インド象を放ったらミシシッピインド象になんのかな。
トゲアリトゲナシトゲトゲを放ったらミシシッピトゲアリトゲナシトゲトゲになんのかな。
重い空気の中に、厳かな声が響き渡る。ディアベルは円卓の木目から視線を上げた。左手の盾は邪魔だから今はインベントリだ。
声の主は席についたプレイヤー達を見渡し特に意見が無いことを確認すると、隣にいる副団長にアイコンタクトした。
「それでは、クリスマスイベントボスとされている≪背教者ニコラス≫は、情報の不確実性と参加希望者の不足のため、放棄とします。それでは次の議題に移ります」
腕を組んだまま、ディアベルは大きく息を吐いた。幾つもの視線が向いていることは自覚している。だが眉唾物の蘇生アイテムなど、“茅場晶彦がそんなもの、タダで寄越すはずがない”。大方厄介な条件付きか、存在が罠だ。
第一、そんなものが一つだけあっても、何も変わりやしない。あいつだって困るだろう。
「トーナメントの詳細についてキバオウさんから……ディアベルさん?」
外の空気を吸いたかった。座りっぱなしで凝っているし、トーナメントも出場はしないからほとんど関係ない。
引き留める声をヒースクリフが抑えたのを見て、ディアベルは部屋を出た。キッチリと扉を閉めて、早歩きで廊下を通る。
「オ、オイ?」
49層の攻略に1ヶ月使い、今50層にそれ以上の時間を使っている。理由は明白で、“赤教”と“青教”で攻略組全体が分裂しているからだ。
「チョチョ、待てっテ」
バカバカしい。祭り上げられたい訳じゃない。SAOをクリアするために、攻略組はあるはずだ。檻の中で宗教戦争をしてどうする。
「ゴメンっテ!オーイ!」
そういうあれこれにはもう疲れた。美味いものを食べて、酒を飲みながら釣りでもしたい。俺の力では何も変わらないんだから。アインクラッドからは出られない。だったらやりたいことをやる方が余程有意義じゃないか。
無駄に大きな宿屋の2階廊下はクネクネとしていて、1番奥のスイートルームはアクセス最悪のぼったくりだ。広さと設備と、“聞き耳無効化”がなければ誰も使わない。そもそもこの宿屋がバカみたいに高いから誰も使わない。
「無視はないダロっテ!」
突然肩をグイと引っ張られる。頭二つ分は小さいアバターが、息を切らしていた。鼠。追いかけてきたのか。
「マジで聞こえてネーのカヨ……ゴメン、≪ニコラス≫の話、持ってこない方が良かったヨナ。思い出させちゃったカ?」
気にしていない訳ではないが、それは鼠が謝ることではないはずだ。良かれと思ってやったんだろうから……どちらかと言えば、肩入れしすぎなことの方が問題だ。
「ソウは言ってもKoBハ、チョット堅苦し過ぎダ。そういう意味デモ今は、アンタが必要だと思うゼ」
優しい声音だ。あのときから、鼠はずっとこうだ。理由は言った通りなのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない。どっちにしろ、それがストレスだった。
いつまで必要なんだ?鼠は答えない。
壁に体を預けて息を吐く。長い廊下には2人の他に誰も居ない。昼間は外に出ているのが大半だし、それでなくともわざわざ高い宿に来る必要はない。静かで穏やかな空間だ。
会議の場も静かだが居心地は悪いし、迷宮区では忙しく戦うことになる。未だにリーダーと呼ぶプレイヤーも居て、やはり居心地が悪い。少しだけ、ソロの少年が羨ましかった。
実力は充分で、数も揃ってきた。カリスマもある。血盟騎士団は、ヒースクリフはトップに立つのに相応しいはずだ。何よりも、ディアベルがまだ攻略組に居るせいで統率が乱れているのだ。
ディアベルが消えない限り分裂は深まる。消えてもしばらく続くだろうが、消えればいつかは落ち着く。
「ソウ、かもしれないケド、でもみんな、最初はアンタに憧れて来タ。アンタが立ち上がったカラ、ここまで来れたんダ」
思わず目を逸らす。ディアベルがここまで来れたのは、ディアベルのおかげではない。
「今いがみ合ってるのは、多分不安なんダ。ハーフポイントだからまた何かが起こるんじゃないカって。タダ、それだけデ」
ディアベルは口を開けないよう息を吐いた。アンタは情報屋だろと言いかけたからだ。
次のレイドが終わったら攻略組は降りる。ギルドも解散する。ディアベルは強く決意して背を向けた。
「ちょちょ、待てって⁉︎」
鼠が追い抜いて進路を塞ぐ。圏外ならSTR次第で持ち上げられるが、圏内ではどうしようもない。立ち止まる。
「本気カ?タンク隊でもトップクラスに硬いアンタが抜けたらヒースクリフも」
なんとでもなるはずだ。それぞれの練度も上がってるし、たった1人抜けるだけなんだから。
「そんな簡単な話じゃナイダロ!みんなの為ニ、考え直せっテ」
そう言われても、散々考え直してきた答えがこれだ。譲るつもりは無かった。隙間を通ろうとして、しかしブロックされる。
「考え直すまで退かないゼ?ナア、アンタは少し疲れてるんダ、トーナメントも出ないナラその期間でゆっくり休んで、それから決めるデモ遅くないダロ」
まただ。重病を患った人を励ますような優しい声色。ずっとそうだ。25層が終わった後から、ずっと。割れ物を扱うみたいに。強くすると壊れると思っているように。
「ここの迷宮区はモブも強いシ、会議も休まらない空気だしデ疲れるのは当たり前ダ。ダカラ」
ディアベルは剣を抜き放った。驚くほど滑らかで鋭かった。剣先は首元に突き立った。刺さる寸前で、システムの壁に阻まれた。込めた力が分散されず剣に戻ってきているせいで、ビーンという音がわずかに鳴っていた。
鼠は口を閉じた。
ディアベルは剣を戻し、通路の空いている方に身を滑らせる。邪魔はされなかった。
それから長い廊下と木製の古い階段と受付を通り抜け、ディアベルは外に出た。寒いが、そよ風と陽の光が心地良い、晴れの日だった。
12月25日。時間ピッタリに皮ポンチョの大男は現れた。護衛の手下が3人いる。リーベはついさっき倒したイベントボスのドロップアイテムを大男に投げ渡した。
「説明が無さすぎるだろ、何が目当てだ?」
地面が震えているのではと思うほど低い声が、呆れたように言った。
「依頼があるのよ、それは依頼料」
ポケットからもう1つ、畳まれたメモ紙を取り出す。「これも」
「ハッ」皮ポンチョの下から笑いが漏れる。「
「それもこの中に。前払いよ」
「気前がいいな。受けなかったら?」
「あなたを殺す」
手下達が得物を抜いて前に出た。今のリーベは何の武器も装備していない。さっき壊れたからだ。SAOの武器はやたらと脆く、ちょっと刺しておくだけで簡単に壊れてしまう。
「デスゲームなんだぜ?パッと見ヴァージンくせぇアンタに、人が殺せるか?」
「今試せばいいじゃない、実験台もある」
「ハッ!それもイイかもな」
手下の3人のうち1人だけグリーンがいる。彼らは警戒を顕にして構える。距離は10メートルもないから、リーベが素手なのは分かりきっているだろう。
「内容次第じゃ考えてやってもいい、コイツも……使えそうだからな」
渡したアイテムの詳細ウィンドウを開いて言った。その間も手下達は少しづつ動いている。リーベを囲うように両側の2人がジリジリと移動している。
「私か青騎士、どちらかが死んだら、攻略組もそうでないのも、全員殺して欲しい」
「ハァ?」大男は嘲るように言った。
「なんだそりゃ、無茶苦茶だな。それが通るとでも?」
リーベは肩を竦める。まったくもって同意見だったからだ。殺人ギルドの首領は一瞬考えるように黙った。
「全員ってのは、つまり全員か?」
「ええ、1人残らずに」
「それでアンタに得があるとは思えないが」
「そうね。けど損もない」
クックッと笑う。手下達はリーベの真横まで来ていた。
「なるほどな」顎を撫でながら息を吐く。フードのせいで表情は窺えない。「金だけで受ける話じゃないな。それに書いてあんのは与太話に相応しいんだろうな?」
「見れば分かるわ」手に持った紙をピラピラと弄ぶ。
「オイオイ、ここに来て寸止めは無いだろ?」
「“受ける”と言えばいいだけよ」
皮ポンチョがやれやれと言いたげに首を振った。手下は遂にリーベの視界外に辿り着いていた。
「報酬は前払いだが受けるまで詳細は話さない、依頼主は得も損もしない、肝心の内容は遠回しに自滅しろだって?破綻してるな」
「受けないならそれでもいいわ」
またクックッと笑った。「そうは言ってないさ。アンタか青騎士様が死んだら、だな?どうやって確認すれば良い?」
答える前に、リーベの左側にいた手下が動き出す気配がした。首だけ動かしてそれを確認する。彼は片手斧を振りかぶっていた。浅く積もった雪の足跡から、あと2秒。
彼の方に一歩、身を沈めて強く踏み込む。肩と肘が同時に当たるよう調整すると、その手下の腹から下腹部の辺りに衝突し、呻いた。
すぐに身を翻して斧を持った腕を掴み、STR任せに放り投げる。反対側にいたグリーンカーソルの手下は下敷きになった。
大男の正面にいる、3人目に向かう。大きめの曲剣がチープなライトエフェクトを纏っていた。構えから見て突進するヤツだが、名前は覚えていない。
半身になって軸をずらすと同時に、足が引っ掛かるように伸ばす。手下はソードスキルの勢いそのまま地面に投げ出された。
最後に大男が残った。ポンチョの下から包丁じみた武器を取り出し振り上げるが、体を逸らして避ける。
「殺す気か?」
互いに半身になって睨み合う。後ろで手下達が起き上がろうとする気配がした。リーベは大男に見えないようにウィンドウを開き、感覚だけで装備ウィンドウを操作した。
「まさか」
実体化しきる前のダガーを左腰から抜いて投げる。アンダースローで比較的ゆっくりと投げられたそれに視線が向いたのを見て、すぐに距離を詰める。音が鳴らないよう脱力しつつ、素早く。
包丁がダガーを弾く。右腕を出す。丸めた手首を鞭のようにスナップさせ、メモ紙の先端で、目を打つ。
怯んだ隙に包丁を持った腕を掴み捻りながら後ろに回り込む。膝裏を蹴って落とすと、大男は片膝を着いて片腕を背中に捻り上げられた状態になった。
βテスト時点ではSTR対抗に関節の可動は反映されなかった。少しでも動かせれば無理矢理引きはがせたのだ。リーベがあの
「確認は毎日碑を眺めればいいわ。リーベよ。L、i、i、b、e。」
捻りを強めると、大男は呻きつつも笑って答えた。
「オーケイ、アンタが本気なのは分かった、受けてやる。だがこれだけは教えてくれよ」
片膝の姿勢で首をリーベの方に向ける。立ったままなら見下ろす側だったが、今は僅かながら見上げる側だ。彫りが深く、整った顔が覗き見えた。
「アンタは何を目指している?俺の目にはただのイカれ女にしか見えないが」
これまでの応酬に比べると、純粋に興味があるかのような言い方で、少し意外だった。
リーベは答えない。答えられないのだ。不確定要素になりかねない。気を付けたところで所詮プランBだが、プランはプランだ。
「いずれ分かるわ」
結局適当に誤魔化して、メモ紙を口に咥えさせる。
本来ならもう一つやることがあったのだが、そっちは来る気配が無い。捻っていた腕を解放すると、振り向く前にリーベはその場を離れた。
コロッセオの中央で少女が猛攻を仕掛けている。ディアベルの目では追いきれないほど、アスナの剣は速い。ヒースクリフの教えの賜物か、親友のコーチングが良かったのか。或いは才能かもしれない。
元々そういう環境に身を置いていたのか、規律を重んじる血盟騎士団の気風は彼女に合っているように見える。ここ最近の彼女は目を見張るものがある。纏う雰囲気もおよそ10代の少女(知らないが多分それくらいだろ)とは思えない。
ただ、それを本人がどう思っているかは知れない。ああなってからの彼女とはあまり話していないし、話す意義も無い。親友や同年代の友人となら世間話くらいはするんだろうが、ディアベルでは少し老いているのだろう。
腕を組んで壁に寄り掛かる。石で出来た建造物は25層のそれより遥かに巨大で、リアルなら草野球ぐらいは出来そうだ。闘技大会クリスマストーナメントを開くにあたってあまりにも都合が良い。誰かがここを使えと言っているようだ。
クリスマス。1年前のクリスマスは、確か5層だったか。大急ぎで4層を終わらせて、食べ物と酒をかき集めた。
その頃には中心にいて、隣にはアイルがいた。アイルがいなくなった今は飾りの御神体になった。本当に中心は、ディアベルだったのか。
アスナの細剣が刀を弾き飛ばす。粘りを見せていた風林火山リーダーも限界と見える。
「やっぱりアスナが勝つか」
近くに来た黒髪の少年が呟いた。ロングコートを染色NPCで黒に染め、小物類までなるべく黒一辺倒にしたがる優勝候補は、軽く手を挙げた。ディアベルも応える。
「クラインも良い線行ってるけど、浪漫に寄り過ぎだな。その辺アスナは最適解をずっと突いていってる、ありゃ当たるとキツそうだな」
随分と良く見ている。ソロを貫いているだけあって、観察眼はずば抜けているようだ。
「教えたからってのもあるけどな。ミトもあれを見たら感動するだろうな」
βでトップだったプレイヤーに教えられれば、それは強くもなる。ディアベルは納得して頷いた。
階段で立ち見してるのはディアベルと彼、キリトだけだ。
一際大きな歓声が鳴り、続いて機関銃じみた拍手が鳴り始めた。2人もそれに参加する。少女は一礼すると、控えの部屋に繋がる通路へスタスタと戻っていった。
司会役が大声で次試合のカードを叫ぶ。このトーナメントは攻略組プレイヤーのほぼ全員が参加している。試合は明日まで続くし、司会のトゲ頭には何か奢った方がいいかもしれない。この辺には確か美味いラーメン屋があったはず、夜にでも……。
そこまで考えて我に帰る。もう攻略組もギルドも抜けるんだから、こういうこともしなくていいかと思ったからだ。
けれども50層が終わってからだから、取り敢えず今はそれでいいのか。なんだかんだで、一年も続けていれば染みつくものだ。
「やっぱ参加したかったか?」
不意に言われる。一瞬何のことか分からず、返事をし損ねた。
「いやほら、口数少ないし真剣な感じで見てるからさ。でもまあそうだよなぁ、ヒースクリフもだけど立場的に出辛いからそうするしか無いよな」
キリトはウンウンと頷いて言う。観察眼に優れているのは戦闘の事だけらしい。面倒臭いし、彼にだけ打ち明けるわけにもいかないので話を合わせることにした。それにほんのちょっぴり、そういう気持ちもある。
「そうだよなそうだよな、ディアベルが最後に出たのって41層のときだったし、武器だって更新したんだからそりゃあな!」
思わず柄を抑えてしまった。そしてそれが逆効果だった。「アレ?」と不思議そうに少年が言う。
「その剣、前に使ってたヤツだよな?ちょっと前のドロップ品はどうしたんだ?」
ちょっと
「ああ、更新したてだとなりがちだな」覚えがあるかのように苦笑いして言う。「けど正直もう型落ちクラスだろ。レイドは明後日なんだから、急がないと
一瞬困ったが、すぐに使えそうな情報を思い出す。確か48層を職人街にする計画があったはずだ。
「ああ、リンダースか。なるほどプレイヤーメイドなら調整も効きやすいか。俺も行ってみようかな……」
背中の方に視線をやりながら言う。彼はディアベルとは違い納刀設定を背中にしている。抜刀時の隙は減らせるが剣の状態や納刀に気を遣う必要がある、腕に自信のあるプレイヤー用の設定だ。
銅鑼の音が突然コロッセオに響く。次の試合が始まる合図だ。
そしてそこで思い出した。順番ではこれが終わればキリトの番だったはず。そろそろ行かないとどやされるだろう。
「おっとそうだった、行ってくる」と言って、黒ずくめのコートは急いで階段を降りていった。
どこのNPCショップで買ってきたか忘れた銅鑼が再び叩かれる。デュエルの準備時間だ。会場が途端に静まるが、誰もが落ち着いてはいない。
ディアベルも何となく落ち着かない気分だ。さっきの会話のせいだろうか。それとも。
言った手前さっさと新調しないと怪しまれる。ディアベルはゆっくりと階段を降りた。
尺が足りる気がしないぜ。
リズベットに剣を作ってもらった直後に50層LAでエリュシデータ拾ってきてどやされるキリトさんを思いついたが書く隙間が無いぜ。
もう1万が見えちゃうぜ。話数もできれば増やしたくないぜ。やっちゃってるんだゼ。ごめんなんだゼ。マジンガーゼッ。
プロットは広げるだけじゃなくて畳もうね。お兄さんとの約束だ。
お兄さんは守んないけど。