ブルーアーカイブ Last on Kivotos   作:ヴィーナス

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第20話:開かれた門

予期せぬ形で開かれた門を前に、装甲車両の中は一瞬、驚愕と疑念に満ちた沈黙に包まれた。

 

天を衝く光の壁に、滑らかに、そして音もなく穿たれた通路。

それはまるで、巨大な獣が静かに口を開け、獲物を誘い込もうとしているかのようだった。

 

「……これは、罠か?」

 

最初に口を開いたのは、先生だった。

彼の声には、警戒と戸惑いが色濃く滲んでいる。

自らの信念である「対話」が試される以前に、相手の方から扉が開かれた。

このあまりに都合の良い展開は、楽観よりもむしろ不信感を煽る。

 

(誰が、何のために…?)

 

先生の思考が、高速で回転する。

クズノハという賢人が、自分たちの来訪を予期していた? それとも、内部に協力者が?

いや、それにしてはタイミングが良すぎる。

まるで、こちらの迷いを見透かしたかのように、絶妙な瞬間に道が示された。

 

これは、歓迎ではない。試されているのだ。

この門をくぐる覚悟があるのか、その先の混沌に足を踏み入れる度胸があるのかを。

 

「ククク…どうでしょうねぇ。歓迎の門か、あるいは我々を飲み込むための入り口か。どちらにせよ、退屈はしなさそうです」

 

アザゼルは、面白そうに口の端を吊り上げた。

彼の虚無的な瞳には、この異常事態すらも、一つの娯楽として映っている。

 

後部座席の隅で、黒服は静かに口角を上げていた。

その表情は他の者たちと同じく微笑に見えるが、その内実は全く異なる。

彼の心は、純粋な驚きと、それを遥かに上回る知的な興奮に満たされていた。

 

(ほう…これは、面白い)

 

黒服の思考が、他の誰にも感知できない速度で回転する。

百鬼夜行の賢人、クズノハ。

ゲマトリアの一員として、彼女の存在はもちろん把握している。悠久の時を生きる大預言者。世界の理そのものに近い、超越的な存在。

そして何より、自らの興味と気まぐれ以外では決して動くことのない、極めて厄介な相手であることも。

 

こちらから何を言っても、彼女が聞く耳を持つことはない。

彼女が動くのは、彼女自身がそう望んだ時だけ。

 

そのクズノハが、動いた。

自ら、この鉄壁の結界に穴を開けた。

それは、この百鬼夜行という閉鎖空間において、何か途方もない『問題』が発生していることを意味する。

あるいは、彼女の悠久の退屈を紛らわすに足る、極上の『玩具』が目の前に現れたか。

 

(どちらにせよ、これは私の予測を遥かに超えた事態です。素晴らしい…実に素晴らしい!)

 

黒服の視線が、隣に座る先生へと注がれる。

一度完全に消滅して、記憶を失った先生。彼の存在そのものが、この世界の理を歪めるイレギュラー。

そのイレギュラーが、百鬼夜行という停滞した水槽に放り込まれた時、一体どんな波紋を広げるのか。

クズノハは、それを観察するために、自ら舞台の幕を上げたのだ。

 

黒服は、この事実をチームに共有する気は毛頭なかった。

彼の第一目的は、あくまで先生という存在の観察。最初から種明かしをしてしまっては、面白さが半減してしまう。

この予測不能な舞台で、先生がどう足掻き、どう成長し、あるいはどう絶望するのか。

それを間近で見届けることこそが、彼の至上の愉悦なのだから。

 

「誰が開けたんだ…? 目的は何なんだ…?」

 

先生の純粋な疑問の声が、黒服には心地よく響いた。

 

躊躇。

一瞬の、しかし致命的になりかねない時間の空白が、一行の間に流れる。

進むべきか、退くべきか。

先生が、この先の行動を決断しようと口を開きかけた、その時だった。

 

「――構わんッ!!」

 

獣のような咆哮と共に、運転席のシラヌイがダッシュボードを強く叩きつけた。

彼の瞳は、開かれた門の向こう側、その一点だけを睨み据えている。

後部座席の連中が何を考えていようと、知ったことではない。

 

(イズナ…!)

 

シラヌイの思考は、それだけで埋め尽くされていた。

罠? 上等だ。地獄への入り口? 望むところだ。

10年間、この日だけを夢見てきた。憎き『先生』の幻影を追い、泥水を啜り、全てを犠牲にしてきた。

その執念が、今、目の前で道を開いたのだ。

彼にとって、この開かれた門は、天啓以外の何物でもなかった。

 

神が、運命が、娘の元へ行けと命じている。

ここで躊躇うなど、父親として、断じて許されることではない。

 

「チッ…! 乗り遅れるなよ! 俺の邪魔をするな!」

 

シラヌイは吐き捨てるように言うと、躊躇なくアクセルを床まで踏み込んだ。

大型装甲車両が、轟音と共に急発進する。

 

「うわっ!?」

「おっと…」

 

後部座席の先生とアザゼルは、不意の加速にシートへと強く押し付けられた。

先生の決断を待つことなく、車両は有無を言わさず、光の通路へと突入していく。

 

「早まるな!」

 

先生の制止の声は、猛々しいエンジン音にかき消された。

チームとしての連携が、最も重要な局面で、いとも容易く崩壊する。

これが、この歪な集団の現実。

自分の言葉は、娘への執念に燃える父親の前では、あまりにも無力だった。

 

後戻りは、もうできない。

先生は新しい世界へと、その一歩を踏み出すことになった。

 

光のトンネルを抜けた先は、まるで時が止まったかのような、静かな町並みが広がっていた。

いや、止まっているのではない。緩やかに、しかし確実に、死に向かって腐敗しているのだ。

 

かつては「祭囃子通り」と呼ばれ、多くの観光客で賑わっていたであろうメインストリート。その面影は、辛うじて残っている。

古風な木造建築が道の両脇に立ち並び、色褪せた提灯が力なくぶら下がっている。

しかし、そのほとんどは窓ガラスが割れ、壁には蔦が絡みつき、屋根には穴が開いている。

修繕する業者も、その気力を持つ住民も、ここにはもういない。

 

道の真ん中には、かつては華やかだったであろう山車の残骸が、巨大な骸のように横たわっていた。

車輪は朽ち果て、飾り付けは風雨に晒されて原形を留めていない。

その周りでは、痩せた生徒たちが、地面に直接置かれた僅かな野菜や、出所の知れないガラクタを物々交換している。

そこには、かつてのお祭りのような活気も、笑顔も、何一つ存在しない。

ただ、生きるためだけの、静かで切実な営みがあるだけだ。

 

道行く生徒たちや一般市民の顔には生気がなく、その歩みはどこか緩慢だ。

結界の影響か、彼女たちの姿は10年前から歳を重ねていない。

しかし、その瞳に宿る光は、明らかに10年分の停滞と絶望によって曇っている。

誰もが互いを監視するように視線を交わし、よそ者である先生たち一行の装甲車両には、あからさまな警戒と、僅かな恐怖を滲ませていた。

 

ここは、10年間の強制的な鎖国によって生まれた、巨大な村社会。

自給自足でかろうじて命をつなぎ、外部からの刺激も、未来への希望も失った、停滞した楽園の成れの果て。

 

先生は、窓の外に広がるその光景を、息を飲んで見つめていた。

アビドスの砂漠とは違う、もっと陰湿で、根深い「死」の匂いが、この町には満ちていた。

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