朝靄に包まれた草原を、穏やかな風が抜けていく。盗賊を撃退したあと、リィナたちは小さな丘を越え、広がる緑の中を歩いていた。まだ旅の目的は決まらないまま。けれど、今この時間だけは、目的なんてなくてもいいと思えるほど、彼らの足音は軽かった。
リィナは月杖を背に背負い、銀髪をかき上げながら、ふと立ち止まる。視線の先には、遠くに広がる牧草地と、ぽつりぽつりと見えるヤギの群れ。
「なんだか、しんとしてる……でも、気持ちいいわ」
ミレイアは標準より少し長めの歩幅でゆったりとしたその横顔を見て、褒めるように微笑んだ。
「静寂の中にも、風の歌を感じられる。自然の中の旅の楽しさね」
リィナはふわりと笑みをたたえ、再び歩き出す。次に続くのは、カイ。彼は剣を軽く背負いながらも、何か小さな楽しさを見つけるように周囲を見回していた。
「風が気持ちいいな……このまま、どこまでも歩いていけそうな気がするよ」
その言葉に、リオが軽やかに尾を揺らして飛び跳ねるように言った。
「そうにゃ! 私はこの緑と風の中を駆け回りたいにゃ!」
ユウは肩越しにリオを見て、苦笑混じりに言った。
「まあまあ、走りすぎると疲れるぞ。お前が元気なのはいいけど」
リオは「にゃーん」と鳴いてみせ、ふわふわ尻尾を誇らしげに振っていた。
──そんな中、リィナは再び歩みを止め、水筒から一口を飲んだ。
「この先、どんな街があるのかしら。石造りなのか木造なのか……」
ミレイアが小声で答える。
「伝承にはないけれど、地形的には丘の麓に築かれた商業都市ですって。大通りには市場が並ぶかもしれない」
リィナは杖を地面に立て、木陰の下にぽつんと腰を下ろす。
「それ、なんだか楽しみだわ。街並みって、ひとつひとつ違うから」
ミレイアもそばに腰を下ろす。カイはふたりの背後で砂利を蹴りながら歩きつつ、ふと思い出すように言った。
「あのさ……旅の目的って、見つけようと思えば見つかるけど、今は……無くてもいいなって思うんだよ」
リオが小首を傾げ、耳をぴくりと動かせながら続ける。
「無目的旅、ってやつ……でも、それも旅の楽しみだったりするにゃ!」
ユウも荷物を下ろしてリラックスした口調で答えた。
「それなら、俺たちが“旅を続ける意味”みたいなものを、自分たちで見つけるしかないよな」
リィナは頷き、目を空に向ける。柔らかい陽光が雲間から差し込み、草の葉を照らしていた。
「……たとえ目的がなくても、私は――あなたたちと一緒にいることが、もう目的のような気がするわ」
その言葉に、一瞬場が静かになった。リオはしっぽをふわふわ動かし、カイは口を開こうと止め、ミレイアは優しくうなずいた。ユウも真顔で頷いた。
「……俺もだよ、リィナ。君と、みんなと一緒にいるこの旅が、俺の旅なんだなって思う」
言葉は短いけれど、そこには確かな絆の響きがあった。風に混じって、彼らの決意とやわらかな感謝が漂うようだった。
――そのとき、草むらがざわりと揺れた。リオはすぐに獲物を狙う猫のように身構え、カイも剣を構えたが、水音のような道端の小さな小川から、二羽の山鳥が飛び立った。
「わぁ……びっくりしたにゃ」
リオは胸をなでおろし、ふかふかしたしっぽを撫でながら安心したように笑う。緊張が一気にとけた後の緩やかな時間が、彼らをまた包んでいった。
ミレイアは静かに笑顔を浮かべ、目を細めた。
「自然のいたずらね。でも、こういう小さな出来事があると、旅がさらに愛おしくなる」
ユウは立ち上がり、杖をしまって歩き出す。
「さあ、そろそろ歩こうか。街が見えてくる頃にはお腹も空いてるだろ?」
リオはぴょんと跳び起き、リィナに向かってウインクした。
「食べものは旅の活力! 私、何か美味しいもの楽しみでワクワクしてるにゃ!」
カイは照れくさそうに笑い、リィナの手にそっと触れた。
「じゃあ、昼飯は一緒に選ぼう。一番楽しみそうなやつを買おうぜ」
リィナは少し恥ずかしそうに笑い返し、軽く頷いた。旅の空気が、彼らの心を静かに満たしていく。
丘を下ると、遠くに見えるのは石造りの門を備えた小さな街。雲の切れ間から見える塔の先端が、まるで彼らを招くかのように白く輝いていた。
リオは大きく伸びをし、嬉しそうに声を上げた――
「見て見て!あれが……次の街にゃんだね!」
ミレイアが杖で地面を軽く叩いて微笑む。
「さあ──進もう。私たちの、ほんの少し先の物語が、始まるわ」
彼らは再び歩き出す。緑の香りと風を胸に、次の街へ、物語はゆっくり、けれど確かな一歩を刻んでいた。