エーテリアス。
ホロウ内部の有機物無機物問わずエーテルに汚染され尽くした成れの果て。
その化け物に自我はなく、その攻撃性をもって襲うモノに対し慈悲はない。たとえソレが赤子であろうとも。
故に右腕が無く左腕がブレードになっているエーテリアスは、大きく振り上げた左腕を眼の前にあるベビーカー、その中に居る赤子に一切の躊躇いもなく振り下ろす――はずだった。
「幸先がいいな」
一発の弾丸が左腕を弾き上げ、続けて二発、三発と身体に撃ち込まれる弾丸がその衝撃でベビーカーからエーテリアスを押し離し、振り向くと同時に胸元へと吸い込まれた四発目は急速に膨張して向こう側を見通せる大穴が空いた。
受けたダメージが限界を越えたエーテリアスがコアと共に崩壊し消滅していく様子を横目に、突入直後のザンは通信機越しにサンセットへ周囲の情報収集を頼みつつベビーカーの元へと足を進める。
「元気かな?」
「あぶっ」
「おじさんが今から安全な所に連れてってやるからな」
「ぁぅ」
「シートベルトもしっかり締めて、ちょっと揺れるだろうが我慢してくれよ」
「ぁー」
「よーし、いい子だ」
赤ちゃんの頭を軽く撫で、サンシェードで覆い隠せる分を覆ったザンが周りを見渡せば、新たにワラワラとエーテリアスが集まり取り囲もうとしている。
「サンセット、他に生体反応は」
一旦しまっていたサプレッサー付きの銃をショルダーホルスターから流れるように抜き、正面で今にも飛びかかりそうにしていたエーテリアスへ二発。
『周辺には無し』
「現段階で分かった事を手短に」
振り向きざまに後ろから襲おうとしていた自爆する特性の丸みのあるエーテリアスに対し、ベビーカーを避けるように蹴り飛ばし、落下中に二発。
そのままゆっくりと寄ってきている二体のエーテリアスに二発ずつ撃ち込み、親指でグリップの上部にあるギミックをスライドさせると、撃ち込まれた弾丸が爆発してエーテリアスと共に消失する。
『ホロウ内部は予想通り縦長に生成されている。半端に取り込んだオフィスビルがベースのようだ。階層を付けるなら、ザンの位置は現段階で地下二階。ここが現在の最下層、上がどれだけあるかは不明、護衛対象の位置も不明、依頼主は一階辺りに落ちた様だ』
「情報収集は継続、生体反応の探索はイヴリン側で実行。俺は――これの処理が先か」
円を描くようにベビーカーを移動させ、自身も半身をそらせば、突如として現れた今までのモノとは違うエーテリアスがその武器を振り下ろしていた。
通常のエーテリアスとは違い、サイズも大きく内側が緑に染められた白いマントの様なものを半身に纏う通称"タナトス"と名付けられたエーテリアスは、無いはずの頭部でザンを見つめる様な動作を見せるとその姿を消す――ザンがベビーカーを抱え、できるだけ衝撃を送らないように横向きにしつつ共に倒れ込む。
次の瞬間、ザン背中を強烈な風圧が撫でた。その風に合わせて立ち上がる動作に混ぜベビーカーの取ってを掴み、足で車輪を踏み押して優しく起き上がらせ――先程までベビーカーが合った位置に離れた場所からタナトスが撃ち出した三日月の様な衝撃が駆け抜ける。
三度姿を消したタナトスが現れた先、己の武器である腕を引いた時――
「怖くはなかったか?」
「ばぶッ!」
「強い子だ」
――タナトスの身体には五つの風穴が空き、崩壊していく。
そんな様子には目もくれず、くるりとベビーカーの正面を自分に向けて、銃をしまいつつザンは中の赤ちゃんへと問いかける。
どちらかと言えば眉間の取れない皺も相まって厳しい程ではないにしろ硬いと捉えられやすいザンは、得意げな表情と元気に返事をする赤ちゃんに目尻を下げて声色も柔らかく答えると、あまり揺れないように、されど遅すぎないようにと駆け足で三層の探索を開始した。
時折現れるエーテリアスを片手間に処理しつつ駆け回ること五分。
幾つかの小部屋があったりはしたものの護衛対象の姿は無く、代わりに見つけられたのは比較的安定している裂け目が一つのみ。
「……この先は上だな。サンセット、イヴリンの様子は」
『一階にはエーテリアスが少なかったのもあってかかなりのペースで動いて、少し前に地下一階に移動しているよ』
「なら俺達も上がって合流する頃にはお嬢様も見つかりそうだな」
『見つからなければ?』
「イヴリンに赤ちゃんと一緒に出てもらえばいい。一人なら使える手も増える。よーし、ちょっとふわっとするぞー」
ベビーカーを抱え上げ、裂け目を不思議そうに見ていた赤ちゃんに声を掛けたザンが裂け目へと踏み込めば、一瞬の浮遊感の後に先程までと似てはいるが違う場所の風景が広がる。
同時にザンの耳には小さいながらも綺麗な歌声が届いた。
「目標発見だな」
先程と同じ様にベビーカーを押して声に向けて移動すると、複数体のエーテリアスを相手している女性の姿が見えてきた。
黒髪のロングヘアーに赤色の目。その美貌はあどけなさを残しつつも美しさに凛とした佇まいを両立させる女性は、特殊なマイクを通しその天性とも言われる歌声を響かせエーテリアスと対峙している。
その者こそ今回の護衛対象であり、一般では歌手として、女優として絶大な人気を誇る有名人――アストラ・ヤオ。
後ろから奇襲しようとしているエーテリアスをザンが撃ち抜けば、踊るようなステップで奇襲を回避しようとしたアストラと目が合ったようで、パァァと笑みを浮かべてザンの方へと駆け寄ってくる。
「魔法使いの便利屋さん! それに赤ちゃんも、よかった無事だったのね! でもどうして便利屋さんがここに?」
「君のマネージャーからの依頼だ」
「イヴが? 心配かけちゃったかしら……」
「俺に緊急で依頼する程度には焦ったんだろうから、まぁ、怒られはするだろうな」
ザンの実力を知っているからか、気を許した様子でベビーカーと共に邪魔にならない位置取りだけを徹底し、赤ちゃんと視線を合わせて、イヴって怒るとこわいのよーと語りかけるアストラ。
そんなアストラに赤ちゃんの事は任せて問題ないだろうと判断したザンが見える範囲のエーテリアスを処理していき、最後に奥の曲がり角からでてきたエーテリアスに銃口を向けると、引き金を引く前にそのエーテリアスは赤く熱を持った糸に締め上げられ、次の瞬間には爆発し消滅する。
「お嬢様!」
「無事だ。お叱りも謝罪も後回しにしてくれ、さっさと撤収する。捜査班に捕まって事情聴取に時間を取られたくはないだろ?」
急いだ様子で奥の曲がり角から現れたイヴリンに、自分と同じ様に歌声を目標としていたが途中で聞こえなくなって焦ったのだろうと当たりをつけたザンが身体をズラしながらアストラを見せつつ声を掛ければ、胸を撫で下ろしたイヴリンは返答代わりに手を上げて応えた。
「サンセット、パターンデータと現時点のキャロットは最寄りの捜査班のボンブに頼む」
『ンナァ……』
人前ではよく使う倦怠感MAX風に調整された合成音声の返事を耳にザンが少し離れて物陰に隠れ数秒、ザンは端末を弄りながら入れ替わりで合流したイヴリンを含めた三人の元へと戻って来る。
「向こうに外へ出られる裂け目がある。ただもう捜査班が到着しているようだから出てからお喋りする時間はなさそうだ。赤ちゃんは俺に任せてさっさと移動したほうがいい」
「感謝するよ便利屋、最後まで世話になる。報酬はどうしたらいい?」
「そうだな……今月末に入れている依頼関係でもしかしたら半日ほどアストラ・ヤオに頼みたい事ができるかもしれない。その時に融通を利かせてくれればいい」
「私は全然OKよ!」
「本人も了承しているし、分かった。なるべく受けられる様にスケジュールの調整はしておこう。他には?」
「それだけでいい。アストラ・ヤオの時間を半日買えただけで破格だ、むしろ次に依頼がある時は安くさせてもらうよ。あぁでもソレは返してくれ」
ザンが自分のネクタイをトントンと叩けば、イヴリンは残念そうな表情を浮かべつつも渋ることなくネクタイピンを外して渡す。
「じゃあ気を付けて。今後もご贔屓に」
「そうさせてもらうよ」
「ありがとうね、便利屋さん! 今度、私のコンサートのチケットを送るわ!」
あなたもまたね! と赤ちゃんに手を振りイヴリンに手を引かれながら裂け目へと消えていくアストラを見送ると、ザンはすぐに後を追うことはせずに裂け目を撫でる様に指を滑らす。
すると裂け目は強く波打つ様な現象を見せ、落ち着いた後にベビーカーを押しながらザンが入り数秒後……初めからそこには何もなかったかのように裂け目は消えていた。
――
―
「すまない、少し離れた路地で泣いていたんだが、どうしたらいいだろうか」
「え? あ、えーっと、ありがとうございます。赤ちゃんの捜索願が出ていたので、おそらくその子かもしれません。こちらでお預かりします」
「あぁ、それならよかったです。ホロウ発生と聞いて離れようと思ったんですが、丁度見つけてしまったので。では後はお願いします」
「お任せください! あ、念の為に貴方のお名前と連絡先を――え、あ、あれ?」
先に現場に来ていた治安局の一人がメモ帳を取り出して再び視線を上げると、そこにはベビーカーと赤ちゃんのみが残されており、先程まで話していたはずの男の姿は消えている。
理解が遅れ、何度も周囲を見渡してみるもののその姿はなく、代わりに背後から別の人物が声を掛けた。
「遅くなりました。状況を教えて下さい……どうかしましたか?」
「
「特徴は?」
「外見は三十代から四十代のスキンヘッドで、黒いスーツを着ていました」
赤色のメッシュが入った黒髪をポニーテールで纏め、ワイシャツにロングパンツ。その上から治安局のベストを羽織り、更にはプロテクターやホルスターにもサプレッサーK22と呼ばれる名前の割に消音性を捨て去った銃などの武装をし、局員に朱鳶と呼ばれた女性も周囲を見渡すがそれらしい人影は見当たらない。
念の為にと常備付けているヘッドインカムで同行してきた仲間にも聞くが、やはり局員が上げるような人物が居ないと返ってくる。
しかしインカム先に居る朱鳶が先輩と呼ぶ
『のう朱鳶、我には一人心当たりがおる』
「奇遇ですね。私もおそらく先輩と同じ人物を思い浮かべました。ただそうなると、どうして逃げたんでしょう?」
『大方、事情聴取が嫌で逃げたのであろう。あやつはそういう所がある。とくればだ、目こぼし料ぐらいは置いていっておるだろう……ふむ、周囲警戒に使っているボンブのどれかに発生したホロウのデータがあると我は見る』
「なるほど。では、人探しは切り上げて先にホロウ鎮圧に移ります。貴方と他の局員達は周辺のボンブから新規の受信データがないかの確認をお願いします。先輩は上がってきた情報の確認と二次災害防止の為にボンプの再配置と指示を、私は一足先に内部へ入り鎮圧行動へと移ります。質問は?」
目の前の局員、無線先からも質問が無いことを確認した朱鳶は、今一度装備の最終チェックを終えて淀み無くホロウの中へと入っていく。
場所はかわり、ホロウからそれなりに離れた位置の高い位置では、車内から双眼鏡片手に氷が溶けて薄くなったミルクティーを飲みながらホロウへと入っていく朱鳶をザンが見送っていた。
最後に軽く周囲を見渡せば、ビルの上に立っていた青衣がザンが居る方を見上げていたが、特に何かするわけでもなく双眼鏡を助手席に放り投げるて車の走らせ始める。
『ザン、ミルクティーを忘れずに』
「分かってる」
道中、他の同居人からも注文が入り、ついでついでと自分の買い物まで済ませてしまい、帰り着く頃には後部座席も荷物に陣取られる事になるのを知る由もない。
更に言えば、ミルクティーチャレンジの成功を確実とするため、サンセットが自身の胴の部分から小さなテーブルが出てくるギミックを追加している事を知り唖然とするまで――後三時間。
TIPS.ザン
・本名不詳。
・都市伝説として語り継がれている。現代で活動する便利屋ザンと同一人物。
・軍役経験あり。当時二十七の時に前世の記憶が蘇り、その時より歳を取らなくなった存在。人格にも多少影響はあったが、折り合いをつけ便利屋として活動を始めた。
・不老になった際に直感的にエーテルを扱えるようになり、ホロウ内外への裂け目などの生成も行える。
・エーテルを使用した特殊な攻撃を用いる事もあるが、上記共々乱用すると周囲のエーテル数値が極端に上がこともあり、同行者がいる場合は使用を控えている。
ほのぼの~っとした感じを書きたいと思いつつ、浮かぶ展開にはシリアスが混じって頭を抱え、ゼンゼロ起動してキャラ達を カワイイナァ(◜◡◝ )と眺め、また展開を悩むループ。