天才なアイツと平凡な僕ら ~元名門シニアの落ちこぼれが二人の美少女に囲まれながら甲子園の頂点を目指す話~   作:うぱるぱん

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第1話 謎の美少女 その③

 

 

 マスク越しに、マウンドに立つ少女の姿を改めて見つめる。

 

 右肩をこちらに向け、グラブをへそのあたりで構える左投げ(サウスポー)のセットポジション。

 脱力しているように見えて、芯の通った体幹の強さを感じさせる、無駄のない美しい構えだ。

 

 少しでも野球をかじった人間なら、この構えを見ただけで、彼女が相当な経験者であることを見抜けるはずだ。生足に見惚れてボケっとしてたどっかのアホを除けばの話だが。

 

 やがて、彼女が動き出す。

 グローブを顔のあたりまで引き上げると同時に、右足の膝を胸のすぐ下まで大きく持ち上げた。

 

 平均的な投手よりも明らかに高い足の位置。股関節の柔軟性に加え、優れた体幹とバランス感覚がなければ到底支えきれないフォームだ。

 

 そこからコンマ数秒、静止する。

 嵐の前の静けさ。全身の力が軸足の一点に集中し、放たれる瞬間を待っている。

 

 そして、解き放たれた。

 

 天を突くように高く掲げられたグローブ。

 鋭く踏み込まれる右足。

 軸足に溜めた力は、しなやかで無駄のない体重移動を通じて、鋭い推進力へと変わっていく。

 背中の奥からしなって現れた左腕が、一閃。鋭く振り下ろされた。

 

 躍動感のあるフォームで投じられた”まっすぐ”は、ブレのない軌道を描きながら、一瞬でミットとの距離を詰めてくる。

 

 やっぱり速い。――ただ、それだけじゃない。

 「さっきの球は全力じゃない」という言葉を裏付けるように、今の一球は先ほどよりも明確に球速が上がっていた。

 

 俺は、ボールの軌道上にミットを構える。

 

 その瞬間、ふと疑問がよぎった。

 ――なぜ、さっきの“まっすぐ”は捕れなかったのか?

 

 たしかに、「油断していたうえに、彼女の球が想像以上に速かった」というのは、一つの要因だろう。

 

 だが、それだけでは説明がつかない。

 たしかに油断していたし、意表を突かれたのも事実だ。

 だがあのとき、俺はたしかに、ボールが来るはずのコースにミットを構えていた。

 それなのに、あの”まっすぐ”はミットをかすめることすらなくマスクに直撃してきた。

 

 もし理由がただ「速すぎた」だけなら、たとえ捕球できなかったとしても、ミットのどこかには触れていたはずだ。

 だが実際には、まるで軌道そのものを読み違えていたかのように、大きく外れていた――。

 

 ならば、導き出される結論は、一つ。

 

 ――この子の言う“まっすぐ”は、まっすぐじゃない。

 

 数メートル先まで迫ってきたボールに、俺は直感的にミットを“上”へと動かした。

 

 次の瞬間。

 ベース付近に差しかかっていた“まっすぐ”が軌道を変える。

 まるでミットを追うように、ボールが突如“跳ね上がった”。

 

 ――浮き上がる直球(ライジングファストボール)

 これこそが、この子の“まっすぐ”の正体。

 

 パァァァン!

 

 硬球がミットの革を叩く、小気味よい破裂音がグラウンドに響く。

 ヒリヒリとした左手の感触が、心地よかった。

 

「やっぱり邪魔」

 

 そんな俺の余韻を踏みにじるように、目の前の化け物ピッチャーは、身に着けていたブレザーを雑にぶん投げた。結局邪魔だったんだ。

 

 いや、そもそもだ。

 投げてる球が凄すぎて完全に忘れていたが、そういえばこの子、ブレザーにローファーとかいう運動舐めてるとしか思えない格好してたんだよな。

 

「ハハハッ......」

 

 あまりの人外っぷりと、無残な姿になった学校指定ブレザーを見て、思わず乾いた笑いが漏れる。

 

 白い半袖のカッターシャツに、首元で揺れる赤いリボン。

 さっきよりは幾分か動きやすそうな格好になった彼女が、左腕をぶんぶんと回しながら叫ぶ。

 

「肩はもう大丈夫だ! 早く一打席勝負をしよう!」

 

 なんでそんな友達を急かす小学生みたいなノリなんだよ。

 入部をかけた大勝負のはずだろ、これ。

 

 それに、よくよく考えてみれば、ろくなウォーミングアップもなしにあれだけの球が放れるのもおかしいし、肩が2球で出来るのもおかしい。

 ”常識を超えろ”というフレーズはよくスポーツ漫画なんかで目にするが、これは流石に超えすぎだ。

 

 ブォンッ、ブォンッ

 

 そのとき、背後から風を裂くような鋭い素振りの音が聞こえてきた。

 言葉にはせずとも、「こっちも準備はできている」と言わんばかりの気配。

 

 目にしなくても伝わってくる“圧”。

 高校通算二桁ホームランを誇るスラッガーのスイングは、やはり“違う”。

 

 やがて、右のバッターボックスに、お団子(マンバン)をほどいて長髪を垂らした及川先輩が入ってくる。このように先輩は、ヘルメットが被れないからという理由で、打席に立つときだけ髪を下ろしている。  

 

「絶対面倒くさいですよね、それ」

 そう言いかけたことは、一度や二度ではない。

 しかし、それを口にした瞬間、俺の人生が終了しそうな気がするので、なんとか踏みとどまっている。

 

 まぁ、先輩の髪の話はともかく。

 

 見上げて、先輩の横顔をそっと窺う。

 引き締まった輪郭に、微かに宿る緊張の色。だがそこにあるのは、焦りでも戸惑いでもない。

 研ぎ澄まされた静けさ、そして、深く、燃えるような闘志。

 

 その眼差しは、ただ“一点”をまるで射貫くように見据えていた。

 

 視線の先に立つのは、マウンド上の化け物。

 背番号1(エースナンバー)を奪うと、何のためらいもなく言い放った、先輩にとっての“敵”。

 

 化け物と呼ぶにはあまりに華奢で、小柄な体。

 風に揺れる霜髪は、まるでこの緊張感をどこ吹く風とばかりに軽やかに舞っている。

 

 視線をぶつけられても、微動だにしない。

 いや、それどころか――笑っている。

 

 向けられる敵意も、重く刺すようなプレッシャーも、まるで意に介していない。

 無垢な子供を思わせる純粋さが、どこか恐ろしかった。

 

「それじゃあ、ぷれいぼーる」

 

 審判役の監督が、気の抜けた声で開始を宣言する。

 

 及川先輩がバットを構える。

 足を肩幅よりやや広めに開き、両つま先をプレートに対して平行に揃える、基本に忠実なスクエアスタンス。

 バットは高い位置に構えられ、ゆったりと弧を描くように揺れている。先輩の大柄な体格も相まって、そのフォームには自然と警戒心を高めてしまうような威圧感があった。

 

 俺はまず、ストライクゾーンのど真ん中にミットを構えた。

 打者からすれば、これ以上ないほどの絶好球だ。――でも、それでいい。

 

 軽くうなずいた彼女は、黒いグローブをへその前でぴたりと静止させ、ふぅ、と静かに息を吐く。

 一拍の間を置いて――動いた。

 

 ブレザーを脱いだことで可動域が広がったのか、彼女のフォームには、よりしなやかな躍動感が宿っていた。

 再び、非投球腕である右腕を高く掲げ、そこから羽ばたくように左腕を振り抜く。

 

 放たれたボールの軌道は――どう見ても低い。

 ストライクゾーンの低めいっぱい。いや、それどころか、ワンバウンドになりそうな高さだ。

 

 それでも、ミットの位置は下げない。

 さっきの一球を思い出す。

 彼女の”まっすぐ”は、低い軌道から突然、跳ねるように浮き上がってくる”ライジングファストボール”。

 ならば、今回も同じだ。あの球筋なら、この高さからでも――届く。

 

「す、ストライク......ワン」

 

 あの池見監督が、明らかに困惑した様子でストライクを宣告する。

 

 要求通りの、ストライクゾーンど真ん中。

 はっきり言って、異常もいいところだ。

 

 低めいっぱいならまだ理解できる。バックスピンの効いたストレートを投げるタイプのピッチャーならそういった軌道になることも、なくはない。

 

 だが、あの叩きつけたような軌道から、この高さまで跳ね上がってくるのは――常識では考えられない。まぁ、今更この子に常識を求めること自体が間違っているような気もするが。

 

「......ッ」

 

 止まったミットの位置を見た及川先輩の目が、わずかに見開かれる。

 

 先輩は第一打席の初球、たとえ甘いコースでも基本は見逃す傾向がある。

 球の出所や軌道、回転をじっくり観察してから狙いを定める、いわば慎重な打撃をするタイプだ。

 そんな先輩の傾向を知っているからこそ、俺は迷わずストライクゾーンのど真ん中を要求した。

 

 ......が、今の一球は、そんなの関係なく誰だろうと見逃す。

 先輩も、おそらくボールになると確信して見送っているはずだ。

 

 これで動揺してくれれば、この勝負は――

 

 しかし、次の瞬間にはもう、先輩の表情は平静を取り戻していた。

 それどころか、むしろ、構えから滲み出る静かな圧が、更に増したようにすら感じられる。

 まるで今の一球で、勝負の火蓋がようやく切られたかのように。

 

 

 前言撤回――ここからが、本当の勝負だ。

 

 

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