なんとなく分かると思いますがミトの扱いに困ってます。
ミトアス好きは要注意です。
青騎士が失踪した翌日、ミトは夢を見た。親友と別れる夢だった。
彼女がどう思っているかは分からないが、ミトにとっては喧嘩別れだった。
やり直しは望まないことにした。ネクロフォビアは教訓だ。他人と必要以上に関わりを持てば、いつか終わりが訪れる。
大丈夫、元々独りだったから。ミトは嘯いた。
ベッドとストレージ用のタンス、中央に取り敢えずで置かれた丸机。使った試しの無い化粧台を合わせても、家具といえるものは片手で数えられる程度。
キリトを男として意識してはいない。区別こそあるが、
暴露療法の一つとして場を整えるのにも賛成だ。ここなら万が一が起きても対処できる。その相手がキリトであるというのも、ミトとの関係や年齢を考えれば妥当だと思う。
ただ、釈然としない。確信はないが、アシュレイが“他人のそういう場面を見てキャーキャー言いたい”だけな気がするのだ。
ついでにキリトにも申し訳ない、色々と。面倒毎に付き合わせることもそうだし、一応同年代の乙女の部屋に招かれるというギャルゲーみたいなイベントなのに、その部屋がこんなにも殺風景なのだから。
もうちょっとこう、夢というか。せめて剥き出しのフローリングぐらいはなんとかした方が良かったか。洒落っ気の無い女と思われるのも癪だし。
微妙に硬い座布団に座ってハーブティーを飲む彼は明らかに緊張している。アシュレイ曰く彼はアスナに“ゾッコン”らしいが、実際どうなのかミトは知らない。
部屋に男女2人、お節介な保護者が見守る中での気まずい空気。今時アマチュアの作家気取り野郎でも、こんなラブコメ未満のシチュエーションは作らない。
「あー……なんか、アレだな!ゲームとかでよくある感じの!安いゲームにありがちなやつ!ベッタベタのベタみたいな!いやーリアルにあるんだなこんなの!」
ひょっとしてギャグで言っているのか?ミトは呆れ声で言う。まあキリトにこんなことを言わせるぐらい沈黙していたミトも悪いから、強くは言えないのだが。
キリトにバレないよう
「おっ!」
期待の声をあげる彼の前に、長方形の黒い塊を実体化した。
どうぞ、と言うと、彼はそれを手に取って詳細ウィンドウを開いた。綺麗に畳んだ状態が崩れたことにより、それがコートであることが分かる。ミトは胸を張って反応を待つ。そのうちぶつぶつとした声が漏れ始めた。
「DEXボーナスが18、STRにも4%のボーナスか……隠蔽率は10%加算…… 運動補正は“柔軟”、アクセ枠も最大の4スロ、異常耐性付きで耐久も高い……部位耐久軽減まで盛ってある!強化金具か!端部硬化剤と合わせて重量を増しながらバランスを整えている!それだけじゃない、全ての部位が入念に吟味され、ハイバランスにカスタムされている!こんなのどうやって作ったんだ⁉︎」
興奮気味に言う彼にミトは鼻を鳴らした。アピールしたいポイントを全て自力で見つけられそうで、特に言う事がないからだ。
「1ヶ月くらいはかかると思ってたのに、よく1週間で仕上げられたな。俺が持ってきたの、下手するとカンスト近い≪裁縫≫スキル要求されるやつじゃなかったか?」
そりゃあ無理言って引き受けたんだから待たせないように急いだのだ。スキル上げに関しては経験値効率の良い装備を無心で作っていただけだから、意外と苦労もしていない。虚無だったが。
「そういうことか。にしたってすごいな……これ、早速装備してみていいか?」
“待て”されている犬みたいな様子で言う。得意顔で了承すると、勢いよく立ち上がって装備を変更しだした。
気恥ずかしいから言わないが、これはキリトに対する今までの礼も兼ねている。そういう意味でも、ちゃんと完成させて渡せたのはミトにとっても非常に大きな事だ。
さすがに1週間は堪えるものがあるが、それも寧ろ良い気つけ薬になったと言える。キリトも喜んでいるし、結果的にはWin-Winだ。2人に頼み込んだ甲斐があった。
普段よりも美味しく感じるハーブティーを飲みながら、ミトは彼の衣替えを眺める。そわそわしながらもメニュー操作は淀みないあたり、彼のやりこみ度は異次元だ。
元々着ていたコートがポリゴン状に分解され、それが消え切る前に新しいコートが生成される。見た目が大きく変わらないせいで、まるで元々のそれが進化したかのようにも見える。
少しシルエットは細くなったか。丈も本人の背丈を考えるとちょっと長い気がするが、一応システム側でアバターに合わせて装備品をリサイズする機能があったはずだから、システム的には適正なんだろう。本人も気にしていなさそうだし。
「おぉ軽い軽い!アクセサリー入れてないでこれはすごいな!どれどれ確か全ステ上昇のLA品があったはずなんだよ、割合上昇だから元ステが悲惨だと固定値加算に負けちゃってさぁ、これなら存分に使ってやれるはず……」
ブツブツ呟きながら延々弄くり回している。もうミトのことは眼中になさそうだ。キリトらしいなとつい口角が上がる。
アクセサリーの選定が終わると留め具やベルトを調整する。四肢の可動域の確保やアイテムを取り出しやすいようにポーチを動かし、そしてそれ以上の丁寧さで背中の剣を抜きやすいよう整えている。
ミトはその剣が、以前に彼が“使いたくても使えない”と言っていた代物と気づいた。そのときには確か、ステータスが足りないとかだったはずだ。
「お、さすがにミトは気づくか。3日前くらいかな、レベルと装備品のブーストでやっと使えるようになったんだ」興奮を隠さずに言った。
彼は柄を軽く握り、ミトが見えるよう少しだけ抜いてみせた。刀身は黒くツヤがあり、鍔の部分は精巧な装飾が施された、シンプルながら美しい剣だ。ミトは針子だが鍛冶職の知り合いも居るおかげで、その力強さが良く分かる。
「今までは結構無理して握ってたけど、これでやっとこいつに見合う装備になったかな。攻略も結構キツくなってきたからなぁ、使いこなせないとキツそうなんだよな」
ミトは知り合いの言っていたことを思い出した。青騎士が居なくなってから、かなりゴタゴタしているんだったか。
彼は一瞬驚いたようにミトを見て、それから考えるように呻いた。
「そうだなぁ……俺はその辺詳しくないけど、どうも後継ぎが厄介っぽくてな。お互い反発してるのと見るからにKoBを敵視してるせいで、レイド全体の連携がな」
袖や襟の辺りを整えながら言う。KoBもよくない噂を聞いていたなと聞いてみると、また言葉に詰まって唸りだした。ミトが一つ頷くと丁寧に話し出した。
「……ここ1ヶ月くらいな、アスナが大分ピリピリしてるんだよ。攻略の鬼とか言われてるし、ヒースクリフも最近は放任気味だし」
ミトがカップを持つ手に異常が無いことを確認し、続けた。
「レジェンドとかの中小は身内で固めてるとこがほとんどだし、パーティ単位はいい感じなんだけどな。派閥争いもあるし、せめてトップがまとまってくれたらなぁ」
ふと思いついて、いっそのことキリトが指揮するのはどうだろうかと言ってみる。彼は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「それアルゴとリズにも言われたけど、俺はずっとソロでLA掻っ攫ってるからヘイトも溜まってそうだし、第一そんな柄じゃないって。向いてない向いてない」
ミトは心の中で、そうでもないと思うけどと呟いた。最前線の様子を知らないからかもしれないが、少なくともミトの目には、他人を率いる素質はあるように見える。
とはいえ、SAO以前は対人ゲームばかりやっていたから、やっぱり的外れかもしれない。さらに昔はマルチもやっていたが、いずれにせよ信憑性の薄いことは言わないに限る。
「おっし、大体オッケーだな。あとは実戦で逐一調整するとして、それじゃあ代金なんだけど、本当に期待以上だからな、倍額は払うぜ」
キリトも譲らなかったが、最終的には折れた。
「そういうことなら……正直助かるよ、このあとリズのとこにも用があるし」
金額を入力しながら言う。そういえばさっきも愛称で呼んでいた。意外と仲がいいようだ。
「そういうのじゃないって……コイツを少しな、≪鍛冶≫の要求値が高すぎて、リズくらいしかまともにメンテ出来なくてさ」
そう聞くとつくづくとんでもない一振りだと思う。同時に自分が作った訳でもないそんな代物を常連に持って来られるのは、多分気が気じゃないだろうなとも。
「言うなよ、一応気にしてるんだから……」
支払い確認画面が表示される。ミトは躊躇いなく了承を押した。チャリーンと、あからさまに金銭が動いたことを示すSEが流れた。
「じゃあえっと、俺の用事は終わったんだけど、ミトのはどうなんだ?何にも聞かされてないんだけど……」
それならとっくに終わっている。用事とはいわば、キリトと普通に話すこと自体がそうだからだ。ミトは言いながら立ち上がった。あともう一つ、やることやって終わりだ。
なんとなくでずっと正座でいたが痺れはない。仮想空間で良かったと思いながら姿勢を正す。気恥ずかしいのを我慢し、ミトはキリトに、その向こうの
「私のために色々やってくれて、ありがとう。それから」
顔を上げて、目を合わせた。清々しい自分の顔が、黒い瞳に反射していた。
「アスナのこと、お願い」
「良かったと思いますよ。頑張りましたね」
ベッドに座って息をついてみたら途端に力が入らなくなったミトに、ユイは穏やかに言った。癪に障る言い方だ。カウンセラーAIという割に、彼女はこういう話し方をするときがある。
「ありがとござます」皮肉を込めて言った。AIは上品に笑うばかりだ。
「私が見た限り、先程の会話の中に症状は見られません。日常生活を送る分には、もう平気そうですね」
合成音声が、本当に喜んでいそうな雰囲気で言う。いつものことだ。ミトはすっかり慣れきっている。
「寂しいですが、もう私のお仕事は無いかもしれませんね」
「え?」
思わず素っ頓狂な声で聞き返すが、すぐに納得した。ユイはカウンセラーであり、特にここでは“ゲームプレイの意思がありながら精神的ハンデにより不可能なプレイヤーの補助”が目的だ。ミトは既にその条件から外れかかっている。
「ウフフ、安心してください。ミトさんが希望するのであれば、お話し相手ぐらいは出来ますから。私はAIですから、独占の心配もありませんよ」
18世紀の美術品みたく笑う。これがもしアシュレイのセリフだったら蹴りが出ていたかもしれない。
「それに、ミトさんにはまだ、乗り越えたいと願う壁があるはずです。それまではご一緒しますよ。私も、ミトさんがそれを乗り越えるのを見たいですから」
すぐには返事ができなかった。それはまだミトの中に、恐怖がある証だった。ミトにとってのブラックボックス。ネクロフォビアはきっかけであるとともに、影武者だ。
ユイがゆったりとした動きでミトの方へ歩み寄る。呼吸を2つ置いてからミトは言った。
「ありがとうございます。そういうことなら……もうしばらくは、お世話になります」
ユイはミトの隣に、音もなくしゃがんで目線を合わせた。純白のワンピースに、穏やかな広がりを見せる長い黒髪。絵に描いたような母性が微笑んでいた。
「私がついていますよ、ミトさん」
「うん」ユイの黒い瞳に、明るく笑うミトが写っていた。
キリトを見送ったアシュレイが戻ってくる声がして、ミトは座布団やカップがそのままなことを思い出した。
ミトの邪魔にならないよう部屋の端に移動したユイは、絵画の中の女神のように、優しく微笑んでいた。
ザー、ザー。雑木林に雨が降っていた。背の高い樹が乱立している。一際太い樹の下で、ミトは黄色い傘を手に待っていた。傘は閉じたまま、ミトはずぶ濡れだ。
ザー、ザー。最近は雨が多い。アインクラッドにも梅雨が反映されているようで、6月下旬はよく降る。濡れても冷たいくらいでデバフは無い。そして装備品は耐水性を持たせることが出来る。故に傘は“見た目用”でしかない。
「ミト?」
ザー、ザー。確かに声がした。視線を下すと、彼女がいた。赤い制服は濡れてこそいるが、フード付きの赤いローブのおかげで幾分かマシに思える。深くはかぶっていないから栗色の前髪と年相応の顔つきが見えた。アスナだった。
「良かった、本当に治ったんだ……」
ザー、ザー。ミトは微笑んだ。黒いローブは耐水のさらに上、撥水付きの、自ら作った代物だ。傘を手渡すために、アスナの方へ歩き出す。びちゃびちゃと泥がうるさい。
「心配かけてごめん」
「そんなことないよ……良かった」
ザー、ザー。びちゃ、びちゃ。ミトの呼吸は落ち着いていた。右手に意識を向ける。「どうしても、話しておきたいの」
「私も、ミトと……話したい。いろんなこと」
ザー、ザー。びちゃ、びちゃ。しつこく耳に纏わりつく。作動音を隠せるのはありがたいが、アスナ相手だと大した効果は期待はできない。肝心なのはその後だ。
ザー、ザー。お互いに手が届くくらいまでやってきた。ミトは傘を差しだした。
「ほら、使って」
アスナはそれに手を伸ばした。「うん、ありがとう」
ザー、ザー。ガシャン。右手の鎖鎌を起動した。柄が伸び、刃がまっすぐアスナに向かう。運動能力に頼らない機械の速度は、それでもアスナに見切られた。フィクションの居合じみた動きで刃が弾かれる。
雨音が消える。2人は互いを睨みつける。弐撃目は、落ちる傘よりも早かった。
アシュレイはね、もう完全にオリキャラ。
なんなら調べてたらミト→アシュレイの呼称がアシュレイさんだったもんね。
あーあ、ヒトデになりてぇなあ、おい。