のはらリン「今度こそ悲劇の運命を回避するッ!!!」 作:しじみ兆
月明かりが障子越しに白く零れている。
部屋の空気は、昼間の焦燥から切り替わって、張り詰めた静寂に支配されていた。
(命を守る力がほしい)
声に出すことはなかった。
でも、心の奥では何度も何度も呟いていた。
私は畳に正座し、チャクラを掌に集める。
深呼吸を一つ。
手のひらに意識を集中させると、すぐに熱が滲んだ。
だが、温度だけでは足りない。
“癒す”という行為には、ただのチャクラではなく、
対象の損傷と生命反応を“読み取る”微細な制御が必要だった。
私は、机の引き出しから小刀を取り出す。
紙を切るためのものだ。刃先は丸くはない。
そのまま、左手の指先を、そっと傷つけた。
痛みが走った。
赤い珠のような血が、静かに滲んでいく。
怖さはなかった。
それ以上に、この痛みが、私に“生きている感覚”を教えてくれた。
(私は、前とは違う)
右の掌にチャクラを集める。
小さな光が揺れるように、血のまわりに浮かんだ。
(落ち着いて……傷を、読み取って)
チャクラを当てた。
だが、すぐには何も起きなかった。
熱が広がりすぎて、痛みが強くなった。
「……違う、力が……粗い……」
私はすぐに手を離した。
血が止まらず、ほんのり汗が浮かぶ。
だが、呼吸を整えて、もう一度集中し直す。
(痛みをなくすんじゃない。傷を閉じるんだ)
もう一度、右の手を左の指に当てた。
さっきよりも浅く、柔らかく。
熱ではなく、温もりを届けるように。
今度は──
ゆっくりと、血が止まった。
裂けていた皮膚が、ほんのわずかに戻っていく。
「……できた」
思わず、声が漏れた。
成功と呼ぶには程遠い。
それでも、確かに自分の力で、小さな命を繋ぎとめた。
自分の、命を。
私はそっと手を握りしめた。
その指先にまだ残る、微かな痛みが、何よりの証だった。
(これは、“力”なんかじゃない)
(私が──私として、誰かを救うために必要な“責任”だ)
私はノートを開いた。
「強くなる」
その下に、こう書き足した。
「泣いた手ではなく、癒す手で守る」
自分が泣いて、誰かに守られる存在であるうちは、何も変えられない。
でも、ほんの少しでも、手を差し出せる力があるなら──
私は、それを選ぶ。
巻物も小刀もそっと片づけ、灯りを消した部屋で、私は目を閉じた。
誰の声も聞こえない静かな夜。
けれど、心の奥では、明日へ向かう鼓動が確かに鳴っていた。
×××
朝の空気は、昨夜よりも少しだけやわらかかった。
布団の中に残る微かな温もりを離れ、私は静かに身を起こす。
障子の向こうから、まだ淡い陽が差していた。
窓の外では小鳥がさえずり、風が木々の葉を揺らす音が聞こえる。
左手の小指をそっと見つめた。
昨日、自分で傷つけ、自分で癒した場所。
小さな痕はうっすらと残っているが、赤みも腫れもなかった。
(ちゃんと……止められてる)
その事実が、何よりの励ましだった。
昨夜の出来事は、誰にも話していない。
畳の上で、灯りもつけず、ただひとりきりで静かに向き合った訓練。
それは、私の中にだけある小さな始まりだった。
起き上がって顔を洗い、支度をする。
動きやすい服を身につけて、髪を結い、帯を締め直す。
今日の自分が、昨日より少しでも“強くある”ために。
お母さんが小さな声で「気をつけてね」と言った。
私は「うん」と頷いて玄関を開ける。
外の空気は冷たかった。
けれど、それが心地よく感じた。
昨夜の熱が、まだ胸の奥で小さく灯っていたから。
(変えられるって、信じたい)
私の死も。
あの子の絶望も。
そのために、今日も一歩前に出る。
草木に囲まれた道を、アカデミーへと歩く。
昨日と同じ道。だけど、少し違って見えた。
風の匂い、土の感触、朝の光——
すべてが、昨日までの私を一度終わらせて、
新しい自分へ踏み出させてくれる気がした。
前方に、少し離れて見慣れた姿があった。
黒髪にゴーグル、肩から下がった荷物。
道の途中で立ち止まり、ぼんやり空を見上げている。
(……オビト)
歩を進めると、彼がこちらに気づいた。
「あ、りん……おはよ」
「おはよう、オビト」
「あはは、なんか、は早いじゃん。どうしたの?」
私は少しだけ考えてから、笑って答えた。
「うん、ちょっとね。目が覚めちゃって」
嘘じゃない。
本当の理由を言わないだけ。
それだけの、正直だった。
「そっか。俺も今日はいつもより早く出たんだぜ。寝坊しそうだったけど、ギリギリ!」
「ギリギリは早いって言わないよ」
私が笑うと、彼もつられるように笑った。
その笑顔は、いつものオビトだった。
まっすぐで、飾り気がなくて、そしてまだ、何も知らない顔。
(このまま、何も知らないままでいてほしい)
私は歩きながら、彼の足音と自分のそれを重ねる。
誰にも言っていないけれど、
“あの未来”を知ってしまった私は、もう戻れない。
でも、オビトはまだ——何も知らないままでいい。
アカデミーの門が見えてきた頃、オビトがちらりとこちらを見た。
少し迷ったような顔をして、それでも何かを言いたそうに唇を動かす。
「……あのさ、りん」
「うん?」
「なんか、今日……いつもより静か、っていうか。顔つきがちょっと違う気がした」
私は思わず足を止めかけた。
けれど、すぐに笑ってごまかすように首を傾げた。
「そんなことないよ、たぶん」
「んー……そうかもだけど……なんとなく」
オビトの言葉は、ただの感覚だったんだろう。
昨夜のことなんて、知るはずもない。
でも、目をそらさずにこちらを見てくれるのが、少しだけ、心に刺さった。
「じゃあ、そういう日もあるってことで」
私がそう返すと、彼は肩をすくめて笑った。
「そっか。じゃあ、今日の変化の術の練習、手ぇ抜くなよな!」
「うん、ちゃんとやるよ。オビトもね」
「もちろん! 今度こそ完璧にやってやる!」
そんな他愛のない会話を交わしながら、私たちはアカデミーの敷地に入った。
朝の空気に混じって、仲間たちの声が聞こえる。
走る足音、遠くで叫ぶ笑い声。
いつも通りの光景だった。
でも私の中では、確かに、何かが変わっていた。
(泣いてるだけじゃ、変えられない)
掌を開くと、まだあたたかさが残っていた。
小さな命を守るために灯したチャクラの余韻。
その光を、今度は誰かのために使えるように。
ちゃんと形にできるように。
私たちは教室の廊下を歩く。
オビトはまたゴーグルを押し上げながら、何かをぶつぶつ言っていた。
変化の術が上手くいかなかったときの言い訳を、今から考えているのだろう。
その横顔を見て、私はそっと目を細めた。
(大丈夫。今はまだ、笑ってて)
いつかきっと、この笑顔を守れたと、
心から言える日が来ると信じて——
私は、また教室の扉を開けた。
×××
それは、分かっていたことだった。
前に私はこの日をすでに経験していた。
カカシが誰よりも早く、ただひとりでアカデミーを卒業すること。
その背中が、同じ年の私たちより、ずっと遠いところに行ってしまうこと。
(……来た。分かってた。分かってたはずなのに)
掲示板に貼られた一枚きりの和紙。
その中央には、ただ一行だけ名前が書かれていた。
――はたけカカシ
私は立ち止まっていた。
掲示板を見上げる自分の影が、朝の陽に引き伸ばされていた。
周りの子たちは口を閉ざしたまま、紙を見るでもなく通り過ぎていく。
「すごいよな」「やっぱり」「別格だしな」——そんな声は一切なかった。
あるのは、異物に触れることを避けるような静寂と、遠巻きな視線だけ。
私もその中の一人であることが、やけに悔しかった。
(あのときも、私は見送ることしかできなかった)
未来でも、同じだった。
その背中を追いかけることも、声を届けることもできず、ただ遠くなっていく影を見送っていた。
(……それなのに、また)
今度こそは、と誓っていたのに。
ほんの数日後に卒業が発表されることも、名前が一人きりで書かれることも分かっていたのに。
それでも、実際にこの現実と向き合ってしまうと、胸の奥に穴があいたように空虚だった。
午後の授業が終わったあと、私は廊下でカカシの姿を見かけた。
静かに巻物を抱え、窓辺を歩いていた。
私は、反射的に駆け寄ろうとした。
「カカ——」
けれど、声をかける前に、彼はこちらを見ることなく方向を変えた。
まるで、そこに誰もいないかのように。
その後も、何度か機会を探した。
教室の隅、下足場、帰り道。
それでも彼は一度も私の方を見なかった。
話しかける隙間すら、与えてくれなかった。
(……私が、弱かったから)
拒絶されたあの日。
自分が泣いてしまったあの日。
あの時から、もう私は“ただのクラスメイト”にもなれていないのかもしれない。
「なんだよ、あいつ……」
隣で、低く呻くようにオビトが言った。
「りん、声かけようとしてただけなのにさ。見向きもしねぇじゃん、あんなの感じ悪ぃって」
私は笑ってみせた。
それは笑顔ではなく、ただ顔をゆがめただけの“苦笑”だった。
「ううん、仕方ないよ。……私の声なんて、きっと届かないし」
オビトは「は?」と不服そうに眉をしかめたが、それ以上は何も言わなかった。
代わりに、ずっと睨むようにカカシの背中を見ていた。
私は、その視線に救われていた。
(……ありがとう)
この気持ちは、もう誰にも見せない。
でも、心の奥では確かに燃えていた。
私は未来を知っている。
この先、オビトと私とカカシは同じ班になる。
ならば今、自分にできることをするしかない。
「ねえ、オビト」
「ん?」
「今日、ちょっと修行付き合ってくれない?」
「は? なんでまた……いや、いいけど。ってか、またなんか考えてんだろ、りん?」
私は肩をすくめて笑った。
「だって、オビトは……火影になるんでしょ?」
「なっ……な、なるし! 当たり前だろ!」
突然の直撃に、オビトの顔が真っ赤になる。
「ま、まあ、仕方ねぇな! 今日だけだぞ!」
「ふふ。ありがと」
私はそう言って、彼と並んで歩き出した。
後ろには、振り向かない影。
前には、変えられるかもしれない未来。
私は今、その狭間に立っている
1話あたりどれくらいの文字数だと嬉しいか教えてください!!
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5000〜6000
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7000〜8000