天才なアイツと平凡な僕ら ~元名門シニアの落ちこぼれが二人の美少女に囲まれながら甲子園の頂点を目指す話~   作:うぱるぱん

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第2話 行き倒れ その⑤ (第2話 完)

 

「......へッ!?」

 

 翌朝、いつの間にか寝落ちしていたらしい俺は、どこか間抜けな響きの驚き声をアラーム代わりに目を覚ました。

 

 目を開けると、薄明かりに包まれた部屋の中で、神崎の顔がぼんやりと浮かんで見えた。

 神崎もちょうど目を覚ましたばかりであるらしく、出会ったばかりの男にガッチリ抱きついているという現状に驚きと困惑が隠せないという表情を浮かべていた。

 

 眼前にある色素の薄い顔が、みるみるうちに赤く染まっていく。

 それから数秒後、はっとしたように俺から飛び退き、慌ただしく距離を取った。

 

「これは......その......。すまない、忘れてくれ」

 

 ベッドの上に立ち尽くした神崎が、バツが悪そうに目を泳がせながら言う。

 どうやら弁解の言葉を探したものの、結局見つからず諦めてしまったらしい。 

 

「あぁ、うん。俺の方こそ、なんかごめん」

 

 具体的に何に対してと聞かれれば自分でもよく分からなかったが、なんとなく申し訳ない気持ちだけはあったので、とりあえず俺の方からも謝っておいた。

 

 まだほんのりと頬を赤らめた神崎と目を合わせたまま、数秒。なんとも気まずい時間が流れる。その居心地の悪さに耐えかねたらしい神崎は、俺の体を避けてベッドから降りた。

 

「......さて、たわしは顔でも洗ってくるとしよう」

 

 昨晩のことと言い、神崎には、都合が悪いと唐突に話題を変えてなかったことにする癖があるらしい。

 ただ、今回に関しては動揺が隠しきれておらず、すごく痛そうな絵面を連想させる言い間違いをしていることにさえ気づいていないようだった。

 

 

***

 

 

「先輩、この近くにスーパーはあるか?」

 

 リビングのソファーでスマホをいじっていると、神崎が突然問いかけてきた。

 朝っぱらから何を言い出すのかと思って顔を上げると、神崎はいつの間にか黒を基調とした私物のジャージに着替えており、その手には青いランニングシューズが握られていた。

 どうやら、ランニングのついでに買い物もしようという腹積もりらしい。

 

「......あるにはあるけど、普通にまだ開いてないだろ。今六時だぞ」

「あ、そっか......いや、もちろん分かってたぞ。分かった上で、今後のために確認しておいただけだ」

 

 第一声が「あ、そっか」だった時点で、もう試合終わってんだろ。

 

 それはともかく。

 

「コンビニじゃダメなの? 若干遠くにはなるけど、あるにはあるぞ」

「ダメという訳ではないが......まぁ、行くだけ行ってみるとしよう」

 

 スーパーの方が良かったと言わんばかりの、あまり乗り気ではなさそうな返答だ。

 こうなってくると神崎は一体何を買おうとしているのかが一層気になってくる。

  

「んで、何買うつもりなの?」

「......先輩、一つ忠告しておこう。好奇心が旺盛なのは結構だ。だが、『知らぬが大仏』という先人の言葉は、あまり軽く見ない方がいい」

 

 え? 俺そんなにまずいこと聞いた?

 唐突に声のトーンが低くなった事に困惑し、俺は何も言えずに固まる。

 

 ーーすると

 

「......なんてな。後輩ジョークだ」

「ジョークが分かりにくいよ後輩。あと、『知らぬが仏』な。勝手にデカくすんなよ」

「まぁ、何を買ってくるかは、帰ってきてからのお楽しみというやつだな」

 

 結局教えてはくれないんだ。

 内心でそんなことを思っていた俺を尻目に、神崎はさっさと外へ出て行ってしまった。

 

 

***

 

 それから四十分後。神崎はまだ帰ってこない。

 買い物に手間取っているだけならいい。だが、もし迷っているのだとしたら心配だ。

 

 実のところ、神崎が出て行ってすぐ、コンビニの場所を教え忘れたことには気づいた。

 とは言え、わざわざ俺から説明しなくても、グー◯ルマップでも使って勝手に調べるだろうと、そのときは大して問題にしていなかった。

 

 だが、今になって考えてみれば、相手はあの神崎だ。

 ポケットからガラケーを取り出してドヤ顔ーーそんな妄想が脳内再生されると同時に、走って追いかけてでも直接教えるべきだったかもしれないという後悔が、ふと頭をよぎった。

 

 その時だった。

 

「先輩、帰ったぞ」

 

 金属製のドアが軋む音と共に、神崎の飄々とした声が聞こえてきた。

 ひとまずほっと胸を撫で下ろしながら、リビングと玄関を繋ぐ廊下へと出る。すると、パンパンに膨らんだレジ袋を脇に置き、玄関框に腰をかけてランニングシューズを脱いでいる神崎の姿が目に入ってきた。

 

 申し訳なさから、謝罪の言葉が口をついて出る。

 

「ごめん、道とか教えてなかったけど大丈夫だった?」

「あぁ、"これ"のおかげですぐに着いたから大丈夫だ」

 

 大丈夫という言葉に安心すると共に、神崎がポケットから取り出したものへと関心が移る。

 その手に握られていたのは、なんの変哲もない小さな木の棒。

 

「え、なにそれ?」

 

 正直、何もピンと来ない。

 

「見て分からないのか? 棒を倒して、指した方の道に進むアレをやったに決まってるだろう」

「分かるか! つーか、よくそれでちゃんと着いたな」

「あぁ、本当に優秀な棒だった。あまりに愛着が湧いたものだから、ついこうして家の中まで連れてきてしまった。これぞまさしく"相棒"だな」

 

 

「......それで、結局何買ったの?」

「いや、これはな。木の"棒"と相棒の"棒"をかけた」

「伝わらなかった訳じゃねぇよ。ダジャレの解説とかまじでいらないから!見てられないから!」

 

 それはさておき。

 

 台所の脇に置き直された神崎の買い物袋からは、人参やジャガイモなどがわずかに顔を覗かせていた。

 

「先輩には一晩お世話になったからな。礼としては十分じゃないかもしれないが、せめて朝食くらいはご馳走したいと思ってな」

 

 少しはにかみながら神崎が言う。

 めっちゃ良い子。なんなら感動で泣ける。

 こんな健気な子に対して小生意気だなんだとか言っていたどっかのバカは一回殴られた方がいい。

 

「いやいやいや、別に何もしてないし、むしろ申し訳ないくらいって言うか、十分すぎるって言うか。うん、めっちゃ嬉しい!」

「そうか、それなら良かった。すぐに準備するから、先輩は少しだけ待っていてくれ」

 

 せっかくなら完成した状態を披露したいと言う事で、俺は自室で待機する事になった。

 

 意外と言うかなんというか、リビングの方からは、かなり早いテンポで包丁がまな板を叩く音が聞こえてくる。

 これだけでも、料理を相当し慣れているのがひしひしと伝わってくる。

 

 それから、わずか十分ほどで料理を完成させてしまったらしく、神崎はすぐに俺を呼びに来た。

 

「先輩、出来たぞ」

「ありがとう。すぐ行く」

 

  携帯をベッドの上に放り投げると、俺はすぐにリビングの方へと向かった。

 扉を開けると、即座にスパイシーな香りが鼻の辺りに漂ってくる。

 

 ん?スパイシー?

 朝には到底馴染まないその匂いに、強い違和感を覚えながらダイニングテーブルへと視線を向ける。

 

 そこにあったのは、二つの大皿にこれでもかとばかりに堆く盛り付けられたカレー。

 イ◯ローリスペクトと言えばそうなのかもしれないが、多分イ◯ロー本人もこんなバカみたいな量を食べていたという訳ではないはずだ。

 

「もしかして、カレーは好きじゃなかったか?」

 

  呆然と立ち尽くした俺を見て、神崎は不安そうな表情を浮かべる。

 

「いや、むしろ一番好きだ。嬉しすぎて言葉を選んでたみたいな、そんな感じだ」

「そうか、そんなに喜んでくれていたんだな。そう言ってくれると、作った私としてもとても嬉しいぞ!」

 

 神崎が無邪気に喜んでいるのを見ると、なんとなく心が痛む。

 実際の所、カレーは好きな料理であるが、一番という訳でない。少なくとも、朝イチから食べたいとは正直思わない。それも、こんな2〜3キロ位は軽くありそうな爆盛りなら尚更だ。

 

 軽い拷問でも受けているような心持ちで、神崎と向かい合う形で席についた。

 

「いただきます」

 

 こう間近で見ると、ただでさえ大きいカレーが尚更大きく見える。

 しかし、いつまでも気圧されてばかりではカレーは減らないので、とりあえず一口食べてみる。

 

「うまい」

 

 深みのある味と程よい辛さ加減がクセになる、そんな美味さに思わず声が出た。

 そんな俺の反応がよほど嬉しかったのか、神崎は満足気に頰を緩める。

 

「ふふ、美味しかったのなら何よりだ。ちょっと量は少ないかもしれないが、足りなければすぐにもう一品作ろう」

「いや、もう、十分です......」

 

 どうやら俺と神崎では胃袋の数が違うらしい。

 

「それにしても、最近のコンビニは凄いな。まさか野菜やお肉が普通に置いてあるとは思わなかった」

 

 神崎が、パクパクと早いペースで口にスプーンを運びながら言う。

 

 たしかに最近のコンビニは凄いのかもしれないが、俺からすれば、この量のカレーをわずか十分で用意した上に、既にその半分を平らげようとしている神崎の方がよっぽど凄い。

 

「ごちそうさまでした。

 先輩はしっかり味わって食べてくれているんだな」

 

 んな訳あるか。とか、そんなツッコミをする余裕もなく、結局俺は神崎の五倍以上の時間をかけて爆盛りカレーを平らげた。

 

***

 

「先輩、早く出ないと遅れるぞ」

「ごめん、先出ててくれ」

 

 神崎が、玄関の方から俺を急かしてくる。

 かなり早起きをしたはずなのに、ここまでギリギリになってしまった原因は、言うまでもなくあのカレーにある。

 

 ブレザーのボタンを留め、青いエナメルバッグを肩にかけて自室を飛び出す。

 すると、紺色のブレザーに身を包んだ神崎は、玄関の所で俺を待っていた。

 

「なんで先に行かなかった?」

「なんでって、先輩が一緒じゃないと困るからな」

 

 唐突なその一言に心臓が跳ねるような心地がする。

 

「え、それって、どういう......」

「だって、先輩がいないと.......」

 

 

 

「道が分からないだろう」

 

 なんか、ごめん。

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