キヴォトスのあらゆる生徒と絆を育んだ「先生」。
絶望的な状況の中、彼の味方といえる人物が傍に5人しかいないのは、決して他の皆から見捨てられたからではない。
夥しい数の生徒たちがその命を投げ打ち道を切り開いてくれていなければ、そもそも此処に立ててすらいないのだ。
夜空に浮かぶ月程に遠い希望へたどり着くべく、数多の犠牲を積み上げたピラミッドの上を、「先生」「連邦生徒会長」「便利屋68」は駆け抜けていた。
キヴォトス外行の列車が発着するホームが、ようやく視界に映し出される。
彼らの目論見を阻止せんと迫る武装集団は、数こそ圧倒的であり、一人一人がキヴォトスの生徒に致命傷を与えうる特殊な弾丸を所持してはいたが士気は低い。
背後にある大きな"力"による圧力に屈し、或いは己や大切な人の命を人質にされ、「先生」「連邦生徒会長」の始末を行う以外の選択肢を奪われているに過ぎないからだ。
カヨコは、数で劣る此方はこれを利用するしかないと冷徹に策略を巡らせる。
ムツキの爆弾やハルカの圧倒的な耐久力を活かした突撃により敵の隊を誘導、煙幕で視界を奪い、味方同士で射線をブッキングさせて同士討ちを誘う。
味方を攻撃してしまったという事実を叩きつけ、引き金にかかる指を恐怖で震えさせ引けなくする。ただでさえ低い士気が更に下がり混乱する隊の指揮官をアルのスナイパーライフルが撃ち抜き一撃で仕留める。
統率する者を失い完全に烏合の衆となった敵部隊を、ムツキの爆弾とハルカのショットガンが悉く吹き飛ばす。
兵数の暴力でとっくに磨り潰されてもおかしくない僅か4人の精鋭は、この戦法をカヨコの現場指揮の元で繰り返す事により侵攻を食い止める奇跡を実現していた。
……しかし、代わりがいないという事実は覆しようもなく、ホームは目前という所で彼女らにも「体力の限界」という非情な現実が追いついてしまった。
全快なら見逃さなかった筈の敵狙撃手の銃口に、疲弊したハルカは反応が遅れてしまう。
僅か一歩カバーが間に合わず、発砲音と同時にカヨコの身体が頭に引きずられるように吹き飛んだ。
敵の指揮担当を無力化することで集団の混乱を誘う。此方がしてきたことがそのまま返ってきた形だった。
「……、まあ、……こんな、もの、かな…………」
先生が己の名を絶叫しているのを薄れゆく意識の中で聞き届け、血だまりに仰向けに倒れ込む。
怒っているように見えると誤解されることに苦労していたという彼女の最期の表情は、苦笑いにも見える穏やかなものだった。
あまりにも簡単すぎる、大切な仲間との別れ。
残された三人は未だ敵の銃口の前に曝されている為、悲しむ余裕もない。
それに、一番最初に命を奪われるであろうことを承知の上で、カヨコは先生に代わりこの現場指揮を買って出ていた。誰も彼も、彼女の死に動揺して隙を晒すわけにはいかなかった。
「便利屋68」最後の依頼、【「先生」と「連邦生徒会長」の護衛】を遂行する為に。
ハルカは血が口の端から溢れる程に歯を食いしばり、無謀にしか見えない突撃を敢行しては砲火を潜り抜け敵を部隊ごと薙ぎ払っていく。
何故なら、無謀だろうとそうして数を減らさなければ、次々後続が繰り出される敵の銃から大切な皆を庇い切れないから。
弾切れを知らせる乾いた音を頭で認識するより早く、ハルカは銃を捨てて駆け出していた。
向かう先は、自分ではない方を向く敵狙撃手集団の銃口の前。
ずらりと並んだ砲身が同時に火を吹き、最早襤褸切れ同然になっていた防護服を貫き、胴体に赤黒いハチの巣が穿たれた。
常人ならその場で即死しているような出血と激痛の中、ハルカは冗談のような量の血を吐きながら落ちていた敵の銃を拾い上げる。
「……アル様ァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
どうしようもない自分が、最期に誰よりも慕う社長の盾となれた己の運命に感謝しながら、ハルカは最期の突撃を強行する。
敵集団に肉薄した直後、彼我の銃が共に火を吹くと共に誰のものか分からない血煙が溢れ……、煙が晴れた時、その場に生きて立っている者は居なかった。
二つの命が潰えて尚、敵は新たな後詰めの兵を次々に繰り出してくる。
先生達が列車に乗り込むまで戦列を食い止めるには、兵そのものを迎え撃っているだけでは足りない。
だが、既に布石は打っていた。
同士討ち戦術すら囮としたカヨコの策略と、ハルカの爆弾取り扱い技術。今は亡き二人が遺したバトンを手にするのはムツキ。
「……後は任せたよ、アルちゃん」
「……ええ」
これが最後の会話になるであろうことは、言われるまでもなくアルも分かっていた。
それでも、あの二人が命を散らした時と同じように、離れていくムツキの背中を前に涙を流したり手を差し伸べようとはしない。
皆の骸を踏み越えてでも依頼を達成することこそが、皆の命に報いる唯一の手段であり、その為には悲しんだり別れを惜しむ暇はないと理解しているから。
名前を泣き叫んで追い縋りたいという年相応の少女として当たり前の感情を、便利屋68社長としての矜持で無理やり抑えつけていた。
「布石」を活かすには、誰か一人がその場で"トカゲの尻尾"となる必要があった。
一人でも多くの敵を「その場」に留まらせなければならない。
「あっははは!! ポップコーンみたーい!!」
返り血と自らの血にまみれ、狂笑を湛えて嬉しそうに銃口に迫るムツキの姿に、十把ひとからげの敵兵たちが怯む。
引き金を引く指に生じる僅かな遅れを見逃さず、残り少なくなってきた爆弾を投げつけ纏めて吹き飛ばす。
一方向から立ち向かっていては埒があかないと判断した敵兵たちが、攻撃の手は緩めぬままじわじわと包囲を始めていた。
爆弾を投げた瞬間を狙った死角から飛び出した銃口に、一歩速く「トリックオアトリック」が火を吹いて使い手を黙らせる。
爆弾を投げては別方向への迎撃を繰り返す回り踊るような姿は、バレエのピルエットの如く。
――それならば、と敵は、なかなか仕留められない原因である彼女の身軽さ、機動力を奪おうと狙いを変える。
一際大きな砲撃音と同時に膝から下が千切れ飛び、孤立無援の舞台はあっけなく終焉を迎える。
ムツキは悪鬼のような狂笑を、悪戯の種明かしをする子供のように人懐こい笑みへと変えた。
多数の敵が自身を取り囲み勝利を確信する、この時を待っていたのだ。
瞬間、体中に仕込んでいた爆弾が一斉に爆ぜる。
爆音と強烈な光、熱。
【同時】に"ハルカがこれまでの道に仕込んでいた全ての爆弾"が起爆し、舞台の終わりを知らせる幕のように、巨大なビルが次々と倒壊を始める。
巨大な瓦礫と化したビルが、少女の最期の煌きに気を取られた夥しい数の敵兵を押し潰し、後詰めの兵が通る筈だった道に悉く降り注ぎ閉ざしていく。
「ここから先は一人たりとも、この私が入れさせないわ」
少なくない犠牲を出した敵兵は、10棟を超える高層ビルが織りなす瓦礫の撤去のための人員が足りず、足止めを食っている。
連邦生徒会長権限の元、列車が発進の準備を整える僅かな時間が、先生とアルに残された最後の会話の好機だった。
「……アル」
だからと声をかけたものの、何を話していいか分からず先生は名を呼んだだけで言葉を詰まらせる。
「最後に頼みがあるの」
「……うん」
「……新しい世界でも、"私たち"便利屋68を、どうぞ御贔屓に」
「…………もう、お別れだというのかい」
「……先生には、長い間、苦労をかけてしまったわね」
この瞬間、例え最期を看取ろうとも生徒達の前では気丈であろうとしていた先生の涙腺が決壊する。
自分は、犠牲になった生徒達から一生恨まれることはあっても、労いの言葉をかけられる資格などないのに、と。
目の前で死にゆく生徒を救うばかりか、亡骸1つ抱えていくことすら出来ない己の弱さが情けなくてたまらない。
「…………違う……! 私はっ、君達の先、生として、あたり、まえの……!!」
嗚咽を漏らしながら言葉を紡ごうとしたその時、準備が整ったことを示す駆動音が列車から響き渡る。
同時に、増援による人海戦術で瓦礫を突破しつつある敵の軍靴の足音が迫っていた。
「……行きなさい!!」
声を荒げ、アルは促す。
言う通りにしなければ承知しないと、母親が子供に叱りつけるように。
「……ッ!! 今はこれでお別れだけど!! 必ず!! 新しい世界で!! 再び君達を見つけ出して見せる!!」
涙を拭い、発進する列車の中から遠ざかるホームに投げかけたのは、決して終わらせはしないという誓いの言葉であった。
とうとう、瓦礫の山に人一人は通れるであろう穴がこじ開けられてしまった。
殺到する敵兵に、狙撃銃「ワインレッド・アドマイアー」が発砲され、弾に仕込まれた爆薬による追撃が周囲の兵を巻き込み炸裂する。
出入り口が狭いうちはこれを繰り返す事で戦線を膠着させることが出来たが、次第に穴は広げられ、同時に突撃してくる敵兵が増えると共に徐々に押し込まれていく。
列車は、既に長距離銃の射程距離からも離脱しつつあった。
だからといって、殿(しんがり)を止めて生き延びるつもりは毛頭ない。
ホームの柱を敢えて遮蔽物にすることなく背を預けて座り込み、次々に繰り出される新たな敵兵を的確に狙撃していく。
――程なくして、千切れ飛んだ右腕と、赤紫の銃が宙を舞った。
無力化に成功した、と確信した敵狙撃手は次の瞬間、何が起きたのかも分らぬまま眉間から血を流していた。
「……片手でも命中させられるわ」
失った右腕から夥しい血を滴らせた赤髪の少女は、残った左腕で紫煙をくゆらせる愛銃を構え、不敵な笑みを浮かべていた。
まるで体の欠損など無いかのように猛攻は続き、その光景への恐怖で足が竦んだのも相俟って敵は尚も徐々にしか戦列を進められないまま時間が過ぎていく。
ホームにたどり着けず力尽きた骸が、いくつ積みあがった頃だろうか。
己の腕であるかのように長大な狙撃銃を敵に向けた態勢のまま、引き金を引かれることが無くなった。
弾切れを誤魔化すハッタリか、と推測し近づいた敵兵は、既にその黄金色の瞳から光が失われていることに気付く。
とうに命に関わる量の血が、失った右腕から流れ尽くしていたのだ。
物言わぬ骸となった少女のコートの中から、色あせた財布が転げ落ち、狐色の夕焼けに照らされていた。
【BAD END 68 ワインレッドの約束】