いっそ開き直ってアジの開きになっちゃおっか!
6層を超えてからもう2ヶ月と半分が過ぎたのか。ディアベルは1人ごちる。
6層を嫌っているのは、RPGの中で本格的なパズルをやらせないでほしいとか、フィールドどころか街中にも仕込まれたパズルがすべからく同じ仕様でつまらないとかそういうことではなく、色々な厄介ごとがまとめて出てきたのがその辺りだったからだ。
ことは攻略会議が終わってすぐのこと。アイルと情報屋を伴って迷宮区に赴いていたときだ。
「その詐欺ならオレも前にあったっすよ」
アイルはケバブらしきものをインベントリから出して言った(彼が“各層名物グルメ旅”を始めたのもこの層からだった)。
「ルー君、そういうのは早く言ってくれヨ。手口やら被害状況やらまとめるの大変だったんダゼ?」
鼠は呆れたように言った。
「
「アイルはβテスターじゃないし仕方ない。それに詐欺は解決したんだろう?」
「詐欺自体はネ。本題はこっからダゼ?」鼠はアイルのケバブを掠めとった。
「詐欺の主犯は普通のプレイヤーダッタ。気の弱そうな若者ダッタヨ」
鼠にしては珍しく、真剣な声色だった。ケバブをあっちこっちに移動させる様は、親戚の大人にイタズラしている子供にしか見えないが。
「ソンナ若者が強化詐欺なんて手の込んだ犯行を思いつくとは、オレっちは考え難いンダ。誰かが唆したりでもしない限りは、ネ」
「そんなもんじゃないすか?真面目そうに見えてウラがあるとか、よくある話じゃないすか」
「ソレはソウだけどサ。実際にそいつが証言してるんダヨ、“ポンチョの男にやり方を教わった”ッテ」
2人がケバブを巡りながら話すなかで、ディアベルは時折外の様子を窺っていた。ここはすでに取り終わったトレジャー部屋。迷宮と言うだけあって迷路のように通路が連なる中で、小部屋になっていた。
外の通路、回廊のように広い空間の奥で、巨大な石扉が、その中央に引っ付いた石板によって閉ざされている。それが6層最大のギミックであり、最大の障壁であり、チーターの所在を掴む足掛かりでもある。
「出任せだと思うすけどねえそんなの」
言いながら遂に鼠の腕を捉えたアイルが、身長差を活かしてそのままケバブを取り返す。
鼠は掴まれていた右腕をさすりながら「今の下手すりゃハラスメントコードもんダヨ?」と文句を垂れた。アイルはケバブに齧りついて聞いていない。
仮想空間でも香ばしい匂いが広がっている。せめて匂いがしないものを、と言ってもいいが、好きにさせる。相手が
(余談だがアイルには
そもそも本当にチーターがいるのかも怪しい。迷宮区の扉を高速で開いてまわっているのは、単にパズルが得意なだけとか、パズル以外の開け方が実装されているとかかもしれない。
そういったことも含めて、“誰がどうやって扉を開けまくっているのか”を確認する。それがこのかくれんぼの目的だ。極論チーターが見つかっても見つからなくても構わない。ディアベルはそう思っていた。
既にここに居座ってから1時間は経つ。さすがに飽きもするし、雑談だって始まる。
ディアベルは暇つぶしにスキル振りを眺めていたし、アイルはケバブを食べ、鼠はそんなアイルから情報をふんだくろうとちょっかいを出していた。ディアベルから見てもデカいと感じるアイルと、ぱっと見は学生の鼠の組み合わせは、もう親戚同士とか新任体育教師と生徒とかにしか見えない。
そうやってボンヤリとしていたせいで、突然轟音を立てて石扉が開いたときには、かなり驚いてしまった。
ディアベルは急いで石扉の前まで移動する。本来ならこちら側で扉を開ける現場を捉えるつもりだったが、向こう側から開いてしまったから、せめて誰がいるのかを確認するためだ。
ゴゴゴゴ、と重い音を鳴らしながら、3階建てのアパートほどの大きさの石の塊が壁の中にスライドしていく。現実ならどうやって造られたのか考えもつかないが、生憎ここではそういう3Dモデルにそういうプログラムを組んであるというだけだ。
引き戸形式だから、扉の反対側の空間はすぐに見ることができた。誰もいない。
「どうなってんすかね?」アイルが疑問を口にする。さすがにケバブはインベントリに入れたらしい。
人が居たかどうかすら分からない。足跡なんかは場所によっては残るが、石造りの迷宮区では基本的に無理な話だ。
手掛かりを求めて3人でその場を調べるが、壁からギリギリ露出したパズル、地面、さらに少し進んだ辺りの通路まで、何も分かることはなかった。
「追跡スキルも反応しナイ、こりゃクロかもネ」
鼠がそういった直後、奥の方で破裂音のようなものが響く。
3人のうち最もDEXが高いのは鼠だ。同時に走り出しても、必然先頭になる。だから鼠はそれを見てしまった、はずだ。
mobやアイテムの耐久が無くなってポリゴン片になる、バリーンという音は、ディアベルが到着する少し前には聞こえていた。
ディアベルがそこに到着したとき、彼女は呆然としていた。
何の変哲もないただの通路。そこには装備品が幾つか落ちていた。それから見えたのは、急いで走り去っていく男の背中。
遅れてアイルが来た頃には男はもう見えなくなった。鼠を任せて追いかけようと足を出し、「ダメダ!」という声で立ち止まる。
「トラップが、多分毒矢の……」鼠は装備品が落ちているあたりまで行き、慎重に、ゆっくりと床を調べだす。何かを見つけて、押し込む。
バシュン!という音と共に、通路を横切る矢が放たれた。まとめて3本ほど打ち出された矢は反対側の壁に当たり、砕け散った。
アイルがトラップを踏まないよう慎重に剣を拾う。
「クエストリワードすね。この層の奴で、相当良い装備すよ」
「
「俺たちに気づいて拾わずに逃げたか」
そう結論づける。男の逃げた方を見て、何とか思い出そうとしても、背中をチラと見ただけだ。人相を見たのは鼠だけ。
アイルが抜き足で他の落ちている品も回収する。
「今日はもう帰った方がいいすね。パズルで閉じた空間が多い分、俺らも巻き込まれかねないす」
苦々しい声色で言った(25層に至るまで、アイルのこういう声色はこの時しか聞いたことがない)。
「そうしよう」言って鼠の肩を抱いて何とか立たせる。すんなりと持ち上がったのはSTRに多く振っているからのはずだ。
鼠……アルゴは考え込むように黙っていた。アイルの腕に捕まりながら迷宮区を出る間も、彼女は何も言わなかった。
刺激しないようアイルとディアベルはギルドチャットで話したが、その中で『結局パズルは分からずじまいですね』と言われて、彼女のことを話すかは悩んだ。
そしてこの件を攻略本を通して公表した途端、似たような報告が相次ぎはじめる。
これが6層から続いているPK問題の発端であり、ギルドメンバーに単独行動を禁じた理由であり、チーターとPKを結びつける短絡的発想の始まりだ。
ついでにそれらに抜本的に対処しないディアベルへの不信も、ここから強まったように思う。
砂が剥き出しの地面を眺めていると気温の高そうな雰囲気がするが、体感温度はそうでもない。そもそも仮想空間だから気温や湿度は開発の気分次第だが、少なくともここは気分のいいときに作られたらしい。
25層は荒涼とした大地に活気あふれる街並みが並んでいる。地理に明るくないディアベルだが、スクリーン内の東アジアの辺りはこんな感じだった気がする。
「そろそろ呼んできた方がいいかしら?」
長い紫髪を一つ結びにした少女、ミトが言う。デジタル時計は13:40の表示で、闘技大会は14:00からの予定だからちょうどいいくらいか。ギルドチャットで呼んだほうが早いとは思うが、そうはしない。
「そうだな。ミトさん、悪いがアイルを呼んできてくれないか?多分大通りでグルメしてると思うから」
「ハイハーイ、キリト君の方は?」
「そっちはアスナさんに任せてある。遅れることは無いと思うよ」
「あー、じゃあ安心だ」
いってきまーす、とミトはさっさと走って行った。大鎌の性質上DEXに多く振っていることもあり、足の速さは中々のものだ。アイルも遅れることは無いだろう。
ディアベルは近くに建てられた看板を眺めた。βにはこういう設置物の類は無かったように思うが、鼠もよく見つけるものだ。
『“クレイモア” アイル VS “ブラッキー” キリト!因縁デュエル!!』
書かれた文字列を、2人はどう思うだろう。因縁どころか2人が一緒にいるところをディアベルは見たこともないが、まあ責任は鼠にあるから考えないことにする。
むしろ2人がこの闘技大会の初開催エキシビジョンマッチを受けてくれたことにかなり驚いている。あまり目立つのを好まない印象だし、アイルはともかくソロのキリトは引き受ける道理がない。
もちろん“対人戦を観せて慣らす”という部分は賛同してくれていたが、それにしたって対外的には“娯楽”であり“金稼ぎ”なのだ。参加者にも分け前があるとはいえ、最も得をするのは攻略組ギルドだ。
野外スタジアムの通路に入り、階段を上がって観客席を覗き見ると、既に満員だった。何人かは階段や通路にはみ出ている。スタジアムの大きさはそれなりだったと思ったが、看板の効果は絶大らしい。いや人選か?
集金が大変だなと思いつつ、一度外に出る。控え室は外からしか入れない。『STAFF ONLY』と書かれた看板の近くにある扉を開けると、眼前に真っ赤なサーコートが現れた。
「おっと、すまない」そう言ってヒースクリフは横にどいた。
「ああすみません」ディアベルはすぐに部屋に入り道を開ける。
「いやいいんだ、ちょうど君とも話しをしようと思っていた」
部屋の中には他にアスナとキリトが居た。時間にうるさいアスナらしく、早めに来ていたようだ。
「ということは、決まったかい?」
ディアベルはヒースクリフではなく、アスナに向かって言った。申し訳なさそうな顔でコクンと頷く。
「そうか、少し寂しくなるな。ミトさんとは?」
「昨夜話しました。ミトは......今のまま、KoBではなくディアベルさんの下で戦うと」
そうか、と溢すが多分そうなるだろうと思っていた。ミトはディアベルから見ても頑固だし、そのうえで選ばれなかったとなれば反発もするだろう。
ヒースクリフが純粋な実力や才能以外も考慮してスカウトしているのは分かるが、それはディアベルがギルドリーダーとして彼と話せるからだ。”アスナをスカウトする際の付属品扱い”されれば、腹が立つのは当然だ。
「決めたことにとやかく言うつもりはない。応援しているよ」
アスナに言って、次いでヒースクリフに顔を向ける。「それで、他にも誰か?」
「いや、これ以上は君にも申し訳ない。あとはソロか中小を狙うとしよう」
彼の表情は笑っていたが、その真紅の瞳に笑みは感じられなかった。誰を見ているのかは知れないが、ディアベルも応える。
「それは助かります。攻略での血盟騎士団の活躍、期待しています」
正直ディアベルには精一杯の威圧だったが、彼は軽く笑っていなした。「明日の正午、落ち合おう」とアスナに言って彼は外を出た。
一瞬の静寂は実に居心地の悪いものだった。またすぐに扉が開いたときは非常に助かった。
「おはざーす」
アイルは軽い言い方で入ってきた。ミトがアスナの顔を見て険しい表情になるが、彼は気にしない。
適当な場所に剣を置いて巨体をドッカと地面に下ろすと、インベントリから何かを実体化した。三角形の、茶色い物体だ。
「アイルさん、さっきも食べてましたよそれ」ミトが呆れた様子で言う。
「いいじゃないすか、美味いっすよ。食います?」
思わず気になって「見た目的に揚げ物か?」と聞いてしまう(彼の
「サモサっす」
あー、と答えに窮したところに助け船が出た。アスナだった。
「インド料理です。確かコロッケと餃子の合いの子みたいな感じだったような」
「ふわふぃっふへ」
口一杯に頬張っている。少女2人は呆れた顔をして、キリトは興味深そうにサモサなる代物を見ていた(ディアベルもだが)。
「食べながら喋らないでください」
「食べ方汚いです、アイルさん」
アイルは全く気にせず食べていた。一瞬ディアベルと目が合う。何事も無いかのような振る舞い。
改めてこの男を参謀として迎え入れたのは正解だったと思う。頭の回転も思い切りの良さも演技力も、彼は頭一つ抜けている。
外でヒースクリフを見て、ミトはどういう顔をしただろうか。アイルは見ていないようでよく観ている。だからこそ、彼はミトと深く接しない。彼は現実的で、楽観的で、消極的だ。
それでも夢くらいは見させてやってもいい気もする。誰相手でも威勢がよく、レイドリーダーにも啖呵を切る少女が敬語を使うのは、アイル相手のときだけだ。
闘技大会の進行を鼠と商業ギルドに任せて、アイルは野外スタジアムの客席側に来た。生憎階段から立ち見だが、スタジアムで立ち食いなんて如何にもだろう。
一般参加組の試合が始まっている。見覚えのある顔がほとんどだ。一応レベルに差がつかないように組んだとはいえ、大半は攻略組同士での試合らしい。少し寂しいような気もする。
ボンヤリとサモサを齧っていると、いつの間にか隣に来ていた紫髪の少女にすりとられた。
「随分ボケッとしてますね。そんなに悔しかったんですか?」
それもあるが、それ以外もある。ミトは「はぁ」と納得したのかしてないのか分からない返事をした。それよりサモサだ。考え事には美味が必須だ。
「ダメです。私に気付かないくらいボケーっとしてるのはアイルさんらしくないですから」
アイルらしさ、というのは正直アイルにもよく分かっていないが、要は腑抜けてるということか。別にそんな時間があったって構わないだろうに。25層まで来たのだから。
「むしろここからが本番でしょう?βテスト越えの11層もそうやって気を抜いて危なかったんですから」
別にアイルが危機に陥ったわけでもない。それにそういうのはディアベルが考えることだ。俺はいつだって油断はしていないつもりだ。
「そうだといんですけどね」
「そうっすねー」
言いながらサモサを取り返す。会話の中でどんどん警戒が解けていたから、すんなり取れた。ミトにまた取られないよう体勢を変えて味わう。美味。
ミトは妨害しようとしていたがそのうちに諦めた。これ幸いと再び考え事に集中するが、どうやら彼女はそっちでもアイルの邪魔をするらしい。
油断と聞いて2層のことを言わなかったのは正解だと思う。正確にはアスナの問題だが、自分より親友のことで気を悪くするタイプだとアイルは予測している。
そんな親友が、ずっと同じギルドでやってきた仲間が引き抜かれ、自分は選ばれない。さぞしんどいだろう。
その上でヒースクリフの言い分も分かる。2層の件も含めて、アスナは指揮官向きだ。武器毎の特性や得意不得意もすぐに覚えるし、ゲーム用の単語もあっという間に使いこなした。若く、見た目も良い。容姿はそのままカリスマ性に繋がる。
ディアベルは……アイルは彼女を前に出したがらない。ミトも、できればキリトも。若い奴が死に急ぐ必要なんか無い。例えもう
ふとヒースクリフの顔が過った。彼が何歳かは知らないが少なくとも30は下らないだろう。思えば23の若造なんかより余程前線に立つ資格があるかもしれない。何ならディアベルもアイルと同じくらいだろうから、そういう意味ではもう潮時だろうか。
もちろん全てを押し付けるつもりもないが、合理的かなぁ、とは思ってしまう。食べ物はこういう、”口に出すと死ぬほど怒られること”を抑えてくれるから、アイルはグルメ旅が好きだ。もちろん純粋に美味いものを食いたいのもあるが。
「そういえば」というミトの声が歓声に遮られる。また一試合終わったようだが、何も見ていなかった。「なんふふぁー?」と聞き返す。彼女は少し大きめの声で言った。
「食べながら喋らないで下さい。それで、ラフィンコフィンって知ってます?」
確か怪しい噂のあるギルドだったか。ほぼ全てのPK事件と繋がりがあるとか、色んなギルドで工作してるとかの、陰謀論めいたやつ。
「そこら辺は知りませんけど」と前置きして「犯行声明が届いたんですよ。鼠と、各ギルドのリーダー宛に」
そう言われてもイマイチピンと来ない。別に声明があろうが無かろうがやることやる連中だろう。実在するならだが。
それよりも、ギルド。ギルドだ。アイルの考え事はギルド関係のアレコレだ。アンチチーターを謳ってやりたい放題の≪Vanguard≫は早いところ叩かないと一線越えそうな気配だし、中小身内ギルドの≪風林火山≫や≪Legend Braves≫は連絡が怠いからまとまってほしいし、そもそもウチだって新人育成が間に合っていないしコルは不足気味だし......。
「宛名がキナ臭いんですよ、チーターを名乗ってるみたいだし」
適当にあしらいながら面倒事の解決策を練ろうとしたが、続く言葉にそれすら妨害された。全く不運な事だ。
「ディアベルとアイルさんが、その、標的だって……」
今回でアイルを処したかったのに!書ききれない!
グヤジイイイイイイイイイイイ!!!
インドは行ったことないです。
9/29追記
・「......」を「……」に修正。