「お、おおおまたせしました~。ロイヤルミルクティーとコーヒードーナツですぅ……!!」
時刻は昼過ぎ。今日の依頼を二つ終え、ルミナスクエアと呼ばれるエリアの一角にあるリチャード・ティーミルクという店。
「ありがとう。そういえば相変わらず君だけみたいだが……バイト募集の給与を一桁少なく書いていた件は解決しなかったのか?」
「店長さんが、その、うぅ……更新の時に修正をお願いしたら、なんか、えっと、要望書の時給の所、印刷の時に二桁擦れて消えてたみたいで……はぁ……」
かつて依頼を受けたことをキッカケに利用することが増えいき、今では立派に常連となったザンは商品を受け取りながら時計で時間を確認しつつ、以前相談された依頼のその後を聞けく。すると、看板娘の可愛らしいというよりもはや店長以外では唯一見たことのある店員の目が死んでいく様子に思わず苦笑を浮かべて言葉を探した。
「それは何と言うか……もう呪いじゃないか?」
「おやすみ……私のおやすみ……」
何とかザンが絞り出した返答を聞いた店員の目が呟きと共に更に明るさを落としたことで、休日返上の可能性が脳裏が過ってしまい、なんともいたたまれない気持ちが湧いてくる。
「まぁ、なんだ。依頼してくれれば一、二回ぐらいは掲載予定だった金額で優先すると店長に伝えておいてくれ。尤も俺がその制服を着て立っていたら時給分出るかも怪しいがな」
「ザンさんッ!!」
「悪いが今日は無理だ。これから次の仕事でね。代わりにミルクティーを奢るよ、余りはチップとして受け取っておくといい。じゃあまた」
「ザンさぁぁん」
それはそれとして、これ以上居ると変な地雷を踏みそうだと考えたザンは、カウンターに一杯を買うに十分な金額を置いてそそくさと駐車場へ移動する。
『おかえりザン。私の分のミルクティーが無いようだが?』
店から離れる際に背中に感じていた悲しみ混じりの視線を振り切り車に乗り込むと、車内にあるモニターに映し出されたのは左右の目の色が違う流暢に喋る一匹のボンプ。
朝食時に隣に座っていたそのボンプは、ザンに対してわざとらしく拗ねた様に呟いた。
「欲しいなら帰りに買って帰るが……飲むのか? いや、飲めるのか?」
『飲むとも! つい今朝方、飲料系を低効率ながらエネルギーに変換できるように改良をしたからね。ついでに味覚機能の精度を上げる為にも色々とサンプルが欲しいところでね。ついでに最近巷で流行りのミルクティーチャレンジをしようと決めているんだよ』
「あぁ、それで。ところでミルクティーチャレンジってなんだ」
今朝はやけに静かだった理由がアップデート中であると分かったザンは、得意げなボンプが言うミルクティーチャレンジというものが何か分からず次の依頼内容を確認する片手間に聞いたはいいが、その詳細に思わずモニターに目を向ける。
『ちなみにチャレンジに使用するのは、タピオカミルクティーが主流らしい』
「やる時はポリバケツの中でやれよ」
胸を張るような仕草に言いたいことはあったものの、触れないように忠告だけしたザンは紙ナプキンに包んだドーナツを片手に次の仕事場へ車を走らせ始めた。
本日の依頼は三件の運搬依頼。昼前に前二件が終わったこともあり、追加でドーナツも買って帰る約束をさせられた頃。三件目の依頼も夕刻に入る前には終わりを告げようとしていた。
「キャリーケース二つ。差出人の確認と宛名に間違いがなければ受取証にサインを」
「はい、確かに。支払いは幾らですか?」
「重量七キロ、ルート指定無し、戦闘保険は最小だが保険分は前金として貰っているから締めて15,210ディニーです」
「ではこれで」
「丁度ですね。ご利用ありがとうございました」
「またよろしくお願いします。あぁそういえば、近くで極小規模の共生ホロウが発生したみたいなのでお気をつけを。既に巻き込まれたヒトも居るらしいので」
「情報どうも。またのご利用を」
研究者風の男とのやり取りを終えたザンは、道中で感じた空気感の正体がホロウ発生によるざわつきであると分かったことで改めて周囲を観察すると、慌てた様子の黒服、電話を掛けている者、傍に居る者に支えられながらも絶望している表情の女性が目に付く。
それらを横目に車へ戻れば、モニターには現在地周辺の地図に加えて大量のログが現在も流れていた。
「サンセット」
運転席に腰を下ろしたザンがそう呼ぶと、ドーナツの約束まで取り付けてご機嫌だったボンプが映し出される。
『ザン、どうやら近くでホロウが発生したらしい』
「さっき聞いた。帰宅に支障があるか?」
『帰宅ルートからは逸れているし、極小規模で既に治安局に通報が行っているから問題ない……と言いたい所だが、特別回線経由で緊急依頼の申請が来ている』
「誰からだ」
『イヴリン・シェヴァリエ』
その名前を聞いた瞬間、ザンの口から大きなため息が吐き出された。
イヴリン・シェヴァリエ。
職を変える前から知っている人物であり、依頼を受けた回数もそれなり。紆余曲折あったが正式に現在の職へと腰を据えてからも時折連絡はあったのだが、持ち込んでくる依頼内容は大体同じであり、サンセットの話の流れから今回の依頼内容もザンには予想がつく。
「ふー……依頼の内容は?」
だがもしかしたら違うかもしれない。と念の為に聞いてみるものの、その内容は予想通りどころかいつも以上に面倒な条件がついていた。
『依頼はお嬢様の発見と保護に護衛。探索場所は極小規模のホロウ内。ベビーカーに乗っていた子供を守ろうと共に巻き込まれたようで、幼児が共に居る可能性が極めて高い。依頼料は後払いの代わりに此方の言い値でいいそうだ。ちなみにホロウ発生から現在で四十二分経過、依頼主には無闇に飛び込むなと言ってある』
「地図は?」
『野良ボンプは巻き込まれていない。パターンの情報は一つもなし。事前にキャロット*1を構築するのは不可能』
「サンセットの予想ではホロウ内はどうなってる」
『発生からの経過時間とエーテル濃度の上昇値、拡大範囲を観測している限りでは……縦長の階層型。既に三階層目が生成中と予想する。この活性速度のまま進めば、後一時間もすれば小規模クラスになるだろう』
「日頃お転婆なお嬢様はともかく、治安局を待つには子供が持たない可能性があるか」
目標である人物とも多少関わりがあるザンには、合流した際に言われるであろう事を考えながら外を眺めれば、先程目に付いた女性が祈るように小さな人形を握りしめている様子が視界に入る。
「サンセット、イヴリンに依頼を受けると返信してくれ。依頼料は後で要相談。探索許可を取る暇がないから治安局が到着する前に終わらせよう」
『ホロウ内のデータはどうする?』
「この辺りなら……規模的にも依頼終了後に匿名で特務捜査班*2にでも送っておけば良いだろう」
『ふむ、イヴリン・シェヴァリエが同行許可を求めている』
「だろうな。合流ポイントはサンセットに任せた。とりあえず時間が勿体無いから続きは移動しながらだ」
――
―
「本当に小ぶりだな」
住民が居なくなったビルの屋上から裏路地を見下ろせば、三階の高さ程の半球が周囲をすっぽりと飲み込んでいる伺える。加えて下の方では周辺を巡回担当であろう治安官が無線でやり取りをしつつ立ち位置を制限している様子まで。
『活性数値が緩やかではあるが不自然に低下』
「お嬢様は既にエーテリアスと接敵しているか」
『それと、無線を傍受した限りでは治安局からは次期局長候補殿が急行しているようだ』
「特務捜査班の班長直々とは……セス坊が来ると思っていたんだがな。まぁ問題はない」
ザンが腕時計で予めセットしていたタイマーの時間を短く設定しなおしていると、背後でカツンと軽い音と共に誰かが降り立ちそれに気付き振り返れば、綺麗な金髪を後ろで編み込み纏めあげたアップスタイルの女性がレザー風のジャケットを肩から羽織り靡かせながら立っている。
「依頼を受けてくれて感謝する。便利屋」
「どうしてお嬢様だけが巻き込まれたのか細かい経緯が気になる所だが、面倒を避けるなら時間はあまり無い。中に入ったら別れて行動だ」
現れた依頼主であるイヴリンに驚く様子もなく、ザンは自分が複数付けているネクタイピンを一つ外してイヴリンへと投げ渡した。
「これは?」
「小型発信器だ。幾つか機能はあるが、場所の特定はもちろん、うちの相棒はソレからでも周囲のデータをある程度収集できる。緊急時には裏にあるボタンを押しながらスライドすれば俺に伝わる」
「……受信機と共に幾つか融通してもらうことは?」
「悪いな、非売品だ。それじゃお先に」
少し残念そうな表情をするイヴリンを横目に屋上の縁から一歩踏み出したザンは、そのまま自然落下に身を任せてホロウの中へと落ちていく。
数秒遅れてネクタイピンを付けたイヴリンも自身の武器を手早く確認してホロウ内へと飛び込んだ。
TIPS.シリオン
・人間以外の生物の特徴を持つ種族の総称。
・見た目が動物混じりというだけでなく、その動物の遺伝子を持っているらしく本能や仕草、嗜好が各生物に沿っている者も多く、又その身体能力や特有のデメリット的な特徴を持っている場合が多い。
・あくまでベースは人間である為、寿命は人間と遜色なく、中には自分の毛でアレルギー反応を起こす人もいる。
幾つは話は思いついているんですが、中々まとまりません。
あまりにもまとまらなかったらチラ裏に移動を検討しています。