異世界迷宮でハーレムしない 作:とくめい
商人の準備が整ったと声がかかるまで、黙考し続けた。
これは現実で、恐らくは 異世界迷宮でハーレムを の世界もしくは近い世界である事。人を殺傷した事。これからどうしたらいいかという事。
自分でも驚くほど切り替えは早かった。別の世界にいる事。
いいじゃないか。元の世界に未練はさほどなかった。早々に気にしなくなっていた。既に人を手にかけたことも。
これからどう生きていくかという事に意識は強く傾いていた。真剣に考えなければいけなかった。
「ご一緒できて心強い限りです」
ダレン 人間 男 商人Lv6
馬車上で商人が言った。街に向かう道中である。
「こちらこそ。この辺りには不慣れですのでありがたいです」
本心である。情報を得るために友好関係を築いていきたい。
あの後、鑑定をすぐに取得した。異世界迷宮の世界で大きなアドバンテージのひとつ。このよく見える目は大きな助けになってくれるだろう。
馬車に積まれた藁にダニがいる事もよく見える。
「町の近くには迷宮はありますか?」
既に盗賊から得た装備を売るための商店、滞在する宿の案内は快諾を得ている。
「ございます。近頃新しくできた迷宮もございまして。騎士様もそちらへの対応に忙しい様子です」
近場でも二つ。選択肢があるのはありがたい。
「それで盗賊も動きやすくなっているのかもしれませんね。私もそろそろ腰を据えて迷宮に入りたいと考えています。お会いする機会もあるでしょうからお困りごとがあればお声掛けください」
恐らくは町へ向かう商人を狙っていた盗賊であろう、という村長達との話し合いから移動の足に加えて礼金と護衛費まで頂戴できている。
小さい村ながらも特産として、原作でも登場したキュピコを栽培しており町へ卸しているそうだ。関係を続けておけば農夫のジョブを簡単に得られそうだと考えた。町ではリスクが高そうな盗賊のジョブも。
「ありがたいことです。よろしければ召し上がってください」
キュピコを受け取る。礼を返し齧りながら周囲への警戒を続けた。
商人と宿をとって部屋のベッドに座る。
明日は五日に一度の市の日で、本当は明日来る予定だったらしい。今日は同じ宿で一晩過ごし明日の商売ののち戻るとのこと。
まずは持ち物を確認する。
盗賊の武器は二つが銅の剣、一つが鉄の剣だった。鉄の剣だけ残してある。
防具は胴装備が皮の鎧だったため売り払った。女性向きではなかったはず。皮の手装備と靴のみで頭部装備はなかった。
続いて所持金が、礼金及び護衛料金として金貨10枚。盗賊の手持ち金貨が2枚で合わせて金貨12枚。
装備の売却金と盗賊の手持ちで銀貨と銅貨がたくさん。持ち運びだるすぎないかこれ。
残念ながら懸賞金はなかった。ただこれだけあればある程度の防具は用意できるはず。
防具屋に向かった。
鉄の装備は重量的には問題がなかったが、動きにくい気がして抵抗を感じてしまった。
実際には装備品とはすごいもので、動きに制限がかかってるようではなかったのだが。
全身ガチガチの甲冑に憧れるものを感じつつ、竜革装備で全身を固めた。
ボーナスポイントを使った3割引が強烈だったがそれでも金貨3枚を消費することになった。細々とした物は明日の市で揃えればいい。気持ちは迷宮に行きたくて逸っていた。
夕刻に差し掛かろうかという頃、初めての迷宮に踏み込んでいた。
不思議な明るさのある石造りのダンジョン。緊張、興奮、そして恐れが心の中で湧き立っていた。
デュランダルを取り出す。まず目指すべきは村人5Lv、そして竜騎士のジョブだ。ボーナスポイントを使った経験値ブーストによってそれはすぐに達せられることだろう。
迷宮を進む。ゲームや漫画で感じていたファンタジーの世界に今自分がいる。背筋が冷える感覚。
鑑定に引っかかるものがあった。
ニードルウッド Lv1
心臓の鼓動を強く感じた。歩を進めるにつれ相手の輪郭がはっきりと見え始める。植物のような、人間のような。
間合いを詰める。相手もこちらを認識したようだ。恐らくは前面をこちらに向けようと。
剣を薙いだ。目標は地に伏してアイテムを残して消えた。
身に付いた習慣によって残心をとってはいるが心は平常ではなかった。
初陣である。盗賊と戦ったがあの時とは心の持ちようが違った。
はっきりと自覚していた。まさしく命をかけて戦ったこと、スリルに夢中になっていた。剣道の試合とはまるで違う。試合相手の方がよほど手強い相手がいた。でも試合だった。大会では緊張と興奮を楽しんでいた。でもあれは試合だった。
深呼吸。大丈夫。冷静に落ち着いてポテンシャルを保つ技術は心得ている。深呼吸。まだ落ち着かないか。
時間にしては1分とかかっておらず、体感では十数分程の時間を以て心身は平静を取り戻した。ドロップアイテムはブランチ。セットしていた探索者のアイテムボックスへと仕舞い込む。
再び獲物を求めて歩き出す。深い集中、冷静かつ僅かな恐怖感を伴う精神は、これまでの人生においてかつてないポテンシャルを引き出していた。
身長も性別すらも違う現在の身体に一刀どころか一歩毎に適応していった。
リーチは短くなった。とても大きなディスアドバンテージだったが、それを補って余りあるアドバンテージを手に入れた。圧倒的なほどの膂力である。
両手剣を振り抜いてそれに振り回されず、遠心力を無視して剣を止めることすら可能な力。物理法則とは一体。
疲労も全く感じず探索を続ける。既に竜騎士のジョブを得た事で大幅に増強された体力のステータスもそれを後押しした。
時間にして3時間ほどだろうか。宿の食事に間に合わなくなってしまう前に初日の探索を終えた。