ブルーアーカイブ Last on Kivotos 作:ヴィーナス
戦いは、終わった。
夜明けの光が、黒煙の立ち上る砂漠を、静かに照らし出していく。
先生の指揮のもと、心を一つにしたアビドスの生徒たちは、カイザーの軍勢を完全に駆逐した。
追い詰められたカイザーPMC理事の本体(AIユニット)は、シロコ*テラーによって捕獲され、その機能と思考を停止させられている。
アビドスの司令部は、久しぶりに、安堵と穏やかな空気に包まれていた。
捕らえられたカイザーの処遇について、最後の協議が行われている。
「こいつを破壊しても、どこかにバックアップがあるかもしれない。完全に無力化する方法は…」
セリカが、唸るように言う。
その時、陽動作戦から戻ってきた黒服が、音もなく部屋に現れた。
「ふむ。それでしたら、面白い実験になりそうなものがありますよ」
彼は、一枚の設計図のようなデータを提示する。
「これは、我々ゲマトリアがかつて開発した、霊的存在など特殊な存在を隔離するための、対色彩用の技術です。魂を持たないAIであるカイザーを、魂を持つかもしれない霊的存在と同じ檻に閉じ込めたら、一体どうなるか。実に興味深い」
黒服の提案に、アビドス勢は複雑な表情を浮かべた。
宿敵からの、あまりにも不気味な提供物。
しかし、他に有効な手段がないのも事実だった。
「…分かった。その技術、使わせてもらう。ただし、実験の主導権は、こちらが握らせてもらうぞ」
先生の言葉に、黒服は満足げに頷いた。
カイザーの件が一段落した、その直後。
シロコ*テラーは、誰にも気づかれず、音もなくその場から姿を消した。
◇
連邦生徒会、首席行政官室。
七神リンは、アビドスからの戦勝報告を受け、安堵の息を吐いていた。
その、一瞬の隙を突いて。
彼女の背後に、空間が歪むような気配と共に、シロコ*テラーが現れた。
その銃口は、一切の動揺を見せないリンの、眉間に正確に向けられていた。
「…何の御用でしょうか、アビドスの」
「質問に、答えて」
シロコ*テラーの声は、絶対零度の響きを持っていた。
「先生を蘇らせたのは、誰?」
アビドスでの調査を経て、「黒幕は連邦生徒会、あるいはその上層部にいる」という確信を抱いていた彼女にとって、この問いは、答え次第では首席行政官を排除することも辞さないという、覚悟の表れだった。
リンは、この襲撃をある程度予測していた。
そして、これを好機と捉える。
自ら理事長を調査するのはリスクが高すぎる。
だが、この少女ならば、最高の「駒」になりうる。
「その問いに答える前に、一つ確認させてください。あなたはその『先生』を、そしてアビドスの未来を、本気で守る覚悟がありますか?」
リンは、あえて理事長の存在を直接は明かさない。
「今のサンクトゥムタワーの最上階区画は、私ですらアクセスが許可されていません。しかし、先生が目覚めた日、そこから正体不明の、しかし膨大なエネルギー反応が観測されました。これは公式記録には残っていません…私の個人的なログですが」
シロコ*テラーは、黙ってその答えを聞いている。
沈黙が、彼女の返事だった。
「もう一つ。ゲマトリアの黒服…あの男が先生と共にあることを見過ごしているのは何故?」
「見過ごしているわけではありません。対処できない、というのが現状です」
リンは、率直に認めた。
「下手に手を出せば、状況が悪化する可能性すらある。ならば、彼の行動を監視下に置き、その目的を探る方が合理的…そう判断しました。あなたという、信頼できる『目』がいるのなら、尚更です」
リンの言葉は、尋問に対する答えであり、同時にクロコへの巧妙な誘導だった。
彼女は、自らの手を汚さず、シロコ*テラーという最強の調査員を、理事長と黒服という、キヴォトスの二つの深い闇へと、同時に送り込むことに成功したのだ。
シロコ*テラーは、静かに銃口を下げると、再び音もなくその場から姿を消した。
◇
朝日が昇り、アビドスの校舎を黄金色に染めていく。
屋上で、先生は一人、その光景を眺めていた。
そこに、ホシノが、少し照れくさそうにやってきた。
「うへぇ~、先生、いたんだ」
「ああ。少し、風に当たってた」
二人の間に、気まずいような、でも温かい沈黙が流れる。
先に口を開いたのは、ホシノだった。
「…あのさ、先生。色々、ごめんね。おじさん、ちょっと、疲れちゃってたみたいで」
「いや。俺の方こそ、すまなかった。君の気持ちを、何も考えずに…」
「んーん、いいの」
ホシノは、首を横に振った。
「先生が来てくれなかったら、おじさん、今頃どうなってたか、分かんないからさ」
彼女は、朝日を浴びながら、気持ちよさそうに伸びをする。
そして、いたずらっぽく笑って、先生に言った。
「ま、今回だけは、認めてあげてもいいかな」
「よろしくね、先生」
その言葉は、彼が「救世主の幻影」を乗り越え、この崩壊した世界で、新しい希望の第一歩を、確かに踏み出したことを示す、何よりの証だった。
孤独で、空っぽだった自分とは違う。
今の彼には、初めて自らの手で築いた、「仲間」がいた。