静かな草原を越え、丘を下っていくと、やがて道はゆるやかな石畳へと変わった。緑の匂いに混じって、かすかに香ばしい香りが漂ってくる。パンを焼く匂いか、それともどこかの家の煮炊きの煙だろうか。リィナは風に顔を向けて、深く息を吸い込んだ。
「もうすぐ街ね……ここから、また何かが始まりそう」
リィナの言葉に、カイが小さく頷く。
「今度の街はどんなところなんだろうな。エルドレアとは、ぜんぜん違う雰囲気かもな」
「うん。あの村は静かで、時間が止まってたみたいだったけど……」
ミレイアは視線を遠くに向け、塔のある街並みの輪郭を見つめる。
「ここから見る限りでは……ある程度の交易がある都市ね。あの鐘楼、商いの中心になる広場にあると思う」
リオは目を輝かせながら前を飛び跳ねるように進んでいる。
「市場にゃ、市場にゃ! おいしい匂い、する気がするにゃ!」
「まてって、まだ街には入ってないからな」
ユウがやや呆れ気味に言うが、声にはどこか柔らかさが混じっていた。
道端には旅人を歓迎するように、小さな野の花が揺れている。鮮やかな黄色と淡い紫が、石畳に彩りを添えていた。
カイはしゃがんで花をひとつ摘み、ふとリィナの方を見た。
「これ、君の髪に似合いそうだ。つけてみる?」
リィナは一瞬驚いたような顔をしたが、やがて頬を少し赤らめて、小さく頷いた。
「……ありがとう。こういうの、旅じゃないと、もらえないわね」
「それが旅のいいところさ。知らない場所で、思わぬプレゼントが見つかるんだ」
リィナの耳元にそっと花を差したカイの手は、ほんの少し震えていたが、それを誰も指摘しなかった。風が優しく吹いて、花の香りがほのかに周囲に広がる。
そして、リオがぴょんと石に飛び乗り、前方を指さす。
「みんなー! 門が見えたにゃ! 人の声もするにゃ!」
リィナたちは目を向ける。そこには立派な石造りの門があり、ゆっくりと開かれていた。門番らしき人影が数人、その周りには荷車や旅商人の姿もある。
ミレイアが立ち止まり、少し真面目な表情で言った。
「街に入ると、また空気が変わるわ。ルールも、考え方も。……みんな、気を引き締めてね」
ユウが肩を軽く回して、頷く。
「そうだな。油断せず、でも肩の力は抜いて。何かあっても、俺たちなら大丈夫だ」
リィナは振り返って、仲間たちの顔をひとりずつ見つめた。旅に目的はない。それでも、彼らと進むこの時間は、何か大切なものへとつながっている気がする。
「じゃあ……行きましょうか。次の場所へ」
太陽がちょうど、街の塔のてっぺんを照らしていた。
そして5人は、ゆっくりと、けれど迷いなく、門の方へと歩き出した。
風が彼らの背を押し、新しい章の扉が、音もなく開かれようとしていた