遊戯王 スターズ!   作:いざかひと

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 ──ライディング・デュエル……それはスピードの世界で進化したデュエル。
 そこに命を懸ける伝説の痣を持つ者達を、人々は5D'sと呼び。
 輝くデュエリスト達に『スター』の称号を贈った……。

 あの戦いから50年。
 『生涯キング』を謳っていたジャック・アトラスは、ライディングデュエル中、謎の光に包まれ、対戦者ともども失踪を遂げる。
 それを皮切りに、全世界でDホイーラーが光の中に消え始めた。
 家族や親友・仲間を失い、悲しむ人々。
 やがて、ライディングデュエル、そしてデュエルそのものが避けられるようになり、人類はデュエルから離れていった……。

 カードの精霊の声を聞ける存在、龍可も、消えた兄を探すため精霊界へ身を投じ、長い旅に出てしまった。

 世界を救いし英雄達が全て居なくなってから……8年。
 『スター』を失ったこの時代において、『謎の痣』の持つ少年がカードと出会い、人とデュエルの絆を再び繋げようとしていた──。


オレはデュエルキングになる男!

 巨大モーメント『遊星号』が設置されている都市、サード・ネオドミノシティにて。

 逆立つ金の髪に青の瞳をもった学生服の少年が、1人で歩いている。

 身長は160㎝ほど。

 主人公、13歳の【五星(ごせい) 遊追(ゆうお)】は、転校早々、大きな悩みを抱えていた。

 周りはヨーロッパ風に造られたレンガの街並み。

 時刻は夕方。

 上空には映像広告が流れていた。

 踊る文面は、『没後10年 不動遊星を偲ぶ特別展 開催中』、『家族で満足! おいでよ! サティスファクションワールド!』などだ。

 少年の歩く通りは、清掃ロボットによってチリひとつない。

 穏やかな未来都市の午後。

 

「『進路希望調査』とか、分かんないよー!」

 辺りに響く、声変わり前の瑞々しい少年の声。

 先生に「明日までに書いてきてね」と、電子データで渡された宿題が、少年の悩みの種だった。

 名前とクラスの欄は文字で埋まっているけど、『なりたい職業』の欄だけ、空白でぴかぴか光っている。

 

「大人になれるかどうか、分かんないし。

 明日のことだって分かんないしー」

 でも適当なことを書く気にはなれなくて、学習用タブレット端末とにらめっこ。

 

「こんな時、死んだ兄ちゃんなら、悩まずバシっと書くのかな……」

 憂いを帯びながら言った顔が、夕日に照らされている。

 

「ぐぬぬ……あー! 誰か相談に乗ってー!」 

 と、頭を抱えながら天に叫んだ少年に。

 

「そういうことなら、君の将来をおじさんが占っちゃおうかな!」

 声をかける者がいた。

 少年が顔を声の方、路地裏に向ける。

 

「さぁ、こっちにおいで!」

 地面にシートと、紙の束、何枚かのカードを置いている男性の姿があった。

 身なりは見るからに怪しい。ローブで全身を隠し、かろうじて口元が見えるだけ。

 

「君、困っているね」

「どうして分かったのさ?」

「ふふっ……それも占いさ」

 あんなに大げさにリアクションとっていたら、誰にだって分かるだろうけど。

 

「おじさんスッゲー!」

 遊追君は人懐っこかった。

 それに、男性が広げている物も気になっていた。

 

「おじさん、これなぁに?」

「知らないのかい? 

 これはね、デュエルモンスターズさ!」

「デュエル……モンスターズ……?」

 首をかしげる少年。

 おじさんは、広げていたカードの1枚『ジャンク・シンクロン』を指で持つと、熱く語り始める。 

 

「世界で一番面白いことさ! 

 ソリッドヴィジョンを使い、モンスターを召喚し、戦わせ、魔法をいくつも発動し煌めかせるゲーム……。

 カードの駆け引き、ターンごとに輝くドラマ、逆境からの大逆転! 

 まさに人生の縮図さ! 

 スタンディングも楽しいけれど、おじさんは何と言ったってライディングデュエルが一番に好きなのさ!」

 おじさんは勢いよく立ち上がると、少年に迫る。

 

「先攻後攻をかけたスピード勝負に、ホイールのテクニック、機体のチューンナップ、それにコースごとに見どころが変わってねぇ!!!!」

 興奮して早口でまくし立てる成人男性。

 

「ソリッドヴィジョン? 

 スタンディング? 

 ライディング?」

「本当に知らないのかい?!」

「あ、うん。全然。

 遊ぶゲームなら他にもいっぱいあるし」

 現代っ子らしくドライに答える遊追。

 

「面白さを伝えたいのに、おじさん無力~!!」

 男性は頭を振って嘆くが、すぐに元気を取り戻した。

 

「ま、カタカナ並べられても分かりにくいよね。

 えーっと君は」

「遊追! 【五星(ごせい) 遊追(ゆうお)】! 

 漢字だとこう書くの! 

 へへっ! 良い名前だろ! 

 顔も美少年だしー!」

 学習用タブレットを見せ、相手に教える少年。

 

「五つの星を追う……か。ドラマチックだねぇ」

 おじさんの目がきらりと光った。

 

「さて、悩める遊追君よ。

 将来をばしっと占ってあげよう! 

 さっ、このデッキから1枚引いてごらん?」

 おじさんが少年の前に差し出した紙の束は、15枚。

 つまりエクストラデッキなのだ。

 

「どこから取ればいいの? 

 一番下? 一番上?」

「おっとっと、そこからか」

 おじさんは体を揺らし、おどけてみせる。

 

「通常は一番上からさ。

 でも、遊追君には特別サービス。

 どこから引いてもいいよ!」

「うーん、じゃあ……」

 少年が選んだのは。

 

「一番下、で。

 なんだか、そこから『ラッキー』を感じるから!」

 ラッキーを謳う少年は、なぜか顔を一瞬くもらせた。

 

「一番下のカードは……じゃじゃーん! 

 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』!」

「カッコいい!」

 素敵なカードが現れて、表情を明るくさせる少年。

 ──ここにいる少年は知らない。

 そのカードが、失踪したジャック・アトラスのものだということを。

 

「占い結果を伝えるぞ! 

 このカードを引けた貴方は、世界で一番のラッキーボーイ! 

 貴方は『デュエルキング』になるしかないでしょう!!」

「『デュエルキング』? 王様ってこと!?」

 思わぬ占い結果に、子どもらしくうろたえるが、喜びも混じっていた。

 

「そうさ! そうさ! そうなのさ! 

 君は王様になるんだ! 

 今は……王様の卵、王子様、デュエル皇太子かな?」

「プリンセスの方が語呂が良くない?」

「うん! じゃあ君はたった今から『プリンセス』!」

 おじさんの早口は続く。

 

「それもただの『プリンセス』じゃないぞ! 

 見る人全ての心を躍らせ、誰もを夢中にさせる、そんな人になるんだ! 

 君がデュエリストになったら、おじさん、その勝負の全てを見ちゃうぞ!!」

「オレ、デュエルモンスターズのこと、あんま知らないんだけど……」

 ぽりぽりと頬をかく少年。

 それはそうだ、ここまでおじさんがテンション上げてるだけで、遊追君には何が何やら。

 

「これから知っていけばいいさ! 

 そのためには……っと」

 後ろから前に、大きな段ボール箱を出すおじさん。

 

「デッキとディスクを持たないとね! 

 これ、占いに付き合ってくれたお礼!」

 中から出てきたのは、デュエルに必要な品の数々。

 

「カードを見てごらん!」

「わぁ! ぴかぴかでキラキラがいっぱい!」

 デッキを広げ、イラストの綺麗さや輝きに魅了される少年。

 続いて、カードの名前を読み上げる。

 

「『追憶の戦士』? 『追憶の従者』?」

「君の名前と同じ『追』の字が入ったカードテーマだよ。

 ささっ、ディスクも付けてみようか!」

「うん!」

 少年は両腕の袖をまくる。

 おじさんは、彼の右腕に『あるもの』を見つけた。

 

「おや、この痣は?」

「ダサいよね、ぽちっと押せるボタンみたいでさ」

 遊追の右の腕には、赤黒い線で形が刻まれている。

 1つの線で描かれたそれは、確かに奇妙だ。

 

「おじさんにはこれ、卵の形に見えるよ」

「卵?」

「そう! 未来と希望が詰まった、無限の可能性を持つ卵!」

「言われると……なんかそう思えてきた! 

 おじさんありがと!」

 お礼を言う少年の左腕に、男性が真っ白なディスクをつける。

 

「こっちもかっこいい!」

 付けた瞬間ディスクは変形し、いつでもデュエルができる状態になった。

 

「どうだい? 気に入ってくれたかな?」

「うん! すっごく!」

 少年は礼を言った後、申し訳なさそうに肩を落とす。

 

「本当に貰って良いの? 

 カードとか道具って高いんじゃあ……。

 オレ、月のお小遣い3000円で……貯金も無くて……」

「良いのさ! 

 おじさんも、素晴らしい占い結果が出て嬉しいのさ! 

 そうだ、40枚のデッキの他に、エクストラデッキのカードも渡さないと……」

 おじさんは懐から、2枚の白いカードを手渡す。

 受け取って少年は、カード名を口にした。

 

「『追憶のスター・ワイバーン』……。

 『追憶のデモン・ワイバーン』……。

 あっ、2枚目の方、さっき引いたドラゴンに似てるかも!」

「ドラゴンってかっこいいだろう? 

 デュエルをするとね、そのドラゴンが映像として出てくるんだ!」

「映像として……」

「そして、そんなかっこいいモンスターを操るのが──君なんだ」

「オレが……」

 渡された白いカード、シンクロモンスターを見つめ、呟く少年。

 

「君は星を追いかけ、やがて星に追いつき、星自身になる! 

 ……おじさん、そんな気がするよ」

 言い終わると、おじさんは空っぽになった段ボール箱に、占い道具という名のカード達を仕舞い始めた。

 

「ありがとう! おじさん! 

 オレ、将来の夢決まった!」

 少年は学習用タブレットにタッチペンを滑らせると、空白だった欄を埋めていく。

 

「オレの将来は──デュエルキングだ!!」

 その道の先に待つ未来が、どれほどのことか知らないまま。

 

「んでさおじさん、デュエルモンスターズのルールって……あれ?」

 目線をタブレットに移したほんの一瞬で、おじさんの姿を見失った遊追。

 

「道具だけ持たされても、何にも分かんないよー!」

 夕闇が迫る路地裏で、西日を受けながらそう叫んだのであった。

 

 少年の姿を、壁の陰より見ている先ほどのおじさん。

 

「そうさ、遊追君、君はキングになるしかないのさ。

 『デュエルキング』に、つまりジャック・アトラスにね……」

 その目には、危うい光が灯っている。

 おじさんは懐からスマートなフォンを出すと、誰かに連絡をした。

 

「戦ってほしい相手がいる。白いデュエルディスクをつけた少年だ。

 ようやく見つけたジャック・アトラスの似姿にして、『降霊の器』だよ。

 まだ卵だから、辛抱強く育ててくれ。

 基本的なルールと、『追憶』デッキの動かし方を教えてあげるんだ」

『……』

 電話に出た相手は無言。

 

「蟲を駆除するしか能の無い君に、新しい役割を与えてあげよう。

 嬉しいだろう? 嬉しいよね? 

 じゃ、そゆことでー」

 最後に、おじさんは電話口の相手の名を出す。

 

「頼んだよ、【指針(ししん) 誘蛾灯(ゆうがとう)】」

 画面は、電話の相手に移る。

 

「……苛立つ! 万物全てに!」

 遊追より5歳年上の青年は、切れた電話に対し声をぶつけた。

 彼はただの人間ではない。

 闇の組織によって改造され、過去の記憶のほとんどを消去された、デュエルサイボーグである。

 

 

 

 

 日が刻々と沈みゆく世界で、少年こと【五星 遊追】は叫ぶ。

 

「ディスクかっこいいけど……外し方が分かんねぇ!」

 左腕にある器具はかっこいいけど、つけっぱだと重いし目立つし。

 

「おじさんに教えてもらえばよかったー!!」

 少年は背を反らしながら天へ叫んだ。

 

「外すのに苦戦している内に、帰るのも遅くなっちゃったし……。

 オレってば、お馬鹿ボーイ……」

 『とぼとぼ』なんて擬音がぴったりなほど、両肩を落として歩く少年に。

 

「ねぇ君……ディスク持ってるってことは、デュエリストだよね?」 

 声をかける者達がいた。

 少年が目を向けた先には、背を丸めて立っている青年が3人も。

 彼らはだぼっとした服を着て、野球帽を目深にかぶっている。

 明らかに、身分を隠したい者達の恰好だ。

 けれど、少年は警戒もせず話し出す。

 

「そう! オレはデュエリスト! 

 それも『デュエルキング』になる男!」

 遊追は先ほど立てたばかりの夢を口にして、夢に相応しいように立ち姿を直した。

 しょんぼりを吹き飛ばして胸を張った彼、金の頭髪が動きを追って揺れた。

 

「へぇー……デュエルキングか」

「って言うと、あのジャック・アトラスの追っかけ?」

「ふーん……」

 少年のはつらつさとは逆に、3人の反応は不穏だ。

 ぼそぼそ喋り、互いの顔を見合わせる。

 

「オレ、さっきデュエルモンスターズについて知ったんだ! 

 お兄さん達も知ってる?」

「ああ知ってるよ……嫌ってほどね……」

「普通の人より詳しいかもだよ」

「ほんと!?」

 遊追は青い瞳を無邪気に輝かせると、出会いの喜びにぴょんと跳ねた。

 3人の内1人が話を繋げる。

 

「もっと教えてあげる。付いてきて」

「うん!」

 満面の笑みで返答する少年に、3人が向けた感情は……軽蔑の眼差しだった。

 しかし少年はそれにも気づかず、デュエルディスクを腕に着けたまま、ご機嫌で歩いていくのであった。

 

 日がさらに沈み、傾き、世界は緋色に染まる。

 

「ここ路地裏……しかも行き止まり……」

 遊追は案内された場所に戸惑う。

 言った通りの行き止まりで、壁はレンガ。

 掃除ロボも来ないのか、枯れ葉や空き缶が隅に転がっている。

 

「ねぇねぇ、デュエルってこういうとこでするの?」

 少年が振り向いた瞬間。

 

「おらぁ!!」

 案内をした3人の男達が殴りかかってきた。

 少年は驚きで尻餅をついてしまったが、それが逆に良かった。

 成人男性の武骨な拳が、からぶったから。

 

「わっ! やめて! 暴力反対!」

 立ち上がれないまま抵抗の声を出したが、男達は怒鳴り声で返してきた。

 

「カードを持ってるお前が、一番危険だろうが!」

「叩きのめしてやる!」

「危険? 叩きのめす?」

 言葉の意味が分からずオウム返しにするが、相手からやってくるのは別なる罵倒だけ。

 

(こんな人達が、オレ以外にも向かって行ったらヤバイ! 

 どうする? セキュリティにつうほ──)

 少年が真っ先に気にするべきは自分のことなのだが、彼はなぜか他の人のことを思った。

 その心を、男達はせせら笑う。

 

「通報したって無駄だぜ? 

 あいつら最近人手不足だ、到着まで30分かかる」

「ディスクを壊した後は、カードを破ってやるよ!」

「デュエルキングになるなんて、言わなきゃよかったのになぁ!」

 3人は拳をぼきぼき鳴らしながら、少年に迫っていく。

 遊追は逃げたくても、行き止まりの方へ下がっていくしかない。

 まるでこの現状が、『デュエルキング』の現状だとでも言わんばかりに。

 少年が成人男性に袋叩きされるまで、あと数秒のところで。

 

「おい──せめてデュエルしろよ」

 凛とした青年の声が響いた。

 

「ああ!?」

 振り向いた男達の前に、誰かが立っている。

 

「……」

 少年の危機に現れた青年は、『美』とつけるに相応しい容貌だった。

 首を傾けた顔半分に、夕日が当たって赤く照らされている。

 肌はやや褐色で、男達を見下す背丈は170㎝後半、目線は銀。 

 うねる髪は黒、長さは背にかかるくらい。 

 形の良い鼻に、薄い唇。

 左耳にだけ『S』の形の金属製ピアスが。

 右の頬には小さな逆三角形のタトゥー……つまり黄色のマーカーがあった。

 

 目元は苛立ちで細くなっているが、そんな表情をしていなければ『あどけない瞳』だろうに。

 服装も異常だった。

 首まで覆う黒のシャツにはベルトが無数に無秩序に巻かれ、その上より黒の長いコートを羽織る。

 手袋、ズボン、ブーツすら黒の有様だ。

 そして。

 

「見ろ! アイツの腕にもあるぞ!」

 夕日を反射するディスクも黒。

 堂々とその腕に着けている。

 

「こいつもデュエリストか!!」

 叫ぶ男に対し、青年はため息交じりに言葉を投げた。

 

「……月が無い夜は、不幸に出会うと思わないか?」

「いま夕方だぞテメェ!!」

「心に月齢の無い雑魚(・・)はこれだから困る……」

 まともな会話をしたくないと感じた青年は、目を閉じてから口を動かす。

 瞳に優美な形のまつ毛が被さった。

 

「なぁ、デュエルしろよ」

 再びの誘いに。

 

「あんな危ないことやりたくねぇよ!」

「そうだそうだ!」

「殴って黙らせてやる!」

 3人は拒絶を示す。

 

「……デュエルの方が、よほど優しかったと思わせてやる」

「うるせぇ!」

 つぶやく青年に、男達の1人が殴りかかったが。

 

「んな?!」

 驚く男の声。

 青年は目を閉じた状態で身を(かわ)すと、腰を低くして体に力を込め、反撃として、男の腹へ拳を叩き込んだ。

 

「がふっ……」

 たったそれだけで、成人の体が路地裏に沈む。

 

「先に害されたので、俺は抵抗した。

 これは誰が見ても素晴らしき正当防衛だ」

 胸に手を当てながら宣言する青年に、残る2人は近くにあるものを投げ始めた。

 

「うわぁぁぁ!! 来るなぁぁぁ!!」

 仲間がやられたことでパニックになったのだ。

 けど、その抵抗も。

 

「はじかれた!?」

 青年が(まと)うコートを広げれば防がれてしまう。

 コートの裏で彼が言った。

 

「俺のコートはプレミアムでね。

 ……されど汚れが付いたわ! 貴様の悲鳴で(そそ)げ!」

 青年はコートを相手側に投げ、視界を封じる。

 続いて高速で前に出ると足払いし、2人とも転倒させた。

 

「ひん!」

「ぴよ!」

 尻を強打し、悲鳴を上げる2人の男。

 青年はコートを華麗に着なおしながら、無様な姿になった者どもを笑う。

 

「雑魚がいくら集まろうと雑魚だ!! 

 0に0をいくらかけようと0のように!! 

 ひ……ひゃは、はははははははは!!!!!!!!」 

 笑う声は路地の間を反射し、増幅され、青年の狂気をありありと示す。

 彼は笑みを見せていた、目元すら歪む笑み。

 しかし、歓喜は唐突に止まる。

 

「健全な青少年の前だ、これくらいで済ませてやる」

 まるで、おもちゃに急に興味を無くした子どものように、テンションが平常に戻った。

 

「無様に逃げるがいい、雑魚が」

 男達にすら興味を無くし、追い払うジェスチャーを片手で行う。

 言われた三人は、青年の真横を走り抜け逃げていった。

 

「動いたらお腹空いた……。

 お家に帰りたいな……」

 コートの裾についた埃を手で叩く青年へ、近づく者が。

 

「助けてくれてありがと! 真っ黒な兄ちゃん!」

 【五星 遊追】である。

 尻もちの痛みも引いたので、救い主へ礼を言いに来たのだ。

 彼はつくづく純粋な男である。

 

「だろう」

 青年は腕を組みながら語り始める

 

「かっこよかった、だろう」

「うん! かっこよかった! 

 コートひらひらーってしてたのが」

「当然だ。

 俺のコートは『ジャック・アトラス&不動遊星 完☆全☆監☆修! 応募者抽選販売プレミアム☆ブラックコート』なのだからな!」

 青年はその場でターンしながら、コートの布地を躍らせ、身に纏う物を誇ったが。

 

「????」

 物のすごさが分からない少年は、瞳を丸くし、『何言ってるのかな?』な顔。

 

「????」

 青年の方も、瞳を丸くし口を閉じ、『この服の素晴らしさがなぜ伝わらない?』の顔をしたのであった。

 

 

 

 

 男達が戻ってくる可能性を警戒した少年と青年は、連れ立って歩き、路地裏を離れた。

 時間は経過し日は沈み、未来都市に静かな夜が来る。

 2人は円状の公園にたどり着いた。

 今目の前には、簡単な飲食物の自動販売機がある。

 

 

 

 

「お礼におごるよ。

 なにがいい? オレはホットウーロン茶にするけど」

 春先なので、夜は肌寒い。

 温かい物が欲しくなった遊追は、自分の分を買った後、青年に聞くが。

 

「アイスがいい」

 季節を考えていない提案に驚いた。

 青年の目線の先、自販機メニューの一番上に、バニラ味の棒アイスが売っている。

 

「えっ? 体冷えね?」

「良いんだ。

 俺はいつだってアイスが好きなんだ」

「そうなんだ」

 遊追は深く追求せず、買ったアイスを手渡した。

 2人はベンチに腰を下ろし、それぞれ飲食する。

 目の前には停止した噴水。

 四方には白い光の電灯と、稼働してるだけで意味をなしていない誘蛾灯があった。

 

「寒い季節のアイスは良い。

 軽々に溶けないからな」

 棒アイスをがじがじ半分ほど食らった後に、青年は遊追へ声をかける。

 

「災難だったな、カードとディスクを持ってるだけで襲われるなんて。

 ふふっ、手放したくなったんじゃないか?」

 遊追の腕には相変わらず、真白なディスクが付いたままである。

 

「思わない! 

 だって、オレってばラッキーボーイだし!」

「ラッキーボーイ」

「そう!」

 遊追は元気な声で話を続けようとしたが。

 

「危ない目に遭っても、オレはなんとかなるんだ。

 なんとか、なっちゃうんだ……」

 途中でなぜか気落ちしてしまった。

 その様子を、青年の銀の瞳がぎょろりと観察する。

 

「ほら今日だってさ、兄ちゃんが助けてくれたし!」

「兄ちゃん、ではない」

「あっそっか、お名前があるんだな。

 オレ、【五星 遊追】! 

 兄ちゃんは?」

 元気を取り戻した声で問われた青年は、けだるげな目線を遠くに投げた。

 

「……誘蛾灯」

 目の向いた先は、公園の片隅にある誘蛾灯だ。

 

「【指針(ししん) 誘蛾灯(ゆうがとう)】である」

「へぇー!」

「おかしな名前だろう? 俺自身も──」

 『そう思うんだよ滑稽だよな馬鹿みたい雑魚みたい』と言葉を続けようとしたのに、青年の思惑は少年に破られた。

 

「ゆーがとーって、綺麗な響きだな!」

「……、……、……は?」

 青年はたっぷりと沈黙してから、ようやくその一言を出せた。

 機械である指先が、過剰に熱を帯び始める。 

 遊追は無邪気な声で続きを話す。

 

「『ゆ』って言葉の後に、『が』ってきて、その後『とー』って抜けるじゃん。 

 音の話な。

 綺麗な響きだと思う、オレは」

「……」

「アイス落ちそう!」

「……ああ本当だ、溶け落ちそうだ」

 指摘を受けた青年は、輪郭を丸くしていたバニラ味を一口で食べてしまった。

 食後、口をハンカチで拭きながら、誘蛾灯が遊追を見る。

 

「ディスクの外し方を教えてやろうか」

「いいの?!」

「いいよ。これはアイスのおまけだ」

「サンキュ! ゆーがとー!」

「……」

 青年は銀の瞳で静かに少年を見てから、ハンカチの下で唇を弧の形に歪めた。

 

「でも外す前に、デュエルしないか?」

「えっ、兄ちゃんデュエルできるの!?」

「このディスクが見えんのか? 

 オレはデュエリストだ。

 それも……かなり、やる方の」

「やる方なんだー!!」

 遊追は立ち上がると喜びで跳ねた。少年の癖である。

 勢いのままに喋り出す。

 

「オレさ、『デュエルキング』になりたいんだ!! 

 そして卵でプリンセスなの! 

 でも誰もデュエル教えてくれなくて……やり方も分かんなくて……ディスクも外せなくて……」

 後半にかけて落ち込んできた少年の肩を、青年は元気づけるため、指でリズムよく叩いてから立ち上がった。

 

「はじめはみんな初心者だ。

 俺だって、誰かに教えてもらったから今がある。

 誰かに……」

 話す青年の脳裏に、ノイズがひどい記憶が蘇る。

 

『デュエルは楽しいだろう? ■■。

 だからもっとカードを信じて、練習を積むんだ。

 そうすれば、デッキとお前の間に絆が生まれる。

 俺は……お前を……みんなと……』

 誰かの右頬には、黄色いラインのマーカーがあった。

 青年は記憶の再生を止め、現実を見る。

 

「ディスクには練習モードがある。

 それを使って、少しずつ勉強していこう」

「げっ! オレ勉強にがて!」

「言い方が悪かったな。

 デュエルは楽しいものだよ、俺もそう思ってい……た」

「楽しいなら好きかも!」

 話し終えた2人は、停止している噴水の横まで移動した。

 誘蛾灯が遊追のディスクに触れ、スイッチをつけ、モード切替を行う。

 

「ディスクを練習モードで起動させた。

 初めてのお前でも、細かなところまで確認しながらできるはずだ」

「ありがと! 誘蛾灯!」

「うん……」

 青年は相手の好意を受け流す返答をしながら、遊追に文章データを送る。

 

「これがデュエルの基本的な流れかな」

「わー!! 

 カタカナに漢字がいっぱい!!」

 ディスクから立体映像として出てきた文章、その量の多さに悲鳴が。

 

「読むより、実際にやった方が身につくよ。

 じゃあ……」

 誘蛾灯が、少年に対戦メッセージを送った。

 

「俺とデュエルしてくれるかな?」

「うん!!」

 対戦の申し出、立体で出てきた『Yes』を指で押す遊追。

 その『どこまでも普通な少年』の姿を見ながら、誘蛾灯は思った。

 

(お前がジャック・アトラスの『降霊の器』として相応しいか、見定めてやろう……)

 と。

 

「デュエルで、一番大事なことをおさらいしようか。

 さっき送ったルールブックを読んでみて」

「えっと、このゲームの勝利条件は『相手のライフポイントを0にすることです』と」

「基本は4000。今回は練習モードだから2000に設定した」

 夜の公園で、2人は穏やかに勝負を開始する。

 話す誘蛾灯の声も優しい。

 

「それ以外にも特殊な勝利条件がいっぱいあるけど、後で覚えればいい」

「分かった!」

「先攻と後攻については?」

「囲碁とか将棋とかと一緒でしょ? 

 そんくらいは分かるって!」

「今日は練習だから、お前が先行だ」

「よっしゃ嬉しい!」

 少年はぴょんぴょん跳ねてから、自分の白いデュエルディスクに目を向けた。

 

「手札として、シャッフルしたデッキから5枚とる……と」

 少年の引いた札は、青や赤が多かった。

 

(カードを置くと、召喚できるんだよな……。

 えい! 出てこいカッコいいやつ!)

 深く考えずディスクに置こうとしたが、エラー表示が出てしまう。

 見かねた誘蛾灯が助け船を出した。

 

「そこはモンスターゾーン。モンスターしか置けない。

 今お前が握っているのは、赤や青のカードだったりしないか?」

「えー! モンスターカード以外は召喚できないのー!?」

 おじさんに言われたみたいな、カッコいいモンスターが呼べないことに驚く少年。

 

「基本的にはそうだ。

 ……例外もあるけど」

 誘蛾灯の銀の瞳が泳ぐ。

 

「例外いっぱいあるのなー」

「歴史あるゲームだからな」

 例外がありすぎる。

 

「じゃあ、今のオレにできるのは」

「手札にモンスターカードが無いなら、魔法カードを場に出すか、トラップカードを置くことだ。

 トラップカードの扱いには注意しろ。

 それは裏側……相手に情報を与えない状態で場に置くものなんだ」

「と言いますと?」

 頭ごと体を傾げた少年に、誘蛾灯は説明をつけ足す。

 

「イノシシやクマを捕まえる罠があるだろう? 

 例えばそれが、見え見えの位置にあったら、獣はどう歩くかな」

「罠を避ける……かも」

「その通り。

 トラップカードは相手の裏をかくためのもの。

 だから、隠せる方、裏側で置くし」

「効果が出るまで、時間かかるってことね!」

 ふむふむとうなづく遊追。

 飲み込みが早い。勉強は苦手だけど頭は悪くないのだ。

 

「じゃあ俺は、罠と魔法ゾーンにカードを2枚置きます! 

 これでえっと、おしまい!」

「ターンエンドと言う」

「ターンエンド!」

 遊追の初手が終わり、誘蛾灯の番に移る。

 

「ドロー!」

 黒いデュエルディスクから、青年は美しい動きで1枚引く。

 

「あっ! デッキから1枚取った!」

「後攻は、ターンの開始時に1枚山札から引くことができる。

 これをドローと言い、これをやるのをドローフェイズと呼ぶ」

「手札が増えていいなーいいなー」

「焦るな。

 俺のターンが終われば、お前のドローフェイズがやってくる。

 そして次のフェイズに移行だ。

 お前、ディスクの表示を見てみろ」

 指示された通り、遊追の緑の瞳がそこへ向く。

 

「『今は相手のスタンバイフェイズです』って書いてある」

「そして、フェイズがさらに進む。

 俺のメインフェイズという訳だな。

 このフェイズでは様々なことができる。

 例えば……」

 青年は慣れた手つきで、カードをメインモンスターゾーンへ置いた。

 

「『ブラッド・ヴォルス』を通常召喚」

【ブラッド・ヴォルス 星4/ 闇 / 獣戦士族 / 攻1900 / 守1200】

 斧を持った褐色肌のたくましい戦士が、質感を伴い公園に降り立った。

 モンスターは息を吐くと、相手プレイヤーを威嚇する。

 

「かっけー!! 

 オレも早く召喚したい!」

 いまだ何のモンスターも出せないでいる遊追は、相手の行動を羨んだ。

 彼の青の瞳が興奮で輝いている。

 

「笑顔でいられるのも今のうちかもな。

 メインフェイズを終了して、バトルフェイズに移る。

 俺は、『ブラッド・ヴォルス』でダイレクトアタック」

「わっわっ!」

 映像とはいえそこはデュエル、(いくさ)の場だ。

 モンスターは地面を踏みしめながら近づき、遊追へ斧を振り上げた。

 迫力に少年は後ずさる……が、そこでモンスターの動きは止まる。

 

「さて、俺の攻撃に対し、できることがある。

 分かるか?」

「さっき伏せたカード達!」

「発動可能なものを、ディスクが光で教えてくれているはずだ」

「あるある! 1枚ある!」

 少年は、ディスクにセットしていたカードを読み上げる。

 

「オレは『追憶のかかし』を……えっと、発動だい!」

「良いカードだ」

 遊追の前に、青白い光を纏う鉄製のかかしが立った。

 

「効果を自分で読み上げてみなさい」

「えっと……。

 『相手モンスターの攻撃宣言時に、その攻撃モンスター1体を対象として発動できる。

 その攻撃を無効にする。

 発動後このカードは墓地へ送らず、手札に戻す』」

 『ブラッド・ヴォルス』は斧を振り下ろしたが、かかしに刺さり、攻撃は不発。

 遊追は自分を守ってくれたカードを見る。

 

「サンキュ! かかし!」

 礼を言ってから手札に戻す。

 これで、遊追の伏せカードは残り1枚。

 

「今回は『手札に戻す効果』だったが、ここが『デッキに戻す』となってるカードもある」

「へぇー!!」

「テキストには書かれていないが、デッキにカードが戻った時は、シャッフルをするのが規定だ。

 細かいことは機械がやってくれもするけど、知識を頭に入れておくのは大切だ」

 誘蛾灯が、自らの頭を指さしながら言う。

 

「書かれてないこともあるのかー」

「知っている者には伝わるだろうと、文を省略しているわけだな」

「書かれてること覚えるだけでも大変なのに、書いてないことも覚えないダメなんて! 

 すっごく……」

「めんどくさいか?」

 少年が体を丸めたので、黒と銀の青年は思わずそんな声をかけた。

 

「違うよ! すっごく、面白い! 

 もっと色んなカードのテキスト読んでみたい!」

 丸めたのは、大きくジャンプするための準備。

 少年は喜びを全身で表現し、それはそれは高く跳ねた。

 彼の姿を見ながら、誘蛾灯は考える。

 

(これがジャック・アトラス『降霊の器』……? 

 容姿こそ多少似ているが、目の色も違うし性格だって……。

 こんな初心者が、あの絶対王者になれるのか……?)

 ──ジャック・アトラス。

 19歳にしてネオドミノシティのキングとなった、天才デュエリスト。

 その後シティを飛び出し、カードの世界王者になってからは、一度あった怪我での試合辞退以外には無敗で、その地位を60代になるまで守り抜いた。

 彼は、紫の瞳に燃えるような覇気を宿し、圧倒的デュエルタクティクスで、挑戦者のことごとくを握りつぶしてきたのだ。

 ……突如、失踪するまでは。

 

 竜と悪魔を(しもべ)とし、天地海(てんちかい)すら支配する、苛烈にして紅蓮の賢王。

 それが、誘蛾灯の思うジャック・アトラス。

 その無敗さに、青年は強く魅せられていた。

 だって青年は──デュエルに負けると死んでしまう、哀れなサイボーグですからね。

 

「えっと、オレのターン来た! 

 まずはドローしてっ……と」

 王の追憶から、誘蛾灯はここに立つ少年へ目を向ける。

 どう見ても、王者ジャック・アトラスのような闘気は感じられない。

 

「星が4だから、このまま召喚できるな!」

 ただただ、『カードを楽しく遊ぶ少年』としか、誘蛾灯の目には映らない。

 

「『追憶の戦士』を召喚!」

【追憶の戦士 星4/光/戦士族/攻1000/守500】

 見定められている少年は、にっこり笑いながらモンスターを場に出した。

 (かたわ)らに、先ほどのかかしと同じ、青白い光を宿す鎧姿の戦士が降り立つ。

 

「やっとモンスターが出せた! 

 かっけぇ!!」

 少年は戦士に近づき、上からも下からも左右からもじっくりと観察した。

 

「これが、俺のモンスター……」

 瞳を潤ませるほど感動している。

 遊追の純真な姿は、誘蛾灯にある声を思い出させた。

 

『シンクロ召喚! 

 ■■■■■■・ドラゴン!』

 それは、遠い過去の記憶。

 召喚された竜の羽ばたきが室内に風を起こし、当時少年だった誘蛾灯を驚かせる。

 

『これが■■■■のドラゴンなんだね! 

 わぁ……きっとかっこいいんだろうな!』

 声を弾ませる自分自身を、現在の誘蛾灯が他人事のように見る。

 次に、それを召喚した人物へ目を向けたが。

 

『■■■■■■──■■■■■■、■■■■■■』

 声も姿も黒のノイズまみれ。

 うぞうぞと動く、人型の怪物にしか見えない。

 

(失われた記憶、失われた絆……か)

 青年は想う。

 きっとこの怪物(・・)は、過去の俺にとって大切なヒト(・・)だったのだろう。

 

(壊れた記憶に意味は無いがな)

 ノイズはゴミだ、ゴミはダストだ。

 最後には捨てなければならない。

 誘蛾灯を深いため息を吐いてから、モンスターを大興奮で見ている遊追に声をかけた。

 

「おーい、ゲームを進めてくれ」

「あ、ごめんな。

 つい夢中になっちゃって……」

「夢中?」

「そうだぜ!」

 少年は、自分の前に立つ騎士に手のひらを差し出した。

 

「だってさ、こんなに頼もしい騎士の主人が、オレなんだよ! 

 そんなの夢みたいじゃん! 

 おとぎ話の王子様になった気分!」

 目を輝かせ、はつらつと話す少年の姿に、誘蛾灯の脳内で幼い自分の声が蘇る。

 先ほどの続きだ。

 

『こんなに素敵なモンスターといっしょにいられるなんて、夢みたい! 

 ぼく、デュエルモンスターズ大好き!』

 純真に楽しんでいたあの頃の。

 

(くそ、くそっ! 

 今日の俺は不調だ、意味のないことばかりが脳に満ちる……!)

 誘蛾灯は前かがみになると、頭を押さえた。

 ずきずき痛むのだ。

 

「えと、大丈夫、か?」

「問題ない! 進めろ!」

「わ、分かった。

 体調悪いなら休んでいいからな……?」

 遊追はフェイズを移行させたが。

 

「バトルしたい……けど、攻撃力で負けてるや」

 数字の大小が強さであることくらい、分かっている。

 

「……そういう時は、裏側守備表示で出すのもひとつの手だ」

 誘蛾灯は自分のボスから出された指令、『遊追を育てる』を遂行すべく、背筋をふらつきながらも立たせた。

 

「裏側守備表示?」

「ルールブック読め」

「ほへー、なるほどー……」

 少年は言われた通りディスクから映像を出し、文字を読んでいる。

 

「今回はバトルしないぜ! 

 うーん、なかなか誘蛾灯みたいにできないなー。

 まぁいいや、ターンエンド!」

「俺の番手だ、ドロー!」

 少年と青年はゲームを進めていく。

 

「俺は『異次元の女戦士』を召喚」

【異次元の女戦士 星4/光属性/戦士族/攻1500/守1600】

 『ブラッド・ヴォルス』の隣に立ったのは、鋭い眼光をした金髪の女性。

 未来を感じさせる黒のスーツを着ており、手には白く光る剣が。

 

「バトルだ! 

 『異次元の女』よ、『追憶の戦士』を攻撃しろ! 

 ふー……さて、この俺の行動に対し、お前は何をする?」

「がんばれー!」

「そういうことじゃなーい!」

 と言った瞬間、誘蛾灯は自分の頭痛が和らぐのを感じた。

 これは。

 

(あれ……俺、いま笑顔だ……)

 彼は、自分の生殺与奪を握っている組織に命ぜられるまま、デュエルを繰り返していた。

 負ければ己の心臓が停止する、闇のデュエルを。

 心にあるのは、苛立ち・嫌悪・嘆きばかりだったのに。

 

(この気持ち……なに……?)

 遊追がカードの1枚1枚で表情をころころ変えるのが、見ていて楽しい。

 ルールについて教える度、濁っていた心がクリアになっていく。

 まるで、ずっと曇天だった空が、竜の羽ばたきで晴れ渡るかのような──。

 

(今日の俺、変だなぁ……。

 デュエルを楽しいって思うなんて……)

 彼は久方ぶりに、正の感情を取り戻しつつあった。

 

「い、『異次元の女戦士』の方が攻撃力が高いので、お前の『追憶の戦士』を破壊だ! 

 そしてダメージ計算を行い」

「オレが500のダメージを受けると! 

 やー! デュエルキングへの道は厳しいぜ!」

 LP 2000→1500

 攻撃を受けて遊追は体を縮こませたが、笑顔は失っていない。

 

「ちょっと怖いけど、これならまだ楽しいかも!」

 劣勢だというのに、表情は楽しさを保ったまま。

 この有り様は、彼が持つ王の資質かもしれない。

 

「破壊されたカードは墓地に行くから……あれ? 

 誘蛾灯の『異次元の女戦士』が居なくなってる! 

 『追憶の戦士』もどこだー?」

 思った場所にカードが見つけられず、周りをきょろきょろする遊追。

 

「ディスクの指示を見ろ」

「うん! っとと、墓地じゃなくてここは……『除外ゾーン』? 

 除外って世界もあるのか」

「これが『異次元の女戦士』の効果だ。

 戦闘後、戦った双方のモンスターを除外できる。

 これは任意の効果で、しないこともできる」

「へぇー……」

 新しい概念に出会い、少年は瞳を細めて考え込む。

 

「カードの居場所についておさらいしよう。

 それは基本的に5いや6種類ある。

 山札・手札・フィールド・墓地・除外。

 そして」

「て?」

「……お前に、新しい世界を見せてやろう」

 誘蛾灯のターンだ。

 彼はドローするなり、1枚のモンスターカードを場に出す。

 

「俺は手札から『追憶の竜機』を召喚!」

【追憶の竜機 星4/光属性/機械族/攻1200/守1500】

 

「オレと同じ『追憶』のカード!?」

 他の『追憶』達と同じく、青白い光を纏った機械竜が現れる。

 竜は誰かを求めるように甲高く鳴いた。

 

「このカードは双子でね! 兄は妹を呼び寄せる! 

 デッキより『追憶の妖精姫』を特殊召喚!」

【追憶の妖精姫 星3/光属性/魔法使い族/チューナー/攻800/守1500】

 声に応じる者がふわりと並び立つ。

 『姫』の名に相応しく、彼女は薄絹のドレスを着ていた。

 顔はヴェールに覆われ、よく見えない。

 

「そして、レベル4の『追憶の竜機』に、レベル3『追憶の妖精姫』をチューニング!」

「ななな、なんだぁ!?」

 2体のモンスターは上空に飛び立つと、互いの手を取り合った。

 誘蛾灯は拳を天に突き出すと、モンスターの降臨を招く口上を謳いだす。

 

「星なき世界で人は、ただ過去を懐かしみ、未来を閉ざす……。

 シンクロ召喚! 来い! 英雄の似姿! 

 『追憶の竜騎姫』!」

【追憶の竜騎姫 星7/光属性/機械族/攻2000/守2000】

 竜機に姫が(またが)った姿のモンスターが、夜の公園の街灯を揺らしながら、フィールドに降り立った。

 それを指さし、誘蛾灯は銀の瞳を大きく開くと、迫真の表情で相手に伝える。

 

「これがカードの第6の居場所、エクストラデッキからやってきた者だ!」

 と。

 

「このモンスターの召喚に成功した時、デッキから装備魔法かフィールド魔法を1枚手札に加えることができる! 

 俺はフィールド魔法『追憶の庭』を手札に!」

「そして、山札はシャッフルされる……」

「覚えてきたな!」

 相手の学習の速さに、誘蛾灯も笑みを浮かべずにはいられなかった。

 全身が熱くなり、彼の感情も高ぶってくる。

 

「フィールド魔法、『追憶の庭』をセットオン!」

 激しい指先の動きと共に、カードがディスクのあるべき位置に収まる。

 

「このカードが存在する限り、フィールド上に表側表示で存在する『追憶』と名の付くモンスターの攻撃力・守備力は300ポイントアップ! 

 そして、『追憶』と名の付くモンスターが除外された時、そのカードを墓地へ戻す!」

「公園の風景が!!」

 足元は草に覆われ、噴水やベンチといった人工物はツル植物に埋もれた。 

 静かな闇の中にあった遠い街並みが、木々と霧に覆われ見えなくなる。

 空は逆に明るくなり、白く薄い雲が全体にかかった。

 全て、ソリッドヴィジョンの御業(みわざ)

 

(オレのとこにモンスターは居ない! 

 ダイレクトアタックされて負け──)

「バトル、しない。

 カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 遊追の焦りとは裏腹に、誘蛾灯は自分の番手を優雅に閉めた。

 そして手札で目を隠すと、口元をにやけさせる。

 

「すまない、初心者相手にかっとなってしまった。

 ごめんなぁ、鮮やかにデュエルしてしまって」

 彼の前には、シンクロモンスターを含む勇ましい者達が2体。

 『ブラッド・ヴォルス』、『追憶の竜騎姫』。

 フィールド魔法に伏せカードまである。

 

「むぐぐ……」

 相手の態度に遊追は、唇を噛み、右の拳を震わせた。

 

「このままだと俺の勝ちだが、初心者相手にそれは可愛そうだ。

 よって、1ターンあげよう。

 さて……与えられた猶予で、どう踊る?」

「踊りは苦手なんだよなー! 

 体育だいっきらいだし! 

 見てろ! 1ターン与えたこと後悔させてやる! 

 ドロー!」

 少年は引けたカードへ素早く目線を送る。

 『追憶』と付いたモンスターカードだが、敵の前に出すには頼りない攻撃力。

 

(考えろ、考えろ……負けない状況にするためには。 

 うん、ダイレクトアタックを防ぐため、モンスターゾーンを埋めたいな。

 あっ! さっき伏せた罠カード!)

 少年は思考を巡らせ、1枚のカードをオープンした。

 

「トラップ発動! 『追憶の始まり』! 

 『追憶』と名の付くカードを1枚捨てることで、デッキから『追憶』と名の付く星4以下のモンスターを特殊召喚する! 

 オレが捨てるのは『追憶の従者』! 召喚するのは『追憶の勇者』!」

【追憶の勇者 星4/光属性/戦士族/攻1200/守500】

 皮鎧を着た、黒髪の青年が召喚される。

 腰の剣を抜くと、主を守るため前へ躍り出た。

 その顔はやはり青白い光に覆われてよく見えない……が、右頬に黄色いラインの刺青がある。

 

「墓地に行った『従者』の効果を発動! 

 フィールドに自分以外の『追憶』と名の付く星4以下のモンスターがいる場合、墓地にあるこのカードを特殊召喚できる! 

 こい!」

【追憶の従者 星3/光属性/戦士族/チューナー/攻300/守300】

 『勇者』の隣に小さな小人が寄り添った。例外なく、青白い光に包まれている。

 

「そしてオレは『勇者』と『従者』でシンクロ召喚を行う! 

 ……来てくれ! カッコいいやつ! 

 召喚! 『追憶のスター・ワイバーン』!」

【追憶のスター・ワイバーン 星7/光属性/ドラゴン族/チューナー/攻2000/守1000】

 2つの追憶を糧に、エクストラデッキから白銀の竜が軽やかに飛び立った。

 腕の無い竜、ゆえにワイバーン。

 そのモンスターは上空を飛び周り、戦場を俯瞰(ふかん)する。

 

「まだ行ける! 通常召喚権が残ってる! 

 出てこい! 『追憶の王』!」

【追憶の王 星4/光属性/魔法使い族/攻1500/守100】

 竜が見守るその下に、王と呼ばれたモンスターが。

 青白い光に覆われていても、彼が豪華なマントを羽織り、斧を持っていることは分かった。

 金の髪と耳を飾るピアスが、竜の生み出す風に揺れる。

 

「墓地に行った『従者』の効果を発動! 

 えっと、コイツは本当はシンクロ素材にした時、除外されるんだけど……。

 今はフィールド魔法『追憶の庭』の効果で、墓地に戻ってるから効果が使える! 

 もう一度出てこい! 『従者』!」

 王の側に駆けつける小人。

 チューナーモンスターと他のモンスターが揃ったのだ、当然やることは。

 

「こっちも出せる! 

 来い! オレのご機嫌ラッキーカード! 

 シンクロ召喚! 『追憶のデモン・ワイバーン』!」

【追憶のデモン・ワイバーン 星7/闇属性/ドラゴン族/攻2100/守0】

 謎の人物より託された赤黒の竜が登場する。

 草に覆われた地面を強く蹴り、空に飛び立つと、先に召喚された『スター・ワイバーン』に噛みつこうとして、相手の尻尾で頭を叩かれた。

 2匹は兄弟竜なのだ。

 フィールドを自由に飛ぶ白の竜と黒の竜を指さし、遊追は叫ぶ。

 

「やったやった!! カッコいい!!」

 空っぽだった場所に、強力な竜を2体も呼ぶことができた。

 心は喜びでいっぱいである。

 

(遊び方、掴めて来たかも! 

 『追憶』テーマって、自分の墓地にモンスターを送らないと始まらないんだ!)

 盤面を整えた少年はバトルフェイズに移る。

 

「行こう! 『スター・ワイバーン』で『ブラッド・ヴォルス』を攻撃!」

 竜は少年の指示通りに動く。褐色の戦士に空より襲いかかった。

 攻撃を受けた方は、プリズムの欠片となって砕け散る。

 血や肉を巻き散らかすような描写は発生しない。

 これは楽しいゲームなので。

 

「そして戦闘ダメージが発生! 

『スター・ワイバーン』の攻撃力は、フィールド魔法のおかげで2300。

『ブラッド・ヴォルス』が1900だから、誘蛾灯に400のダメージ!」

「くっ!」

 誘蛾灯LP 2000→1600

 

「続けてバトル! 

 行って、『デモン・ワイバーン』! 

 狙うのは『追憶の竜騎姫』!」

 共に『追憶』カードなので攻撃力がアップしているが、『デモン・ワイバーン』の方が100だけ高い。

 赤と黒の竜は、機械竜の上から姫を翼で叩き落とすと、尻尾で諸共に粉砕した。

 フィールド魔法によって霧の立ち込める空間に、プリズムの欠片が飛び散る。

 誘蛾灯LP 1600→1500

 

「1ターンで大逆転! これでターンエンド! 

 どうだ!」

 対戦相手に胸を張る少年の前に、2匹の竜が。

 それぞれに光と闇の眼光を宿し、誘蛾灯へ睨みを効かせている。

 

「よくぞ……ここまで」

 青年は手札で目元を隠すのを止め、遊追へ穏やかな顔を向ける。

 

「見直したか?」

「ああ、見直したよ……」

 そして、感心したかのような息を吐いてから。

 

「──俺のエースが輝く、最高の盤面にしてくれたってなぁ!!」

 口角を上げる凶悪な笑みを浮かべた。

 同時に、頭の中で叫ぶ。

 

(こんなところで負けて、死んでたまるか!!)

 と。

 

「ドロー! 

 俺は『ダスト・F(ファスト)・ウォリアー』を召喚!」

【ダスト・F(ファスト)・ウォリアー 星4/闇/機械族/攻500/守0】

 

「『追憶』モンスターじゃない?!」

 驚きで後ずさる遊追。

 そう、この『ダスト』こそ誘蛾灯の真のデッキ。

 箒で集められ、最後には捨てられる『屑』が彼の心、彼の現状、彼の魂。

 

「そしてトラップ発動! 『スクラップ・ダスト』! 

 星4闇属性モンスター1体をリリースすることで、星2以下闇属性モンスターをデッキより2体特殊召喚できる!」

 召喚された機械兵は、トラップカードから伸びたアームに捕まえられた。

 そして歯車の回転する中へ放り込まれ、光の欠片になるまで砕かれる。

 

「せっかく来てくれたモンスターを、そんな、ぐちゃって……」

 初心者であり、カード1枚1枚を愛する少年には信じられない戦法。

 だが、デュエリストとして強くなるためには、時に仲間の犠牲を払わなければならない。

 

「現れよ! 『ダスト・シンクロン』、『ダスト・ヘッジホッグ』!」

【ダスト・シンクロン 星2/闇属性/機械族/チューナー/攻500/守0】

【ダスト・ヘッジホッグ 星2/闇属性/機械族/攻500/守0】

 

「『ダスト・シンクロン』の効果発動! 

 このモンスターの召喚に成功した時、ライフを800ポイント支払うことで、墓地にある星4以下闇属性モンスター1体を、効果を無くし攻守ともに0にして特殊召喚できる! 

 来い! 『ダスト・F・ウォリアー』!」

 誘蛾灯LP 1500→700

 青年のモンスターゾーンに、黒い塵にまみれたガラクタの生き物が集まった。

 赤い眼光を光らせ、自分達より美しく真っ当な存在であるワイバーンを睨みつける。

 

「さぁ! デュエルを終わらせるものを、ここに招こう! 

 俺は! 2体のモンスターに『ダスト・シンクロン』をチューニング! 

 星の数は4+2+2!」

「8ってことは……ワイバーン達より大きい!?」

「絶望しろ!!」

 誘蛾灯が指さした頭上には、暗い雲が生まれていた。

 そこにシンクロ素材のモンスターが吸い込まれ、音を立て壊れながら、形を変えていく。

 

「集いし塵が、誰かの願いを磨り潰す……。

 シンクロ召喚! 光り消す道となれ! 

 翼無き残塊(ざんかい)! 『ジャンクアイズ・ダストドラゴン』!」

 魔法の効果で大自然となっているフィールドに、圧倒的なまでの人工物が出現する。

 黒い塵と鉄くずで出来た巨竜が、重量感を伴って地に降りた。

 その背にあるのは、中ほどで折れてしまった橋の翼。

 これでは、もうどこにも行けやしない。

 

『──!!!!!!!』

【ジャンクアイズ・ダストドラゴン 星8/闇属性/機械族/攻3000/守0】

 竜は、壊れたランプの瞳で世界を虚ろに見渡すと、金属の喉で咆哮した。

 悲鳴の如き叫びが、場にいる者全てを苛む。

 

「あのモンスター……見ているだけで胸がずきずきする……」

 遊追は背を丸め、突然の痛みに心臓へ手を当てる。

 無理もない、まだ彼は少年。モンスターの迫力に圧されたのだ。

 そしてこのカードこそ、英雄『不動遊星』の心の闇より抽出されしもの。

 

『──!!!!!!!』

 罪悪に苦しみながら、世界を蝕む闇の竜。

 咆哮を繰り返す度、割れたランプの瞳から赤いオイルがこぼれ落ちた。

 

「『ジャンクアイズ・ダストドラゴン』の効果発動! 

 このカードのシンクロ召喚に成功した時、墓地にある闇属性モンスターを4枚除外し! 

 この竜以外の、場にある全てのカードを破壊する!!」

「なんだって!?」

「磨り潰せ『ジャンクアイズ』! ゼロリバース!!!!!」

 竜が金切り声を上げれば、塵交じりの黒い嵐が起こり、フィールドの全てを削り取った。

 遊追の前にワイバーン達は集まり、彼を守ろうとしたが、力及ばず砕け散る。

 フィールド魔法も壊れ、霧に満ちた神秘の庭が、現代の公園に戻っていく。

 伏せカードは後方へ飛ばされた。

 上空の黒雲の合間では稲光が走る。

 まるで。

 

(──世界の終わりだ)

 遊追の頭にそんな言葉が浮かんだ。

 呆然とする彼へ、誘蛾灯の言葉が飛んでくる。

 

「そして!! 破壊できた枚数×200のダメージを相手に与える!! 

 お前の竜2体、伏せカード2枚、そして俺のフィールド魔法1と伏せカード1の分で! 

 さぁ雑魚! 計算しろ!」

「1200のダメージ……!」

 遊追LP1500→300

 

「倒れろ! ジャンク・フィストォォォォ!!!!」

 ガラクタ造りの竜が、その手で遊追の前の地面を薙ぎ払う。

 ──決まった。

 プレイヤーのライフが0となり、デュエルが終わる。

 

「……」

 少年は、あまりの衝撃で膝を屈した。

 ゲーム終了と共に、最後まで場にあった『ジャンクアイズ・ダストドラゴン』の姿も薄らいで消えていく。

 無言となった少年へ、誘蛾灯は近づいた。

 

「……嫌いに、なっただろ」

 口にしたのはそんな言葉。

 

「デュエル、嫌いになっただろ。

 自分の綺麗なモンスター破壊されて、その後、怖いドラゴンにとどめを刺されて」

 言外に、『どうか嫌いになってくれ』の気持ちもあった。

 だって、遊追は『器』にするため組織に狙われているのだから。

 このまま彼がデュエルを嫌いになってしまえば、器候補から外れて、今まで通りの平和な生活に──。

 

「……すっごく、おもしろい」

「え?」

 遊追は膝を地面に着けたまま、夜の空、都会の灯りの中に消えそうな星を見つめていた。

 青の瞳いっぱいに、きらめきが宿っている。

 

「あんな風に逆転されてさ、オレ、負けちゃったのに……。

 さっきからずっと、『ああすりゃ良かったかな?』とか、『あのカード使えば勝てたかも』とか、考えてる。

 心臓がどきどきで、体あちあちで、頭ぐるぐるで……」

 少年は顔を、夜空から誘蛾灯に向けた。

 

「──オレ、生き返った気分だ」

 目を見開いた顔にも出した声にも、感嘆がにじんでいる。

 興奮しているせいで、遊追の青の瞳に、内なる血の赤が混ざって紫に近づいていた。

 かのジャック・アトラスと同じ、高貴なる王の色。

 

(負けたのに、なんで)

 その色に、青年はたじろぐ。

 

「誘蛾灯ってつえーのな! 

 それに、デュエル大好きなのな!」

 言いながら少年は立ち上がる。

 数回のまばたきの内に、紫の色は消えてしまった。

 

「……なぜ、そう思う?」

「メチャクチャ頑張って勝とうとしてたじゃん」

「そう、だが」

 青年は頭の中でこう言い返す。

 『敗北したら死んでしまうから』と。

 その気持ちを知らずに、少年は言葉をつけ足した。

 

「勝てるってのはさ、デュエルについて、いっぱい考えたってことだろ? 

 カード、いっぱい勉強したってことだろ? 

 それって、すげー好きじゃないとできない! 

 オレ、誘蛾灯のこと尊敬する! 天才じゃん!」

 少年は自らを負かした相手を、真っすぐに褒めた。

 

「ルール教えてくれてサンキュ! 

 お返しに、オレからもひとつ教えてあげる! 

 こういう時は、お互いの健闘を称えて、握手するんだぜ?」

 彼は青年に片手を差し出す。

 

「握手……」

「しよう! ほら!」

 少年は迷っていた相手の左手を取ると、ぎゅっと握った。

 

「誘蛾灯、ありがと! 

 デュエルすごかったー! 

 あっ、誘蛾灯とありがとうって似てるなー」

 少年は嬉しさで目を細めていた。

 純粋なのだ。

 

「あり、がとう」

「うんうん」

「オレ、も」

「うん?」

 相手の変化に、遊追は首をかしげる。

 

「好きになりたい……デュエルのこと……」

 青年は少年の真っすぐさが眩しくて、顔を地面に向けてしまった。

 遊追はそんな気持ちも知らずに、嬉しそうに話を続ける。

 

「誘蛾灯さえ良かったらさ、オレと友達になってよ! 

 デュエル友達に!」

「友……」

「オレ、デュエル友達ができるの初めて! 

 誘蛾灯は?」

「オレも……」

 彼の脳内に再びノイズが満ちる。

 

『■■■■■■』

『■■■■■■■■!』

『■■■■■■■■■♪』

 幼い自分を取り囲む、子どもほどの大きさの影。

 話す内容は分からないけど、言葉を受け取った嬉しさだけは心にあった。

 過去の自分の残滓、塵の記憶。

 それらを振り払うように、青年は顔を上げた。

 

「……」

 眉を下げた、迷子の子どものような表情。

 

「デュエル友達は、初めてだ」

 されど、声は晴れやかで。

 その後、ディスクからデッキを抜くと、数枚のカードを取り出す。

 

「これ、やる」

「カード? なんで?」

「お前のデッキ、強くなるから」

「もらえねーって!」

「雑魚が! 良いから受け取れ!」

 青年は物を相手に押し付けると、背を向けて走り出した。

 

「今度デュエルする時までに、ちょっとは強くなってろ雑魚!

 雑魚雑魚雑魚! ざーこ!!」

 言うと、彼は夜の町に消えてしまう。

 デュエルサイボーグは足も速いのだ。

 

「足長いヤツって足速いんだなー」

 ずれたツッコミをしていた少年だが、先ほど押し付けられた際、自分のカードを落としていることに気づいた。

 

「ごめんなワイバーン達……ってうん?」

 謝りながら拾う。

 2枚しかなかったエクストラデッキ。

 2枚しか持っていなかったはずのシンクロモンスター。

 ……それ以外に、何かが1枚落ちている。

 

「誘蛾灯にもらったカードじゃないや。

 おじさんがこっそり入れてたのかな……?」

 公園の街灯に照らしてみる。

 それは何とも不思議なカード。

 

「攻撃力と守備力が書かれてない。

 名前と効果も……うん? 

 なんかうっすら……」

 白いカードに灰色の文字で記されていた。

 少年は目を凝らして読み上げる。

 

「種族は悪魔、属性は炎かな? 

 名前は『灰なる魔』」

 白い枠の中にイラストが描かれている。

 それは、三角錐の尖った方を前に突き出した頭部を持つ悪魔。

 頭の後方には何本も角があり、少し遊追の髪型と似ていた。

 灰被った黒の全身は、甲冑のような外骨格で出来ている。

 背中には骨だけの羽がついていた。

 そしてその姿勢は、両膝を地面につき、両手を下方向に広げ、天を仰いで誰かの降臨を待っているかのような。

 

「効果は……えと、これ詩だな」

 遊追は一度息を吸ってから、記された文面を口にした。

 夜の冷たい空気が体を満たす。

 

「汝 永劫の罪人なり

 王の炎に焼かれ その魂を招く時

 己が 灰の魔たることを想起せよ

 我こそ汝の罪 我こそ汝の罰

 我こそ汝の内 枯れ咲く永遠

 (まこと)の色は 常に灰なる……」

 ──どこか遠くで、木々から鳥が飛んだ。

 

 

 

 

 次回 デュエルの失われた世界





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