のはらリン「今度こそ悲劇の運命を回避するッ!!!」   作:しじみ兆

3 / 10
誰かを助ける理由

 

 

 

 

 

 

夜の帳が下りていた。

木造の家は静まり返り、廊下の先からは食器を洗う水音がかすかに聞こえてくる。

 

「お母さん、先に寝るね」

 

「ええ、分かったわ。あまり夜更かししないでね」

 

「うん。すぐ寝るよ」

 

そう答えた声が、まるで嘘を吐いているように自分の耳に届いた。

襖を静かに閉めて、私は畳の上に正座する。

小さな部屋。机の上にはチャクラ練習用の木の板と、ノートが置いてある。

 

──誰にも知られてはいけない。

でも、もう始めなきゃ間に合わない。

 

私はゆっくりと息を吐いた。

目を閉じ、背筋を伸ばし、腹の底にある“気配”を探る。

 

(チャクラ……流れを思い出して)

 

それは、記憶の中ではすでに身に沁みていたはずだった。

でも、身体が……身体がついてこない。

 

(……浅い)

 

この幼い身体のチャクラ経路は未発達で、まるでか細い糸のように弱々しい。

未来の私なら、もっと太く、速く、自由にチャクラを練れた。

今は、まるで水のない井戸を覗いているようだった。

 

(落ち着いて。無理に力まない。チャクラは静かに、均等に、意識とともに流す──)

 

額に汗が滲む。膝がしびれてくる。

それでも集中を切らさない。少しでも感じ取れた“内の気”を、外へと導くように。

 

掌の上に置いた葉っぱが、少しだけ揺れた。

けれど、すぐにスッと落ちた。畳の上に、パサリという乾いた音がした。

 

(だめ……)

 

私は肩を落とした。

 

自分の無力さが、骨にまで染み込むようだった。

頭の中には、未来の戦場で培ったチームワーク、戦術、回復術さえ残っているのに──手が、動かない。

この肉体が、それらを扱うにはまだあまりに未熟だ。

 

(この身体を、鍛え直すしかない)

 

私はすぐに膝立ちになり、木の板を抱えて身体を支える筋トレに切り替えた。

腹筋、背筋、腕立て。数なんてどうでもいい。ただ、動ける身体を作ること。

カカシに刺されても“生き残れる肉体”を手に入れること。

 

(あの時……私は、何も準備していなかった)

 

死は、あまりにも唐突で。

“信頼”と“油断”のあいだに生まれた、どうしようもない誤解の中で、私は終わった。

自分が犠牲になることで、すべてが回避できると、どこかで思っていた。

 

──でも、違った。

犠牲では、何も救えなかった。

オビトは狂い、世界は歪み、私はただ“消費された存在”でしかなかった。

 

「……もう、絶対に、死なない」

 

声に出してみた。誰にも聞こえないように。

唇をかみ、再び正座に戻る。

 

チャクラの流れはまだ弱い。でも、確かに“そこにある”。

 

何度でも繰り返す。何百回、何千回でも。

この小さな身体に、記憶の力を馴染ませていく。

死なないための準備。それが、私の生きる理由だ。

 

ふと、机の引き出しから取り出したノートの端に、私はひとつ書き足した。

 

「目標:貫かれても死なない術を、絶対に身につけること」

 

インクの染みたその言葉が、闇の中で光って見えた。

 

そして私は再び、掌に葉を置いた。

 

呼吸を整え、何もない空間の中で、ひとつの力を磨いていく。

 

“次は、生き延びる”

 

ただそれだけを祈るように、私は夜の静寂の中で、静かに術の型を組み続けた。

 

 

 

 

その日、教室の空気は、最初から妙にざわついていた。

 

朝のチャイムが鳴る少し前、黒板の前に立っていた担任が、「今日は特別講師をお迎えします」と告げた瞬間、教室の空気は張り詰めた。

 

「だれ?だれ? 有名な人?」

 

「まさか火影とかじゃないよな?」

 

誰もが口々に騒ぎ始め、私はその声の波の中で、静かに息を潜めていた。

“特別講師”──記憶のどこかが、微かに警鐘を鳴らしていた。

 

そしてその瞬間は、あまりにも唐突に訪れた。

 

「失礼する」

 

ただ、そのひと言だけで、教室の空気が一変した。

声は低く、よく通り、感情の波がほとんどなかった。だがその響きは、木の葉の芯を撃ち抜くような硬さを持っていた。

 

──はたけサクモ。

 

白髪の長髪を後ろで束ね、深い額当ての下に鋭い目を持つ男が、教室の入り口に立っていた。

その姿を見た瞬間、私は思わず指先を握り込んだ。爪が掌に食い込む感覚が、かすかに痛かった。

 

彼は、未来ではもう死んでいる。

名誉を奪われ、信頼を折られ、息子にも心を閉ざされ、静かに自死を選んだ男。

でも今はまだ──生きている。

 

「本日から三日間、君たちに“現場で通用する忍の基礎”を教える。名前は、はたけサクモだ」

 

その名が口にされた瞬間、教室のあちこちで「えっ」「うそ」「本物?」とざわめきが広がった。

 

「白い牙……って、あの?」

 

「やば、本物じゃん……!」

 

どよめきはすぐに沈黙に変わった。

サクモは一切の笑顔を見せず、ただ静かに教壇に立つ。その背筋はまるで竹のようにまっすぐで、誰もが無意識に背筋を正した。

 

(怖いわけじゃない……でも、圧倒される)

 

教室の空気は完全に“彼のもの”になっていた。

そしてその中にいた私は、息をすることさえ躊躇うような緊張を覚えていた。

 

──彼の存在が、こんなにも重かったなんて。

 

未来の記憶では、彼の死は断片的に語られていた。

“仲間を助けて任務を失敗した男”“村に見捨てられた英雄”

だが今目の前にいるサクモは、そのどれでもなかった。

 

彼は──ただの、ひとりの“本物の忍”だった。

 

「まず聞く。忍にとって、もっとも重要なものは何か。答えられる者は?」

 

教室が一斉に静まり返った。

誰もが答えを探していたが、誰も言葉にできなかった。

 

「……命、ですか?」

 

一人の男子が恐る恐る答える。サクモは首を横に振った。

 

「命は結果にすぎん。“任務を果たす”ことが重要だという者もいるだろう。だが──俺は違う」

 

その言葉に、私は一瞬、呼吸を止めた。

 

(来る……あの言葉)

 

「忍にとって最も重要なのは、“守りたいと思ったものを、最後まで守り抜く覚悟”だ」

 

教室の空気が揺らいだ。

強さとは、力ではなく信念にある。

そんな言葉が、その声には確かに宿っていた。

 

「敵が強かろうと、仲間が弱かろうと、失敗の可能性があろうと、“守る”と決めたら、何を捨ててでも守れ。──それが忍の在り方だと、俺は思っている」

 

言葉に、熱はない。

だがそれは、長年の重みによって磨かれた“真理”だった。

 

私は、胸の奥にひびが走るのを感じた。

 

(この人が……この人が、生きていてくれたら……)

 

カカシの人生は、どう変わっていただろう。

信じることをやめずに済んだかもしれない。

誰かを切り捨てることを正義と呼ばずに済んだかもしれない。

 

「お前」

 

思考が浮かびかけた瞬間、不意に声が飛んできた。

 

私は一瞬、体が硬直した。

 

──指された。

 

「……のはらリン。そうだな?」

 

「……はい」

 

声が、少しだけ震えていた。

 

サクモはそのまま、こちらにゆっくりと歩いてきた。

その足音が、教室の板張りをひとつひとつ踏みしめる音が、まるで心臓の鼓動に重なってくる。

 

「目が違うな」

 

その言葉に、空気が止まった。

 

「何かを見た目だ。……ずいぶんと、深いところまで」

 

私は何も言えなかった。

けれどその目が、私の奥の奥までを見透かしている気がした。

 

「……お前は、何を守りたい?」

 

問いかけは、まるで刃だった。

 

私は、すぐに答えることができなかった。

 

何を守りたい? オビト。未来。自分。

全部──じゃあ、優先順位は? 命と信念、どちらを選ぶ?

 

「……まだ、答えは出ていません」

 

「なら、探すといい。お前なら見つかる。──目が、そう言ってる」

 

サクモは、それだけ言って去っていった。

教室に静寂が戻るまで、誰も一言も発さなかった。

 

私は、手のひらに残った汗の感触を見つめながら──

この世界の“歪みの根”が、あまりにも深く絡み合っていることを、改めて思い知っていた

 

 

 

放課後、教室には誰もいなかった。

 

誰もいないはずだった。

私は、忘れ物を取りに戻っただけだった。

日直のノート。机の中に置きっぱなしにしていた、それだけが目的だったはずだった。

 

──けれど、そこにいた。

 

「……あれ」

 

思わず声が漏れた。

 

教室の中央。窓際の斜めの光の中に、その男は静かに立っていた。

木製の机に片手を置き、目を伏せたまま、何かを思案しているようだった。

 

はたけサクモ。

 

その背中は、昼間の授業中に見たものよりも、ずっと小さく見えた。

怖さも、迫力も、なかった。ただ、哀しみだけがあった。

 

「……のはら、リン、だったか」

 

彼は背を向けたまま、私の名を呼んだ。

どうして気づいたのか。音も立てなかったはずなのに。

 

「はい……忘れ物を取りに」

 

「そうか。悪かったな、ひとりでこんな空気を占拠して」

 

「そんな……」

 

私は言葉を探した。でも何も出てこなかった。

なぜだろう。目の前のこの人は、明日も、明後日も、ここにいるべきなのに──

その背中は、もう“この世に馴染んでいない”ように見えた。

 

「お前の目は、静かだな」

 

ぽつり、と言われた。

 

「俺の目も、昔はそうだった。……何も知らなかった頃は」

 

私は息を飲んだ。

 

「……でも、お前の目は、俺よりもずっと深い場所を見てる。だから思ったんだ。お前は──おれのようには、ならないだろうなって」

 

彼は振り返らなかった。

その言葉は、自嘲でも後悔でもない。どこか“見送り”のような、穏やかすぎる諦めの声だった。

 

「……私は……」

 

口が勝手に動いた。

 

「私は、誰かを助けたいです」

 

気づけば、そう言っていた。

 

「助けて、守って、生かして……それが、私の……忍としての理由です」

 

彼は黙った。

その沈黙が、何よりも重かった。

 

「理由なんて、すぐに変わるさ。変わってもいい。でも、それでもいい。最後の最後まで──自分が自分でいられるならな」

 

ゆっくりと、彼は顔だけこちらに向けた。

 

「──お前は、守れると思うぞ」

 

その目が、優しく、まっすぐに私を貫いた。

 

「お前の目には、覚悟がある。……そういうのは、簡単には消えない」

 

言葉を失った。喉の奥が熱くなった。

 

何かを言わなきゃと、口を開こうとしたその瞬間、彼はふっと微笑んだ。

 

「じゃあな。……ありがとう。お前が、この時代にいてくれて」

 

そして、彼は去っていった。

 

教室の戸が音を立てて閉まり、沈黙が戻ってくる。

残された私は、なぜかその背中が“もう二度と戻ってこない”と、はっきりと理解していた。

 

そしてその数日後──訃報は、届いた。

 

私は、何もできなかった。

 

けれど、たったひとつだけ、はっきりと分かっていた。

 

──この人は、きっと、わたしのことを“信じて”逝った。

 

そして私は、その信頼を裏切った。

 

(変えられなかった……)

 

机の上に、誰かが残した落書きがある。

その文字がにじんで、読めなかった

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 

その報せは、朝の空気とともに、やけに静かに届いた。

 

「……はたけサクモが、自害したそうだ」

 

担任の口から、その一言が発せられた時。

教室の空気は“どう反応していいか分からない”沈黙に包まれた。

 

誰かが小さく「え……」と呟いた。

誰かが「なんで?」と聞いた。

でも誰も、それ以上の言葉を持っていなかった。

 

私は、立っていられなかった。

机の下で、膝が震えていた。

掌が冷たくなっているのに気づいても、それすらも止められなかった。

 

 

任務の失敗。仲間を優先したことによる非難。

自らの誇りと、孤立した現実の狭間で、誰にも頼れず、彼は静かに命を絶った。

 

私は、知っていた。

未来で何が起きるかを。

そして──この死が、はたけカカシの心をどう壊していくかを。

 

でも、私は何もしていなかった。

 

「……っ……」

 

机に伏せて、音もなく震えた。

泣き声ひとつあげられなかった。誰も泣いていなかったから。

誰も“彼の死”を、そこまで重く捉えていなかったから。

 

“仕方ないよね”“ああいう死に方するような人だったんだ”

そんな目で語られる未来が、もう目の前にあった。

 

私は──ただ、それを見ているだけだった。

 

(変えられると思ってた)

 

あの人が教壇に立ったとき。

信念を語ったとき。

私を見て、「何を守りたい?」と問うたとき。

 

(本当は、助けたかった)

 

でも、できなかった。

 

私は“未来の結末”を知っていても、具体的に“どうすればそれを変えられるか”を、分かっていなかった。

だから、何もしていなかった。

言葉ひとつ、行動ひとつ、選び取らなかった。

 

それが──命取りだった。

 

「……のはらさん? 具合でも悪い?」

 

担任の声が遠くから届いた。

 

私は何も言えず、ただ小さく首を振った。

言い訳も、理由も、何もなかった。

 

目の前が霞む。涙ではなかった。

ただ、自分の存在が“意味のないもの”に思えた。

 

(わたしは……ここで何をしてるんだろう)

 

未来を変えるために戻ってきたはずなのに、

誰一人、救えていない。

 

その日の放課後、私は家に帰ると、自室の襖をぴったりと閉め、光も差さぬ畳の上で、ひとり、声を殺して泣いた。

 

 

 

 

 

泣き声は、出なかった。

 

出す気力がなかったのではない。

出す資格が、なかった。

 

何度も何度も、唇を噛んだ。

小さな音を立てて、声の代わりに、息だけを震わせて。

 

──私は、あの人に言われた。

 

「お前は、守れると思うぞ」と。

「その目には、覚悟がある」と。

 

あれは希望だった。

自分が沈みかけていた場所から、わずかに差し伸べた最後の手だった。

けれど私は──その手を、何一つ握り返せなかった。

 

(どうして……)

 

どうして私は、気づいたときに声をかけなかった?

どうして“あの人の目”が、あんなにも遠くを見ていたことに、怯えなかった?

 

いや、違う。わかってた。

怖かっただけだ。

私は、未来の修正に失敗することが怖くて、

彼の心に深く踏み込むことを──避けた。

 

あの人が孤独の中で死を選んだのは、

“誰も彼の選択を肯定しなかったから”じゃない。

 

“最後に信じた誰か──私──が、肯定してくれなかったから”だ。

 

私は──裏切ったんだ。

 

そしてその死は、カカシの中で腐敗し、膨れ上がり、

やがて彼を“鋼鉄”のように冷たく変えていく。

 

未来のカカシは誰も信用しない。

命を“価値”で天秤にかけることに慣れた目をしていた。

そして私は──そんな彼の手によって、殺された。

 

全ての始まりは、ここだった。

この死が、すべてを連鎖させていく。

 

──それを、私は知っていたのに。

 

「……っ……う……」

 

吐き出すように、かすれた嗚咽が漏れた。

枕を噛んで、喉を押さえつけるようにして。

涙が流れる感覚すらなかった。乾いたまま、ただ熱い。

 

襖の外では、母が何かを話している声が聞こえる。

晩ご飯の匂いが、微かに漂ってきた。

 

でも私は動けなかった。

 

畳の上に膝を抱えたまま、背を丸めたまま、

部屋の隅で、黒くなる天井をただ見つめていた。

 

どれほどの時間が経ったのだろう。

 

夜はすっかり更け、虫の声も聞こえなくなっていた。

 

私は、ようやく手をついた。

指が、わずかに震えている。

自分の体なのに、重たくて、冷たくて、何か“ひとつ”を置いてきたような喪失感があった。

 

でも、その中で、わずかに、ほんのわずかにだけ──

 

あの人の背中が、胸の奥で“問いかけていた”。

 

──「お前は、何を守りたい?」

 

私は、今こそ答えなければならなかった。

 

「……もう、黙って見てるだけなんて、しない」

 

声はかすれていた。けれど、確かに震えていた鼓膜に、届いた。

 

「見てただけの私を、殺す。

そうして生まれるなら、“見捨てない私”に、なってみせる」

 

私は立ち上がる。

 

涙の跡を拭うことはなかった。

その痕を忘れないように、深く刻み込むために。

 

月明かりの下で、私は机に向かい、筆を取る。

 

ノートの隅に、小さく──けれど真っ直ぐに、こう記した。

 

「次は、声をかける」

 

どんなに遅くても。

どんなに怖くても。

間に合わないかもしれなくても。

 

──手を伸ばす。

それが“あの人の信じた目”に、報いる唯一の方法だった。

 

1話あたりどれくらいの文字数だと嬉しいか教えてください!!

  • 5000〜6000
  • 7000〜8000
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。