“………う、うぅ……。ここは…?”
蓮が目を開けるとそこは知らない天井であった。なぜ自分はこんな場所で寝ているのだろうと彼は不思議に思った。
“(最後の記憶だと、砂漠を彷徨っていたような……。…誰かに助けられたか?)”
「あ、起きた」
声が聞こえたのでそちらを向くと、白狼を思わせる雰囲気の少女と目が合う。
“ええっと、君が助けてくれたのか?”
「ん。倒れてたから拾った」
『レン、ようやくお目覚めか!心配したんだぞ』
メガネの女の子に撫でられながらモルガナは嬉しそうに喉を鳴らす。
“そっちはお楽しみ中のようだな……”
『いやぁ、ワガハイはオトナだからな。レディーの頼みは断れないだろ……にゃふー』
だらしない顔のモルガナに呆れた顔をしてから、蓮は少女たちにお礼を言った。
“ありがとう、あのままだと本当にミイラになるところだった”
「あの、どうして砂漠をあんな軽装備で歩いてたんですか?《カイザーグループ》っぽくはないですけど……」
“私は雨宮蓮、連邦生徒会の下部組織シャーレの顧問だよ。そこの黒猫は相棒のモルガナ”
「シャーレって連邦捜査部の!?」
「わぁ☆ということはアヤネちゃんの支援要請で来てくれたって事ですか!?遠路はるばるありがとうございます〜。よかったですね、アヤネちゃん!」
アヤネと呼ばれたメガネの女の子は涙を拭いながら喜んだ。
「はい…駄目で元々でも手紙を送ってよかった…!」
涙ぐむ彼女にアビドスは本当に崖っぷちなのだと察した蓮は詳しい話を聞こうと口を開くが、その寸前に黒い猫耳の少女が慌てた様子で教室に駆け込んできた。
「みんな大変!外を見張ってたらヘルメット団の連中がこっちに攻め込もうとしてた!すぐに戦闘準備を整えて!!」
「セリカちゃん、一応聞いておくけどホシノ先輩はまだ帰って来てないよね!?」
「うん!あいつらホシノ先輩が街の方に行ってる隙に私たちを潰す気なんだ!」
「とりあえず、ホシノ先輩が帰ってくるまで持ち堪えましょ〜」
セリカと呼ばれた女の子は蓮を見て叫んだ。
「起きて早々悪いけど、私たちちょっと敵から学校を守んなきゃいけないの!この部屋で大人しくしてた方が身のためよ!!」
“………いや、ここは私も手伝わせてほしい。そのホシノ先輩とやらが学校に戻ってくるまで籠城戦をするんだろう?”
「て、手伝うと言っても…」
“こう見えて、戦闘指揮には自信があるんだ”
少女たちが銃を持って外に出ると、そこそこの数のヘルメットを被った一団が学校に迫っていた。
「……ん、懲りない連中。ホシノ先輩がいないからって安易に攻め込んできても結果は同じだよ」
「でもシロコ先輩、今は補給も満足にできてないんですよ!」
「そうだね。でも弾切れになったら銃で殴るから問題ない」
「そういう問題ではないような……あぁ、もう目の前に敵が…!」
漫才を繰り広げる彼女たちを見たヘルメット団はギャハハとこちらを笑ってきた。
「よぉ、あのおっかねぇ鳥女はいねぇみたいだなぁ!アイツがいなけりゃこんな学校数の暴力でプチンよ!!」
「この前もやっつけたのに元気ですねぇ、懲りるって概念がないんですかー?」
「うっせぇな!この前とは違うんだよ、人数とか気合の入れ方とかが!!」
ヘルメット団はさらに何か言おうとするが、シロコはポーイと彼女たちに何かを投げた。
「「「………ん???」」」
それは楕円で、どこかパイナップルを思わせる形状だった。そう、具体的には手榴弾である。
「うるさい」
手榴弾は敵の中心に落ちると、ドッカーンと大爆発を起こした。
「「「ギャアアアアアッ!!?」」」
「ん、きれいな花火」
「……そうかなぁ、私にはだいぶ大惨事に見えるけど…」
“みんな、今のうちにできるだけ敵を無力化して。各々が持ちうる最大火力を叩き込んで相手に何もさせるな”
蓮の指示を聞いたアビドス生たちはあっという間に敵の半数以上を戦闘不能に追い込んだ。
「……ん、弾切れ」
「同じくですね~」
「支援物資を投下します、近接戦闘で持ちこたえてください!」
アヤネがシロコたちにそう伝えるとシロコは持っていた銃を持ち替えて、近くにいた敵の頭にフルスイングした。
「ぐえっ!?」
「ん、いい当たり」
“(む、むちゃくちゃ手慣れている……。銃で相手をぶん殴るなんてキヴォトスに来てから初めて見たぞ…?誰がこんなことを教えたんだ……?)”
シロコと同じく弾切れを伝えた少女の方を見ると、巨大なガトリングガンを軽々と振り回してヘルメット団たちの意識を刈り取っていた。
「えーい☆」
「ちょ…まっt」
容赦ない一撃でかわいそうなヘルメット団の上半身が砂に埋まった。
「ひ、ひぃ……!やべーよこいつら、イカレてやがる…!」
“あ、銃での近接戦闘ってやっぱり非常識なんだ……”
「ち、ちくしょう!こんなはずじゃなかった、あの鳥女さえいなけりゃ……」
ヘルメット団の幹部がそんなことを言っていると、何かが勢いよく空から落ちてきた。砂漠に降り立ったその桃色の髪の女の子は、にへらとゆるい笑みを浮かべた。
「うへぇ、ただいまーみんな。いい子にしてた?」
空から降りてきた少女を見たヘルメット団はパニックを起こした。
「あ、あああ……た、
「うわあああっ!!こ、殺される!!」
「あれ、ヘルメット団じゃん。なーに、また襲撃に来たの?学習能力ってヤツが足りてないんじゃない?」
ホシノはよっこらしょと盾を展開し、盾の内部に収納していた二本の棒を取り出して連結させる。自身の身長と同じくらいのロングロッドを構え、少女は恐慌状態のヘルメット団に襲い掛かった。
「ぐえっ!」
「ひとつ」
敵の喉を正確に突き無力化。
「がっ!?」
「ふたーつ」
側頭部にフルスイング。
「ぐ、ぐるじぃ……」
「みーっつ」
後ろに回り込んで絞め落とす。一連の攻撃は五秒もかからなかった。三人をあっという間に倒したホシノは、残った敵もパパッと片付けた。
死屍累々という表現がピッタリの惨状を作り上げた本人は興味もない様子で呟いた。
「はい、おしまい。いつもいつも飽きないよね、無駄だってわかってるのに襲ってくるなんてさぁ。……うへへ、私が言えたことじゃないか?」
ホシノが後輩たちの元に戻ると、見たことのない大人が一緒にいて彼女は警戒心を強めた。いつでも愛用の銃を抜けるようにしながら、ホシノは尋ねる。
「…………どちら様?返済日ならまだ先だよね?」
“(……返済日?)こんにちは。私は連邦捜査部シャーレの先生の雨宮蓮です”
「シャーレ?…………あー、噂は聞いたことあるなぁ。酔狂な大人があちこちで人助けしてるって。………騙りとかじゃなくて?」
“本物だよ、支援要請を受けて問題の解決を手伝いに来たんだ”
ホシノはじーっと蓮を見つめてくる。…しばらくの沈黙の後、ホシノはにへっとごまかすように笑った。
「………んー、まあいいや。とりあえず当面は本物のシャーレの先生として扱うよ。これからよろしくね先生?」
教室に戻ったアビドスの生徒たちは自己紹介をしてから、蓮にアビドスが抱える問題を語った。かつてアビドス高等学校はマンモス校だったこと、数十年前に起きた大規模な砂嵐の対処に大量の資金をつぎ込まなければならなかったこと、その資金の出処がよりにもよって闇金融だったこと。そして、そのつぎ込んだ資金は何度も来た砂嵐に無力だったこと。
「数十年の利子で膨れ上がった現在の借金額は9億以上……。まともな方法では返せません。ですが、破産手続きをしてしまえばこの学校は接収されて廃校になってしまうことは火を見るより明らかです…」
「そんなだからだいたいの生徒たちは諦めて他の学区に逃げちゃったんだよねぇ…。ここに残ってるのは諦めの悪い物好きだけだよ」
“そうだったのか……”
たった五人で9億もの借金を返済するのは確かに無茶だろう。だが、どれだけ苦しくてもここは彼女たちの居場所なのだ。
「ヘルメット団は粗方追い返したし、後は色々支援物資を見繕ってもらえれば大丈夫だよ。……ねぇ?」
「ん。これは私たちの問題だから」
“………いや、物資を贈るだけで支援を終えるつもりはない。君たちだって学生なんだ、学校の借金を生徒が負担するなんて間違っている。……私にも協力させてくれないか”
蓮の提案を聞いたセリカが怒りで顔を真っ赤にした。
「ふ、ふざけないで!!大人なんて信用できないわ!!」
「せ、セリカちゃん……」
「どいつもこいつも最初は優しい顔で擦り寄ってくるのよ!『大変だったね、頑張ったね』とか言っちゃってさ!!でも自分の力じゃどうにもならないとわかるとすぐにトンズラする!もううんざりよ、偽善者なんか!!」
そう吐き捨てたセリカは足早に教室から退出する。しばらくの沈黙の後、アヤネは申し訳なさそうに謝罪した。
「……ごめんなさい、雨宮先生。セリカちゃん、本当はいい子なんです」
“…………わかってるよ。私だって、昔はほとんどの大人が信用できなかったから。………そういえば、このグループに名前はあるのか?”
「あるよ。私たちは《アビドス廃校対策委員会》。……これからよろしく、先生」
その夜、蓮はアビドス高等学校の空き教室に泊まる事にした。他の教室は砂だらけだったが、この教室は比較的砂の侵食がマシで寝泊まりできるくらいだとシロコは語っていた。
『……にしても、想像の百倍ヤバい事になってたな。借金9億って!』
“本当にな……。………多分、大人が信用できないのはセリカだけじゃない。多かれ少なかれ、他の四人にも似たような感情はあるはずだ”
『あぁ。だからこそ行動で示さないとな。ワガハイたちは今までもそうしてきた』
“あぁ、とりあえず今日はゆっくり休もう。………おやすみ、モルガナ”
『おう、おやすみレン。いい夢見ろよー』
蓮たちはすぐに熟睡した。故に、砂漠を走る一人のアビドス生に蓮は気づくことができなかったのだ。
少女は銃と近接武器を構え、魑魅魍魎が跋扈する影時間に挑む。それが彼女の日常であった。