ブルーアーカイブ Last on Kivotos   作:ヴィーナス

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第13話:最後の賭け

司令部の空気は、依然として絶望に満ちていた。

だが、先生の瞳に宿る光は、その重い空気をわずかに揺るがした。

 

彼は、作戦地図の前に立つと、アビドスの生徒たちと、静観を続けていた三人の大人たちに向き直った。

 

「これから、最後の作戦を伝える」

 

その声には、先ほどまでの無力感など微塵も感じさせない、静かな覚悟が満ちていた。

 

「まず、アザゼルと黒服」

先生は、二人の大人に視線を送る。

「陽動として、カイザーの残存工場を叩いてもらう。全力でだ。カイザーの注意を、完全にそちらへ引きつけてほしい」

 

「…正気ですか?」

アザゼルが、呆れたように言った。

「この状況で、さらに戦力を分散させると? それに、なぜ私があなたのために、そこまで危険を冒さねばならないのです」

 

「君のためだ、アザゼル」

先生は、アザゼルの目を真っ直ぐ見て言った。

「いつまで、カイザーの協力者呼ばわりされたままでいるつもりだ? 君は、キヴォトス最高の化学者だったんだろう。犯罪者と呼ばれることは受け入れても、カイザーのような三流の連中と、同類だと思われることは、君のプライドが許さないはずだ。これは、君が君自身であるために、汚名を返上するまたとない機会じゃないのか?」

 

アザゼルの表情から、いつもの皮肉な笑みが消えた。

図星だった。

アビドスに来てから、生徒や動物族たちに「カイザーの協力者」と蔑まれるたび、彼の内面では、犯罪者扱いされるよりも遥かに屈辱的な感情が渦巻いていた。

彼は、何も答えず、ただ静かに立ち上がった。

それは、沈黙の肯定だった。

 

「ふむ…実に非合理的な選択。ですが、観測しているだけでは、もはや退屈だ。最高のエンターテイメントには、最高の演出家が必要でしょう。よろしい。この黒服、自ら舞台に上がり、最高の悪役を演じて差し上げますよ」

 

黒服は、先生の狂気じみた計画に、自らの知的好奇心が限界まで刺激されているのを感じていた。

彼は、アザゼルと共に部屋を出ていった。

 

残されたのは、アビドスの生徒たちと、シラヌイ、そして先生。

 

「じゃあ、私たちは!?」

セリカが、食い下がるように尋ねた。

「残った私たちで、シロコちゃんたちを助けに行くのか!?」

 

「いや」

先生は、首を横に振った。

そして、信じられない言葉を口にする。

 

「君たちと、俺、そしてシラヌイさんは、ホシノの元へ向かう」

 

「――は?」

セリカは、自分の耳を疑った。

「何を言ってるんだ! シロコちゃんたちは、今もカイザーの集中砲火を浴びてるんだぞ! それを見捨てて、戦線を離脱したホシノ先輩を優先するって言うのか!?」

 

それは、戦術的には愚策中の愚策。

狂気の沙汰としか思えなかった。

 

「ああ。俺は、ホシノを一人にはしない」

先生は、セリカの非難を、真っ向から受け止めた。

「この戦いの元凶は、俺が彼女の心を壊したことにある。戦術的な勝利なんて、もうどうでもいい。俺はただ、生徒が泣いている時に、その隣にいてやりたいだけだ。それだけのために、この作戦を実行する」

 

「…ふざけるな」

セリカは、怒りに震えながらも、それ以上、言葉を続けることができなかった。

 

(なんで…)

かつての先生なら、きっと違った。

シッテムの箱を使って、魔法みたいなカードで、こんな状況、どうにかしてくれたはずだ。

なのに、この人は。

この極限の状況で、あまりにも非合理で、個人的な理由で、仲間を見捨てようとしている。

 

(でも…)

ホシノ先輩が、あのまま暴走していたら、もっと最悪の事態になっていたかもしれない。

誰かが動かないと、どうにもならない。

 

(前の先生と、同じであってほしかった…)

だが、目の前の男の瞳は、あまりにも真剣だった。

不合理な選択が、最善である場合もある。

10年という歳月は、彼女にその現実を教えていた。

 

言葉が、続かなかった。

それが、彼女の答えだった。

 

先生は、最後に、壁際で沈黙を続けていたシラヌイに視線を向けた。

「シラヌイさん。あなたにも、頼みがある」

 

「……」

 

「ホシノの居場所を、探し出してほしい。潜入と追跡のプロである、あなたの力が必要だ」

 

シラヌイは、冷静に先生の言葉を分析していた。

10年間、イズナが消えてから、彼は死を偽装してこのキヴォトスに潜入し、先生という存在を調査し続けてきた。

その影響力の大きさも、そして今、目の前にいる男が、記憶を失ってもなお、変わらない本質を持っていることも、彼は理解していた。

 

地下都市の動物族たちが、たった数日でこの男に絶対の信頼を寄せている。

この数万の民を支える少女たちに、これほどの影響を与える男。

今、この男に協力することは、そう遠くない未来、イズナを探し出すための、最も強力な手段になる。

 

「……分かった。協力しよう」

シラヌイは、打算と、そして心の奥底にある、ほんのわずかな共感が入り混じった声で答えた。

「ただし、貸しは高くつくぞ、先生」

 

三人の大人たちは、それぞれの理由で、先生の無謀な作戦に乗ることを決めた。

アザゼルは、失われたプライドを取り戻すために。

黒服は、最高のエンターテイメントを求めて。

そしてシラヌイは、未来への投資と、過去への贖罪のために。

 

「行くぞ」

 

先生の言葉を合図に、最後の作戦が、静かに始まった。

それは、勝利を目的としない、ただ一人の生徒の心を救うためだけの、あまりにも無謀で、最後の賭けだった。

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