ホシノが時計を確認すると11時58分を表示していた。
「そろそろかな。シロコちゃん、準備はいい?」
「……何が始まるの?」
「心配しないで、すぐわかるよ」
にへっと笑みを浮かべるホシノにシロコは首をかしげるばかり。いったいこんな深夜に何があるというのだろう。
「知ってた?一日って二十四時間じゃないんだよ?」
「………おじさんを自称しすぎてとうとうボケが始まった…」
「違うよ?おじさんボケてないよ!?」
「ん、悲しいことにボケ老人はだいたい似たようなこと言う。たまには教科書開いて……うん?」
午前零時になったその瞬間、周囲の雰囲気が一変する。夜空が緑色になり、あちらこちらから仮面を付けた異形が現れ、シロコは耳をピーンと立てながら警戒した。
「な、なに……?」
「《影時間》にようこそ、シロコちゃん!詳しく説明したいけど、先にこいつらを倒してからにしよっか」
ホシノはロングロッドを構える。その様子を見たシャドウ…《孤独のマーヤ》は腕をぶらぶらさせながら距離を詰めてきた。
「シロコちゃん、あいつの仮面を攻撃してみて」
「わかった、やってみる!」
シロコはバットでマーヤの仮面を叩き割る。たった一撃で体が溶けたシャドウに彼女は困惑した。
「……よ、弱い…」
「今のはマーヤって呼ばれるシャドウだよ。シャドウっていうのは普段は心の海?ってのに住んでる怪物で、影時間になるとこの世界に湧いて出てくるんだってさ。学者気取りの受け売りなんだけどね」
「………心の海?そういえばペルソナって心の中の化け物を制御してるって…」
「おぉ、ちゃーんと覚えててえらいぞぉ!ペルソナとシャドウの違いって、乱暴に言っちゃえば飼い犬か野犬かくらいの差でしかないんだよねぇ。
ホシノは砕けた仮面の欠片を拾いながらにへっと笑みを浮かべた。
「ペルソナ使いとして強くなりたいなら影時間でシャドウと戦いまくるのが一番!おじさんも最初のころは
「そうなんだ。でも、どうしてこんな気味の悪い現象が噂になってないんだろう」
「一度校舎に戻ってみたらわかるよ」
「ん」
校舎に戻ったシロコはみんなが寝ている教室に戻ってきた。そこにアヤネたちの姿はなく、代わりにあったのは、三つの棺桶。シロコは呆然と棺桶に触れるが、冷たい感触が返ってくるばかりだった。
「…………なに、これ」
「影時間にはいくつかルールがあるの。影時間の時、ペルソナ使い以外の生き物は棺桶になっちゃうんだ。……心配しないで、影時間が終われば元に戻るから」
「それならいいんだけど……。……ん?」
シロコは何者かの視線を感じて周囲を見渡す。一瞬教室の扉から視線を感じたからだ。
「どーしたの?」
「……今、誰かがこっち見てた」
「………うへ、そりゃ笑えないなぁ。……だって誰かいるってことはそいつほぼ確実にペルソナ使いじゃん…」
「とりあえず追いかけよう、もしかしたらヘルメット団かも」
教室から出たシロコたちは何者かが曲がり角を通るのを目撃する。その人物は黒いコートを着ていたのか、長めの裾が翻っていた。
「ま、待って!」
慌てて追った二人をからかうように、人影は緩急をつけて逃げ続ける。その人物が最後に入ったのは、蓮が寝泊まりしている教室だった。
「なんでこんな場所に逃げ込んだんだろう…」
「さあね、本人に聞いてみれば?んじゃ、三秒後に突入するよ!」
カウントダウン後に突入した二人を待っていたのは、白い仮面を付けている青年だった。シロコはその人物に既視感を感じて戸惑う。
「………あなたは…」
「手を挙げろ、誰だお前は!私たちの校舎で何してる!?」
“……待った、私だよ二人とも”
銃を突きつけるホシノに対し、青年は仮面を取った。
「せ、先生!?」
「…………本物?」
ホシノは警戒しているのか、銃口をわずかに降ろすだけだ。
“ああ、もちろん。……私はシャーレの先生、雨宮蓮だ。そしてペルソナ使いでもある”
「…うへぇ、大人のペルソナ使いなんて初めて見たよ。なんで黙ってたのさ」
“ベラベラ喋るようなものじゃないだろ、これ”
「ま、それは同感」
ホシノは銃を降ろす。それを見ていたシロコはよくわからない会話をしている二人に首をかしげていた。
“ところで、シロコは今夜の影時間に挑むんだろう?”
「ん……いきなり変なのと戦った。大した事ない相手だった」
「マーヤはアビドス砂漠に出てくるシャドウの中だと一番弱いけどねー。次はもっと強いのとやってみる?」
「やる!」
ふんすふんすとシロコは鼻を鳴らす。その様子はまさに大型犬のそれだ。
“元気だなぁ。二人とも、私たちも一緒に行っていいかい?”
「……私たち?」
「あ、他にも仲間がいるの?大人数だとちょーっと困るかなぁ…」
“大丈夫、仲間って言っても私の相棒一人だけだから。それに二人も知ってるよ”
学校の外に出た蓮はさっそく相棒を呼んだ。
“モルガナー”
「へ?モルガナって…先生が鞄に入れてる猫ちゃん?」
「ここにいるぜジョーカー!とうっ!!」
屋上に登っていたモルガナがくるくる回転しながら降りてくる。そのマスコットみたいな姿を見てシロコは面食らった顔をした。
「も、モルガナ…?」
「うへぇ、なんか珍妙な恰好しちゃってー」
「妙じゃねーよ!ワガハイはこっちが本来の姿なんだよ、ここ数年は戻ってなかったけど!」
「喋るし二足歩行だし、そこらへん歩いてるのと比べてデフォルメが効いてるから変な生き物感がすごい…」
シロコにボロクソ言われたモルガナは項垂れた。彼はそのまま生温かい目線を向ける蓮にぼそりと呟く。
「……そんなに変か?」
“慣れてないだけだよ、きっとすぐに馴染むさ”
「本当かぁ~?」
蓮はしばらく笑ってからホシノたちの方を向いた。
“それじゃそろそろ行こうか。モルガナ、いつものよろしく”
「おう、変身!」
モルガナはポーズを決めてモルガナカーに変身する。女性陣はポカンと口を開けていた。
「ごめん先生、モルガナは変な生き物感じゃなくて変な生き物だった…」
「私、影時間で色々見てきたけどさぁ…ここまでトンチキなの初めて見たかも…」
「聞こえてるんだけどなぁ…。ほら、早く乗れよ」
モルガナカーに乗り込んだシロコたちを確認して蓮は運転席に座った。
「ところで先生、このネコバスってちゃんと動くの?影時間の時は電子機器動かないよ?」
“モルガナカーは生き物なので影時間でも動けるんだよ。というかモルガナは影時間じゃないと変身できないから、砂漠で遭難して死にかけたんだ…”
「…………………。そ、それは……大変だったねぇ……」
ホシノは言い淀んだ。スンッと真顔になった彼女に気づくことなく、蓮は運転しながら会話を続ける。
“……ああ、そうだ。この姿の時は私のことをジョーカーと呼んでほしいな”
「ジョーカー?」
“そう、今の私は先生じゃなくて怪盗だからね。怪盗の正体がバレるときは、名探偵に捕まるときさ”
「そういえばお昼の時も名乗ってたね。狐の面よりそっちの仮面の方が好き」
“ありがとうシロコ、モルガナにもモナってコードネームがあるからできるだけそっちで呼んであげてね”
しばらく運転していたジョーカーだったが、砂漠を移動するシャドウを数十メートル先に発見して停車する。三日月のような頭部に砂の入った袋を担いだ小男は、ジョーカーにも見覚えがあった。
“お、あいつなんかいいんじゃないか”
「《ザントマン》か、狩りやすい相手だねぇ」
一行はモルガナカーから降りるとザントマンに銃撃を浴びせた。
『な、なんじゃおぬしらは!?』
ホシノはそれに答えずアギラオを叩き込む。
『ぎゃあああ!!』
WEAK 1More!
ホルスの炎に焼かれたザントマンを包囲する。シロコは飛びかかろうと身構えるが、その前にジョーカーが制止する。
“少し待ってもらえるかな”
「……?わかった」
いったい何をするつもりだろうと首を傾げたシロコをよそに、ジョーカーはザントマンと話し始めた。
“やあ、ちょっといいかい?”
『な、なんじゃ?』
“最近寝不足で昼間がつらいんだけど、何かいい物持ってたりしない?”
『ほう…?ならばワシの魔法の砂を分けてやろうか?これを目に振りかければたちまちぐっすり快眠間違いなしじゃ!』
“なんて素晴らしい!お前は一家に一台ならぬ一家に一人欲しい逸材だ!”
襲撃したペルソナ使いと襲われたシャドウが和気あいあいと話す様子を見て、ホシノは何度目かわからない驚きの表情を浮かべていた。
「ねーモナ、アレ何やってんの…?」
「まあ見てなって。悪いようにはならねぇからよ」
モナはニヤリと笑うばかりで説明してくれないため、シロコたちは会話が終わるのを待った。しばらく楽しそうに会話をしていた彼らであったが、ふとシャドウが妙なことを言い始める。
『なんとも不思議な気分じゃのォ…。おぬしと話しているとどこか親近感がわくような…』
“そうだな、私もだ。一緒に来るか?”
『…………!!!お、思い出したわい!ワシはかつて心の海にいたんじゃ!…いつからこんな砂漠でシャドウとして徘徊していたかは思い出せんが…。ワシの名はザントマン、これからはおぬしの力となるぞい!』
ザントマンは光を放ちながら仮面へと姿を変える。仮面はそのままジョーカーの仮面と重なり一つになった。ホシノは口をあんぐり開けて驚いた。
「……今のナニィ!?」
「ジョーカーはワイルドっていう特異体質でな、ペルソナを複数持てるんだよ」
「………うそでしょ!?ペルソナって一人の心に一体ずつって話じゃ…」
「片手で数えられるくらいしかいないって話だし無理もないな」
ホシノはため息をつく。情報量が多すぎて頭がパンクしそうだった。
(今まで色んなものを見てきたと思ってたけど、影時間って知らないことばかりで嫌になるなぁ…。黒服は研究者だから楽しいだろうけど、こっちとしてはたまったもんじゃないよ)
そんなことを思っていたホシノは後方から這いずる音が聞こえてきたので振り向きながらショットガンを叩き込む。
『うぎゃあ!!』
『なに!?なぜ気づかれた!』
ホシノに接近してきたのは二体の青白い肌のシャドウだった。《ナーガ》は下半身が蛇のため砂漠を移動すると独特の移動音がするのだ。しかし彼らの鱗は硬く銃弾の効き目は薄い。ホシノのショットガンでもかすり傷程度しかつかない。
“ホシノ下がって!”
ジョーカーが自らの仮面に手をかけると、先ほど仮面になったザントマンが実体化する。
“ザントマン!”
『人使いの荒いヤツじゃのぉ!』
ザントマンは疾風属性魔法《ガルーラ》をナーガに叩き込む。
『ぐえっ!』
WEAK 1More!
『お、おい!しっかりしろ!!』
“モルガナ、バトンタッチ!”
「おう、任せなぁ!!」
モナの後ろに礼服を着込んだ目つきの鋭い大男が顕現すると、ザントマンの風を上回る《ガルーラ》がもう一体のナーガを吹き飛ばした。
WEAK 1More!
「我らの恐ろしさを味わえ!トドメだぁー!!」
ジョーカーたちはナーガたちを取り囲み、彼らを叩きのめす。モナはどこからか降ってきた高そうな椅子に座り、葉巻を吸ってニヤリと笑う。
「ジ・エンドだ…」
モナは椅子から降りると、にんまりと自慢げに笑みを浮かべる。
「どーよ、ワガハイの活躍ちゃんと見てたか!」
「……モルガナってちゃんとペルソナ使えたんだね」
「使えなかったら棺桶になってるっての!」
その後も一行はシャドウを倒したり口説き落としたり、充実した非日常を過ごした。初心者ペルソナ使いのシロコも肩の力を抜いて冷静に戦えば勝てるとわかり、途中から目一杯暴れていた。
あくびをしながらシロコはぼーっと考えにふける。
(もしかして、ホシノ先輩がよくお昼寝をしてるのって毎日影時間でシャドウと戦っているからだった…?)
「大きなあくびだねー。モルガナカーの車内で寝たらどう?学校まではもうちょっと時間がかかるからさ」
「ん……そうする…」
シロコはもう一度大きくあくびをして深く寝入った。校舎に向かって運転を続けるジョーカーに、ホシノは声量を抑えて話しかけた。
「………今日はありがとね、先生。私一人だったらもっと慎重に動く必要があったからさ、一緒に来てくれて助かったよ」
“どういたしまして。ホシノはどうだった?今日は良い一日だった?”
「うん、もちろん。お嬢様学校にもあんな面白い子がいるんだねぇ、今日は知らなかったことがいっぱいあったんだなって痛感しちゃった。……ねー、先生。次もこうして一緒にシャドウを狩りに行こうよ」
“……もちろんいいよ。その代わり、ホシノにシャーレの部員になってほしいな”
「んー………まあいっか。それじゃあ契約成立ってことで、後でモモトークの連絡先交換しよっかー」
ホシノの興味を引いたようだ…
汝、ここに新たなる契りを得たり
契りは即ち、
歪んだ終着点を打ち破る楔なり
我「太陽」のペルソナの生誕に祝福の風を得たり
未来を切り開く、更なる力とならん…
★★★★★★★★★★
「………よし、話したいことも終わったし、おじさんも仮眠しまーす。学校に着いたら起こしてねぇ」
“了解、いい夢を”
《孤独のマーヤ》
アルカナ:太陽
アビドスエリアに出現するシャドウで、マーヤの一種。基本的にどのエリアにも出現するが、そのほとんどは初心者ペルソナ使いの練習相手か他のシャドウのエサになる。
エリアによって付けている仮面が異なるが、理由はよくわかっていない。ごくまれに迷い込んだ非ペルソナ使いに襲い掛かるが、返り討ちにあってしまうこともあるとか…。