら、落ち葉を何度も貼り直す姿が、なんとも微笑ましい。
(そうだ、みんな今は“ここ”なんだ。私は……)
置いてきた記憶に縛られてはいけない。でも、記憶を捨てるわけにもいかない。
次の授業は、「変化の術」だった。
簡単な印を結び、自分の姿を変える基礎的な忍術。だがこれも──
「……えっ、リンちゃん、すごっ!」
あっという間に周囲の声が集まった。
私が結んだ印から生まれたのは、理想通りの変化。体格も、髪の色も、衣服も細部まで完璧だった。
正確すぎる。滑らかすぎる。浮いている。……目立ちすぎた。
「ほんとにアカデミーの生徒かよー」と、誰かが冗談めかして言った。
その言葉に、私は思わず手をぎゅっと握った。
教師は満面の笑みで「素晴らしい変化術だ!」と褒めてくれたけれど、それが逆に痛かった。
目立ちすぎたくない。けれど、抑えきれない。私には“先の記憶”があるから。
見渡せば、周囲の数人がこっそり私を見ている。視線の端に、少しだけ畏怖が混ざっている。
──ほんの少しのズレが、違和感になって跳ね返ってきた。
「……やっべぇ、オビトまた変な生き物になってる」
「え!? 嘘!? 見ないでー!!」
クラスの笑い声が弾け、緊張の糸が一瞬緩む。
オビトが間違えて犬とも猿とも言えない謎の生物に変化して、女子に逃げられていた。
(……ありがとう)
心の中でそっと感謝した。
そのドジで、全部を日常の空気に戻してくれた。
私が過去の記憶に縛られてるあいだも、オビトはちゃんと“今”を生きている。
──私も、今を生きなきゃ。未来ばかり見ていても、道は見えない。
けれど、はたけカカシだけは──ずっとこちらを見ていた。
その瞳に感情はなかった。けれど“観察している”のは明らかだった。
(……気づかれてる?)
いや、今はまだ。まだ早い。
でも──いつか彼は、何かを察するかもしれない。
そう思ったとき、私は自分の存在がまるで薄氷の上に立っているように感じた
×××
放課後。
チャイムが鳴り終わるよりも早く、椅子の脚が床を引っかく音が教室中で鳴り始めた。
あっという間に鞄を抱えて飛び出していく子、筆箱を机に忘れて戻る子、黒板消しの争奪戦。
誰もが、今日という日を“何事もなく終えた”という安堵に包まれていた。
私はまだ席に座ったまま、窓の外を見つめていた。
空はもう、うっすらと橙色に染まり始めていた。
光の加減で教室の隅に影が伸びて、木の机の表面がじわじわと温かくなっていく。
この時間の、この場所。この空気の色とにおいは、どうしてこんなに切なく胸を締めつけるのだろう。
「リン、一緒に帰ろ!」
明るく響いた声に、私は反射的に顔を上げた。
オビトが、鞄を肩に引っかけながら手を振っている。
相変わらず荷物の整理が適当で、筆が一本ぶら下がっていた。
「……うん。行こうか」
私は立ち上がり、彼の隣に並ぶ。
歩幅が合わないことに気づいて、少しだけ歩く速度を緩めた。
外に出ると、空気はまだ春の余韻を残していて、夕暮れの匂いに土と花の香りが混ざっていた。
誰かの笑い声が遠くで響き、アカデミーの門がゆっくりと軋む音が風に溶けていく。
「はー、疲れたー。チャクラの授業、マジで苦手なんだよな~」
オビトが伸びをしながら愚痴をこぼす。
「でも、今日はちゃんとできてたじゃない。変化の術、犬っぽかったよ」
「いや、それ犬じゃなかったし!? え、マジで犬だった!? 猿にしたはずなのに……」
私は笑った。彼の焦った顔も、言い訳じみた身振りも、どこまでも変わっていない。
そしてそれが──とても、苦しい。
(あなたは、このままだと“ああなる”)
目の前で歩いているこの子が、いずれ仮面をつけて、誰かの首を捻って、闇の底で笑うようになるなんて、想像もつかない。
だけど私は知ってる。
──知ってしまっている。
オビトの足元には、まだ誰にも見えていない闇の影が静かに忍び寄っている。
それは、彼の心の隙間を狙い続ける。
きっかけはたった一つの“死”──私の死だ。
「なあ、リン。お前、将来なにになりたい?」
急に投げかけられた問いに、私は少しだけ黙った。
(私は──)
「医療忍者になりたいかな」
「へえ、らしいなあ。お前、いつも怪我したやつのこと気にしてるし」
「オビトは?」
「オレはもう決まってんだろ。火影だよ、火影!」
即答。即ドヤ顔。目がキラキラしている。
私はその横顔を見て、そっと目を伏せた。
「うん……そうだね」
(──でも、それはきっと叶わない)
未来では、オビトは火影にはならない。
いや、それ以前に、自分の名前すら捨ててしまう。
私が死ぬことで、彼は変わってしまう。
だから私は、オビトを守りたい。
……でも。
(その前に、私は──また殺される)
その予感は、未来の記憶というより、もはや“確信”に近かった。
教室での変化。視線。目立ってしまったこと。
そして、あの瞬間のカカシの目。
このままだと、私はまた──
「……リン?」
気づけば、私の足が止まっていた。
オビトが数歩先で、こちらを振り返っている。夕陽の光が彼の輪郭を金色に染めていた。
「ごめん。ちょっと、考え事してた」
「今日多いな、考え事。悩み? なんかあった?」
「ううん、なんでもない」
──言えるはずがない。
「大丈夫。ちゃんと自分で整理できるから」
私は笑ってみせた。
その笑顔がどれだけ歪だったか、自分でも分かっていた。
オビトは「そっか」と言って、また歩き出した。
その背中を見つめながら、私は心の中でゆっくりと、自分に問いかける。
(どうすれば……殺されずに済む?)
(どうすれば──オビトを守った上で、自分の命も守れる?)
(……どうすれば、この運命を、ねじ伏せられる?)
手が小さく、非力で、技もまだ足りない。
だけど、記憶がある。あの世界で私が学んだもの全部、まだ身体の奥に残っている。
なら、やることはひとつしかない。
──準備する。
誰よりも早く。誰よりも先に。
死を回避する手段を、オビトを守る力を、今すぐ身につけなければ。
私は歩きながら、すでに“戦場”のことを考えていた。
目の前の彼を守り抜くために。
そして、私自身がまた血に染まらないように。
決意は、まだ誰にも知られていない静かな炎として、胸の奥で燃え始めていた
1話あたりどれくらいの文字数だと嬉しいか教えてください!!
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5000〜6000
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7000〜8000