ブルーアーカイブ Last on Kivotos   作:ヴィーナス

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第21話:歓迎と警戒

大型装甲車両が、かつての「祭囃子通り」の残骸をゆっくりと進んでいく。

その異質な存在は、停滞した町の空気を切り裂くように、全ての視線を集めていた。

 

車両が、広場のようになっていた場所で静かに停止した、その瞬間だった。

 

「――娘は俺が探す」

 

運転席のドアが乱暴に開け放たれ、シラヌイが地を這うような声でそれだけを告げると、風のように車から飛び出していった。

彼の姿は、まるで影が動いたかのように、瞬く間に路地の闇へと溶けて消える。

 

「やれやれ。せっかちな方ですねぇ」

 

アザゼルが呆れたように肩をすくめる。

先生は、シラヌイが消えた路地を静かに見つめていた。彼を止める言葉は、口から出なかった。

 

シラヌイがこの旅に同行している理由は、ただ一つ。娘を探すため。

その目的のために、彼はカイザーとの戦いにさえ協力したのだ。

その執念を、今ここで止める権利も、意味もないことを、先生もアザゼルも理解していた。

彼の戦いは、彼自身のものなのだ。

 

残された先生、アザゼル、そして黒服が車両から降り立つと、彼らが目の当たりにしたのは、真っ二つに分かれた町の反応だった。

 

まず、物々交換をしていた生徒たちの中から、犬や猫の耳、あるいは狐の尻尾を持つ、いわゆる「動物族」の生徒たちが、ざわめきと共に立ち上がった。

彼らは、他の生徒たちが恐怖に後ずさるのとは対照的に、まるで何かに引き寄せられるかのように、恐る恐る、しかし抑えきれない好奇心を瞳に宿して近づいてくる。

 

その集団を割って、一人の老婆が進み出た。

背は低く曲がり、顔には深い皺が刻まれているが、その狐の耳と九つに分かれた尾は、彼女がただの年寄りではないことを示していた。

彼女は一行の前に立つと、震える手で杖にすがりながら、深く、深く頭を下げた。

 

「おお…この魂の匂い…なんと懐かしく、そして力強い…。まさか、まさか…伝説は、真でございましたか…」

 

老婆の瞳は、涙で潤んでいた。

恐怖ではない。長年の絶望の果てに、ようやく見出した一筋の光に対する、純粋な畏敬と歓喜の涙だった。

 

霊感の強い動物族、特に彼女のような長老たちは、理屈ではなく魂で理解していた。

先生の魂が放つ、温かくも力強い「匂い」。

それは、遠い昔、この世界を破滅の淵から救ったとされる、あの伝説の英雄のものと寸分違わなかったのだ。

彼らにとって、先生の再来は、この長すぎた冬の終わりを告げる、春の最初の兆しに他ならなかった。

 

「お待ちしておりました、英雄様。どうか、この停滞し、死にゆく我らの地に、再び救いの光を…」

 

老婆の言葉を皮切りに、動物族の生徒たちが次々とその場にひざまずき、祈るように頭を垂れた。

それは、予想だにしなかった、あまりにも熱烈で、宗教的なまでの歓迎だった。

 

しかし、その異様な光景を、大多数を占める人間やその他の種族の生徒たちは、まるで汚物でも見るかのような冷え切った目で見つめていた。

彼らは、歓迎する動物族からさえ距離を取り、壁際や建物の影へと後ずさる。

 

「死んだはずの英雄の亡霊…」

「世界を壊した男が、なぜ今さら…」

 

囁き声は、もはや隠そうともされない。

それは明確な敵意と拒絶となって、一行に突き刺さる。

 

そして、その恐怖と憎悪に、どす黒い油を注いでいたのが、先生の隣に立つ二人の異形の存在だった。

 

一人は、アザゼル。

「おい、見ろよ…あれ、アザゼルじゃないか…?」

「嘘だろ…神秘無効化薬でトリニティの自治区を一つ丸ごと死の土地に変えたっていう…」

「キヴォトス最悪の犯罪者の一人だ…なんで、あんな奴が『先生』と一緒に…」

彼の悪名は、この閉ざされた百鬼夜行においてさえ、忘れられてはいなかった。

 

そして、もう一人。

その男には、胴体がなかった。

黒いスーツの襟元から上、つまり生首だけが、まるで悪夢の一場面のように、不気味に宙を浮いている。

その顔は常に笑みを浮かべているが、その目は一切笑っていない。

 

「な、なんだ、あれ…」

「首だけ…浮いてる…」

「あやかし…? いや、もっと気味の悪い何かだ…」

 

一般生徒にとって、黒服の存在は理解不能な恐怖そのものだった。

キヴォトス最悪の犯罪者と、生首だけの怪人。

そんな者たちを引き連れた『先生』は、もはや救世主などではない。破滅を運ぶ、不吉な凶兆そのものだった。

 

だが、彼らが本当に恐れているのは、一行本人だけではなかった。

この神秘が失われつつある世界では、かつてのように銃弾が飛び交う日常などありえない。

生徒たちの頭上に輝いていたはずの象徴的なヘイローは、ほとんどの者で消えかかっているか、完全に失われている。

銃弾を受け止められた頑丈な肉体は、今やただのか弱い少女のそれと変わらない。

 

この自給自足で成り立っている閉鎖的な世界では、コミュニティの和を乱すことは、すなわち死を意味する。

得体の知れないよそ者と無理に関われば、村八分にされ、ただでさえ乏しい食料の配給を止められるかもしれない。

その日暮らしで精一杯の彼女たちに、かつてのように先生と関わる余裕など、ほとんど残されていなかった。

その恐怖が、彼らの足を縫い付けていた。

 

たとえ、この中に10年前に先生と親交があった生徒がいたとしても、彼らは自らの生活と安全を守るため、見て見ぬふりをするしかなかった。

 

歓迎と、恐怖。

そして、もう一つの視線。

 

その頃、百鬼夜行の行政を担う『陰陽部』は、完全なパニック状態に陥っていた。

 

「副部長! 大変です! 大結界に、正体不明の亀裂が!」

「何ですって!? 状況を詳しく!」

 

陰陽部副部長、桑上カホは、山積みの書類から顔を上げ、鋭い声で指示を飛ばす。

彼女の表情は冷静を装っているが、その内心は嵐のように荒れ狂っていた。

 

10年間、鉄壁を誇ってきた大結界が、突如として緩んだ。

そして、10年ぶりに現れた外からの来訪者。

報告によれば、その中心には『先生』と呼ばれる男がいるという。

 

(クズノハ様…! やはり、貴女様のお仕業でしたか…!)

 

カホは、この異常事態が人為的なもの、それも百鬼夜行の頂点に立つクズノハによるものだと、即座に理解していた。

だが、その事実を部下たちに告げることはできない。

クズノハの存在そのものが、この学院における最高機密なのだから。

 

「落ち着いてください! まずは情報収集が最優先です!」

 

カホは、パニックに陥る部員たちを力強い声で一喝する。

彼女の最大の懸念は、この騒動に乗じて、絶望した生徒たちが結界の亀裂から脱出しようと試みることだった。

結界は不安定だ。下手に近づけば、ただでは済まない。大怪我をする者が出るかもしれない。

それだけは、絶対に避けなければならない。

 

「全隊員に通達! 結界周辺の警備を強化! 生徒たちが不用意に近づかないよう、厳重に警戒してください! それから…」

 

カホは、モニターに映し出された先生一行の姿を睨みつけた。

ネフティス製の最新鋭装甲車両、最高級の医療キット、そしてアビドスとの繋がりを示唆する数々の物証。

 

「…来訪者たちへの対応は、追って指示します。彼らが明確な敵対行動を見せない限り、決して手を出さないように。いいですね!」

 

カホは、部下たちに厳命を下すと、一人静かに思考を巡らせた。

クズノハ様が、自ら結界を開いてまで招き入れた者たち。

彼らには、この停滞した百鬼夜行を動かすだけの『何か』があるはずだ。

今は、下手に動くべきではない。まずは静観し、彼らの出方を見極める。

そして、しかるべき時に、クズノハ様の元を訪れ、その真意を問いただす。

 

それが、陰陽部副部長として、そしてこの百鬼夜行の文化を愛する者として、自分が今なすべき最善の策だと、カホは結論付けた。

 

その結果、先生たちは、極めて奇妙で歪な状況に置かれることになった。

一部の者からは神のように崇められ、多くの者からは悪魔のように恐怖され、そして公的な組織からは、値踏みするように、冷たい視線で常に監視される。

 

誰も手を出してはこないが、誰も助けてはくれない。

静かで、息の詰まるような「様子見」の状態。

それが、先生たちがこの停滞した楽園で最初に得た、立ち位置だった。

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