ミトアス好き、というかミト好きアスナ好きそれぞれ要注意だと思う。
防御に向かない大鎌でアスナの攻撃を凌ぐのは困難を極める。見たことのない動き、見切れないほどの速さ。彼女は強くなった。数値が増えただけでないことは、ミトがすぐに反撃できずにいることが証明している。
しかし、根底にはミトの教えた動きがある。視線の動き、足捌き、攻撃の方向。腕を引き、右足を踏み込む。ミトは鎌の柄を横から当て剣先を逸らす。浅い。ずっとそうだ。
更なる
突きが脇腹を掠めた。重心移動が甘い。ブランクを感じるが、怖気付くことはない。何故なら、先に一撃入れたのはミトだからだ。
剣を弾いた大鎌をグルリと回す。遠心力で勢い付いた柄が下からレイピアを跳ね上げ、アスナの
それを見て僅かに眉を顰める。回転させた大鎌でそのまま逆袈裟に切り裂くべく前に踏み込むが、当たらない。当然の結果で、長いこと前線に出ていない生産職と攻略の鬼、考えるまでもない。
それなのに、アスナは攻めあぐねている。茶を濁すかのようなジャブで、まるで決着をつけたくないかのよう。ミトは一瞬で斬り裂かれていなければならないのだ。しかし今、カーソルがオレンジ色なのはミトだ。
グリーンを維持するためかとも思っていたが、未だに彼女は躊躇っている。ミトの形をしたものを斬る勇気がないのか、不必要な慈悲の心か、或いはもっと別の何かか。
大鎌が赤紫の光を纏って唸り声を上げる。向こうも対抗したようにソードスキルを構えた。初期技≪リニアー≫と≪グリードファング≫がぶつかり合うと、衝撃が2人を引き離す。互いの後方へ泥が舞った。
彼女は当てやすい鎌刃ではなく柄を狙ったようだ。わざわざ正確さが必要な方を狙い命中させているところからも、
ミトの心は俯瞰していた。歪な戦いをただ見つめている。そこで自分の表情がいやに無表情なことに気づいた。2人はまた近づきあった。
打ち合う寸前で大鎌のギミックが動いて柄が短くなり、剣を空かす。距離を更に詰めていく。彼女は不意をつかれたようにあっさり懐を許した。
哀れだなと思った。不意打ちに弱い、攻防の切り替えが遅い、攻め手に欠ける。精度は良いし、教えたことはどんどん吸収するのに、微かな
立場が逆転した。ミトは細かい攻撃を重ね、アスナは防ぐ。
下がりながら斬り払うレイピアを柄で止め、鎌を纏わりつかせた。刃先がアスナに向いたところで止める。諸刃造りの鎌刃が、ギミックレバーを作動させるだけで伸びていく。
アスナは間一髪、身を翻して致命傷を避けるが、代わりに左腕が深く抉れた。距離を取って構え直す間にも、≪
ミトのHPは有り余っていた。なにが2人の差を生んでいるのかは、考えたくなかった。雨はとっくに止んでいたが、陽光は届かない。雑木林は湿っていた。
「おーおー、元気そうすねぇ」
のほほんとした声だった。そこにはアイルが居た。ミトの記憶の通りの姿だった。
「というか、元気すぎすね。まあ落ち込むよりか良いと思いますけど」
彼は大木に背中を預け、片膝を立てたあぐらの状態で座っている。下ろした両手剣を、丸太よりは細いと言える腕で抱えていた。
なぜ彼が居るのか尋ねると、肩を竦めた。「さぁ?」
ミトはそもそもこの場所がなんなのかも分からない。木が何本も見えるから多分森の中だが、床は石でできているし、天井には木製の梁が巡っている。
「まあ、なんかアレですよ。色々あって色々あったやつが放り込まれるみたいな。SFとかでよくあるやつっすよ」
あちこちに視線をやっている間に、どこからか彼は木製のジョッキを出していた。ミトはあまりにフワフワな発言に文句を言う。
「そんなん言われても知らんもんは知らんすよ。強いて言うなら
そう言ってジョッキを呷った。なんとなく引っ掛かる言い方に腹が立つ。躱されたような、誤魔化されたような、子供扱いされたような。
「そりゃあ子供っすよ、オレでも世間じゃガキ扱いですよ?10代なんて赤ちゃんでしょ」
戯けた態度で言う。が、確かにそうかもしれない。黙り込むミトに彼は追撃する。
「あーほら、そうやって分かった気になって大人ぶるからこうなってんですよ。もっと馬鹿になんなきゃ」
言っている意味が分からなかった。怪訝な目で見ると、彼は“やれやれ”と首を振って手招きをした。ミトはそれに従う。
「なんつったらいいですかね。堅物、頑固、頭デッカチ、完璧主義、夢想家……」隣を手でポンポンと叩きながらブツブツ言う。特に違和感を抱くことなくミトはそこに座る。並んでみると、やはり彼の体躯は大きかった。
ジョッキを傾けてから一呼吸おいて言う。「まーとにかく、イメージがどうとか気にしてないで好き放題やりゃいんですよ」
彼の胴はミトより遥かに太い。腕に至っては2倍以上ある気がする。モニターで見る柔道選手みたいだ。
「丁寧にやんのもいいすけどね、それで身動きできなくなってからじゃ遅いすよ。どうせなら景気よくドーンとやらかせばいいんです。意外となんとかなるすよ」
間近から見る横顔が懐かしい。優しそうな顔つきに、可もなく不可もない鼻と垂れた目。頬は僅かに赤みがかっている。顎の下にはシワみたいで目立たないが、古傷らしき線がある。
「若いうちは周りも何がダメとか言いやすいし。怒られるのっていいもんすよ、変に慰められるよりよほど楽っす」
普段は胸部プレートアーマーを装備していたが、今はそれがない。布製のアウター越しでも彼のガッチリした胸板が見てとれる。ミトの目にも分厚い。下手をすると自身のそれよりも大きいのではと見比べて「聞いてます?」
ミトは小さく頷いた。要は“失敗は成功のもと”みたいな話だろう。
「まあ大体合ってるっすね」言ってジョッキを傾けた。
「学生は失敗してなんぼ、みたいなね……10代って10年しかないんすよねぇ……」
寂しい呟きだった。彼は20歳前後に見えるから、過ぎ去った学生時代でも思い出しているんだろう。なんとなくサボり魔な気がする。
「どうすかねぇ。まあクソ真面目にやんなくてもなにも言われなかったのは間違いないすね」
また戯けた雰囲気で言う。変な人だ。そういえば生前の彼とじっくり話したことは、あまり無い。いつも1人でいるかディアベル含めた不特定多数といる印象だ。
そう考えると、本当に彼は好き放題している。1人で何か食べているし、会議も積極的には参加しないし、周りがどうしていようが朝はランニングをしている。主役ではないが、常に自由だ。
伝えたいことは、つまりそういうことなんだろうか。考え込んでいたミトは目の前に出てきた木製ジョッキをなんとも思わずに手に取った。中身は、どう見ても酒だ。幻滅した顔をアイルに向ける。
「いぃんすよ別に」鼻で笑い飛ばす。「ディアベルさんはそういうのうるさそうですけど、今居ないですから。できるうちにやらかせばいいんすよ。一応本物じゃないし」
ミトはもう一度中身を覗く。半分に満たないくらいの、金色の液体。僅かに泡立っている。小さく顔を顰めた。
「小便みたいって思いました?」
「ちょっ!」慌てて首を振るが、彼は堪えきれなかったように笑っていた。「だぁじょぶすよ、オレの彼女は酔うといっつもそれ言うんすよ」
複雑な気分だった。ミトは覚悟を決めて口を付けた。いっそ全部飲み干してやろうとも思ったが、いきなり咽せてしまう。苦いこと以外は何もわからない。
「おぉー勢いイイすね」
ミトの背中をさすりながら半笑いで言った。苦しさを耐えながら横目で睨むが、ヘラヘラとした顔を見ていると、もはや対抗する気にもなれない。
彼はジョッキを取って他所へ追いやり、咳き込むミトにニヤけながら言う。
「それでいんすよ、なんでもかんでもそんな感じでやってけばいんです。人生なんか上手くいかないに決まってるんですから、真面目にやるだけ損すよ」
落ち着いてからミトは彼を見る。随分と神妙な顔つきだった。焦点はどことも合っていない。なんとなく、寂しそうだと思った。
「いい具合に時間すね」
「時間?」ミトは聞き返す。彼は正面の方に視線を向けていた。追って見ると……特に何もない。石から木が生えた異様な空間だけだ。
「ホラ、立った立った」
急に手を引っ張られて立ち上がる。彼の力が強くて一瞬浮いた。
「ちょちょなにするんですか!痛いですよ!」
「へへ、仕返しっす」
なんのことか分からない。引っ張られた腕を摩りながら見ると、彼はいつも通りの表情に戻っていた。
「そんじゃ、こんなとこもう来るんじゃないすよ。オレも休みたいんすから」
「え?それって」
彼は徐ろに剣を抜いた。反応できなかったのは、彼が速かったというよりはミトが油断していたからだろう。何も分からないまま、ミトは目を覚ました。
「ヒール!」
パリン。小さい破裂音がした。呼吸が浅い。夢から覚めたばかりのように、脳が前後左右に飛び回る感覚がする。
泥を掴んで立ち上がる。雑木林の中で常夜灯みたいに薄暗いが、彼女を見る分には十分だった。ミトを睨みつけている。全身泥だらけで、同じように息を切らしている。
ミトは湧き上がる感情を捉えた。見覚えがある。以前までのミトはそれを嫉妬と名付け、強く封じ込めた。親友を妬む親友など、存在してはいけないと思ったからだ。
けれども今は、そうでもない。以前はそこに殺意にも近い憎悪を抱いていたが、今はそれでもいいかという気がする。肯定でも否定でもない。自分の中の嫉妬を、自分のものとして捉えられるようになっただけだ。
素早く状況を確認する。武器が無い。
地面はぬかるんでいる。互いに疲労もあるから素早い動きはできない。距離は精々5メートルくらい、今の2人では瞬時に詰められる距離でもない。だが策はある。
ぬかるんだ地面を蹴り飛ばす。泥が飛び、彼女は反射的に顔を覆った。ミトは走り出した。
右手を伸ばす。腕を掴んで捻り上げ、そのまま行動不能にする算段だ。アインクラッドでも関節技が有効なのは、既に
しかしミトが想像していた未来は訪れなかった。何をされたかはすぐに分かった。アスナがレスラーめいた動きで、がむしゃらにタックルしてきたのだ。2人は泥の中に倒れ込む。まだ終わっていない。
泥を掴んで押し付ける。何度も。彼女はクリーンヒットだけは防ごうとする。向こうも同じように攻撃してくれば、ミトも同じように防御した。意地汚い応酬が止まるまで3回攻守が入れ替わった。
冷静だったなら、彼女が隠した左手で何をしているのかに気づけたかもしれない。
彼女の手に金属の閃きが見えて、ミトの思考が止まった。"勝てない"、そこが行き止まりだった。
グチュリ。耳障りで不愉快な音。レイピアは左頬を掠め、泥に突き立った。
会話ができるくらいまで息が整ってから、ミトは言った。「ごめん」疲れた声で言った。「ごめん」
「ごめんじゃすまないよ」
アスナは言った。同じように疲れていた。二人はレイピアを挟んで、泥に寝転がっていた。
「ずっと待ってたんだから、ごめんじゃすまない」
ミトの心は感情をどこかに忘れたように静かだ。言い逃れ出来ない現実だけが響き渡り、哀れなプライドが弾け飛んでいた。
「羨ましかったの。ずっと、アスナばっかり活躍して」
暗い雲が覗き見える、樹々の葉の隙間を見て言った。
「どんどん強くなって、チヤホヤされて、KoBに誘われて。私は、何もできないのに」
言葉にするのも嫌だった。粉々の自尊心だけが、一丁前にささくれていた。
「近くに居たくないから……遠くに居ればいいなって」
今はどうだろうか。私はアスナを認められるんだろうか。疲れで何かを考える余裕もない。それ以上紡ぐ言葉も思いつかない。ただ、溜まっていた膿は出てきたように思えた。
茫然自失、ミトは無機物のようになっていた。聞こえてきた声がなければそのまま石になっていたかもしれない。
「ミトは最初からなんでもできたよね」
返す間もなかった。「私が知らないこと知ってて、私ができないことできて、私はずっとミトの後ろ」
首を動かす気力がないから確信はないが、それはアスナの声だった。
「失敗するのも、追いつけなくて悔しいのもいっつも私。ゲームもテストも……羨ましかった」
最後は小さな声だった。一瞬、聞き間違いだと思う。アスナがそんなこと思うわけがない、嫉妬なんて、ありえない。そう思っていた。
しかし、そんな理想論は呆気なく崩れ、聞こえたままのそれが思考を染めた。即ち、アスナにもそういう感情がある。そんなことは当たり前だと気付いたのは一瞬後で、更に一瞬後、ようやく罪に気付いた。
私は、アスナをゲームキャラクターだと思っていただけだ。
息が止まりそうになる。冷たい怒りが湧いてくる。自分に向けてのそれと、こんなことになるまで教えてくれなかった現実へのそれだ。思わず溜め息が漏れ出た。
彩度のない木の葉の海に、小魚みたいな曇天が揺らめいた。きっともうすぐ雨が振る。泥を洗い落とすのは、それに任せようと思う。
2人はいつしか手を繋いだ。彼女がどう思っているかは分からないが、ミトにはひどく懐かしく思えた。
…………
「……キリト君とはどうなの?」
「……なに、どうって」
「よく一緒に居るって、結構噂だよ」
「……仕事で一緒になるだけだけど」
「仕事かー」
「そ、仕事」
「学生なのに」
「アルバイトみたいなものでしょ」
「うちの学校アルバイト禁止じゃなかった?」
「じゃあボランティア」
「ゴミ拾いとか?」
「でもここだとゴミとか落ちてないかな」
「クエストになら結構あるんじゃない?」
「今度探してみようかな」
「その前にカーソル戻さないと」
「あぁー……」
…………
「じゃあ、3ヶ月前から?」
「うん、レイドの前日とか会議の前とかに。団員には装備のメンテナンスとかアルゴさんに会いにとかで誤魔化してるんだけど、団長には気づかれてそうで……」
「……あの人、プライベートまで口出してくる感じ?」
「そういうのじゃないとは思うけど……」
階段を上がる足は止めないまま、アスナは言葉を選んでいた。
「最近はその……
なんとなく察して相槌を打つ。団長さんの言っていることは間違っていないんだろうが、いくらデスゲームとはいえ乙女のプライバシーは守られるべきだ。
「
「にしたって私に気づかれないようには無理じゃない?素材パシリだってそんな頻繁にあるわけじゃないし」
「えっと、アシュレイさんってたまに散歩とか他所の見学とか言って外出するときない?」
「あーあれか……」
無限にも思えた階段の終点が見え、ミトは息を漏らした。普段忙しいだのなんだの言っている癖にやることはやってる恩人への、敬意も含んでいた。
「てっきりリズにセクハラでもしてるのかと」
「してないと思うよさすがに……」
「っていうか、それこそリズには言ってないの?仲良いって聞いたけど」
「うぅあー、それは」
手すりもない石段を数百も登ってくれば息も切れるものだが、アスナはそうでもない。基礎ステータスの差が目に見えるようだ。よく戦えたものだと思う。アドレナリンか何かのせいだろうか。
「なに、喧嘩でもした?」
「そのー最近、キリト君と一緒にいるところとか、見ちゃって」
寺社仏閣めいた雰囲気の平屋。大きな木の扉に手を掛けたまま、ミトは固まった。アイツ、とんでもない爆弾になったらしい。思考を高速で巡らせる。今最も危ういのは誰でもない、ミト自身だ。巻き添えにはなりたくない。
「……早いとこ決めきった方がいいよ。キリト君なら予定も融通利くでしょ、今のうちに戻って連絡しておいたら?どうせこっちは私がやるだけだし」
ギィィと、古めかしい音が響いた。内部は照明がなく薄暗い。外から見た印象よりは小綺麗に感じた。仮想だからかは知らないが埃も舞っていない。≪贖罪クエスト≫は時間がかかると聞いているから、さっさと終わらせようと足を踏み入れた。
「それが、今キリト君圏外っぽいんだよね」
「どうせソロで暴れてるだけで、すぐ戻ってくるでしょアレは」
「……リズも、圏外」
さすがに何も言えなかった。偶然だと信じたい。ただでさえ面倒臭そうな用事をやらないといけないんだから、こういうときくらい気を利かせてほしい。あの
「……休みがてら眺めてく?」
「うん……」
何か気を紛らわす話題はあっただろうか。肩を落とすアスナにせめて自分も誤解されないよう祈りながら、ミトは鎮座する仙人に話しかけた。クエストNPCを示すクエスチョンマークが、プカプカと浮遊していた。
「……汝、己が悪業を知り、己が愚を無に帰さんと欲する者か。真の悔いを示し、罪を放棄し、正しく生きることを望まんとするか。天上の者の無限たる慈悲にに赦しを求め、清浄なる魂へ帰ることを、その全知全能の奇跡に頭を垂れ、その偉大なる主の御力に穢れを任せ、被造物の安寧と高貴なる徳を、その身を持って為さんと決意する者か」
「……」
「……」
「……」
「……ハイ」
「……認める。汝の罪を、罪の象徴を、ここに預かる。偉大なる主の御力が、その奇跡が汝を導くことを、ここに約束する。慈悲は無限也。その魂が貴い色に導かれることが、あなたの幸せでありますように。私があなた達を導くように、あなた達が私を導いてくださいますように。ウフフ、長いお話でしたね。さあ、参りましょうか。ミトさん、アスナさん。私は、いつでも共にあります」
1万文字超えそうだから分割したのに後ろだけで1万越えそうになって慌ててたやつおりゅ~??????
おりゅねん。にゃにわろとんねん。しばくじょ。