『四つ首の仔犬』とは呼ばせねぇ   作:あっぷるドリンコ

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第4話 理由

 

 

X777年 秋

 

 

 昼過ぎの四つ首の番犬(クワトロケルベロス)。今日も僕は書物庫に籠って勉強を続けていた。

 

「ソーマ、いるか?」

 

 聞き覚えのある声に顔を上げる。

 

 入口に立っていたのは、近所で食堂を営む馴染みのおじちゃんだった。マスターとは昔からの友達で、僕もお姉ちゃんもよく店に通っている。

 

「おじちゃん! どうしたの?」

「ちょっと見てもらいたいもんがあってな」

 

 おじさんが差し出したのは、掌より少し大きな真鍮色の箱だった。上には丸いボタンがあり、側面には簡単な術式が刻まれているのか見て取れた。

 

「これ……呼び鈴?」

「そう。朝から鳴らなくなっちまってよ。ゴールドマインに聞いたら、簡単なもんならお前に見せてみろって」

 

 マスターは裏ではそんなことを言っていたのか。信用してもらえているようで、少し嬉しかった。

 

「いーよ! 見せて!」

 

 受け取ってボタンを押してみる。案の定、何も起こらない。本を読み込んで勉強した今ならどこを調べればいいのかくらいは分かる。

 

 僕は机の端に置いてあった工具箱を引き寄せた。

 

「しかし……こんなんだったか? この部屋」

 

 おじちゃんが部屋を見回している。

 

 一年前まで、ここは埃だらけの書物庫だった。本を読むために掃除を始めたのがきっかけで、ギルドのみんなにも手伝ってもらい、大掃除をすることになった。

 

 本を整理し、空いた場所へ古い机を繋げた作業台を置く。壁には工具を掛け、木箱には分解した魔法アイテムの部品が並んでいる。

 

 お姉ちゃんが解体を許してくれたうえ、マスターに掛け合ってくれたおかげで、壊れた魔法アイテムなら自由に分解してもいいことになったのだ。気づけば、書物庫の半分は僕の工房になっていた。

 

「もう書物庫っていうより工房じゃねえか」

「いい感じでしょ?」

「そういう問題じゃないと思うが……」

 

 おじさんが苦笑する。僕としては、本で調べたことをすぐに実物で確かめられる今の環境を気に入っていた。狭いが、心地よくてお姉ちゃんが許してくれるなら住み込んでしまいたいぐらいだ。

 

 

 僕は呼び鈴の外装を外して作業を始める。

 

 これは二つ一組で使う魔法アイテムで、片方を押すと対になったもう片方の鈴が鳴る仕組みだ。単純だけど便利、比較的安価で一般人の人にも普及している魔法アイテムだった。

 

「……あ」

 

 起動部の下で、接続用の線が一本外れていた。固定していた留め具も緩んでいる。

 

「多分ここだ」

 

 部品箱から同じ大きさの留め具を探し、線を繋ぎ直す。多分ボタンを何度も押した衝撃で、留め具が歪んでしまったのだろう。

 

「もう片方も持ってきてる?」

「おう」

 

 おじさんが取り出したもう一つの呼び鈴を机へ置き、僕は修理した方のボタンを押した。

 

 チリン。

 

 澄んだ音が部屋に響いた。

 

「おお、鳴った!」

「何回か押してみて」

 

 繰り返し押しても問題はなさそうだ。

 

「助かったわ! 今度店に来たらサービスしてやるぜ」

「ほんと!?」

「何がいい?」

「オムライス!」

 

 やっぱそれか! なんて言いながら、おじさんは僕の頭を強く撫でる。確かに好物だけど、そんなに分かりやすかっただろうか。

 

 僕は、おじさんを見送って作業台へ戻り作業を続けた。

 

 

 

 

 ——高熱を出したあの日から、既に一年以上が過ぎていた。

 

 本を読み、一夜さんに教わったことを試しながらも、古い魔法アイテムを分解しては元に戻す。その繰り返しのおかげで、簡単なものなら修理できるようになった。

 

 最近では、こうして近所の人から魔法アイテムの修理を頼まれることまで増えている。

 

「随分それっぽくなってきたじゃねえか」

 

 振り返ると、兄ちゃんが何人かのギルドメンバーと一緒に立っていた。肩には荷物を担ぎ、戦闘用の武装も身につけている。

 

「兄ちゃん、仕事?」

「ああ。近場だけどな」

「僕も行く!」

「駄目だ」

「なんでさ!?」

 

 返事が早すぎる。

 

「僕、もう魔法アイテムだって使えるよ! 簡単なのなら直せるし、一夜さんにだって――」

「テメェ、まだ六歳だろうが。駄目なもんは駄目だ」

 

 まるで取り合ってくれない。

 

 僕は口を尖らせ抗議するも兄ちゃんは譲る気はなさそうだった。

 

 兄ちゃんの後ろからマスターまで顔を覗かせた。

 

「バッカスの言う通りだ。クエストはまだ禁止だ」

「……ケチ」

「誰がケチだ、馬鹿野郎」

 

 近づいてきたマスターに頭を小突かれる。

 

 兄ちゃんまで笑いながら僕の髪をぐちゃぐちゃにすると、そのままギルドを出ていった。

 

 六歳だから駄目。そう言われたら、今の僕にはどうしようもない。でも、僕が行けなくても役に立つ方法はあるはずだ。

 

 例えば、兄ちゃんたちが持っていけるものを作ればいい。修理だけじゃなく、今度は自分で魔法アイテムを作ってみたい。

 

「……よし、今日もやるか」

 

 僕は新しい紙を取り出し、作業台へ広げた。

 

 

             ◇

 

 

 まず作るのは防壁を発生させる小型の魔法アイテムだ。

 

 参考にするのは、兄ちゃんから借りた簡易防壁の腕輪。何度も安定して使えるように作られている分、構造は大きく複雑だった。

 

 僕が今回作りたいのは、危ない時に一瞬だけ身体を守れるもの。だったら、必要な部分だけを残せばもっと小さくできるはずだ。元の腕輪は何度も分解しているし、構造も書き写してある。

 

 僕は設計図を広げ、魔力の通り道を眺めた。

 

「ここ……こんなに長くなくていいよね」

 

 起動部から術式へ繋がる回路は、一度外側へ大きく迂回している。長時間使うために必要な部分だと思ったけれど、一瞬だけなら短くしても問題ないだろう。

 

 回路を短くし、術式も形を保ったまま縮小する。部品の配置も変え、掌に収まる大きさへまとめていった。

 

 何度か組み直しながら作業を続け、数日後。

 

 作業台の上には、小さな球状の魔法アイテムが置かれていた。

 

 試作防壁(シールド)。

 

 初めて一から組み上げた、自作の魔法アイテムだ。

 

「……できた」

 

 少し歪んでいるけれど、見た目は悪くない。僕は左手に持ち、起動部へ魔力を流した。淡い光が内部を走り、目の前へ薄い防壁が広がる。

 

「……やった!」

 

 思わず声が出た。

 

 ちゃんと動いている。嬉しくなって、もう少し魔力を流してみた。

 

「っ……!」

 

 ——途端に身体から力が抜け、ふらりと倒れそうになる。予想以上の魔力を消費していた。

 

 慌てて魔力を止め、少し休んでからもう一度試す。

 

 しかし、消費量を抑えると、防壁が小さすぎる。反対に出力を上げると、今度は装置の一部が急激に発熱した。

 

「熱っ!」

 

 試作品を作業台へ置き、設計図と見比べる。

 

「……なんでこんなに魔力使うんだ?」

 

 防壁は出せた。けれど、元の腕輪と比べると魔力効率が悪く、発熱まで起きている。

 

 どこを変えたのかはもちろんわかる。でも、その変更が何故この結果に結びついているのか分からなかった。

 

 修理なら元の状態に戻せばいい。でも、自分で作ったものには、戻すべき正解がない。そんな壁を感じてしまった。

 

「ソーマ」

 

 入口から声がした。

 振り返ると、マスターが立っていた。

 

「……見てた?」

「途中からな」

 

 僕は試作品と設計図を差し出す。

 

「やっぱり自分で作るのは難しいや……修理とは全然違う」

 

 マスターはしばらく眺めたあと、鼻を鳴らした。

 

「丁度いいタイミングか」

「何が?」

「ボブから連絡が来た」

 

 その名前に顔を上げる。

 

「前に、魔法アイテムの仕組みを教えられる奴を探してくれって言ってただろ」

「うん!」

「古い魔法や術式に詳しい爺が見つかったらしい。魔法技師じゃねえが、何か教えられるかもしれねえってよ」

「誰!?」

「化猫の宿(ケット・シェルター)のマスター、ローバウルって爺さんだ」

 

 聞いたことのない名前だった。でも、今の僕にはどうしても会ってみたい人だった。

 

「……会いたい!」

「そう言うと思って、もう話は通してある」

「ほんと!? 流石マスター!」

「数日後に行くぞ。だから飛び出すな」

 

 立ち上がりかけたところで、マスターに襟首を捕まれた。今まで生きてきて……数日が、こんなに長く感じたことはなかった。

 

 

             ◇

 

 

 約束の日。マスターと一緒にワース樹海の近くにあるケット・シェルターへやって来た。

 

 森の中に建つギルドは猫の頭をかたどった建物で、あちこちに猫の飾りが置かれている。

 

「……静かだね」

「ウチと比べりゃ大体のギルドは静かだ」

「青い天馬も?」

「あそこは別の意味でうるせえ」

 

 僕は何となく分かる気がして、笑った。

 

 二人で奥へ進んでいくと、長い白髭に大きな羽飾りをつけた小柄なお爺さんがいた。

 

「お主がゴールドマインかの?」

「おう。ボブから話は聞いてるだろ」

「なぶら。聞いておるよ。ワシはローバウルという」

 

 ローバウルさんの視線が僕へ向く。

 

「ああ。コイツは義息(むすこ)のソーマだ」

「初めまして。ソーマ=ゴールデンです」

 

 頭を下げ、持ってきた試作品を取り出した。

 

「早速なんですけど……これ、僕が作ったんです。見てもらってもいいですか?」

「おお、自分で作ったのか。どれ、見せてみい」

 

 僕は試作品と設計図を机に並べる。ローバウルさんは慣れた手つきで外装を開き、内部を確かめてから設計図へ目を落とした。

 

「——ふむ。何かを手本にしたようじゃな」

「はい。簡易防壁の腕輪です。でも、大きかったから小さくしてみたんです」

「なるほど。となると……この回路も、元はもっと長かったんじゃないか?」

「そうです! でも遠回りしてたから、短くしてもいいと思って」

「はて。どうしてそう思ったんじゃ?」

「……」

 

 質問に答えようとして、声が止まった。

 

「……短い時間しか使わないなら、いらないと思ったんです」

「では、この回路が何のためにあるかは分かるかの?」

「……そこまでは」

「こちらの術式も小さくしておるのう。元の大きさに理由があるとは考えんかったか?」

「……はい」

 

 ローバウルさんは怒るでもなく、ゆっくりと頷いた。

 

「お主が何をしたかったのかは理解できる。じゃが、変えてもよい場所かどうか、まだ確かめておらんようじゃな」

 

 僕は試作品へ目を落とした。

 

「防壁は、発動はするんですでも、魔力をたくさん使うし、出力を上げると熱くなってしまう」

「……ふむふむ。ここを見てみい」

 

 ローバウルさんが僕が短縮した回路を指差す。

 

「ここの部分は、流れ込んだ魔力を整えて術式へ送る役目がある。短くしたことで、魔力の流れが乱れておるのかもしれん」

「……だから熱くなった?」

「その可能性はあるのう。それに、術式は形だけでなく、線の太さや間隔にも意味があるんじゃ。同じ形でも、小さくすれば働き方が変わることもある」

 

 僕は改めて試作品を見る。ちゃんと動いたから、かなり近いところまで再現できたと思っていた。

 

 でも、元の腕輪が何故その形をしていたのか、僕はほとんど理解していなかった。

 

「僕……まだまだだ……」

 

 思わず呟くと、ローバウルさんが小さく笑った。

 

「なぶら。お主、いくつじゃ?」

「六歳です……でも、年齢なんて関係ないです! 僕はもっと強くならなきゃいけないんです」

「ほうほう、そうかそうか」

 

 ローバウルさんは僕の言葉を聞き、穏やかに頷いた。

 

「何やら事情がありそうじゃのう。じゃが、焦っても知らぬことは分からん。少しずつ覚えていけばよい」

「……はい」

「それに、六歳でここまで作れるなら立派なものじゃ。自分で考えて、工夫して作ったんじゃろう?」

 

 ローバウルさんは試作品を机へ置いた。

 

「何かを直す時には、原型という模範解答が残っておる。じゃが、新しいものを作るなら、そうはいかん」

「……どういうこと?」

「魔法アイテムは繊細じゃ。製作者の判断一つ一つに、ちゃんと理由が必要なんじゃ。何故、と問われた時に答えられるようにのぅ」

 

 短くした回路も、小さくまとめた術式も、全部自分で決めたことだった。でも、その変更がどんな結果を生むのかまでは考えられていなかった。

 

「……どうしたら、分かるようになるの?」

「本で学び、実際に試すことじゃな。何を変えたらどうなったのか、一つずつ確かめてみるんじゃ」

「……そうすれば、分かるようになる?」

「ほっほっほ。少なくとも、次に何を調べればよいかは見えてくるじゃろうな」

 

 ただ作って動かすだけじゃなく、その理由まで理解することが大切なんだ。

 

 僕はもう一度、試作品を見た。

 

「ローバウルさん! お願いです。僕に魔法アイテムについて教えてください!!」

 

 精一杯の誠意を込めて頭を下げる。もっと知りたい。この人に教えてもらえたら、今までとは違うものが見えてくるはずだ。

 

「なぶら、よかろう。明日から一緒に勉強してみるかの」

「ほんと!?」

「ほっほっほ。元気のいい子じゃ」

 

 横でマスターが小さく笑った。

 

「毎日往復させるわけにもいかねえ。何日か預かってもらう話は通してあるはずだが」

「なぶら。空いている部屋なら使えばよいじゃろうて」

「泊まっていいの?」

「もちろんじゃ」

「やった!」

 

 僕は思わず飛び跳ねる。ここでローバウルさんに教えを乞うことができたなら、今までと比較にならないほど成長できるだろうと思ったから。

 

 

 

 

 ――その時、小さな声が聞こえた。

 

「あの……その子、ここに住むの?」

 

 振り返ると、青い髪の女の子が柱の陰からこちらを覗いていた。髪は肩にも届かないくらいの長さで、目が合った途端、柱の裏に慌てて隠れてしまう。

 

「ウェンディ、こっちへおいで」

 

 ローバウルさんに呼ばれ、女の子がそろそろと顔を出した。

 

「この子はウェンディじゃ。ここで暮らしておる」

「僕、ソーマ! よろしくね!」

「……っ!」

 

 勢いが強すぎたらしく、ウェンディは驚いてローバウルさんの服を掴んだ。

 

「……驚かせた?」

「……うん」

「ごめん」

「……だいじょうぶ」

 

 ウェンディが小さく首を振る。

 

「……ウェンディ、です」

 

 彼女はそう言って、恥ずかしそうに笑った。

 

 

             ◇

 

 

 マスターが帰る前に、僕の鞄を持ってきてくれた。

 

「……多くない?」

 

 床に置かれた鞄は、明らかに着替えだけの大きさではない。僕も工具箱は詰めたが、それでも大き過ぎる。

 

「俺に聞くな。アリアが詰めたから中身は知らねえ」

「やっぱりじゃん……」

「任せっきりにしたお前も悪いんだぞ」

 

 正論を言われてしまった。

 

 マスターは僕の頭を撫で、ローバウルさんに「頼んだ」と告げて帰っていった。

 

「あの……ソーマくん」

 

 振り返ると、ウェンディが立っていた。

 

「お部屋、こっち……」

「案内してくれるの?」

「……うん」

「ありがとう!」

 

 ウェンディの後を追うため、鞄を持ち上げようとすると、想像以上に重たい。持ち上がらない……

 

「重過ぎるよ……お姉ちゃん」

 

 半ば鞄を引きずりながら歩き始めると、ウェンディが僕の方をちらちらと見ていた。

 

「あの……おもくない?」

「ちょっと重いかな」

「……わたしも、もつ?」

「いいの?」

「……うん」

 

 二人で鞄を持つと、随分軽くなった。

 

「ありがと」

「……うん」

 

 ウェンディが小さく笑った。

 

 僕たちは並んで廊下を歩く。四つ首の番犬とは違い、ケット・シェルターはとても静かだった。

 

「ウェンディは、ここに住んでるんだよね?」

「うん」

「ずっと?」

「……ちょっとまえから」

「そうなんだ」

 

 それ以上は聞かなかった。会ったばかりだし、何か事情があるのかもしれない。

 

 案内された部屋には、小さなベッドと机、それから荷物を置く棚があった。鞄を置いて開けると、着替えに毛布、食べ物、タオルがぎっしり詰め込まれている。

 

 ……数日しか泊まらないんだけどなぁ。

 

 その下から、自分で入れた工具箱を取り出した。

 

「これ、僕の工具なんだ」

 

 開けてみせると、ウェンディが少し身を乗り出す。

 

「こうぐ……?」

「魔法アイテムを直したり、作ったりするのに使うんだよ」

「……すごい」

「ウェンディも後で見てみる?」

「……いいの?」

「もちろん!」

 

 ウェンディの顔が少しだけ明るくなった。

 

「……ありがとう」

「どういたしまして!」

 

 工具を机へ並べていると、ウェンディが扉の近くでもじもじしていた。

 

「どうしたの?」

「あの……もうすぐ、ごはん……」

「うん」

「……いっしょに、いく?」

「行く!」

 

 元気よく返事をすると、ウェンディは少し驚いたあと、小さく笑った。

 

 ……ちょっと可愛い子だなぁ、なんて思ってしまったことは秘密だよ?

 

 

             ◇

 

 

 ケット・シェルターへ泊まり込んで三日目。

 

「ふむ。随分と整理できてきたのう」

 

 ローバウルさんが僕の書いた紙を眺めながら、髭を撫でている。

 

 机には、元の腕輪と試作防壁を比較した図が広げられていた。回路や術式など、変更した場所には印をつけておいた。

 

「では、この前のおさらいじゃ。何故あれほど魔力を使ったと思う?」

「術式を小さくしすぎて、魔力を上手く防壁に変えられてないから、だよね」

「では、熱くなった理由は?」

「回路を短くしたせいで、魔力が一気に流れたから。でも、術式の方にも原因があるかもしれない」

「なぶら。よく覚えておったな」

 

 ローバウルさんが頷く。

 

「では、それをどうやって確かめる?」

「えっと……試作品を直して、もう一度試す?」

「それもよかろう。じゃが、回路も術式も一緒に直してしまったら、どちらが原因か分からんのではないか?」

「あ……そっか」

 

 確かに、両方直して上手く動いたとしても、原因が分からない。

 

「じゃあ、回路だけ戻したものと、術式だけ戻したものを作って比べればいい?」

「うむ。条件を一つずつ変えて、結果を確かめるんじゃ」

 

 なるほど。それなら原因を絞り込める。

 

「……また作り直しかぁ」

「ほっほっほ。新しいものを作るとは、そういうことじゃ。考えて、試して、上手くいかねばまた考える。その繰り返しじゃよ」

「ローバウルさん、意外と厳しいよね」

「そうかのう? ワシは随分優しくしておるつもりじゃが」

「絶対嘘だ!」

 

 ローバウルさんが楽しそうに笑う。

 

 すると、少し離れたところからも笑い声が聞こえた——ウェンディだった。

 

「今、笑った!」

「……っ!」

 

 僕が思わず指摘すると、ウェンディは慌てて口元を押さえる。

 

「ご、ごめんなさい……」

「全然いいんだけどさ、そんなに面白かった?」

「……ちょっとだけ」

 

 そう言って、また小さく笑った。

 

 

 ——ここへ来てから、ウェンディとは毎日のように顔を合わせている。

 

 一緒にご飯を食べたり、僕が勉強している横で本を読んでいたり。最初はあまり話してくれなかったけれど、少しずつ打ち解けてきた気がする。

 

「ウェンディは魔法アイテム、興味ない?」

「えっ……わたし?」

「うん」

「……よく、わかんない」

 

 ウェンディは困ったように首を振った。

 

 そういえば、まだウェンディがどんな魔法を使うのか聞いていなかった。

 

「ウェンディって、どんな魔法使うの?」

「わたし……?」

「うん。ローバウルさんから使えるって聞いたんだけど」

「えっと……天空の滅竜魔法、っていうの」

「……滅竜?」

 

 聞き慣れない言葉だった。

 

「うん。グランディーネに教えてもらったの」

「グランディーネって誰?」

「……竜、だよ」

 

 竜――。

 

 その言葉を聞いた瞬間、頭の奥にあの景色がフラッシュバックする。

 

 黒い翼。

 

 燃える街と、倒れて動かない兄ちゃん、お姉ちゃん、マスター。そして、そのすべてを見下ろしていた巨大な黒い竜。

 

「竜……か……」

「ソーマくん……?」

 

 ウェンディの声で我に返る。

 

「……グランディーネって、どんな竜?」

「とってもやさしいの」

 

 ウェンディが嬉しそうに顔を上げた。

 

「魔法も教えてくれて、いっしょにいてくれて……おかあさんみたいなんだよ」

 

 でも、少しすると、その顔が曇った。

 

「……いまは、いないけど」

 

 小さな手がぎゅっと握られる。

 

「……優しい竜もいるんだね」

 

 思わず口から出た。

 

「ソーマくんも、竜……見たことあるの?」

「……分かんない。でも、黒い竜を見た気がするんだ」

「くろい竜……?」

「すごく大きくて、怖い竜だった」

 

 あの光景が本当に未来なのかも、黒い竜が今どこにいるのかも分からない。

 

 ただ、ウェンディが話すグランディーネとは、どうしても同じものに思えなかった。

 

「……こわかった?」

「……うん。すごく。忘れられないんだ」

「……そっか」

 

 ウェンディはそれ以上何も聞かなかった。

 

 しばらくして、彼女が僕の右手をじっと見ていることに気づいた。

 

「あの……ゆび……」

「これ?」

 

 昨日、試作品の熱が残った部品に触ってしまったのだ。小さな火傷で、もうほとんど痛くない。

 

「……いたい?」

「ちょっとだけ」

「わたし、なおせるよ」

「えっ、ほんと?」

「……うん。みせて?」

 

 手を差し出すと、ウェンディがそっと指に触れた。

 

 淡い魔力が集まり、柔らかな風のようなものが傷を包む。

 

「……あれ?」

 

 痛みが消えていく。

 

 赤くなっていた皮膚まで、目の前で元に戻ってしまった。

 

「治った!」

「……よかったぁ」

 

 ウェンディがほっとしたように笑う。

 

「これが天空の滅竜魔法?」

「うん。グランディーネに教えてもらったの」

 

 自分の指をじっと見る。

 

 燃える街の空にいた竜と、傷を治す魔法を与えた竜。同じ竜なのに、こんなにも違うんだ。

 

「滅竜……竜を滅ぼすための魔法なのに、人を治せるんだね」

「……うん」

「他にもできるの?」

「えっとね……元気にしたり、はやく動けるようにしたり……」

「それも人に使えるの?」

「うん!」

 

 気づけば、また魔法のことが気になっていた。

 

 傷を治す魔法も、身体を強くする魔法も、僕には使えない。

 

 でも、ウェンディはそれを当たり前のように使っていた。

 

「……ウェンディって、すごいんだね」

「……え?」

「ちょっと羨ましいや」

 

 思わず本音が漏れた。

 

「……どうしたの?」

「ううん、なんでもない!」

 

 取り繕って笑ってみせる。

 

 僕は僕らしく強くなる。そう決めたはずなのに、目の前で魔法を使われると、やっぱり羨ましくなってしまう。

 

 ……僕にも、あんなふうに魔法が使えたら。

 

 そんなことを考えてしまう自分が、少しだけ嫌だった。

 

 

             ◇

 

 

 夜。

 

 僕はベッドに寝転がり、昼間に書いた設計図を眺めていた。

 

 ローバウルさんに教わった通り、回路と術式の変更点を一つずつ分けて比較できるよう準備を進めている。明日は、それぞれを比べるための試作品を作る予定だ。

 

 明日の段取りを考えていると、コンコン、と扉が鳴った。

 

「あの……ソーマくん。おきてる?」

 

 ウェンディだった。

 

「起きてるよ」

 

 そう答えるとウェンディは扉の隙間から、そっと顔を覗かせる。

 

「ローバウルさんが、もうねなさいって……」

「あとちょっと見直したら寝るよ」

「……きのうも、そう言ってた」

「……バレてた?」

「……うん」

 

 まだ三日しか一緒にいないのに、もう見抜かれてしまったらしい。

 

「ほんとにあとちょっとだから」

「……ほんと?」

「うん。約束する」

「……わかった」

 

 ウェンディが少し安心したように笑った。

 

「あ、そうだ。昼間はありがとう」

「……うん?」

「指、もう痛くないよ」

 

 右手を見せると、ウェンディは嬉しそうに頷いた。

 

「……よかった」

「ウェンディの魔法、すごかったね」

「……えへへ」

 

 照れくさそうに笑うウェンディを見ていると、少しだけ気持ちが軽くなった。

 

「明日は実際に試してみるつもりなんだ」

「……がんばってね」

「うん!」

 

 ウェンディが小さく手を振った。

 

「……おやすみ、ソーマくん」

「おやすみ、ウェンディ」

 

 扉が閉まり、部屋が静かになる。

 

 僕はベットに寝転がりながらもう一度、自分の右手を見あげた。

 

 昼間まであった火傷は、跡形もなく消えている。

 

 これがウェンディの魔法……こんな治癒能力のある魔法なんて聞いたことがなかった。やっぱり少し羨ましい。

 

 

 

 ——でも、僕にだってできることがある。

 

 初めて自分の魔法アイテムが動いた時は嬉しかったし、今日だって、修理した呼び鈴で誰かに喜んでもらえた。

 

 まだ分からないことは多いけれど、少しずつできることも増えている。

 

 僕は設計図へ目を戻した。

 

 回路と術式。明日は、まずどちらを変えて試そうか。……いや、順番はどっちだっていいか。どっちもやる。それだけの話だ。

 

 そんなことを考えながら、僕はようやく目を閉じた。

 

 

 





■ 試作防壁(シールド)
ソーマが初めて一から組み上げた、小型の防壁を発生させる魔法アイテム。既存の簡易防壁の腕輪を参考に小型化した。発動には成功したものの、魔力効率が悪く、出力を上げると発熱する未完成品。

少年は張り切るばかりに、熱まで詰め込んでしまったらしい。

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