銀行強盗から翌日、便利屋68の面々はアビドスにやってきていた。
……話は早朝に遡る。彼女たちが朝食を食べていると、ハルカが申し訳なさそうな声で話題に出したのがきっかけだった。
「……アル様、ちょっと思い出したんですが…。アレどーしましょうか?」
「………アレって?」
「じ、実は…アビドス襲撃前に仕込んでいた爆弾を回収し損ねてたのを思い出して…。ごめんなさいごめんなさい、すぐに処分しますっ!!」
ハルカはこの世の終わりみたいな顔をしながら起爆スイッチを取り出す。アルは慌てて制止した。
「わ──っ!!?ま、待ちなさいハルカ、ステーイ!!」
ビクッと動きが止まったハルカからスイッチを没収し、アルはそのまま説得を始める。
「いい、ハルカ。あなたがどれだけ爆弾を仕込んだかは知らないけれど、感情に任せてドッカーンとしちゃうのは駄目よ!?無駄にアビドスを刺激するのはやめましょう!」
「うう…ごめんなさいアル様……」
「ねえ、爆弾ってどこに仕込んだの?」
ムツキに聞かれたハルカは少々落ち着いたのかアビドスの地図の複数の地点を指さす。十ヶ所以上の設置場所の中には柴関ラーメンも含まれていた。
「……ずいぶんたくさん仕掛けたんだね」
「………え、これ爆発させたらそこに被害出る量の火薬あるんだよね?………ふーん」
ムツキはピーン!と閃いた。
「ねぇアルちゃん、この爆弾回収してカイザーPMCのビルに設置しなおしてそのまま吹き飛ばしちゃおうよ!きっと綺麗だろうなー」
ムツキはカイザーに喧嘩を売るよりアビドスと敵対する方が嫌らしい。
「……爆弾の回収はしておきましょうか。カイザーの会社を爆破するかは…回収した後話し合いってことで!」
そんなわけでアビドスに来た四人は爆弾を回収するために動き出したのであった。数時間かけながらも順調に爆弾を回収した彼女たちは、最後にハルカが爆弾を設置した柴関ラーメンに向かう。
「……もうお昼か。爆弾を回収する前に腹ごしらえしない?」
「え、でも…!先に回収した方が良くないかしら!?」
「だいじょーぶ、爆弾は逃げないし起爆のためのスイッチはアルちゃんが持ってるわけだし!
ムツキはケラケラと笑うが、何故か晴れていたはずの空は曇りカラスがそこらへんを飛び始めて他の三人の不安を煽ってくる。
「………なんか降り出しそうだし店に入ろうよ」
「そ…そうね……」
店に入ると柴大将が四人の姿を見て笑顔を見せる。セリカはバイトに来ていないようだった。
「おやいらっしゃい。また来てくれて嬉しいよ」
「ええ!今日はちゃんとお金あるからサービスは無しでも大丈夫よ!」
「おお、それはよかった。それじゃあごゆっくり」
柴大将からメニューをもらい、アルは悩まし気な表情を浮かべる。
「う~ん、悩むわね…」
「アビドスの連中が来ないうちに食べ終わろう、あっちに気づかれるとめんどくさいし」
「ねー、私はあの子たち結構好きだけど…。特にあの眼鏡ちゃんいいよね」
「それはムツキの趣味ってだけでしょもう…」
アルは欲望に忠実な幼馴染に呆れた顔をしながらメニューを開こうと手に取ったその瞬間、雷を思わせる轟音が響き渡る。
「っ!!?」
ラーメン屋の扉をぶち抜きダイナミックエントリーしてきたのは、戦車の砲弾だった。店内にいた便利屋一行は突然の攻撃に吹き飛ばされ、横に倒れ込んだアルは自分の右ポケットからカチリという音を聞く。一瞬何をポケットに入れてたんだっけと考えた彼女だったが、すぐに思い出して青ざめる。
「………爆弾のスイッチ…」
その瞬間、ハルカが設置していたC4爆弾が連鎖爆発し砲撃で半壊状態だった建物は跡形もなく吹き飛んだ。
「み、店が……」
柴大将は一言呟くとショックで気絶してしまう。店に50mm砲を叩き込んだ一個中隊の集団の中には、シャーレの部員でもあるチナツの姿があった。彼女たちこそゲヘナが誇る治安維持組織、風紀委員会である。
「イオリ、少しやり過ぎでは…?」
「いいんだよ、こんな木っ端自治区の建物がいくら壊れても!そんなことより便利屋連中をとっ捕まえる方が先決だ。……にしても全部壊れるとは思わなかったが、ガスにでも引火したか?」
銀髪の少女こと
とんでもない暴挙をしでかした風紀委員会にカヨコは苦言をこぼす。
「まったく、風紀委員会ともあろう連中がよその自治区を侵略なんて世も末だね。あんたらのところの委員長は?」
「ふん、お前らみたいな小悪党ヒナ委員長が出るまでもない!」
「あら、ラッキー!あのとんでもマシンガンでハチの巣にされることはなさそうってだけで希望が湧いてきたわ!」
風紀委員長である
「……舐められたものですね」
「そりゃ一番強いのがいないならやりようはあるからね」
このまま便利屋と風紀員会が激突するかと思われたその時、アビドスの生徒たちが爆発音を聞きつけて駆け付けた(なお、ホシノは所用で不在)。跡形もなく吹き飛んだ柴関ラーメンを見たセリカが鬼の形相で叫ぶ。
「………これをやったのはどっち!?」
「……ああ、こいつらが例のアビドスか。たかが建物をぶっ壊しただけで大げさな…ゲヘナじゃよくあることだってのに、繊細だな」
“治安悪いなゲヘナ!”
蓮のツッコミを聞いてチナツは動揺する。蓮がいることに気づいていなかったようだ。
「え……雨宮先生!?」
「知り合い?」
「シャーレの先生ですよ!前に話したじゃないですか!」
「ふーん…なんかぱっとしない……あ、いや顔は普通に整ってる?髪型と眼鏡で地味に見えるだけか」
イオリはのん気に言うが、チナツはそれどころではない。
「まずいですね…。先生の指揮は率いる部隊の力を120%引き出せます!ヒナ委員長がいない今、戦うのは…」
「といってもたかが四人だろ?数で押し潰せばいいじゃないか。それにあっちはやる気満々だ」
ニヤリと笑いながら銃を構えるイオリに頭が痛くなったチナツは自らの眉間を揉んで痛みを和らげようと試みる。
“あー…もう少し待った方がいい?”
「いや結構。シャーレの先生とやらの力見せてみろ!攻撃開始!!」
イオリは後ろにいる風紀員会のメンバーに指示を出す。蓮も笑みを消してシッテムの箱の戦闘指揮補助システムを起動する。
“アビドス廃校対策委員会、迎撃”
「ん!」 「やっつけてやるわ!」 「ボッコボコにしちゃいますよ~」
「みなさん、気を付けて!」
先駆けと言わんばかりに真正面から突っ込んできたイオリをシロコが迎え撃つ。
「そこをどけっ!!」
「どかない!」
シロコは縦横無尽に駆けるイオリを追いかける。イオリの身体能力は風紀委員会の中でも突出しており、大差こそ付けられているが戦闘力ではヒナに次ぐとも噂されていた。
“(あの子、かなりいい動きだな。見た感じ彼女が一番強そうだ)”
ああいうタイプは放っておくと被害を拡大させてくるのでこちらもエースをぶつけ足止めしておくのがいいと、蓮は長年の経験で知っていた。
“シロコ、どんな手を使ってもいいからその子を足止めして”
「わかった」
シロコはイオリの射撃を避け、バットで近接攻撃する。頭部にフルスイングしたバットは空振りに終わるが、続けざまにそのまま振り下ろす。わざとらしい初撃は余裕で躱したイオリであったが、即座に振り下ろされた凶器に反応しきれず左腕を殴られた。
「うおおおっっ!?」
「……反応が早い…」
シロコは自分の動きにそこそこ自信がある方だが、自分の動きについてこれる相手というのは片手で数えられる程度しか会ったことがない。今日この日、その一人にイオリが加わった。
(……とはいえこのままじゃ一度後方に逃げられてしまうかも。どうしよう…)
シロコは自分の装備を脳裏に思い浮かべ、目の前の俊敏な敵の脚を止めるにはどうすればいいか考える。走りながら彼女はブルーのドリンクボトルをイオリに投げた。
「はい、プレゼント」
「お、おう?」
イオリは何の疑いもなくそれをキャッチする。首をかしげていると、ブルーのドリンクボトルは眩い光を放ちながらドッカーンと爆発した。
「ぎゃああああああっっ!!?」
イオリは数メートル吹き飛ばされ、シロコにチワワの如くギャンギャン吠え出した。
「なんだ今のドリンクボトルはぁ!?」
「ボトルグレネードは自転車乗りの必需品だよ」
「そんなわけあるかぁあああ!?」
イオリのツッコミが戦場に響いた。なんだかんだで冷静さを奪って足止めできているため、シロコは充分自分の仕事をこなしていると言えるだろう。
一方、その他大勢を相手取っているセリカたちはイオリの半分以下の実力の風紀委員たちを確実に倒していく。その様子をチナツは苦々し気に見つめていた。
「………押されているみたいですね…。やはり雨宮先生の指揮は一流、ということですか」
“チナツ、そろそろ撤退してもいいんじゃないかな?これ以上戦ってもそちらの怪我人が増えるだけだよ”
「………そうしたいのは山々なんですけど…。こちらも仕事ですので」
“仕事?君たちは治安維持組織なんだろう?……何故よその自治区に侵略した?誰が君たちに命令したんだ!”
「そ、それは……」
チナツは言い淀む。その質問に答えたのは別の人物であった。
『ええ、それは私が答えさせてもらいますね』
青い髪の少女の立体映像が現れる。それを見たチナツは目を丸くした。
「アコ行政官…?」
グルルルとシロコに威嚇していたイオリも現れた少女に気づくと威嚇をやめる。
「あれ、アコちゃんじゃん」
『こんにちは、アビドスの皆様。私はゲヘナの風紀委員会行政官の
「風紀委員会の行政官…!な、ナンバー2じゃないですか!」
アヤネの言葉にアコはふふふと笑う。
『あら、実際はそんな大したものではないですよ奥空さん。あくまで風紀委員長の秘書のようなものですから』
「少なくとも風紀委員を動かすだけの権力を持ってるのは事実。どうしてアビドス自治区にこれだけの大人数を送り込んだの?」
『それはもちろん、ゲヘナの問題児集団である便利屋68を捕縛するためですよ。……ところでイオリ?確かに戦闘行為は許可しましたけどこんなバカやっていいなんて言ってませんが?』
「うぐ……いやだって、あんな少人数に負けるとは思わないし…いや負けてないぞ!私
イオリはシロコを指さして抗議する。
「ん、あいつじゃなくてシロコ。それに私の役目は足止め、そういう意味では完全勝利」
「うぎぎぎ……」
満足気なシロコにイオリは悔しそうに歯ぎしりをした。
『そういうわけなので大人しくしてもらえるか、あるいは便利屋の捕縛にご協力願えますか?もちろんポケットマネーでよろしければ報酬だって……』
「……騙されないで。アイツの提案は罠だよ」
これまで無言を貫いていたカヨコは冷ややかに反論する。
「そりゃ、私たちは風紀委員会に眼を付けられてる問題児の集まり…そこは否定しない。けど、これまで風紀委員会の連中にゲヘナ自治区の外で追いかけまわされたことなんてなかった。……だったら私たちの捕縛はあくまでオマケで、他に目的があるからこんなに戦力を回してるって考えた方が筋が通るでしょ」
“……なら、彼女の本命は?”
「………アコが狙ってるのは、先生だよ」
“………私!?”
『………ええ、半分正解ですよカヨコさん。シャーレの先生…ある日いきなりポンと現れ、活動を始めた得体の知れない大人。警戒しない方が馬鹿というものです。エデン条約の事もありますし、前々から狙ってた戦力確保のついでに
蓮は半分正解という言葉に嫌な予感がする。自分の確保が目的というのは間違っていないだろうが、それはアビドス侵攻の最後の一押しでしかない気がしたのだ。
“……半分正解ってどういう意味?もう半分は?”
『……《暁のホルス》という名に聞き覚えは?』
“……っ!?”
ホルスという名前を聞いてまず思い浮かぶのは、今この場にいないホシノの姿だ。
『ご存じのようですね。最近、ゲヘナの問題児たちの中にもペルソナ使いが増え始めているんです、そこの便利屋もそうなんですけどね。今は委員長が制圧出来ていますが、同時に複数暴れ出したらそこそこ厄介です。そこで、こちらもペルソナ使いの戦力が欲しいんですよ。例のトリニティとの条約が失敗した時の保険の意味も込めて』
「…………まさか」
『ええ。こんな自分本位の話であの《暁のホルス》……小鳥遊ホシノが言う事を聞くだなんて思っていません。ですから……あなた方を人質にして無理やり言う事を聞かせます。ホルスはこんな過疎化した学校に執着しているくらいですから、アビドスの生徒全員を人質に取ればこちらを裏切る事はないでしょう?』
行政官の身勝手な言い分に、廃校対策委員会の怒りが爆発する。
「ふざけんじゃないわよ!!先生もホシノ先輩もアンタに渡さないわ!!」
「そうですよ、こんな横暴許せません!!」
「私たちを馬鹿にしてる。全員返り討ちにしよう、先生」
“………私の仕事はアビドスのサポートだ。それを投げ出す真似は出来ないし、ホシノも渡さない”
『…ええ、こうなるであろう事は想定済みです。いくら指揮能力が高くともその少人数では限界が来ます。すり潰してあげますね?』
アコがパチンと指を鳴らすと、後方から敵の増援がやってくる。
“(あの態度から見るに、まだまだいそうな雰囲気だな…ここが踏ん張りどころか)……シロコ、ペルソナを使って」
「わかった」
風紀委員会との戦いは更に激しさを増していくのだった。