ブルーアーカイブ Last on Kivotos 作:ヴィーナス
砲弾が、絶え間なく空を切り裂いていく。
カイザーの猛攻は、陽動部隊が出現してもなお、その勢いを緩めることはなかった。
そんな地獄のような戦場の中心で、先生たちは、ついにホシノの姿を発見した。
彼女は、半壊した建物の瓦礫に背を預け、ただ一人、膝を抱えて座り込んでいた。
その小さな背中は、あまりにもか細く、世界の全ての絶望を一人で背負っているかのようだった。
彼女の周りだけ、時が止まっている。
「…見つけたぞ」
シラヌイが、瓦礫の陰から呟く。
「どうする? 無理やりにでも連れ帰るか?」
「いや」
先生は、静かに首を振った。
「ここは、俺一人で行く」
先生は、銃も構えず、無防備なまま、ホシノの元へと歩き始めた。
降り注ぐ銃弾が、彼のすぐ側で炸裂し、熱風と衝撃波が体を打ち付ける。
だが、彼は足を止めない。
ただ、真っ直ぐに、彼女だけを見つめて。
ホシノは、近づいてくる足音に気づき、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、虚ろで、何の光も宿していない。
「…また、来たんだ。お説教なら、もう聞きたくないな」
彼女の声は、乾いて、ひび割れていた。
先生は、何も言わずに、彼女の隣に、どさりと腰を下ろした。
そして、彼女と同じように、膝を抱えて座り込む。
「……何、してるの」
「別に。ちょっと、休憩」
先生は、空を見上げた。
赤と黒に染まった、地獄のような空。
「ホシノ」
彼は、静かに語り始めた。
「俺は、前の先生じゃない。だから、君が期待するような、奇跡は起こせない。君が失ったものを取り戻すことも、この最悪な状況を、魔法みたいに解決することも、できない」
「……」
「でも」
先生は、ホシ-ノの顔を真っ直ぐに見つめた。
「君を一人で泣かせないと、それだけは、約束できる」
彼は、それ以上、何も言わなかった。
ただ、彼女の隣に座り続ける。
カイザーの攻撃が、すぐ近くに着弾し、凄まじい轟音と共に地面が揺れる。
先生は、身じろぎもせずに、ただそこにいた。
彼女の言葉にならない嗚咽や、あるいは、沈黙そのものに、ただ耳を傾けるように。
どれくらいの時間が、経っただろうか。
ホシノの肩が、小さく、震え始めた。
ぽつり、ぽつりと、彼女の唇から、言葉が漏れ始める。
「…なんで、かな。いつも、こうなんだ」
「おじさんが、頑張れば頑張るほど、大切なものが、指の間からこぼれ落ちていく」
「ユメ先輩も…アヤネちゃんも…」
「もう、誰も失いたくないって、思ってたのに…」
「守るって、決めたのに…」
彼女の言葉は、やがて嗚咽に変わり、その瞳から、大粒の涙が、止めどなく溢れ出した。
先生は、ただ黙って、その全てを受け止めていた。
合理的な説得も、励ましの言葉も、ここにはない。
ただ、彼女の孤独に、不器用に、しかし誠実に寄り添う、一人の人間の姿が、そこにあった。
その時。
カイザーの最大戦力である、巨大な多脚戦車が、二人に向かってその主砲を向けた。
エネルギーが充填されていく、甲高い音。
絶体絶命。
その瞬間、ホシノは、自らの意志で、すっくと立ち上がった。
彼女の心を動かしたのは、論理や作戦ではない。
ただ、自分のために。
この、どうしようもない、救いようのない自分のために、隣で一緒に死のうとしている、この愚かな大人の存在だった。
彼女は、涙を拭い、そして、ふっと、いつものように、困ったように笑った。
「…うへぇ。おじさん、もう泣き疲れちゃったよ」
彼女は、地面に落ちていた自分の盾を、再びその手に取る。
「それに…」
彼女の瞳に、10年ぶりに、力強い光が戻ってきた。
「これ以上、目の前で『先生』を失うのは、寝覚めが悪いからね」
彼女の心が、目の前の記憶のない男を、過去の幻影ではない、「新しい、信じるべき仲間」として、完全に受け入れた、その瞬間だった。