真紅の紅葉も枯れ落ち、道を歩けばザクザクと軽快な音を奏でる。
風は涼しくなり始め、軽快な秋晴れが広がる、素晴らしい外出日和だ。
だというのに、私はいつものように縁側で出涸らしの茶を飲んでいた。
「今日もどうせ、あの煩いのが来るんでしょうね」
最近は来ない日の方が少ない腐れ縁の魔法使いの顔を思い浮かべ、ため息を溢す。あいつは煩いし、勝手にお茶飲むし、本盗むしで碌でもないやつなのだ。
出会った当初はまあ鬱陶しかったが、最近ではこんな日々も悪くないと感じている。
先日、赤い霧が空を覆った異変も終わり、なんだかんだそこの銀髪のメイドとも話す機会が増えた。
友人が増えるということはなかなか悪くないものであるが、勝手に部屋に入ってお茶を飲むのはやめて欲しい。いやほんとに。
そんな下らないことを考えている内に、いつも魔理沙が突貫してくる時間が近づいてきた。
どうせ飲まれるなら先に湯呑みを出しておこうと考え、重い腰を上げる。
その時、チャリンという音が聞こえ、その方角を認識した瞬間、私は走った。急いで境内に出ると、一人の男が立っている。
身長は170センチくらいだろうか。帯剣した男がカランカランと鐘を鳴らし、祈っているところだった。
「熱心ね。参拝客?」
私がそう尋ねると、彼はこちらに向き直り、口を開く。
「いや、定期報告だ。」
そう言った彼を、改めて見る。細身だがしっかりと鍛えられている、しなやかな筋肉のついた体付き、微弱だが感じる霊力、顔立ちは精悍で、力強さを感じさせた。だが、、、
そこまで考えた私は一度思考をやめ、気になっていたことを尋ねる。
「定期報告か、そういえばそんなのもあったわね。あんたが里の退治屋?前に来た人とは違うけど。」
そう尋ねた私に、彼は表情を変えず一言、
「前のは死んだ。」
と言った。…まあ、よくある話だ。人里の人間が妖怪に殺されることは珍しい事ではない。それこそ、彼らのような仕事をしていたら日常茶飯事だろう。
「そう、大変ね。それで、報告は?、」
「ああ、先月は16匹を処理した。中級妖怪だけでなく、低級妖怪の凶暴性も増している。恐らくは先日の異変に当てられたのだろう。」
「前任の人も、その影響で?」
「ああ、迷いの竹林に現れた中級妖怪にやられた。」
「分かったわ。定期報告とお賽銭、ありがとう。」
「ああ」
そのやり取りを最後の合図とし、男は踵を返して立ち去って行った。私は何かが気になり、彼の顔を思い出す。
「ああ、そういえば」
彼は目が死んでいた。死んだ魚のような、昏い、どこまでも沈んでいくような、そんな目。
そういえば、前任だった中年の男もそうだっわね、と思う。殺しに精通した者は誰しもそんな目をするのだろうか。そこまで考えた時、ゴオォォォッと風を裂くような音が聞こえてきた。
きっと、あの煩いのが来たのだろう。今に爆発音と共にようという挨拶が来るはずだ。
今日は何をしようか、宴会をするのも悪くない。どうせ呼んだらたくさん来るのだし、食費も浮くわね。
私はあの昏い目を見ないように、早々に思考をやめた。
疼く巫女の勘を無視したまま、この停滞と平和に身を沈めるように。
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「ねぇ、紫?一つ聞きたい事があるのだけど」
「何?」
冥界、死者の魂が集うこの場所で、私は親友の西行寺幽々子と世間話に花を咲かせていた。
「最近人里はどうなのかと思って。今でこそ私は亡霊だけれど、やっぱり人の営みと言うのは気になるの。それに、」
そういえば、と私は思った。確かに彼女は今でこそ亡霊だけれど、亡くなる前は勿論人間であったのだ。里で行われている人の営みに、興味を持つと言うのは自然な事だろう。
「それに?」
「最近、冥界に来る魂が多いから、里の方で何かあったのかと思って。まあ、多いと言っても微々たるものなんだけれどね。」
それか、と私は思う。確かに近頃、少し力を付けた中級妖怪が若い女を攫っていると言う噂を耳にした。
それ自体は定期的に起こるものであり、特筆する事ではない。妖怪が人を殺す事はさして問題でもないのだ。
妖怪にとって、人の恐れとは生きる糧であり、恐れの大きさこそが妖怪の力と言っても過言ではない。
ただ、稀にやり過ぎるものがいる。幻想郷の禁則事項に触れるものが、ごくたまにいるのだ。如何なる理由があれ人里を襲うこと、それは死を意味する。その禁則事項を破った者に裁きを下す存在。それが博麗の巫女なのだ。
「そうね、最近は妖怪の人攫いが起こっているらいしわよ。」
「そうなの、それじゃあそろそろ霊夢が動くのかしら?」
幽々子はそうあることが当然というように聞いてくる。
「いいえ、今回の件は霊夢には伝えていないの。」
「なぜ?」
「今回、攫われいているのは殆どが若い女らしいわ。であれば目的は自ずと見えてくるというもの。」
「喰べるためではないということね。」
「ええ、今回の妖怪はあの子が出る程ではないし、それに…そんな光景、私の娘同然のあの子に見せる訳にはいきませんもの」
そう言って私はふふっと笑う。
「あの子なら眉一つ動かさないと思うけど?」
「それでも、よ。」
「親馬鹿ね」
「なんとでも言いなさいな」
それに、と私は言葉を続ける。
「人里の問題は、人里で解決するのが筋ってものでしょう?」
そこでこの話は終わり、仕事を終えた彼女の従者を加え、他の話題へと移る。私は、無二の友に一つの真実を伝えないままで。
人里の、いや幻想郷の問題とも言えるこの件は、元は人間で、狭い世界を生きてきた彼女にとって、あまりにグロテスクに思えたから。
この問題には、いつか向き合わなければいけないと思っていた。しかし、この件の特異性、解決の難しさを考えると、どうにも案が思い浮かばず、ずっと後回しにしてきた。だが、とうとうその時が来てしまったのだ。
かつて数多くあった退治屋。その殆どが滅び、残っているのは一人だけ。いくらあの半人半妖がいるからといって、人里の危険全てに対処するのは不可能だ。霊夢の負担が増えるのは目に見えている。
それを防ぐため、何としても解決案を生み出す必要がある。
無駄足になりそうだが、知り合いの人間に助言を求めてみようか。
そこまで考え、一度思考を打ち切る。これから、これまでにない大仕事が待っている、そんな予感がした。
人間の暗部に触れるこの件は、慎重にことを進めなければならい。
ああ、何故人は人を差別するのだろうか。生まれた場所や、肌の色が人間にとってそこまで大切なのか、それとも…ただそうしたいだけなのか。
背筋に冷たいものが走る感触がした。もし、そうなのであれば、細心の注意を払わなければならない。
深淵を覗く時、深淵もまた、こちらを覗いているのだから。
背筋の怖気を誤魔化すように私は、すっかり冷めてしまった湯呑みを傾けた。
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グジュッという嫌な感触と共に、剣を引き抜く。
今日の朝、依頼のあった人型妖怪の始末がたった今済んだところだ。
剣に付着した血脂を拭き取り、空を見る。日は西に差し掛かり、空の色は朱に染まってきた。現在地は魔法の森、今から帰れば日が沈む前に帰宅することができるだろう。
ただでさえ辛気臭い場所である魔法の森には、鉄臭い血の匂いと、僅かな性臭が漂っていた。
ドサッという音が聞こえ、そちらを見る。絶命した妖怪が倒れた音だ。
ボトボトと溢れていく黄色い脂肪が付着した内臓。先程斬り飛ばした手足が死体の周りに転がっている。顔は苦悶に歪み、今にも怨嗟の声が聞こえてきそうだ。
この妖怪は3日前、里の米屋の娘を陵辱し、殺したらしい。
今朝確認した依頼文には、
魔法の森に住むさる妖怪を出来うる限り無惨に殺し、首を持ち帰れ
と書いてあった。
その依頼を確認した俺は、死んだ女が発見された魔法の森に来ていた。目的の妖怪は直ぐに見つかった。身体から漂う性臭と、血の匂いが濃かったのである。死んだ女には何故こんな所に来たのかと言いたいが、既に死んでいる者にそれを言っても詮なき事である。
持ってきていた麻袋を取り出し、切り取ったソレの首を突っ込んだ後、麻袋を肩に担いで、憂鬱な帰路についた。
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「お前のような者が何をしに来た。」
人里の門番が俺に問いかける。その眉間には皺が寄っており、手に持った薙刀を構えていた。
人里は南北を分断するように中央に川が通っており、南側と北側に一つずつ門が設けられている。本来、自分のような身分のでは南側の門は通ることができないのだが、依頼の報告の時にのみ特別に通ることができるのだ。
「報告だ」
門番にそう告げ、門を通ろうとする。門番の横を通り過ぎた時、用水路に溜まったヘドロを、叩きつけるように浴びせられた。
その上から薙刀の峰で背中を強かに殴られ、俺はもんどりうって地面に転がる。
「生意気な口をきくな、穢れ多き非人間が。」
最後にそう吐き捨て、門番は持ち場に戻って行った。体に力が入らず、よろけながらも何とか立ち上がる。気にする事はない、いつもの事だと自分に言い聞かせ、目的の米屋に向かって歩き出した。
幸い、目的地はそう遠くはない。俺はさして広くない里の道の中央を歩く。女は自分の子供の目を塞ぎ、男は罵詈雑言を浴びせ、時たま石を投げられる。子供の頃から変わらない、日常の光景。
目的地に辿り着く頃には足が震え、石を投げられたことによる脳震盪で意識が朦朧としていた。
辿り着いた米屋の店先に、頭の薄い。太った中年の男が立っていた。男は俺の顔を見るなり顔を顰め、唾を吐く。一頻り唾を吐いた後、口を開いた。
「ブツを出せ」
たった一言、罵声でもなく、侮蔑の意味も持たないその一言が、俺を忌むべきものだと、生きる価値のない塵だと、そう言っている気がした。
その底冷えするような声に応じ、妖怪の頭が入った麻袋を放り投げる。
男はその麻袋を拾い上げ、中を確認する。そして妖怪の頭を取り出すと、そばに置いてあった杵を振り上げ、それに叩きつけた。
周囲にペキョッという音が響き、ぴちゃぴちゃと脳味噌と脳漿が飛び散る。
さらに振り下ろし、叩きつける。
振り下ろし、叩きつける
振り下ろし、叩きつける
振り下ろし、叩きつける
何度も、何度も、何度も、何度も繰り返すその様子を、俺は黙って見ていた。
気が済んだのか、疲れたのか、男の動きが止まった。そしてこちらを振り向くと、ボソリと呟く。
「お前が死ねば良かったのに。」
その言葉を最後に、男は俺に少しの金を投げつけ、米屋に帰って行った。
俺は散らばった金を拾い集め、その場を立ち去ろうとする。最後に一瞥した潰れたそれには、鴉が群がっており、もはや元が妖怪の頭とは思えない様相を呈していた。
帰り道、俺は石と罵詈雑言を受けながら考えていた。
あの妖怪と自分は、どちらが幸せだったのだろうと。
生まれてから好き勝手に生き、報いを受けて無惨な死に方を遂げた妖怪。生まれによって全てが決まり、何も出来ずそう遠くないうちに死ぬであろう自分。
あの妖怪のようになりたいとは欠片も思わないが、好き勝手に生きたあの外道は、好きな事すら分からない俺よりも、幾らか幸せに見えたのだ。
生きていたことが幸せだったかなど、死んだ時にしか分からないのだと、そう父親に教わった。だから少しでも幸せだったと思えるように、今日を生きろと、そうも言われた気がする。
俺が6歳の時、依頼中に襲われて死んだ父と母、彼等は死の瞬間、己の生をどう思ったのだろうか。
とそこまで考え、やめた。
どうせ長くない命なのだ。答えは直ぐに出るのだろう。それに今は大きな依頼が入っており、そんな事を考えている暇はない。
明日も朝は早い。日が沈み、顔を出した月に向かい、俺は帰路についた。
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