のはらリン「今度こそ悲劇の運命を回避するッ!!!」 作:しじみ兆
次の任務は、実戦形式の演習だった。
「今日は演習場を使って、簡易任務想定の訓練をする」
ミナト先生がそう言って巻物を掲げた。
「模擬敵役を配置して、そこに接近、情報を収集し、撤収までを任務とする。誰が何をするかは三人で話し合って決めてほしい」
午前の光が差す演習場には、草木が高く茂り、数本の立木が陽を遮っていた。
風が湿っていて、葉の匂いが濃い。
遠くで鳥の声が響いていたが、誰もそれを気にする様子はなかった。
「さて、どう動く?」
カカシが、最初に言った。
誰も待たずに。まるで一人で進むのが当然のように。
「……まあ、やっぱカカシは偵察向きだよな。見張り役っていうか」
「その通り。俺が先に動いて、位置を特定。オビトは裏から回って視線を引け。リンは後方支援で——」
「おいおい、ちょっと待てよ。いつの間にそんな決め方に?」
オビトが手を上げて、口を尖らせた。
「チームで話し合って決めるって、先生言ってただろ?」
「合理的な動きだ。異論があるなら代案を出せ」
「……そーいう言い方がムカつくんだよな!」
まただ。
私は、小さく深呼吸して、間に入った。
「ちょっと待って。カカシの提案も一理あるけど、オビトの言う通り、みんなで考えよう?」
私は地図を広げて、三人のあいだに置く。
「たとえば、こう。カカシが偵察してる間に、私とオビトがこっちの茂みから近づいて、猫のときみたいに包囲するの。情報収集は三人で分担できるかも」
カカシは黙って、地図をじっと見ていた。
しばらくして、静かに言った。
「……理解した。それでいい」
「おお……マジで引き下がった」
オビトが小声でぼやく。
(違う。きっと、少しだけ……歩み寄ってくれたんだ)
私はそう感じた。
演習場は思った以上に広く、草木の生い茂る谷のような地形だった。
山腹を斜めに切り開いたような構造で、尾根の上には“敵役”の上忍が配置されているという設定だった。
私たち第七班は、その位置を把握し、接近、情報収集、離脱までを遂行する。
それが今回の任務だった。
「敵役は一人、ここ。尾根の北側。この地形だと、南西の崖沿いは死角になるはず」
地図を前に、私は小枝で示した。
カカシがそれを覗き込む。
「確かに、ここからなら角度的に視界外だ。移動には草の陰を使える」
オビトが地図を見ながら口を開く。
「で、誰が行くんだ? 偵察」
カカシは即答した。
「俺が行く」
「……だよな」
「オビトはこの辺りで陽動して。私は崖の途中まで登って、カカシの位置確認と連携取る」
「おう、分かった!」
私たちは一呼吸して、配置についた。
風が静かに木々を揺らしていた。
私は斜面の途中、草むらに身を伏せて、カカシの動きを追っていた。
彼は風のようだった。
音もなく、枝の間を渡り、足跡も残さない。
視線の先にある上忍の位置を完全に読み切っている。
そのとき。
「おい、こっちだ!」
オビトの声が響いた。
尾根の西側で、あえて木を蹴り、音を立てる。
“敵役”の上忍が動いた。
(今!)
私はカカシの合図を見て、チャクラを使って崖を登る。
足場は悪いが、息を殺して地面に耳をつける。
「……敵、動きあり。西へ……速度は低い。カカシ、今なら──!」
私は小声で口の中で合図を唱える。
すぐに、左から風を切る音。
カカシが、尾根の真下へ回り込んでいた。
(……早い)
次の瞬間、カカシは枝に飛び乗り、隠れたままノートを取り出す。
観察用の記録を書き込み始めた。
私はその様子をじっと見届ける。
そして、任務終了の合図が出された。
「帰還ルート、こっちだ」
カカシが手を挙げて、斜面を駆け下りる。
オビトも追いついて、草を払いながら叫ぶ。
「よっしゃー! どうだった!? 見えたか!?」
「……ほぼ完璧に確認できた。尾根の南側に備えが薄い。もし本物だったら、突破できてた」
「やったな、オレたち!」
私は息を整えながら頷いた。
「カカシの動きも完璧だったし、オビトの陽動もすごく効いてた」
「ふ、ふふ……! 火影候補だし?」
「うん」
私は微笑む。
「でも、“三人でやれた”のが、一番嬉しい」
カカシが少しだけ目を伏せた。
その顔には──前と違って、拒絶の色はなかった。
任務終了の合図が出され、私たちは山道を下って演習場の出口へと戻った。
足元の草が露に濡れていて、靴の先が少しだけ湿っている。
空はもう夕暮れの色に近く、雲がひらりと風にちぎられ始めていた。
ミナト先生が簡易の観測台に腰を下ろして待っていた。
私たちの姿を見つけると、すっと立ち上がる。
「お疲れさま。三人とも、よくやった」
柔らかなその声に、オビトが真っ先に胸を張った。
「見たか、先生! オレ、ちゃんと陽動できたし、カカシだって偵察バッチリだったし!」
「リンの支援も的確だった。全体の連携は、これまでで一番スムーズだったね」
ミナト先生の目が、確かに私たち一人ひとりを捉える。
「……あのくらいは当然だ」
カカシが視線を逸らしながらぼそっと言ったが、その声にトゲはなかった。
オビトもそれに対して、反論はせずに「ふん」とだけ返す。
前なら、小さな言い合いになっていたかもしれない。
けれど今は、そうならなかった。
(ちゃんと……少しずつ)
私は、小さく息を吐いた。
「じゃあ今日はこれで解散。明日は通常訓練。午前八時集合だ」
「うす!」
オビトが手を挙げる。
カカシは無言でうなずいた。
私は先生に一礼して、足を返した。
帰宅して、夕飯を済ませたあと。
私は机の引き出しから手帳を取り出した。
墨を少しだけすり、筆をとる。
今日のことを書くのは、習慣のようなものになっていた。
でも、ただ記録するだけじゃなくて。
自分の気持ちを、こうして文字に落とすことで、何かを保てる気がしていた。
「模擬任務。尾根の偵察。全員で無事に完遂」
墨の香りが、心を静かにしてくれる。
「三人で、ちゃんと作戦を立てて、失敗もなく終えられた。……初めてかもしれない、こんなふうに、うまくいったの」
その下に、しばらく筆が止まった。
そして、ゆっくりと書き加える。
「だけど──忘れてはいけない」
胸がすこしだけ、重くなる。
「私の知っている未来では、この班は壊れてしまう。
カカシは、私を殺す。
オビトは、その死に絶望して、闇に堕ちる」
その文字を見つめながら、しばらく動けなかった。
(それでも、私は今……確かに“繋がっている”と感じた)
言葉じゃない。
行動でもない。
たった数秒の、静かな“気配”の中にあったもの。
(この先に、また別の未来があるとしたら)
私は筆を置き、手をそっと胸に当てた。
(信じたい)
どれだけ困難でも、どれだけ痛くても、
私が今ここにいる意味は、それしかない。
──次の任務は、もっと難しいかもしれない。
気持ちがぶつかるかもしれない。
でも、それでも。
「私は、また声をかける」
私はそう書き、ページを閉じた。
夜は深くなっていたけれど、眠るのはまだ惜しかった。
障子の外、風が梢をなでる音が微かに聞こえる。
その静けさの中で、私はひとり──明日のことを考えていた。
×××
その日、任務はなかった。
季節の狭間で、空はどこまでも高く、風にはほんの少しだけ夏の名残が混ざっていた。
アカデミーの裏手、背の低い木々が連なる小道を抜けた先に、小さな川が流れている。
そのほとりは、昼下がりの陽射しを柔らかく反射して、白くきらきらと輝いていた。
私はそこに、一人でいた。
というのも、ただぼんやりしていたわけではない。
少し早くアカデミーに来て、時間が余ったから。
せっかく晴れてるし、川辺でノートを開いて、新しい治療法の走り書きをまとめておこうと思ったのだ。
……のだけれど。
「おっ、いたいた! ほらやっぱり!」
背後から聞こえたのは、聞き慣れた声だった。
私は振り返らなくてもわかる。
声の調子と、足音のリズムと、息を切らしながらやってくるあの感じ。
「オビト」
「なんだよ、その分かってたみたいな言い方」
案の定、ゴーグルをずり上げたオビトが草むらをかき分けて現れた。
「べ、別に探してたとかじゃなくてさ。えーと……そう! たまたま通りかかったら、りんがひとりでいるのが見えたから!」
私は笑いながらノートを閉じた。
「じゃあ、偶然ってことで」
「お、おう。偶然偶然」
でも彼は、私の隣にちょこんと腰を下ろした。
それだけで、なんだか空気がほんの少し柔らかくなる。
川の音が、さっきよりも近くに感じた。
「……さっきさ、下忍になったばっかの仲間に会ったんだ」
「うん」
「ちょっとだけ話して、思ったんだけど……オレ、火影って言ってるくせに、まだ全然たいしたことないよなって」
私はオビトを見た。
彼は川を見つめたままだったけど、顔はちょっと赤かった。
「たいしたことないって、何を基準に言ってるの?」
「だって、カカシみたいに術もすごくないし、りんみたいに落ち着いてるわけでもないし」
「ふふ、私は別にすごくないよ。ただ……たくさん考えてるだけ」
「考えるって、なにを?」
私は答えずに、小さく息を吸ってから、視線を空へ投げた。
「誰かが痛そうだったら、どうしたらその痛みを減らせるか。
それが無理なら、どうしたら少しでも寄り添えるか。
そんなことばかり、最近は考えてる」
オビトは言葉に詰まったように、少し口を開いたまま私を見た。
そして、ぼそっと。
「……そーいうの、オレはきっと苦手だ」
「うん。でもね、得意じゃなくても、苦手でも、少しでもやってみようって思うのが……私には嬉しいな」
「……オレが?」
私は頷いた。
オビトは顔を背けた。
「りんってさ……ときどき、怖いくらい大人っぽいな」
「そうかな」
(大人というより、ただ、未来を知っているだけ)
口には出さなかったけれど、その言葉が胸の奥にひっかかった。
「でも、オビトも変わってきてると思うよ」
「マジで?」
「うん。前は突っ走ってばっかだったけど、最近はカカシの話も聞いてるし、私の意見もちゃんと受け止めてる」
「それ、褒められてるのか……?」
「うん。ちゃんと」
私は笑った。
川辺に差し込む光が、そっとオビトの髪を照らしていた。
彼は何か言いかけて、やめたように、ただ頷いた。
「……ま、火影になる男だしな」
私はその言葉が、いつか彼自身を支える光になるようにと願いながら、小さく「うん」と返した。
ふたりの間を流れる空気は、何も特別なことは起きていないのに、どこか特別だった。
(この時間が、いつか彼を救う記憶になってくれたら)
ほんの少しだけ、未来のことを忘れていた。
それが今は──少し嬉しかった
1話あたりどれくらいの文字数だと嬉しいか教えてください!!
-
5000〜6000
-
7000〜8000