ブルーアーカイブ Last on Kivotos   作:ヴィーナス

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第11話:引き金

(…眠い)

 

鳴り響く警報が、遠くに聞こえる。

瞼が、鉛のように重い。

体が、泥の中に沈んでいくみたいだ。

 

もう、何日、まともに眠っていないんだろう。

 

目を閉じれば、悪夢が待っている。

銃声と、悲鳴と、守れなかった誰かの顔。

 

だから、眠りたくない。

でも、もう、限界だった。

思考が、まとまらない。

 

うへぇ~…おじさん、もう疲れちゃったなぁ…。

 

ホシノの心は、薄氷のように、かろうじてその形を保っているだけだった。

カイザーのAIは、その瞬間を、決して見逃さなかった。

ホシノの心理的限界を見抜いたAIは、最後の、そして最も残酷な罠を仕掛ける。

 

その日、カイザーはこれまでの嫌がらせのような攻撃とは明らかに違う、大規模な攻勢を開始した。

 

「敵主力部隊、南西地区に集結! 目標は、第7採掘場跡地!」

セリカの切羽詰まった声が、司令部に響き渡る。

 

「第7採掘場…」

先生は、地図上のその場所を見て、眉をひそめた。

そこは、戦略的には何の意味もない、ただの岩と砂に覆われた不毛の地だ。

 

「罠だ。行くな!」

先生は叫んだが、その声は、すでに動き出していた少女たちには届かなかった。

 

「シロコちゃん、テラーちゃん! 行くよ!」

ホシノは、司令部の指示を待たず、単独で飛び出していった。

 

「待って、ホシノ先輩!」

シロコとシロコ*テラーが、慌ててその後を追う。

 

彼女たちは、先生を心から信用してはいなかった。

あの男の指揮で一度は勝利したが、得体の知れない大人たちと繋がっている男に、アビドスの運命を全て委ねることはできない。

この戦いは、自分たちの手で終わらせる。

その不信と、わずかな過信が、彼女たちを最悪の戦場へと導いていた。

 

 

第7採掘場――そこは、かつて、彼女たちが「ユメ先輩」を失った場所に、酷似した地形をしていた。

そして、そこは、カイザーが用意した、巨大な処刑場だった。

三人が足を踏み入れた瞬間、地平線を埋め尽くすほどのカイザーの軍勢が、一斉に牙を剥いた。

 

無数のドローンだけではない。

重装甲の主力戦車が地響きを立て、空からは爆撃機が絨毯爆撃を開始する。

足元では隠されていた地雷が次々と炸裂し、遥か彼方からは超音速ミサイルが、回避不能の弾道を描いて飛来する。

 

今まで使われてこなかった、あらゆる凶悪な兵器が、たった三人の少女を無力化するためだけに、惜しげもなく投入されていた。

 

「くっ…! 多すぎる…!」

シロコが、必死に応戦しながら叫ぶ。

 

「誘い込まれた…! ここは、完全にキルゾーンになってる…!」

シロコ*テラーもまた、冷静さを失いかけていた。

 

ホシノは、二人を守るように、巨大な盾「アイアン・ホルス」を構え、最前線に立っていた。

降り注ぐ銃弾と爆炎が、彼女の小さな体を絶え間なく打ち付ける。

かつてのように、先生がカードを使って、奇跡の一撃でこの状況を覆してくれることはない。

 

神性を完全に解放すれば、この区画ごと吹き飛ばせるだろう。

だが、それは全てを終わらせる、後戻りできない最後の手段。

カイザーのAIは、ホシノがそれを使えないことまで計算した上で、この飽和攻撃を実行していた。

 

(いやだ)

鉄と硝煙の匂い。耳を塞いでも聞こえる、爆発音。

(いやだいやだいやだ)

腕の中で、だんだん冷たくなっていく、あの感触。

(もう、あんな思いは、したくない)

(誰も、失いたくないんだ…!)

 

ブツン、と、心の中で何かが切れる音がした。

視界が、ピンク色の光に染まる。

体の奥底から、抑えきれない力が溢れ出してくる。

 

「うああああああああああッ!」

 

ダメだ、コントロールできない。

このままじゃ、シロコちゃんも、テラーちゃんも…!

 

 

「まずい! ホシノが暴走する!」

司令部で、モニター越しにその光景を見ていた先生は、叫んだ。

このままでは、全滅だ。

 

彼は、脳をフル回転させ、この最悪の状況を打開するための、唯一の活路を探す。

そして、苦渋に満ちた、一つの決断を下した。

 

「ホシノ! 聞こえるか!」

先生は、通信機に向かって叫ぶ。

「下がれ! シロコとシロコ*テラーは、俺が救出する! お前は、地下シェルターの住民たちを守れ!」

 

その声が、ホシノの耳に届いた瞬間。

世界から、音が消えた。

色が、消えた。

目の前の景色が、ざらついたモノクロームの映像に変わっていく。

 

(……ああ、まただ)

この感じ。知っている。

正しい判断。合理的な選択。

その言葉の下で、大切なものが、切り捨てられていく。

あの時と、同じだ。

 

守るって、決めたのに。

もう誰も失わないって、誓ったのに。

その「先生」が、私に、見捨てろって言うんだ。

 

「また…」

唇から、乾いた声が漏れる。

「また、同じなんだね…『先生』は…ッ!」

 

忘れていたはずの、理由のわからない、黒い感情が、心を塗りつubeくしていく。

もう、どうでもいいや。

 

「……もう、いいや」

 

ガシャン、と重い音がして、自分が盾を落としたことに気づいた。

足が、勝手に動く。

どこへ向かっているのかも、分からないまま。

 

 

(――俺の、せいだ)

 

先生は、司令部のモニターの前で、ただ立ち尽くしていた。

画面の中で、ホシノの姿が消え、残された二人に、カイザーの総攻撃が集中していく。

 

自分の声が、彼女の心を壊した。

正しいと思った。最善だと思った。

戦術的には、あれしか無かったはずだ。

だが、現実はどうだ。

戦況は、最悪を通り越して、もう終わっている。

 

何が、正しさだ。何が、最善だ。

俺は、ただ、彼女を傷つけただけじゃないか。

 

リンに言われた「先生」という役割。

生徒を導く、希望の象徴。

その全てが、今、自分の手で、粉々に砕け散った。

 

俺は、英雄なんかじゃない。

ただの、無力で、愚かな、空っぽの男だ。

骨の髄まで染み渡るような、絶対的な敗北感が、彼の全てを支配していた。

 

そして、その時は、刻一刻と近づいていた。

誰もが疲弊し、誰もが追い詰められていく中で、次なる悲劇の引き金は、静かに、しかし確実に引かれようとしていた。

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